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『近代消防2023年3月号』掲載記事

キタ新地雑居ビル火災から一年 -失敗学から再考する-

特定非営利活動法人 失敗学会
大阪分科会 三田 薫
(元守口市門真市消防組合消防本部予防課長)


 大阪の歓楽街・キタ新地の一角「堂島北ビル」で発生した火災からちょうど一年が経過しました。この火災は2021(令和3)年12月17日(金)午前10時18分頃に発生、ビルの4階部分「西梅田こころとからだのクリニック(以下「クリニック」という。)」の待合室、わずか37平方メートルのみを焼損したにもかかわらず放火犯を除いて死者は26人(他に軽症者1人)、なぜこのように多くに人命が失わなければならなかったのか、火災後に情報公開された資料を入手、失敗学の観点から再考します。

【奥へ逃げ込んだ26人が死亡】
 堂島北ビルは、1970(昭和45)年国際万国博覧会が開催された年に建設されたもので、敷地面積122平方メートル、建築面積104平方メートル、延床面積700平方メートル、地上8階建ての小規模なビルでした。ただし、7階8階は階判定されていますが、単に機械室や小規模な物置が存するだけの実質6階建てのビルでした。
 この堂島北ビルは、建築後50年以上経過、現在からみるとやや古めかしいビルという印象受け、屋内階段も1か所のみエレベータも1基という小ぶりなビルです。4階でエレベータを降りた実行犯は、クリニックの受付付近にガソリンを撒き着火、クリニック勤務者や受診者の脱出口となる防火戸付近でこれらの脱出を阻止したと新聞は伝えています。

 この結果、4階から階段で脱出できたのは2人のみ、また6階から1人を消防隊は梯子車で救助しています。ビルの逃げ道は、この屋内階段1か所しかないため、奥へ逃げ込んだ受診者ら26人が一酸化炭素中毒で死亡しました。その後、死者の内訳がクリニック関係者は院長以下6人、受診者も20人であったことが分かりました。


出典:「大阪市北区ビル火災に係る消防庁長官の火災原因調査結果報告書」(消 防庁)
(https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-109/02/shiryou4-1.pdf)
(2023年3月3日に利用)
この図は失敗学会事務局が、出典より抜粋しました。


【収容人員10人未満・・・】
 このようなガソリンによる放火犯罪はあとを絶ちません。近くは2019(令和元)年に発生した京都アニメーションでの放火火災では、ガソリンを用いられ36人もの尊い人命が奪われる結果となりました。この放火事件以降、消防法令が改正され、ガソリンの小分け販売に関してガソリンスタンド側に購入者の本人確認や購入目的の確認、さらに販売記録の作成と保存が義務付けられました。消防法令の中にガソリンによる放火犯罪防止に役立つために挿入されました。
 今回の自殺志願の放火犯(61歳)は、ガソリン購入に際しガソリンスタンド店にて自身の運転免許証を提示、一方、使用目的はオートバイ用として虚偽の申告をして購入、消防法令の抜け穴を狙った方法でガソリンを購入しています。多数の巻き添えを狙った犯人にはガソリンスタンドでの販売記録は犯罪抑制には役立たず本当に残念でなりません。
 さて、2001(平成13)年9月に発生した新宿歌舞伎町雑居ビル火災以降、小規模な雑居ビルにおいては、直通階段が1か所でかつ3階以上の階に特定用途が入居している対象物を「特定一階段等防火対象物」として規制を強化、従前は自動火災報知設備の設置基準が雑居ビルにあっては、特定用途の合計が300平方メートル以上かつ建築物全体で床面積500平方メートル以上の対象物に必要であったものが、特定用途の面積にかかわらず必要となりました。
 今回の堂島北ビルは、1970(昭和45)年のビル完成時から自動火災報知設備及び屋内消火栓設備が設置されており、火災への対応を考慮していたとも思われるところもあります。当時も現在と同じく飲食店の合計の床面積が300平方メートル以上であれば自動火災報知設備が義務設置となり、また同様に延べ床面積が700平方メートル以上であれば屋内消火栓設備が義務設置となったからです。
 ここで避難器具に関する消防法令上の基準は、3階以上の階でその階の収容人員10人以上となると避難器具が義務設置となることが法令で定められています。これは用途にかかわらず適用されます。しかし、この規定が消防法令に加えられたのは堂島北ビル竣工の2年後の1972(昭和47)年12月のことで、現に存する建築物にあっては1974(昭和49)年5月までに法令基準に適合すればよいとの経過措置も定められました。
 今回の堂島北ビルは、当然のことながら3階以上の階で階の収容人員が10人以上となれば避難器具の設置が必要となってきます。しかし堂島北ビルのテナント入居状況を見ると、2014(平成26)年10月に消防署に届け出された消防設備等点検結果報告書から4階にはエステ店(非特定用途)が入居、また5階にはヘアセットサロン(非特定用途)が入居しており、この時期には3階以上の店舗(エステや美容院)において各階の収容人員は10人未満とみられます。例えば、エステシャン(施術者)が3人いたとしても施術を受ける方も3~6人程度でしょうから、また美容院も同様なことが考えられ、よって10人未満と判断してもおかしくありません。

【不備欠陥事項なし・・・】
 問題点は消防設備等点検結果報告書を提出した翌年、すなわち2015(平成27)年9月、4階部分へのクリニックの入居です。入居に伴う防火対象物使用開始(変更)届は、同月14日所轄消防署に届け出があり、4階の収容人員は9人と記載されています。これを受け消防署ではクリニックの使用開始検査を9月25日に実施、施主側の立会者はビル所有者の代表取締役であり詳細に聞き取りができたはずです。これは消防によるクリニックの使用開始の検査と立入検査を併せて行っていたもので、その結果「不備欠陥事項無し」と担当者は報告しています。当日の検査項目は、クリニック入居に伴い間仕切りの変更に伴う自動火災報知設備の未警戒部分の改修や誘導灯の改修工事等の確認であったと考えられ、併せてクリニックの収容人員の把握も必要項目であったと考えられます。



 このビルにおいて避難器具の存しない4階での収容人員が10人以上となれば、避難器具の設置が必要となり、その旨指導すると思われます。もしビルの構造上、避難器具の設置が困難であるなら収容人員を10人未満とする旨の強力な指導が必要であり、それが不可能であるならクリニックの退去までも求めなければならないでしょう。クリニックの入居に際し消防が4階の収容人員が10人未満と判定したならば、その理由として従前からの収容人員10人未満を踏襲したのか、やや不可解な判断であったと考えられます。
 ここでの収容人員の判定は、消防法施行規則第1条の3に基づき、診療所にあっては、医師、看護師、薬剤師その他の従業者数に待合室の床面積の合計の3平方メートルで除した数の和であると定められています。防火対象物使用開始届では、待合室の面積が23平方メートルとなっており23/3≒7人(端数切捨て)と判断します。この7人に医師、看護師や薬剤師等の従業者数を加えるとクリニックの収容人員が9人を超えることは明らかです。また、今回の火災で亡くなった医師以下の従業者数の合計は6人であったことからも同様に考えられます。
 その後、堂島北ビルへの最後の立入検査は2019(平成31)年3月19日に実施しています。その時の指導(指摘)事項は「消防設備等の定期点検報告を実施すること」の1点のみ。ここでの疑問点は、4階の収容人員が10人未満との関係者の申告をそのまま受け入れていたことです。

  【優先されるべきは「本質安全」】
 もしビル東側に開口部があり、かつ屋外に一時避難場所となるベランダが存していたら火災は違った展開になったと考えられます。火災後に総務省消防庁が公表した「火災原因調査結果報告書(※1)」での火災シミュレーション結果(廊下扉開放、診察室入口扉開放として設定)から煙や一酸化炭素濃度の経時変化を見ると、出火から60秒で待合室から診察室に至るまで黒煙で充満することが示されています。また逆にこの60秒程度なら診察室には黒煙は進入していますが、一酸化炭素濃度、酸素濃度等から避難行動は十分可能であったと考えられます。このシミュレーションからは、死亡した26人全員が逃げおおせることは困難でしょう。しかし診察室内の医師や患者は屋外に脱出可能であったと考えてもおかしくないと思われます。また、真っ先に診察室に逃げ込んだ一部の受診者も同様に助かる可能性があったかも知れません。
 この火災は、二方向避難の重要性を再度認識した火災です。診察室に非常出口とベランダがあれば・・・・・非常時において屋外に脱出する方法があれば・・・・・ビルそのものの本質的な安全対策が求められています。 失敗学では、あり得ることは起こる、あり得ないと思うことも起こる、さらに失敗は繰り返す、失敗は隠れたがる、見たくないものは見えない、見たいものが見えると考えます。
 筆者の属する特定非営利活動法人失敗学会の畑村洋太郎会長は、『優先されるべきは「本質安全」です。技術が発達した現在の日本では、ともすると「制御安全」を重視してしまいがちとなりますが、本来の「制御安全」とは、「本質安全」にさらなる安全と使いやすさを加えるための補助的な考え方にすぎません。(※2)』と著しています。
 最後に、「失敗は繰り返す」同じ災害を繰り返さないために。

以上

★参考文献等
※1「大阪市北区ビル火災に係る消防庁長官の火災原因調査結果報告書」総務省消防庁
  令和4年6月21日(シミュレーションの設定条件は、火災後の現場検証で判明した開口部の閉鎖状況である)
※2 畑村洋太郎「想定外を想定せよ!失敗学からの提言」NHK出版 2011年8月
※3 特定非営利活動法人失敗学会ホームページ
   https://www.shippai.org/shippai/html/

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