1. 失敗表現の構造化の必要性
さまざまな失敗が多発する最近の日本を見ていると、まるで失敗のオンパレードである。なぜこのような失敗が多発するのか?
そしてその失敗を起こさせないようにするためにはどうすればいいか? さまざまな組織や人が、この種の失敗が起こらないようにと一生懸命考え行動している。その最も一般的な例が失敗事例集、不具合事例集、事故事例集などを作ることである。そしてまじめな企業、組織はどこも懸命にこの種の失敗事例集を作っている。しかしそれらは少しも生かされていない。失敗事例集を作る者から見れば、十分にそれが仕事の中に生かされ、失敗を未然に防ぐことを期待しているのに、それらが生かされず同じ失敗が繰り返されるのはなぜだろうか?
その原因の1つは"失敗知識の伝達"がうまくいっていないことである。
科学技術振興機構が実施している"失敗知識データベースの構築"は、まさにこれを解決する1つの方法を提供しようとするものである。ばらばらに集められた多くの失敗事例が生かされていない最大の理由は、失敗を防ごうと考える人に過去に起こった失敗から得られる知識が正しく伝達されていないからである。失敗知識を正しく伝達し、その知識を獲得した人が正しく対応すれば同種の失敗は未然に防ぐことができる。それでは失敗知識の伝達に必要なものはなにか。それは失敗を生かそうとしている人が頭の中に持っている失敗"知識の構造"(ことばを変えると"文脈"・"コンテクスト"・"脈絡"のいずれでも良い)を明らかにし、それにしたがって個々の事例を記述し、失敗知識を獲得しようとしている人が検索でき、そしてそれを頭の中に吸収、定着させることができるような構造性を持たせることである。ここで最も大事なことは"失敗知識の構造化"である。
失敗知識の構造化を考えるときに最も必要となる失敗出来(しゅったい)の要素化とその表現を図1に示す。
図1 失敗出来の要素化と表現
普通、世の中では失敗を原因と結果の2つに分けて考えている(同図(a))。原因があり、その結果として失敗が出来すると考えるのである。これは単純で理解しやすいために誰もが受け入れるものであるが、大きな欠点がある。原因があれば必ず結果が生じるのか、それとも原因があっても結果に結びつかないものがあるのか、という点について考えていないからである。この考え方に従えば、原因さえ取り除けば結果が起こらないことになる。そうだろうか?
多くの場合この程度の理解で失敗に対処しようとすること自体が、失敗を繰り返すことになっているのではないだろうか?
失敗出来の時系列的な進行を見てみよう(同図(b))。目に見えるのは目の前で起こっている現象だけである。そして目に見えないのが原因と背景である。失敗が失敗として表に現れ、現象の進行に対して人間が対処する。ここで現象と対処を合わせて結果と考えることができる。また、その失敗が起こった後に、これに関連してさまざまなことがらが起こる。これを記述するのは"後日談"である。
以上をまとめて失敗知識を生かそうとする人が最も受け入れやすい失敗出来の表現方法(文脈)を考えよう(同図(c))。まず"事象"としてひとことでいえば、どんな失敗が起こったのか、次いで"経過"として時間の経過とともにどう進行したか、"原因"としてどのような推定原因であるとそのとき感じたのか、さらに"対処"としてそれにどう対応したのか、の4つをこの順番で記述する。そして"総括"としてこれをその場でまとめてしまう必要がある。この5つの項目を書くことで、後からその失敗を学ぼうとして人は実際に生じている失敗出来の全容を理解することができる。いったんこのように纏めた後にその失敗から何を学ぶのかを抽出する、言い換えれば、失敗を生かそうとする人に伝達するための知識化を行う必要がある。すなわち、この総計6つの項目が失敗表現の最低限の項目である。
なお、失敗の出来は1つのシステムとして見ることができる(同図(d))。科学や工学では、何かの現象が起こったときにその全体系を、1つのシステムと見て、それに何らかの入力があるので出力が出ると考え、3つの要素で考えている。ことばを替えて言い直せば特性を持ったシステムがあり、そこに要因が入ったときに結果が出てくると考える。工学上の具体的なシステムでは、システム自体も入力・出力も目に見ることができるが、"失敗"をシステムとして見る場合に皆の目に見えるのは結果だけであり、その前の特性と要因は見えないものである。そこで"失敗"をシステムとして見る場合には、これら2つを結果の方から推測・推定し、事実に合うという検証を通じて特性と要因の"同定"を行うのである。このようにして、いったん"特性"の同定が行われた後は"失敗"を見るときに、まず"特性"があり、要因が入るために結果が出ると考えることになる。特性と要因を結び合わせたものが、失敗を原因と結果との2つで見る通常の見方における"原因"となる。
実際に失敗が出来し、その結果から逆算して特性や要因を同定する場合、もう1つ大事な要素が抜けていることが分かる。"制約"を加味した失敗の構造である(同図(e))。ある特性を持っているシステムがあり、要因がそこに働きかけるが、実際にはこの特性は何かの制約を受けており、その結果として失敗が出来すると考える。このような考え方をする場合、通常の表現では特性と要因を原因とし、制約は"背景"として記述されることが多い。
2. 失敗出来の脈絡と構造化
すべての失敗はヒューマンエラー(人的要因が主因となる失敗)であるといわれる。また、人は誰でも間違える。失敗をした場合、特に当事者でない外部からその失敗をみると、最初は失敗の結果しか分からないことが多い。しかし、その失敗を調査・分析することにより、ある原因によって人が行動し、失敗結果に至ることが分かる。ここで、行動とは失敗の原因と結果等を結びつける人の行為であり、原因のみや行動のみでは失敗には至らず、原因と行動の両方があったときにのみ失敗の結果に至るのである。このような考え方からすると失敗の脈絡を構造化するには、"まず人的原因があり、次に人の行動があり、そしてそれによって結果が現れてくる"と表現することができる(図2(a))。この失敗出来の原因・行動・結果のつながりを"脈絡"または"シナリオ"と呼ぶことにする。人的原因があり、行動があり、失敗の結果が起こる。具体的な例を挙げれば"うっかりしていて"・"スイッチを切り忘れたら"・"火事になった"という事例と、"脇見をしていて"・"ハンドルをきり損ねたら"・"塀にぶつかった"という事例は同じシナリオになっていることは誰でも分かる。不注意という原因があり、本来すべきことをしないか間違ったことをしたという行動をとり、その結果として失敗が出来するというものである。これを1本の木になぞらえたのが"失敗の木"(同図(b))である。幹(原因)、枝(行動)、小枝(結果)と繋がって1本の木を構成している。そしてそれぞれの小枝に具体的な事例がぶら下がっている。たくさんの事例がぶら下がる小枝が世の中で頻発しているさまざまな失敗の脈絡に相当する。この木の表現によれば、めったに起こらないものや、一度起きたら致命的な損害を被るようなものがどのようなシナリオで出来上がっているかが一目瞭然となる。さらに、"失敗の木"を束ねて"失敗の森"を作る。それが同図(c)である。後に出てくるが、おおよそどのような分野のものであっても人的原因は10個に分類することが可能なようである。そこで、それら1つずつの要因を1本の木になぞらえ、それを束ねることで"失敗の森"が出来上がる。ここで、要因としては"未知""無知""誤判断""手順の不遵守""調査検討の不足""制約条件または環境条件の変化""企画不良""価値観不良""組織運営不良"などがある。10本の木を束ねることによって失敗の全体像を1枚の図に表現することができる。すなわち失敗を俯瞰したときの地図が失敗の森の形で表現される。
図2 失敗の脈絡と構造化
次いで、失敗出来の立体表現について考える(図3)。"失敗の木"で表現したように失敗の人的要因があり、その基盤の上に人間の行動がある。さらにその結果として失敗が出来する。この3つの失敗構成要素を図3(a)に示すように、原因を下段、行動を中段、結果を上段におき、それらの要因ごとのつながりを実線で示すと失敗のシナリオの立体表現になる。また失敗のシナリオにおいて、原因は失敗シナリオの上位概念と考えることもできるため、図3(b)に示すように上から下に向かう立体シナリオとして表現することもできる。先程のスイッチの切り忘れの火事の例で言えば、原因の不注意の項と行動の本来すべき定常動作をしないこと、そしてその結果として不良現象が起こるという線に結びつく。自動車の例では"不注意"という項から始まって、不適当な動作をして、定常動作をしなかったために衝突という事態を起こしている。多くの事例についてこのような立体表現をすることによって、どのようなシナリオのものがどう起こるか、さらに事例の多いシナリオほどそこに集中する線が多くなるため、その発生頻度が一目瞭然となる。そして、このことが失敗の未然防止や発生確率の予想に有用ではないかと考える。
図3 失敗出来の立体表現
3. 失敗構成要素のまんだらによる表現
ここでは例として、原因のうちの1つの要素を構成する全要素の種類と階層性の表現について考える(図4。以下の記述では、"要素"とは原因を構成する"不注意"等の具体的要因をいう。)。不注意という一番の上位概念の下に、本来注意しなければいけないのに、うっかりしていてとか、別のことを考えていてとか、さまざまな要因があり、それらは階層性を持っている。それを"ピラミッド図"で表せば同図(a)のようになる。また要素の階層性を"分岐図"で示せば同図(b)のようになる。原因を構成している一番上位の要素を並べ、さらにその外側にもっと下位の要素を並べ、要素間の関連を分岐で表したものが同図(c)に示す"胞子図"である。このようにすれば全要素とその階層性を示すことができる。
またここで示した○で囲った胞子の代わりに同心円状の円環を考え、それを分化しているような表現方法にしたものが、同図(d)に示す"まんだら図"である。"まんだら図"には、後述するように"原因まんだら"、"行動まんだら"、"結果まんだら"の3種類がある。(まんだら(曼陀羅)とは、仏教で悟りの世界や仏の教えを示した図絵のことをいい、それにヒントを得て発想した本データベース独自の表現である。)中心部が全体を取りまとめている最上位の概念で、その次の円環を第1レベルと呼ぶことにする。原因であれ行動であれ結果であれ、このレベルは10個程度のキーフレーズに分類するのが理解しやすいようである。さらにその外側に配置される要因を第2レベルと呼び、だいたい20~30個くらいのキーフレーズとする。本データベースの分類では、さらにその外側に個々の分野や事例に必要になる要因を配置することにした。それを第3レベルと呼ぶ。第1レベルおよび第2レベルについては、どの分野にも共通するような概念でくくるように努力しているが、第3レベルについては分野ごとで別々の表現を使うことを許している。(以下では、原因・行動・結果の3種類の"まんだら"を総称して"失敗まんだら"(または、"立体失敗まんだら")と呼ぶ。)
図4 ひとつの要因を構成する全要素の種類と階層性の表現
次に原因の場合を例として"まんだら図"の立体化を考える(図5)。多くの失敗について分析してその原因の要素を考えるとき、まず"うっかり"とか"勉強不足"とかの具体的な原因を思いつくのが普通である。そして、そのような多くの具体的原因を抽出して整理分類してゆくことで、その上位概念である"無知"とか"個人の原因"という言葉への抽象化が可能となる。
一方、原因の要素を別の視点からみると、個人に起因する"不注意"等から組織の問題としての"企画や運営の不良"さらに社会的な"環境変化"等の原因の流れも見いだせる。すなわち、"個人→組織→社会"に関連する原因というように、その対象範囲を拡大しながら考えるプロセスもある。そのように考えると原因要素の検討過程では、具体化と抽象化の間、あるいは個人と社会との間を思考が行きつ戻りつしながらも、総体的には個人的・具体的な要素から始まって組織的・社会的要素を経て抽象化した上位概念に上がってゆくものと考えられる。この思考経路を示したものが図6(a)である。思考の経路はこの螺旋階段状に開かれたまんだらの下の外側から順次右回りに回り、次第に中心部に上がっていく。そして螺旋階段を除いて、全体として思考探索のたどる経路のみを描いてみると同図(b)のようになる。周囲から順次回りながら中心部に上り詰めていく、そして最後までいったときに、ここで考えた考えは相当程度上位概念に上ったことになり、他の人へ伝達可能になる。失敗知識の伝達を示したのが、図7である。同図の左に示すように、失敗情報を伝えたい人は、失敗情報の具体的内容を思考のスパイラルアップを通して抽象的な"原因・行動・結果の上位概念(失敗シナリオ)"に高めて知識化することにより、初めて失敗知識として伝達が可能となる。そして同図の右に示すように、失敗情報を知りたい人は、その失敗知識を得て抽象的上位概念の失敗シナリオから失敗情報の具体的内容に降りてゆくスパイラルダウンの思考を通して失敗情報を理解することが可能となる。
図5 要素の階層性とまんだら表現の対応(原因の場合)
図6 思考探索が辿る経路
図7 思考探索による失敗知識の伝達経路
(b)行動のまんだらについて(図9)
失敗行動の分類の項目は、第1レベルのキーフレーズは10個、第2レベルは24個あり、データベース作りをやっている機械・材料・化学・建設の4分野のいずれにも共通して当てはまるものである。第1レベルで考えると人が物に対して行う行動が失敗行動であるものと、物を対象とせずに人の動作(行動・行為)そのものが失敗行動であるものと2つに分けられ、物への行動には"計画や設計の行動で失敗になる行動をとるもの"・"製作での行動で失敗行動となるもの"・"使用での行動で失敗行動となるもの"の3つがある。また、人そのものの行動が問題になるものとしては、"定常操作"・"非定常操作"・"定常動作"・"非定常動作"・"誤対応行為"・"不良行為"・"非定常行為"の7つがある。
ここで人そのものの行動の特徴は"定常の行動"と"非定常の行動"の2つに分けて考えられることで、定常の行動で失敗行動となるのは、人間に対して外的な要因は変化していないにも拘わらず、人間自体が誤った行動をするものであるが、非定常の行動で失敗となるのは、行動しようとする人間に対して与えられる外的な要因、すなわち人間に対する外的な環境が変化し、人間の思考や行動がその変化に十分に対応しきれないために失敗行動となるものである。そして前者の失敗行動は、訓練や注意の喚起で防ぐことができる場合が多いのに対し、後者はそのような対策がとりにくく、人間そのものに由来する失敗行動となっている。なお、多くの失敗は物事の変更時や状況の変化時に生じることがほとんどであると多くの技術者は経験的に考えているが、それがここでの非定常の行動に対応している。(これを変化点または変更点での失敗ということがある。)
なお、行動まんだらのキーフレーズには、"計画不良"・"手順不遵守"など原因でもあり、行動でもあると考えられるものがあるため、これらは両まんだらに重複して記述している。
図9 行動まんだら
それぞれの第1レベルに属する第2レベルのうち、物への行動は以下のようになる。これらは、物づくりを計画してから製作(製造)、使用、廃棄するまでの一連のプロセスで人がとる行動を表している。
物への行動
- 計画・設計…計画の不良・他からの設計をそのまま使ってしまう流用設計、など。
この中には、模倣設計やライセンス生産なども含まれる。
- 計画不良
何れかの箇所に無理や不良があるような計画を立案、実施するという失敗行動。設計建設時期の時間管理計画、装置産業なら工事計画、工事管理計画、運転計画、用役管理計画など全てを含む。
- 流用設計
他からの設計をその内容や意味する所を充分理解せずに、そのまま使ってしまう(模倣設計やライセンス生産なども含まれる)という失敗行動。運転操作法や計装システム、ソフトウエアシステムの構築、あるいは事業所の運営なども含まれる。
- 製作…ハード製作中の行動・ソフト製作中の行動、など。
この中には、機械・機器・物質の製造や建築・土木工事などが含まれる。
- ハード製作
うまく作動しないようなハードウエアを製作するという失敗行動。ただし、そのハードウエアを制御するソフトウエアの不具合の場合は、「ソフト製作」とする。
- ソフト製作
うまく作動しないようなソフトウエアを製作するという失敗行動。ソフトウエアの設計、使用する電気品、計装品の選定・購買も含む。
- 使用…機械の運転や使用・保守や修理・輸送や貯蔵・廃棄、など。
- 運転・使用
機械の運転・使用で使用法を間違えるとか、機械の限界を超える運転をするなどの行動。例えば自動車の無謀な運転など。
- 保守・修理
使用時の保守の誤りや、間違った修理などの失敗行動。例えば回転機器の潤滑油の選定ミスや、補修工事方法の選定ミスなど。
- 輸送・貯蔵
正しい輸送・貯蔵の方法をとらなかった失敗行動。例えば、低温輸送・貯蔵が要求される化学品に対して常温での輸送・貯蔵を行ったり、振動を嫌う精密計器の輸送を通常のトラックで行ったりしたなど。
- 廃棄
廃棄方法、廃棄場所、廃棄前の処理などで失敗に結びついた行動。ただし、関係者の規則違反、倫理道徳無視は後出の「不良行為」に分類する。
人の行動
ここでは「人の行動」を「操作」「動作」「行為」に分けている。
「操作」は、装置、機械、道具などの機能を発揮させるために行う物に対する働きかけで、装置の運転、機械の操作、バルブの開閉作業、自動車の運転などが含まれる。
「動作」は、装置、機械、道具などを操作・運転するあるいはその準備をするときなどの、人間の物理的行動で、転ぶ、ぶつかる、よろける、落ちるなどが含まれる。
「行為」は、人と人、人と社会の関わりの中で具体的な物を対象としたもの以外の人が意識的あるいは意志的に行う各種の行動である。
人の行動の第2レベルについては以下のようになる。
- 定常操作…手順の不遵守・誤操作、など。
通常時に人が物に対して行う行動であり、不操作も含まれる。
- 手順不遵守
定常運転下の操作時に定められた手順や手続きを守らない行動。
- 誤操作
定常操作時に誤った設定や行動を取ること。例えば、装置運転なら入力値の設定違い、自動車運転中に左折をするのに右折のウインカーを出すなどといったこと。
- 非定常操作…操作の変更・緊急操作、など。
通常とは異なる人の物に対する行動であり、緊急時の起動・停止などが含まれる。
- 操作変更
通常運転時でも操作を変更する場合があり、そのような場合に間違った手順や操作条件の設定を行うこと。
- 緊急操作
通常に運転していた装置、機械、道具などが何らかの理由で緊急な条件変更を行う場合に、間違った手順や方法で操作することによって危険な状態に近づくこと。回避行動をすべき時に回避行動を取らなかったような不操作も含まれる。不操作の例として、前方に渋滞があるにも拘わらず気が付くのが遅れてブレーキを踏まなかったなどがある。
- 定常動作…不注意動作・危険動作・誤動作、など。
通常時の人自身の物理的動作であり、接触、転倒、落下、不動作などが含まれる。
- 不注意動作
周辺の状況を考えずに、何となく行う動作。装置の運転でいえば、狭いところで作業して、何となく立ち上がって頭を打ったというような動作。
- 危険動作
十分に安全を確認しないで行う動作。混雑した歩道を突進する自転車がその例に当たる。
- 誤動作
定常状態において思い違い、誤認識などからなされた間違った動作。例えば、右折すれば目的地に到達するのに、左折が正しいと思いこんで左折するような動作。
- 非定常動作…状況変化時の動作・体調不良時の動作、など。
通常とは異なる人自身の物理的動作である。
- 状況変化時動作
状況が変化した時に、変化した内容が理解できずに行う失敗に繋がる行動。予想できなかった変化に出会うと人はパニックを起こすことがあり、それによる誤動作を含む。
- 体調不良時動作
体調が良くない時は、判断能力、行動能力とも低下する。そういう状況の中で行う失敗に繋がる行動。
- 誤対応行為…連絡不備・自己の保身のための間違った行為、など。
この中には、不連絡、隠蔽、看過などが含まれる。
- 連絡不備
連絡をしなくてはならない時に必要十分な連絡をしないという失敗行動。連絡には、指示、報告を含む。自己保身のために意図的に連絡をしなかった場合を除く。
- 自己保身
自分自身あるいは自分自身と身内だけを守る行為をいう。判断の引き延ばし、意図的な不報告、虚偽、隠蔽、看過、責任転嫁などが含まれる。
- 不良行為…倫理や道徳の違反・規則の違反、など。
正しくない間違った行為を指す。近年社会的関心を引いているコンプライアンス(法令遵守)の考えの正反対の行為である。
- 倫理道徳違反
成文化されていない規範に違反する行為。倫理、道徳、宗教、慣習法、申し合わせなどへの違反行為をいう。
- 規則違反
法律、条例、規則などの公的なルール、企業などの定款、内規あるいはJIS、ASMEなどの設計基準などの成文化された規則に違反する行為。契約違反も含まれる。
- 非定常行為…変更・非常時行為・無為、など。
通常時とは異なる幅広い行為であり、組織変更、計画変更、パニックになる、不作為などが含まれる。
- 変更
どのような変更でもそれまで継続して行われてきた行為を変更すると、そのこと自体が失敗の原因となりうる。失敗の原因が何らかの変更にあると考えられる場合の変更を指す。
- 非常時行為
緊急事態に直面して、それに対応してそれまでとは違った行動をとること。パニックになるなど非常時の行為による失敗行動。
- 無為
実施すべきことを行なわないという失敗行動。
そしてこの失敗行動についても第3レベルには図中に示していないが、ここでもそれぞれの分野で適当と思われることばで表現すればよい。
なお、行動まんだらでは"物への行動"と"人の行動"という2つの大枠でキーフレーズを分類し、"人の行動"の方のみに"定常"と"非定常"の区別を行った。"物への行動"には"定常"・"非定常"という視点は明示されていないが、"物への行動"にも当然"定常"・"非定常"の視点があり得るが、"物への行動"では前述したように、必ず最初に計画し、物を製作・製造し、使用(利用)した後、廃棄するというプロセスを辿るので、"定常"と"非定常"の視点で見るより、そのような過程での失敗を見る方が分かり易いと考えて、このような行動まんだらとした。
(c)結果のまんだらについて(図10)
第1レベルのキーフレーズは10個、第2レベルは29個あり、データベース作りをやっている機械・材料・化学・建設の4分野のいずれにも共通して当てはまるものである。第1レベルには、まずものへの結果として"機能不全"・"不良現象"・"破損"の3つがある。次に外部への影響を伴う結果として"二次災害"がある。また人への結果として"身体的被害"と"精神的被害"の2つがある。組織・社会への結果として"組織の損失"・"社会の被害"の2つがある。まだ起こっていないけれどこれから必ず起こる結果としての"未来への被害"がある。最後に、起こるかもしれない結果としての"起こりうる被害"がある。
図10 結果まんだら
それぞれの第1レベルに属する第2レベルは以下の通りである。
物への結果
- 機能不全…諸元未達・ハード不良・ソフト不良・システム不良、など。
ハードウエアやシステムなどの機能が達成されない場合で、性能などの未達成、性能不良、不作動などが含まれる。
- 諸元未達
予定していた機能が達成されない。
- ハード不良
ハードウエアの不良。
- ソフト不良
ソフトウエアの不良。
- システム不良
システムの不良。
- 不良現象…機械現象・熱流体現象・化学現象・電気故障、など。
それ自体は軽微な現象と考えられがちであるが、重大事故につながる引き金となることもあり注意が必要である。振動、摩耗、発熱、燃焼、漏電などの現象が含まれる。ここで、特に「熱流体現象」項目を取上げたのは、近年技術上の問題となる事象が熱と流体に分離できないか、双方にからんでいることが多いからである。
- 機械現象
振動、摩耗などの機械的な現象による不良。ただし破損を除く。
- 熱流体現象
発熱、熱移動、温度勾配などの熱現象や、気体と液体の混相流、乱流、高速流、あるいは極端な低速流などの流体現象による不良現象。流体の問題は必ず温度(熱)の問題を伴う。なお、ここでは両者を分離できる場合の熱現象と流体現象も含む。
- 化学現象
化学反応、暴走反応、着火、燃焼などの化学的現象による不良現象。
- 電気故障
静電気、漏電、短絡などの電気的な故障による不良現象。
- 破損…劣化・減肉・変形・破壊と損傷・大規模破損、など。
ミクロの材料組織の破壊からマクロな破壊までの、いわゆる"物がこわれる"現象であり、高温劣化、腐食、クリープ、沈没、墜落などが含まれる。
- 劣化
熱履歴、応力、化学反応などにより、材料の物理的性質、化学的性質などが低下すること。
- 減肉
摩耗、壊食、腐食、酸化などにより、構造部材の鉄板などの厚みが薄くなること。確実に強度が低下し、孔が開く場合がある。
- 変形
機器、配管などの形が、力を受けて全体あるいは部分的に変わること。過度の変形によって機器の機能が喪失する。
- 破壊・損傷
機器、配管などが、力を受けて全体あるいは部分的に壊れたり、傷が付くこと。疲労破壊、疲労き裂、応力腐食割れ、クリープ破壊などである。
- 大規模破損
破壊・損傷のうち、大規模な場合をいう。最も大規模な破損は、化学装置やエネルギー装置の爆発、大型船の沈没、飛行機の墜落などである。
外部への影響を伴う結果
- 二次災害…損壊・環境破壊、など。
機能不全、不良現象、破損を一次的結果として、二次的に発生する比較的大規模な結果である。発熱、燃焼などによって発生する火災や爆発、破壊などによって生ずる漏洩や環境汚染などが含まれる。
- 損壊
不良現象や破損の結果生じた火災・爆発などの二次的災害。
- 環境破壊
不良現象や損壊から直接発生した、あるいは火災・爆発などの結果発生した環境破壊。水域汚染、大気汚染など。
人への結果
- 身体的被害…人損・発病・負傷・死亡、など。
人自身が受ける身体的な被害である。
- 人損
失敗が原因となり、人の健康に被害がでること。発病、負傷、死亡がはっきりしない場合に使用する項目。
- 発病
失敗が原因になり、人が病気になること。急性、慢性、後発性を問わない。また流産の異常増加などを含む。
- 負傷
失敗により、人が負傷すること。
- 死亡
失敗により、人が死亡すること。
- 精神的被害…精神的損傷。
これには第3レベルとして恐怖心の植付け・記憶喪失・自信喪失・関係者悲嘆、などが含まれる。
- 精神的損傷
恐怖心の植付け・記憶喪失・自信喪失・関係者の悲嘆など、人が精神的に被害を受けること。
組織・社会への結果
- 組織の損失…経済的損失・社会的損失、など。
直接・間接に企業などの組織が被る損失であり、損害賠償や信用失墜、倒産などが含まれる。
- 経済的損失
事故による直接的なロス、復旧費、不稼動損、損害賠償など目に見える損失。
- 社会的損失
信用の失墜、それによる売上減、訴訟などの企業の社会的立場への影響。
- 社会の被害…社会機能不全・人の意識変化、など。
国民、消費者など広く社会が受ける被害であり、インフラの機能不全、行政・企業不信、購買行動の変化などが含まれる。
- 社会機能不全
ライフラインの混雑、風評被害などの社会機能の混乱など。
- 人の意識変化
行政・企業への不信感の増大、生活の自衛意識の昂進など一般国民の意識変化。
これから必ず起こる結果
- 未来への被害…未出来(しゅったい)の結果・予想可能な結果・予想不可能な結果、など。
環境問題による地球温暖化、現在は大きな問題になっていなくても将来顕在化する可能性があるものなど、将来大きな問題として必ず起こる結果である。この顕在化は、内部告発によって事件として取り扱われることが多い。
- 未出来の結果
現在は大きな問題になっていないが、既にその萌芽が見られ将来必ず大きな問題として起こる事象。例えば地球温暖化、公的年金の破滅、など。
- 予想可能な結果
現在は大きな問題になっていないが、放置すると将来大きな問題として起こることが予測可能な事象。例えば、水の配分を巡る世界的な紛糾、地軸の移動による気候変化など。
- 予想不可能な結果
現在は大きな問題になっていなくても将来大きな問題として起こる結果。ただし、失敗が発生した時点では予測不可能であるもの。
起こるかもしれない結果
- 起こり得る被害…潜在危険・ヒヤリハット、など。
これらは起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。同じ要因があっても発生が確率的なもので、その発生確率の低いものである。
- ヒヤリハット
実際の事故や失敗にはならなかったが、当事者がもう少しで危ないところだったと感じた(ヒヤリとしたりハッとした)事象。たまたま、条件が合致した時に確率的失敗・事故になるが、当事者には失敗の可能性が予め知覚されているのが、ヒヤリハットである。
- 潜在危険
潜在的な危険が存在しているもので、何らかの条件が満たされれば事故や失敗になる可能性を持っているもの。企画、決定、行動などを行った時点では危険と認識されていなくても、将来顕在化する可能性のあるものを含む。
以上の原因・行動・結果の構成要素を、図3(b)の立体表現にならって階層化して示した"失敗まんだら"を図11に示す。データベースの画面上では、上位概念である原因から行動・結果へと下に見てゆけばシナリオにならって理解できるようになっている。
なお、この "失敗まんだら"は、失敗知識データベース推進委員会が現時点で最善と考えているものであり、完成版でないことを付記しておく。今後より多くのデータ収集・分析や利用者の意見も反映して内容や構成が進化し、より完成度の高いものになってゆくものである。
図11 失敗シナリオの立体表現