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失敗年鑑2005: 福知山線脱線事故 >>会員用フルバージョンはこちら
失敗年鑑2005
福知山線脱線事故
サイドローズエルピー、ゼネラルパートナー
飯野謙次

スピード超過でマンションに激突

福知山線脱線事故の原因分析 [ 拡大 ]

【シナリオ】
1.組織運営不良
2.構成員不良
3.管理不良
4.価値観不良
5.安全意識不良
6.誤判断
7.状況に対する誤判断
原因
8.使用
9.運転・使用
10.定常操作
11.手順不遵守
12.過速度でカーブ突入
13.非定常操作
14.緊急操作
15.カーブでブレーキ
行動
16.不良現象
17.機械現象
18.転倒・脱線
19.破損
20.大規模破損
21.車両押し潰され
22.身体的被害
23.死亡・負傷
24.組織の損失
25.社会的損失
26.評判の失墜
結果


【概要】
 2005年4月25日、兵庫県尼崎市で、西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本)の福知山線上り快速列車が塚口駅を通過後、 尼崎駅に向かう途中の右カーブで転覆、脱線、1両目はカーブの南東部に隣接していたマンションビルの駐車場に突っ込み大破、 2両目も同駐車場入り口の柱に叩きつけられて大破、3、4両目は脱線して軌道から大きく外れ、5両目も脱線、 6、7両目は軌道に乗ったまま停止した。運転士1名、乗客106名が死亡したほか、乗客562名が負傷した。
 事故が発生したカーブは半径304m、制限速度70km/hであったところ、事故列車は116km/hで進入し転覆脱線した。 運転士がその時、正常な運転ができない状態にあったと思われる。

【発生日時】
 2005年4月25日、午前9時19分ごろ

【発生場所】
 兵庫県尼崎市、福知山線上り南向き線路、尼崎まで2km弱の右カーブ

【背景となる情報】
福知山線
 図1で青線で示した福知山線は、兵庫県尼崎駅と京都府福知山駅を結ぶ営業区間 106.5km の西日本旅客鉄道(JR西日本)所有の鉄道路線。 福知山−宝塚間は山間部も走るのどかな路線だが、宝塚−尼崎間は1986年の一部複線化に始まり、 通勤用路線としてダイヤが過密化して行った。図1で緑の点線は他のJR在来線。

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図1 福知山線

福知山線、宝塚-尼崎間の他路線との競争
 福知山線は、図1にあるように福知山-宝塚間はのどかなローカル線であるが、宝塚から尼崎に至るまでは通勤用路線となっており、 尼崎で東海道本線と合流する。図2が示すように、阪急電鉄の宝塚線、今津線、神戸線と激しい競争を繰り広げている。 通勤・通学にどの路線を使うかは、途中乗車駅の位置、目的地など、様々な要素が複雑に絡み合うが、 ここは単純に宝塚駅から大阪(梅田)駅に向かう場合を平日の午前9時前後で比較すると以下のようになる。
・JR特急北近畿   22分、 1,260円 (特急券込)
・JR快速(直通)   28分、 320円  
・JR快速(尼崎乗換、5分)   30分、 320円  
・阪急(西宮北口乗換、4分)   34分、 270円  
・阪急急行(直通)   42分、 270円  
・阪急準急(直通)   43分、 270円  

 通勤・通学の観点から考えると、割高のJRを利用するのは、通勤時間を少しでも短くしたいときであるため、 サービス提供側としては時間通りの運行が、他社との競争上重要である。

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路線の駅は複数路線が交差するもののみ示している。事故現場は、塚口から尼崎に向かう線路の円の中央部。 大阪市営地下鉄は示していない。

図2 福知山線を取り囲む他の路線

自動列車停止装置(ATS: Automatic Train Stop)
 列車が停止信号を越えそうな時や、指示速度を超過した時に運転席に警報を発したり、ブレーキを自動的に動作させて停止させる装置。 以下タイプを含めていくつか種類がある。
ATS-SW (Automatic Train Stop -Signal West):JR西日本で使用されているタイプのATS。 2本の線路の内側に設置される地上子上を、車両の車上子が行きすぎるときに信号が出る。 地上子を2個直列に置くことによって、その2個の地上子間の車両の平均速度が算出される。 算出された速度を車上に伝え、信号をもとに車上で計算して警報や、自動ブレーキを発したり、 地上から自動ブレーキの信号を送ったりすることができる。

ATS-SWロング:場内信号機等が停止表示をしている時、その500〜900m手前のSWロング地上子を車上子がよぎった時に、 確認要求情報を送信する。確認要求情報を受けたことは運転席の赤色灯とベル音で運転手が認識する。 運転手は5秒以内にブレーキハンドルで常用ブレーキを作動させた状態で確認ボタンを押す。この動作を「確認扱い」と呼ぶ。 確認扱いが5秒以内に完了しないときはATS-SWが非常ブレーキを作動させる。

ATS-P (Automatic Train Stop -Pattern):地上子より、制限速度や制限速度地点(カーブ直前や分岐器)までの距離を車上側に送信する。 車上側では、減速パターンに照らして警報を発したり、自動ブレーキをかけたりする。


【経過】
 事故後の調査で判明したことも含め、時系列に事故当日の経過を運転士の行動を中心に記す。 中でも、手順逸脱と自動ブレーキの作動、および問題行動については下線で示す。

4月24日
09:00頃 起床
10:30頃 家を出る
12:16 出勤点呼
13:05 勤務開始
13:15 乗務点呼
23:14 勤務終了

4月25日
00:02:46 00:07:12までに5回ウェブサイトを閲覧
05:30頃 森の宮電車区放出(はなてん)派出所で起床
06:08 発点呼
06:51:30 7両編成、放出駅2番線に入る
--:--:-- 方向転換のため、西側の運転席から東側に移動
06:56:00 放出駅を東向きに出発
07:26:30 松井山手駅到着
--:--:-- そのまま東向きに引き上げ線に入る
--:--:-- 方向転換のため、東側の運転席から西側に移動
--:--:-- 松井山手駅2番線に入る
07:35:00 京橋行き区間快速として松井山手駅出発
08:07:51 京橋駅到着、(予定より1分遅れ)
08:09:50 尼崎駅行き普通列車として京橋駅出発(予定より50秒遅れ)
--:--:-- 大阪城北詰駅に到着。車掌が乗降口を閉める前に 運転席右側の窓を開けて後方を確認すべきところをしなかった。 通常、閉扉後、2、3秒で出発するところを5〜10秒経過してから出発
--:--:-- 御幣島(みてじま)駅から加島(かしま)駅に向かう加島駅直前の半径 250mの左カーブ(図3、円で囲んだ部分)の99m手前(同図、×印)で、 ATS-P による最大ブレーキが約1.8秒間動作した。 この約5.2秒前には運転席でパターン接近表示灯が点き、警報が鳴動し、 手動ブレーキを段階的に使用している。御幣島駅からは49秒遅れ、 加島駅からは47秒遅れの出発だった。 加島駅での大阪城北詰駅同様の運転手による 後方乗降口確認の手順がなされなかった
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図3 京橋から尼崎への片町線。大阪城北詰駅と加島駅。


08:26:30 尼崎駅到着
08:31:00 宝塚行き下り回送列車として尼崎駅を定刻通り出発
--:--:-- 宝塚駅ホーム手前約250mにある信号(図4、1RA2信号)は、 列車が2番線に進入することから、注意信号を表示しており、制限速度は55km/h であった。列車はこの信号をおよそ55km/h で通過したものの、その後加速を続け、 分岐(31号イ分岐)の約30m手前のATS-SWロング地上子(5・6RQ1)から、 確認要求情報が送信された。 運転士はこの確認要求情報による赤色灯とベルに反応し、 1秒以内に加速から手動常用ブレーキ操作に切り替えたが、 このブレーキを作動させながら確認ボタンを押す『確認扱い』が完了せず、
08:54:43 ATS-SWロング機能によるATS-SWロング機能による非常ブレーキが作動した。 その後、運転士は手動ブレーキを緩め位置まで段階的に緩め、1秒間緩めた後、 再びブレーキ位置に戻した。
 曲線分岐器を分岐側に通過するときの制限速度は 40km/hであり、 その表示もあった。しかし、非常ブレーキが自動的に作動したものの、 分岐通過時の速度は65km/hで、 ATS-SW型地上子を挟んで44m手前にあった標識の表示速度だった。

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図4 事故発生25分前、事故列車の宝塚駅への進入


08:54:55 2番線、尼崎方端に停止
08:55:04 運転士は手動ブレーキを非常位置にした状態で、ATS復帰スイッチを下に引く 「ATS復帰扱い」を行った。ATS-SWロング機能による非常ブレーキ作動時には、 復帰の前に輸送指令員に連絡を行うこととされているものの、 運転士はそれをしなかった
08:55:24 加速開始、約18km/h まで加速。
 その後、ブレーキを段階的に使用していたところ、
08:56:12 ATS-SW誤出発防止機能により、非常ブレーキが作動した。
 この非常ブレーキは運転ミスではなく、2番線ホーム、 東の端に先頭車両を合わせる形でいったん止まった列車が、 停止位置に来るまで通常の倍近くかかったため、 誤出発防止機能が誤って作動したためである。
08:56:14 所定停止位置付近に停止。宝塚駅到着(44秒遅れ)。
08:56:17 ATS復帰扱いを実行。
08:59:04 宝塚駅を反対向きに出発するため7両目を降りる。運転士は約2分50秒間、 通常1分程度の約3倍、7両目にいた。7両目に到着した車掌を30秒ほど待たせた後、 運転士が運転席から出た。その際、すれ違った車掌が話しかけるも、 運転士は無言で1両目に向かって歩いて行った。通常2分20秒かかるので、 09:01:24頃到着。
09:04:00 同志社前駅行き上り快速列車として宝塚駅出発(15秒遅れ)
09:07:40 中山寺駅出発(25秒遅れ)
09:11:20 川西池田駅出発(35秒遅れ)
09:13:39 北伊丹駅通過(34秒遅れ)
09:15:26 伊丹駅停止位置を72m行きすぎて停止。
 このとき、停止位置の643m、および468m手前で運転席には警告が発せられ、 運転士は2つ目の警告に反応して手動ブレーキを作動させた。 しかし制動は間に合わず、列車が通常停止位置の前方44mに達したところで、 車掌が自分のいる7両目の非常ブレーキを作動させた。これにより、 運転席に赤色灯が点灯し、 その3.4秒後に運転士もブレーキハンドルを非常位置にした。 列車は所定の停止位置を72m行き過ぎて停止した。

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図5 伊丹駅付近の列車進行


09:15:38 停止から12秒後に列車は後退を開始
09:15:43 3m後退しすぎた位置で停止、伊丹駅に到着した(1分8秒遅れ)
09:16:10 伊丹駅出発(1分20秒遅れ)
--:--:-- 運転士から車掌に車内電話で「まけてくれへんか」と通話があり、 車掌が「だいぶと行ってるよ」と応えたところで、 乗客対応のため車内電話を切り、続けて車内放送を行った。 その後、車掌は総合指令所に無線報告するも、 30〜40mと思っていた行き過ぎ距離を8mと過小報告、 遅延時間も1分半と適当に伝えた。
09:18:22 塚口駅を惰行で通過(1分12秒遅れ、速度122km/h)
09:18:XX ブレーキ使用開始位置を通過
09:18:YY 時速118km/hで上り第4閉そく信号機を通過
09:18:49 時速116km/hで事故のあったカーブに突入。 カーブは円曲線部が曲率半径300m、制限速度は70km/hだった。
09:18:50 手動ブレーキ作動開始
09:18:54 1両目転倒開始・脱線。続けて、2〜5両目が脱線。
09:19:04 最終車両、7両目が停止


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図6 事故のあったカーブと事故直前の手動ブレーキ使用状態


 上記、塚口駅を惰行で通過後、第4閉そく機を通過したところから、1両目が転倒・脱線を開始するまでの手動ブレーキ使用状態を図6に示す。 列車は上り、南向き(図6では下向き)に走っており、カーブは右カーブだった。

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図7 事故による列車車両の状態


 本事故により、図7に示すように1両目と2両目は隣接するマンションに激突して大破、3両目は進行方向のほぼ逆を向くほど回転し、 4両目も大きく脱線した。図7の状態に至るまでの事故進行の想像図を図8に示す。本事故により、運転士1名、乗客男性58名、 女性48名の計107名が死亡した。負傷は男性227名、女性335名の合計562名であった(表1)。

表1 運転士を含めた本事故による死傷者数
車両 死亡 負傷 合計
男性 女性 総数 男性 女性 総数
1両目 27 16 43 28 21 49 92
2両目 28 29 57 39 36 75 132
3両目 0 3 3 21 136 157 160
4〜7両目 0 0 0 137 134 271 271
車両不明 4 0 4 2 8 10 14
合計 59 0 107 227 335 562 669



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図8 車両転倒・脱線の経緯(想像)


【原因】
 本事故の直接原因は、カーブにおけるスピード超過のため列車が転倒したことである。この半径300mのカーブの転倒限界速度について、 JR西日本の当初の発表が133km/hとされたこともあって混乱が生じたが、100km/h前後が限界速度のようである。 計算に用いる物理現象は簡単で、 図9のように各車両車体の重心に作用する重力とカーブによる遠心力の合力ベクトルが2本の軌道線路の外側を指した時に転倒を開始する(図9)。 このとき、車両をカーブ内側に傾けて転倒しにくくするために設けたカントや、車体と台車の間のばね特性なども考慮に入れなければならない。
 自動車免許教育の初期段階で習うことに、カーブの中ではブレーキを踏まないことというのがある。電車の運転でも同じで、 カーブに入るための減速はカーブ手前で行うこととされている。図9にさらに制動ベクトルが加わると転倒モーメントが発生し、 また合ベクトルも軌道外にさらに外れやすくなる。

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図9 軌道車両が転倒する条件


 しかし、どれだけ綿密にこの転倒限界速度を計算しようとしても、車輪の数ミリ程度のちょっとしたスリップや線路の傷による左右の動揺、 また乗客が座っているか立っているかによる重心の高さにより結果は違ってくる。 ちなみに事故車両は1両目が空車時26.3トンだが、体重60kgの成人が100人も乗っていれば、6トンと車両重量の1/4 になり、無視できない。
 また、物理的な間接原因として、速度管理機能のあるATSシステムが設置されていなかったことが挙げられる。 もしこれがこのカーブに設置されていたら、加島駅前、や宝塚駅前のカーブのように非常ブレーキが作動し、この事故が避けられた可能性は高い。

【対処】
 事故現場近隣の企業などから一般人がいち早く現場に駆け付け、救助活動に当たり、多くの負傷者を医療施設に搬送した。
 近隣の住民が事故の様子を見、機転を利かせて近くにあった踏切の非常ボタンを押した。対抗軌道を北上していた特急北近畿はこれに気付き、 およそ100m手前で停止して、事故現場に突っ込むという二次災害を逃れた。
 国土交通省は即座に事故対策本部を設置、初動態勢を5段階の上から2番目のレベルIVと認定した。 兵庫県も事故対策支援本部を設置、消防の緊急消防援助隊、警察の広域緊急援助隊に出動を要請、さらに陸上自衛隊に派遣を要請した。 救助活動は4月28日午後7時30分まで続けられた。
 このような大事故に遭遇しながら、同列車に乗り合わせていたJR西日本の運転士2名が救助活動に加わらず、 出勤したことが後に大きな非難を浴びた。

【対策】
 JR西日本は、事故の発生したカーブの手前に、スピードオーバーを感知して自動的に非常ブレーキを作動させるATS-P型を設置した。 また、福知山線のダイヤをもう少しゆとりあるものに修正した。
 国土交通省は、JRの他に私鉄も含めて運転士に実施している適性検査を50年ぶりに見直すことにしたもののその作業は難航している。

【考察】
 多数の犠牲者を出した本事故は、大いに世間の耳目を集め、事故の背景要因について様々な批判がなされた。 中でも、過密ダイヤと日勤教育に批判が集中した。
 [背景となる情報]でも既述したように、宝塚−尼崎間の福知山線はそのスピートに旅客サービスとしての価値があり、 ダイヤの遅延は直接顧客に対するサービス低下につながる。しかし、事故調査報告書の時間経過を詳しく読むと、 通勤時間帯になって乗客が増えるに伴い、各駅での出発遅延が5秒、10秒、20秒と徐々に累積していく様子がわかる。 それと相まって、さらに安全性を低下させるのが"回復運転"と呼ばれる、制限速度を超過して遅れを取り戻す運転だ。 これが、JR西日本では日常化しており、速度超過の内部報告もされていなかった[6]。
 日勤教育は、その方法が確立されておらず、その内容は教育担当者に任されていた。その実情は見せしめ、懲罰的性格が強く、 それが少なからず受けた者には精神的負担になっていたようである。本件事故の運転士は、2002年5月に車掌乗務中に駅通過により4日間、 2003年8月に車掌乗務中の居眠りで1日、2004年6月に運転士乗務中の停止位置行き過ぎにより13日間の日勤教育を受けた経歴があり、 友人等の口述から、当該運転士はそれを厳しいと感じていたことがわかる。また日勤教育は、勤務種別が"乗務員"から"日勤"に変更されるため、 賃金や乗務員の旅費が減少するという実質的な報酬削減が伴う。
 しかし、上述の過密ダイヤと日勤教育と本事故との因果関係はつけにくい。[経過]の項で示したように、 本事故の車両転倒の原因はカーブ手前で十分な減速をしなかったこととカーブ内で強いブレーキを作動させたことである。 直前の伊丹駅での停止線行き過ぎから、運転士が日勤教育を連想し、 それを避けたいがために回復運転でカーブに入るまで惰行を続けたとは考えられない。
 また、事故調査報告書では、伊丹駅での停止線行き過ぎに関する車掌と指令との無線交信に気を取られていたとしている。 確かに運転士の周りの人たちの口述で、同運転士は今度問題を起こしたら、運転士を辞めさせられると思っていたようだ。 それもあって、宝塚駅での ATS-SWロングによる非常ブレーキ解除を指令に伝えなかったのだろうか。 しかし、気を取られていたというのも、先の日勤教育に関するプレッシャーも、運転士の当時の思考を推測しているにすぎない。

 ここで記録から、事実として認定されている事象をもとに、当日の運転士の行動と自動非常ブレーキの作動を拾い上げてみると 図10のようになる。この図から、惰行・ブレーキ遅れは、伊丹駅で停止線を行きすぎた後だけではなく、当日の運転傾向として、 その前から如実に表れていたことがわかる。
 図10の前半部分、6:56に放出を出発、松井山手で折り返して京橋に至るまでは問題ないが、その後、後方確認不履行、 停止位置行き過ぎの後、加島駅手前のカーブでATS-Pによる非常ブレーキが作動する。 加島駅でも後方確認不履行の後、宝塚駅手前でATS-SWロングによる非常ブレーキが作動し、 このときは規則にあった指令への連絡をせずに解除している。 宝塚駅で停車、折り返すときに長時間運転席にいすわり、車掌の問いかけに無言ですれ違った。 さらに伊丹駅では72mのオーバーランを起こした。

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図10 事故当日の運転士の運転と行動記録(Bはブレーキの略)


 図10に示した運転士の行動・自動非常ブレーキの作動を念頭に、航空旅客業界の実情との比較を表2に示す。 航空旅客業界の情報は、元全日空機長石橋 明氏と筆者の間の交信に基づいている。

表2 航空旅客業界と事故車両の危機管理
  日本のボーイング 747-400機 本事故の車両
乗客数 定員416(3クラス)〜524(2クラス)名
定員オーバーは不可
定員1089名
定員オーバー可
コックピット乗員
(運転士)
2名 1名
乗務後の休憩時間 国内便は 14時間以上国際便は 32時間以上(2晩以上) 7時間(前日勤務終了から当日発点呼)
事故を起こした運転士の睡眠は5時間と推定される
操縦士機能喪失
(運転士機能喪失)
明らかな場合、副操縦士が対応。
疑わしき場合、副操縦士が3回呼びかけて返事がない場合、対応。
運転士が車掌の呼びかけに無言ですれ違うも、そのまま乗務
客室乗務員
(車掌)
乗客50名に対して1名国際便 747-400は16名 1名



 本事故車両に事故時に何名乗客がいたかは不明だが、事故調査報告書の乗客口述から、座席が満席、 つり革につかまれない人もいたことからちょうど定員前後だったと推定される。表2を見てまず驚くのが、 航空機と電車における乗客に対する乗員数の違いである。これは私たちが、空を飛ぶ飛行機がいかにも危ない乗り物、 地上のレールを走る電車は安全という錯覚に起因しているようだ。本事故でも明らかにされたように、電車も飛行機と同じく、 一つ間違えれば危険な乗り物として認識し、その運用の根本的考え方を見直さなければならない。
 運転士と車掌は列車の両端に位置し、離れて安全走行や乗客の乗降を監視する義務がある。本事故の運転士は経験が浅かったが、 車掌は16年近く勤続していたベテランだった。しかし、うろたえてしまったためか、事故発生後、 まずしなければならない二次災害防止のための対向列車への信号通知を怠った。運転手と車掌の間の連絡を常時オープンの回線で行うなど、 常に運転状況を車掌が監視するような配慮が必要ではないか。 あるいは今の情報化社会ではコンピュータ技術を利用してリアルタイムで運転士をモニターすることも十分可能である。

 ATS-Pを設置する、ダイヤを改正してゆとりを持たせる、 あるいは運転士の資質をオフラインで管理するといった対策では不十分のように思われる。 たとえば、折り返しの宝塚駅で、それまで2度も自動非常ブレーキを作動させ、 また車掌の話しかけにも応じなかった運転士は交代させるようなリアルタイムの監視機能が強く望まれる。 航空旅客業界の幾重にも設定された人の管理システムは、人も機能喪失することがあるという前提から作られている。 これは何も精神状態だけのことを言っているのではなく、心不全など身体的急性疾病なども考えてのことである。 人を訓練して完璧な状態に保つことはできないと考えなければならなくなってきている。

【知識化】
  • 人は身体的、精神的理由により、機能障害を起こすことがある
  • 機械の操作を任されている人が機能障害を起こした結果の重度により、監視システム、あるいは自動停止装置など、 何らかの仕組みを用意して大きな事故を防止する必要がある


参考文献
1.フリー百科事典ウィキペディア
1.1 福知山線 (2008年6月18日版)
1.2 JR福知山線脱線事故 (2008年6月18日版)
1.3 自動列車停止装置(2008年6月18日版)
1.4 Boeing 747 (2008年7月2日、英語版)
2. 尼崎事故とATS
2.1 速度照査
2.2 ATS-SW形
2.3 ATS-P
3. 鉄道事故調査報告書、-西日本旅客鉄道株式会社 福知山線塚口駅〜尼崎駅間 列車脱線事故、航空・鉄道事故調査委員会、2007年6月28日
4. 福知山線事故の真実 -事故調査報告書に異議あり-佐藤国仁、日経ものづくり2007年11月号
5. 西日本旅客鉄道(株)福知山線における列車脱線事故について、国土交通省ホームページ
6. "速度超過18年報告ゼロ"毎日新聞、2005年6月2日
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