特定非営利活動法人失敗学会 |
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浜岡原発タービン事故
サイドローズエルピー、ゼネラルパートナー
飯野謙次
【シナリオ】
【概要】 2006年8月15日、午前8時39分、定格出力138万キロワットの浜岡原子力発電所5号機(以下、浜岡5号機)が定格出力で運転していたところ、 突然タービンの振動が大きくなってタービンが停止、原子炉が自動停止した。事故はすぐ、経済産業省原子力安全・保安院に報告された。 タービンケースを開けて調べたところ、3つ直列に並んだ低圧タービンの中央に位置する低圧タービンBの第12段の羽根が1枚脱落しているのが見つかった。 中部電力では、同タービン、及び同型の他の2つのタービンも目視、非破壊検査を行ったところ、12段の羽根及びその取り付け部にひびや傷を発見した。 さらに原子力安全・保安院の指示で、同じタービンを使っている北陸電力志賀原子力発電所2号機でも12段目に損傷が見つかった。 原因は、無負荷・低負荷運転状態で、羽根の強度計算で想定していなかった蒸気の振動流と逆流と特定され、 タービン羽根に修理を施し、現在90%程度に出力を落として運転している。 【発生日時】 2006年6月15日 【発生場所】 中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市佐倉5561)5号機低圧タービン第12段羽根 図1 浜岡原子力発電所の位置 浜岡5号機は改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)で、単一の原子炉では現在、国内最大のものである。 ABWRの特徴については、“失敗年鑑2006: 志賀原発2号機運転差止判決”に詳しく紹介している。 以下表1に浜岡5号機の主な諸元を示す。
沸騰水型原子炉による発電の原理を図2に示す。運転中の原子炉には常に水が供給され(給水)、炉で熱せられて蒸気となる。 蒸気はタービンに導かれ、羽根に当たってタービンロータ(図中タービン側緑色の部分)を回転させる。 タービンの軸は車軸と呼ばれ、発電機の軸に連結されており、発電機の回転子を回転させて電力を発生する。 図2 発電の原理 タービンの羽根を回転させた蒸気は復水器に導かれて冷やされ、水となって再び原子炉に供給される。 タービン内蒸気の一部は抽出されて(抽気)給水過熱器に送られ、給水を暖める。 図3は浜岡5号機のタービン配置である。上流から高圧、低圧A、低圧B、低圧Cの4つのタービンが直列に配置されている。 各タービンの蒸気吹き込み管には組合せ中間弁(CIV: Close Interceptor Valve)があり、 発電機負荷が突然低下した時にタービンロータの過速度を防ぐための蒸気供給の遮断などを目的として、 制御システムにより自動的に閉じられる。 図3 浜岡5号機タービンの配置 図4は、浜岡5号機タービンの1から14までの段がどのように配置されているかを示す。 また、図5には、各低圧タービンの内部構造を模式的に示している。6本の抽気管は図の位置に取り付けられていた。 図4 浜岡5号機タービン羽根段の並び 図5 浜岡5号機低圧タービンの構造 格段のタービン羽根は、動かない静翼(固定翼)と、回転翼(動翼)が対向する形になっている。 蒸気がタービンに吹き込むと左右に分かれ、静翼で回転方向に吹き付け方向が曲げられる。動翼はそれを受けて回転する。 タービンの1枚1枚の羽根は、それぞれ加工され、車軸に固定される部分は歯の根のようなフォークという形状が作られる。 一方の車軸側にはそれと合わさるフォークが削り込まれる。両者を噛み合わせたところで、ピンを複数本挿入してがっちりと固定する。 今回ひび割れ、脱落が起きた浜岡5号機低圧タービン第12段のタービン羽根は、図6に示すように、 羽根の先端もシュラウドと呼ばれるリング状の部材に固定されていた。 図6 タービン羽根の車軸への固定法(浜岡5号機第12段) [参考文献2.4] 【事象】 2006年6月15日、午前8時39分、中部電力浜岡5号機が定格出力で運転していたところ、 突然タービンの振動が大きくなってタービンが停止、原子炉が自動停止した。 原子力発電所のタービンは、不具合が発生したからといってすぐにカバーを剥ぐって中を見るわけにはいかない。 事故発生4日後の6月19日、中部電力は低圧タービンの車室の開放作業を行い、 低圧タービンBの発電機側第12段のタービン羽根が一枚脱落し、車室とよばれるタービンのケース下部に落ちているのが見つかった。 その羽根が付いていた部分の周りにも損傷が認められた。 図7 浜岡5号機で脱落したタービン羽根と志賀2号機で発見された損傷の1つ [参考文献2.2] 中部電力では高圧を含めた全てのタービンについて、第12段以下のタービン羽根と、 その根元の車軸、脱落が起きた低圧タービンBの発電機側は第13段、第14段も含めて目視、 非破壊検査を進めた (検査羽根数5,858本、うち第12段は840)。 また、原子力安全・保安院は北陸電力に同じ型式のタービンを使用している2号機について、検査を指示した。 6月30日のことである。 中部電力では、663枚の羽根でひび割れが見つかった。全て第12段の羽根であった。 中部電力では、12段以下全ての羽根に加え、低圧タービンCの高圧タービン側第13段、第14段を加えたやはり5,858本を検査、 第12段羽根840本のうち、258本にひび割れを見つけた。 【原因】 本事故の直接原因は、低圧タービン第12段の所に、設計時にタービン羽根の強度を計算した際、 設計者が想定しなかった蒸気流が発生、タービン羽根に繰返し応力が作用した。 この繰返し応力がタービン羽根材料の疲労限界を越え、根元部分にひび割れが発生した。 発生したひび割れは徐々に成長し、脱落した羽根の場合は、割れずに残っていた断面積が定常運転中に羽根に作用する遠心力に耐え切れず、 一気に割れて脱落した。強度計算に想定しなかった蒸気流は以下2つである。
タービン設備は日立製作所が一式を担当し、同社にとっては初のABWR用タービンであった。 出力は、BWR改良前タイプの浜岡4号機に比べて21.46%大きく、日立製作所では、 浜岡4号機では約109センチだった第14段のタービン最大翼を132センチに伸ばすなど、タービンを大型化した。 図8は第12段が破損した浜岡5号機低圧タービンのロータである。 図8 浜岡5号機、据え付け前の低圧タービン回転子 [参考文献2.3、2.4より合成] 表2 浜岡4号機と5号機のタービン諸元の比較 [参考文献4]
この大型化により、車室数を増やさず、全長もほぼ変わらないまま出力を20%あまり大きくすることに成功した。 表2は浜岡4号機と5号機の主な諸元比較表である。 日本最大1,380MWもの出力達成には、改良型うず流ノズル羽根(AVN: Advanced Vortex Nozzle)も一役買っている。 図8の第14段をよく見ると、タービン羽根がまっすぐではなく、わずかに湾曲しているのがわかる。 参考文献4にはこの浜岡5号機タービンの開発経緯が説明されており、AVNの美しいフォルムを従来型と比較した写真が掲載されている。 図9にそれをトレースした図を掲載するが、読者は是非参考文献4を見てみられるといいだろう。 このように、今回タービン羽根にひび割れが発生、1枚が脱落に至った間接原因に新しい技術への挑戦が挙げられる。 図9 従来型タービン羽根(左)とAVN [参考文献4よりトレース] 【対処】 浜岡5号機の低圧タービンBの羽根が脱落し、タービンの異常振動が検知され、原子炉が自動停止した。 4日後に低圧タービン車室が開けられ、タービン羽根の損傷が発見され、徹底的な目視、非破壊検査が実行された。 原子力安全・保安院は、同型のタービンを使用している北陸電力志賀2号機にも検査を6月30日に指示。 同機は7月4日に停止を開始し、翌5日に停止。検査の結果、浜岡と同様のタービン羽根ひび割れが発見された。 中部電力・北陸電力では、詳細な目視、非破壊検査、シミュレーション解析を行い、さらに試運転記録、負荷遮断試験記録から、 上記原因の項で述べた直接原因を突き止めた 【対策】 二電力会社、原子力安全・保安院、識者により、今回のタービン羽根損傷は、この設計の第12段に特有の現象で、 他のタービンや同タービンの他段では問題ないとされた。 問題の第12段は、新たに設計しなおすことになったが、今回の事故を踏まえ、その設計が承認されるまでには徹底的な解析、 試験が行われることは想像に難くない。このため、事故を起こした低圧タービン第12段は、静翼、動翼を外し、 さらに動翼が取り付いていて損傷を受けた車軸は接合部を削り取り、圧力プレート(整流板)を取り付けた。 この整流板は、元々あった静翼列の羽根の隙間を埋めたものとほぼ同じ形状のドーナツ状である。 取り付けられるように上下の半割りになっていて、その板部には蒸気を通すための円柱孔が多数開いており、 蒸気がこの圧力プレートを通過する際の圧力降下が、元の静翼・動翼があった時と同じになるように設計されている。 さらに、上流の蒸気流れに乱れがあっても、この圧力プレートを通ることにより、強制的に平行流にするものである。 この圧力プレート形状については、参考文献1.6と6.4に詳しい。 この圧力プレートにより、浜岡5号機は1380MWから8%減の1267MW、志賀2号機は1358MWから11%減の1206MWで現在運転中である。 10月27日に二電力会社から原子力安全・保安院に、事故と今後の対策についてそれぞれ報告がされ、上記圧力プレートによる対処と、 今後の設計に関する対策が記されていた。今後の設計に関する部分は以下のように要約される。
【考察】 本事例は、今までになかった新しい物に挑戦した結果である。タービンという物自体は古くから存在していたのだが、 これまでに作ったことのないこの大きさを経験したのは初めてであった。 表2から、新型は軸方向にはおよそ10%、直径、蒸気流量、出力がおよそ20%増加したことがわかる。 電力会社、設計製造元、省庁、識者が集まって出した結論は、対策の項より、設計の問題というよりも設計検証、 すなわちモデルを製作して検証実験をもっと行うべきというものであった。 たとえば、ウルトラマンシリーズなどに見られる昔の特撮シーンを思い出して見よう。 嵐や怪獣が暴れて海が大荒れ、浮かんだ船があわや転覆しそうになるシーンだ。どんなに船の模型を精巧に作っても、 それを水槽に浮かべて波を起こし、拡大撮影をすると、見ている方からは違和感がある。 現れる波の形が実物とは全く違うからだ。このように、熱流体の小型模型実験をもって実物で起こる物理現象を予測しようとするのはかなり難しい。 自動車の設計では最後に実物大のクレイモデルが用意され、飛行機でも実物大の風洞実験が行われるのはそのためである。 NCによる加工技術の向上により、図9のようなタービン羽根を加工することが可能になってきた。 そして、CAD・CAE技術は、これを単に格好良くカーブを描いた羽根とするだけではなく、 ちゃんと解析によって性能が向上するような形状を実現した。 日立製作所による新しいタービン技術への挑戦は賞賛されるものだと筆者は思う。 ただし、熱流体としての蒸気流、それに遷移状態(始動から定常、 またその逆に状態が移行すること)のシステム応答に対する事前の検討が不足していたようだ。 もう一度、表2を見てみよう。段落数は、従来型では、高圧6段、低圧8段だったのに対し、新型では高圧7段、 低圧7段と1段低圧タービンから高圧タービンにシフトしている。高圧1台に対して低圧3台あるのだから、2段分減らしたことになる。 さらに抽気段数は高圧2段、低圧4段と変わらないのだから、必然的に新型タービンでは、 羽根段と抽気管の配置が違っていたことになる。 さらに先に述べたようにタービンロータは半径方向に20%大きくなっていた。 このように、似てはいるものの蒸気の流れが変わるときには、もっと事前にシミュレーション等により、蒸気流と、 それによる機械構成部品の応答を解析しなければならなかったということだろう。 事実、事故が起きてから、出力20%での試運転状態におけるランダム流と、 定常状態から蒸気を遮断したときのフラッシュバック流を突き止めたのはコンピュータシミュレーションだった。 最後に、電力会社の報告と原子力安全・保安院の評価では、現象を細かく解明し、振動応力による金属疲労に原因を帰着しているが、 では、その振動応力はどの程度の大きさで、どのようなサイクルで作用したと思われるのか、筆者はついに見つけることができなかった。 とても大事な情報と思うがそれが示されていないのは非常に残念である。 【知識化】
【参考文献】 |
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