特定非営利活動法人失敗学会 |
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昨年4月15日(木)17時頃、東京都新宿区下落合のマンション地下駐車場で二酸化炭素消火設備の誤作動によって6人が死傷するという大変痛ましい事故が起こりました。筆者は、消防官として在職当時から二酸化炭素消火設備による事故防止に細心の注意を払ってきました。 本稿では、事故防止の観点から、また「失敗学」の観点から現在の問題点などについて考察します。 当日作業員は地下駐車場の石膏ボードの張り替え作業を行っていました。当該地下駐車場はパズル式といわれる機械式の駐車場であり、全域放出方式の二酸化炭素消火設備が設置されていました。 二酸化炭素消火設備の起動方式は、自動起動と人による起動との大きく分けて二つの方法があります。この切り替えは操作盤内で行うため、操作盤の開錠キーが必要であり、今回の作業時には消防設備士の立ち合いもなく操作ができなかったと考えられます。また新聞記事からも、今回は操作盤を触っていなかったということであり、自動起動方式のままであったろうと考えられます。それがなぜ起動したのか、以下のように推察しました。 二酸化炭素消火設備の自動起動方式は、熱感知器と煙感知器のアンド回路が作動し、起動したならば20秒以上の遅延装置が働き、その間繰り返し「ガスを放出します、直ちに避難してください」と発報します。その信号がソレノイド(電磁弁)に伝えられ起動ボンベの封板が破られ、その圧力で二酸化炭素のメインボンベの封板が破られ全量が区域内に放出される仕組みです。 テレビのニュースでは、ボードの張り替え作業で邪魔になった二酸化炭素消火設備の噴射口などを一部取り外していたという情報もあります。もし感知器に何らかの操作や衝撃が加わった場合には発報することも考えられます。消防設備に関する無理解が事故の原因のひとつです。 また、一度起動すると操作盤でしか途中停止することはできません。テレビのニュースから操作盤は駐車場入口に見受けられました。駐車場に人が取り残され誤って二酸化炭素が放出されたら、それは死を意味することを再度認識する必要があります。遅延時間内に、なぜ避難できなかったのか、ここに大きな問題点があります。 今回の駐車場の詳細な平面図は手元にありませんが、当該駐車場の地階への入口は常時人が入る必要もなく、くぐり戸程度になっていたと考えられます。さらに容易に退避できる階段等があったのでしょうか。 今回の事故から分かることは、作業のため進入する可能性のある人数や避難時間との関連についても考慮する必要があったということです。 消防庁は、二酸化炭素消火設備の事故防止に関して何度も通知文を発出しています。平成時代に発出されたものに絞ると、以下の通知文があります。 平成3(1991)年8月16日消防予第161号(消防庁予防課長通知)「ハロゲン化物消火設備・機器の使用抑制等について」では、その第3に「二酸化炭素消火設備の安全対策について」があり、現在の考え方と同じように、自動起動の場合にはアンド回路の起動を求めています。また不特定多数の出入りする空間では他の消火設備の設置を求めています。 平成7(1995)年12月25日消防予第261号(消防庁予防課長通知)「二酸化炭素消火設備の安全対策の徹底について」では、東京都内で自社ビルに忘れ物を取りに帰った社員が外に出ようとして、誤って駐車場のターンテーブル室に迷い込み起動ボタンを操作し、異常信号を受信した警備会社社員2名が死亡したもので注意喚起がなされています。またこの事故を受け、二酸化炭素消火設備安全対策検討委員会(上原陽一会長)が設置され、平成8(1996)年9月20日消防予第193号(消防庁予防課長通知)「二酸化炭素消火設備の安全対策について」の通知文が発出されています。この中では、防護区画に二方向以上に避難できるように出入り口の設置を求めています。 また、平成9(1997)年8月19日消防予第133号(消防庁予防課長通知)「全域放出方式の二酸化炭素消火設備の安全対策ガイドラインについて」では、防護区画に隣接する区画にも厳しい規制がかけられるようになりました。 さらにまた、令和2(2020)年12月23日消防予第410号(消防庁予防課長通知)「二酸化炭素消火設備の放出事故の発生について」では、名古屋市で発生した事故を受け、消防機関並びに業界団体に対して安全対策の再周知の喚起がなされています。 このように何度も通知文を発出しなければならない二酸化炭素消火設備について、本当に二酸化炭素消火設備に代替の消火設備は無いのか、もう一度考えてみる必要があります。また、設置年次が古い二酸化炭素消火設備については、安全対策を再度見直す必要もあります。 二酸化炭素消火設備の工事・整備は消防設備士の独占業務であり、工事や整備は、これら消防設備士が行わなければなりません。マンション側にも建物管理者としてボードの張り替え工事に際し、消防設備業者等への連絡が必要であったことは言うまでもありません。 失敗学会副会長の中尾政之氏(東京大学大学院工学系研究科教授)は、大きな失敗(事故)の要因となる、失敗の三悪人として、次の三つを挙げています。 無知 法律などで決まりがあることを知らない 無視 法律などで決まりがあることを知っているが、作業がやりにくくなるので使わない 過信 「私に限って大丈夫」と考える 筆者は、今回の事故は起こるべくして起こったと考えています。すなわち、二酸化炭素消火設備に関する安全対策を学習しないで駐車場の工事にかかわり(無知)、さらに消防設備士の立ち合いを求めているのに従わず(無視)、いつも工事をしているから大丈夫だ(過信)と筆者には失敗の三悪人が重なったように見えます。 もちろん、二酸化炭素消火設備の過去の事故例と従前からの安全対策について再度見直す必要もあります。 閉止弁とともに逃し弁や高所への逃がし配管の法制化、さらに誤って二酸化炭素消火設備が起動された場合の避難経路や避難時間の新たな視点で再考する必要があるように考えられます。 当然のことながら、法令の基準だけでなく二酸化炭素消火設備に係る消防設備関係事業者のさらなる安全への努力が求められています。 二度と同様な事故を起こさないために。 筆者の属する失敗学会の設立趣旨には、「私たちの生産活動には、事故や失敗は付き物である。これら事故や失敗は小さなものから、経済的損失につながるもの、 負傷を伴う大きなもの、さらに多数の死傷者を出す大規模なものまである。『失敗学』は、こういった事故や失敗発生の原因を解明する。さらに、経済的打撃を起こしたり、人命に関わったりするような事故・失敗を未然に防ぐ方策を提供する学問である。特定非営利活動法人『失敗学会』は、広く社会一般に対して失敗原因の解明および防止に関する事業を行い、社会一般に寄与することを目的としています。」とあります。 興味のある方は失敗学会のホームページ (http://www.shippai.org/shippai/html/)をご覧ください。 ★参考図書 畑村洋太郎 「失敗学のすすめ」講談社文庫(2005年4月) 中尾政之 「図解なぜかミスをしない人の思考法」三笠書房(2018年1月) |
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