特定非営利活動法人失敗学会 |
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2024(令和6)年6月、タツノ関西支店のプラント工事課長のF氏から一本の電話があった。 同社は国内シェア60パーセントを優に超える我が国最大のガソリンの計量機メーカーで、2012(平成24)年に東京タツノから現在の「(株)タツノ」に名称変更している。少し前の危険物規制担当者なら東京タツノという名称の方がなじみあることだろう。海外への事業展開として、東南アジアを中心とした75か国以上に計量機などを輸出している。 電話の内容は、今秋に行われる「(株)タツノ関西支店工事安全衛生協議会」主催の「2024年度工事安全講習会」において講演願いたいという依頼であった。 「受講者は?」という筆者の質問に対して、「当社の関わる給油取扱所の工事担当者及び協力会社の社員」との回答があった。なお、協力工事会社とは、土木、建築、タンク製缶や配管、電気工事関係等々とのことである。同社は大正時代に我が国最初のガソリン計量機の製造を始めており、現在では給油取扱所の設計から建設までを総合的に行う燃料供給のインフラ企業として名を馳せている。 【失敗学と失敗学会】 生産活動において、事故や失敗は付き物である。これらの事故や失敗は小さなものから、経済的損失につながるもの、負傷を伴う大きなもの、さらに多数の死傷者を出す大規模なものまである。「失敗学」は、こういった事故や失敗発生の原因を解明し、経済的打撃を起こしたり、人命に関わったりするような事故や失敗を未然に防ぐ方策を提供する学問である。 道頓堀川とグリコの看板(筆者撮影) 2002(平成14)年、広く社会一般に対して失敗原因の解明および事故防止に関する事業を行い、社会一般に寄与することを目的として「特定非営利活動法人失敗学会」(会長 畑村洋太郎氏)が設立された。さらに2006(平成18)年には、関西地方で活動する会員を中心に「大阪分科会」(リーダ- 平松雅伸氏)が設立された。 大阪分科会には、大学教員や企業・官公庁の安全管理や生産管理に携わる人々を中心に幅広い職種の会員が約50名所属し、各種の事故や災害の発生防止及び被害低減を図る研究や活動を展開している。設立当初より大阪分科会に所属し失敗学を研究する筆者にとって、(株)タツノ関西支店(支店長 綿谷健治氏)での講演は学会の目的達成のためにも有難い申し出であった。 そもそも失敗とは何だろう?失敗とは、人間が関わっているものであって、望ましくない、予期しない結果が生じることをだと言われています。「失敗は成功の母」、また「失敗は成功の元」と言われるように、私たちの生産活動の中でいかに失敗から有益な情報を導き出し、失敗の法則性を理解し学ぶことが大切であるのかが分かる。失敗を学ぶことは、有効解を導き出す最も早い手段でもある。また、許されざる失敗、すなわち望ましくない結果を起こさないために失敗の法則性や失敗の性質を学ぶ必要がある。失敗学の普及を図る観点からも実り多いものにしたいと考えた。 【道頓堀開削から現代へ】 10月18日の午後、使い慣れたパソコンや講演時に使用する小物をカバンに詰め込み講演会場に向かった。会場は大阪市中央区の難波、道頓堀川沿いのホテルである。近くはグリコの看板でおなじみの戎橋もあって「ミナミ」といわれる、観光客にとっては絶好の撮影場所でもある。なお、グリコの看板は大阪市消防局中央消防署道頓堀出張所の裏側とのこと、流石(さすが)に大阪である。 道頓堀川の工事は成安道頓(なりやす・どうとん)を中心に進められた。道頓の死後、安井道卜(やすい・どうぼく)が引き継ぎ、1615(元和元)年に完成。その後の大阪城主の松平忠明によって「道頓堀」と名付けられ、幕府は多くの芝居小屋を道頓堀に移転させたことで名実共に芝居の街となった。現在は多くの飲食店が軒を並べ、「食い倒れの街・大阪」の代名詞になっている。(※1) 成安道頓・安井道卜紀功碑(筆者撮影) 1915(大正4)年、地元の有志が道卜の屋敷があった場所に建立。 現在では、道頓は成安姓であったことが定説化している。 ここから歩いてスグのところに法善寺横丁がある。猥雑なミナミの中で、時の流れがゆっくりと感じられるような飲食店が並んでいる。また法善寺の不動明王は水掛不動として親しまれ、参拝者にたえず水をかけられ苔むしている。 法善寺(筆者撮影) 法善寺の水掛不動尊(筆者撮影) 道頓堀川の下流約2キロメートルは大阪湾に注ぐ木津川に繋がっており、同所大正橋のたもとには安政元年十一月五日(西暦1854年12月24日)に発生した安政南海地震の「大地震両川口津浪記」の石碑(大阪市指定有形文化財)が建立されている。碑文は地震で道頓堀、さらに東横堀川まで津波が遡上し、多くの橋を破壊、地震から逃げようとして小舟に乗って避難した人々が押し寄せる津波に飲まれ、多数の人が亡くなったと伝えている。末尾には「・・・・願わくば心あらん人年々文字読み安きやう墨を入れ給うべし」と刻まれている。この石碑は、刻まれた文字のとおり現在も地元の人々によって大切に管理されており、大阪にお越しの節は法善寺横丁とともに是非訪れてほしい場所である。 大阪一の歓楽街へと発展した道頓堀界隈には、中国をはじめとした海外からの観光客が多数訪れている。「近い将来起こる南海地震の津波被害は眼中にないのだろうか」などと考えながら会場のホテルに入った。 【危険物の安全管理】 この日の演題は「危険物の安全管理~失敗学から考える・タツノ編~」とした。受講者は、(株)タツノ関西支店の工事関係社員25名、関係事業所30名の合計55名とのこと。このように給油取扱所の工事関係者が一堂に会して研修会を開催することは大変意義深く、結果として熱の入った講演となった。 講演を行うにあたり、過去の事故例を参考にガソリンの性状を解説。便利な中にも危険が潜んでおり、給油取扱所の工事関係者として少なくともこれだけは知っておいてほしいことを強調した。 引火点は-40℃未満、沸点範囲は一般的に40℃から220℃、また燃焼範囲(爆発範囲)は1.4パーセントから7.6パーセント、蒸気比重は3~4,電気の不良導体で極めて引火しやすい性質を持つ。計量機の点検や検定作業など、たとえ少量であってもガソリンを容器に移し替える際は、技術者にも細心の注意が求められる。ここで重要となるのが、眼に見えない静電気への対策である。 消防庁危険物保安室の資料(※2)によると、2023(令和5)年中の危険物施設の火災事故は、人的要因、物的要因、その他を含めて243件発生している。着火原因を見てみると静電気火災が最も多く51件発生、全体の21.0パーセントを占めている。 静電気対策として、アース線による除電、作業服・作業靴の帯電防止、人体の除電、給油取扱所土間の散水、ノンスペース計量機の場合のポンプ室の換気など、ボンディング(接続)とグランディング(接地)を常に意識し、静電気を発生させないように作業を進めることを強調した。 さらに給油取扱所の改造工事にあたり、老朽化した地下貯蔵タンクを掘り起こし撤去した際の事故例についても解説した。 講演中の筆者 【失敗は繰り返す】 手元資料に、1991(平成3)年5月、神奈川県鎌倉市の給取取扱所にて地下貯蔵タンクの掘り起こし作業中に発生した爆発事故の記録がある。掘り上げた軽油タンク(10キロリットル)を現場で解体することとなり、パージ後ガスバーナーを使って溶断作業を開始した1~2分後に爆発が起こり、作業員1名が死亡、1名が負傷した。この爆発によってタンク鏡板が吹き飛び、工事現場の鉄製の囲い塀をなぎ倒し、道路を隔てた民家の玄関を大破した末に、隣家の万年塀を破壊して止まった。タンク内のガスパージが不十分であったことが原因である。(※3) 同様の爆発事故が2009(平成21)年8月、栃木県宇都宮市で発生している。タンク解体の作業ヤードにおいて、70歳の男性が掘り上げたガソリンタンクをバーナー切断していたところに爆発が起こり、当該作業者は死亡している。 どちらも無知からくるもので、廃棄タンクを解体する際は、乳化剤で洗浄するのはもちろんのこと、水あるいは不燃性ガスを充填し、内部に可燃性蒸気が残存していないことを確認する必要がある。 富山県内では、ガスバーナーを用いた空のドラム缶の解体作業中に爆発が起こり、2020(令和2)年、2023(令和5)年と相次いで死亡事故が発生している。空のドラム缶であっても地下貯蔵タンク同様、解体作業時に危険が伴うことを失敗知識として心に刻んでおいていただきたい。 【地下貯蔵タンクの技術基準の変遷】 また、給油取扱所の建設や改造をする技術者にとって、地下貯蔵タンクの技術基準の変遷を知り、その問題点について考える必要があると感じたので、1959(昭和34)年9月に制定された「危険物の規制に関する政令」からの地下貯蔵タンクの技術基準の変遷を詳しく解説した。
筆者が危物規制担当課で検査業務に従事していたとき、老朽化した地下貯蔵タンクの腐食による重油の流失事故、電蝕による地下埋設配管からのガソリンや灯油の漏洩事故などを経験しており、当時を振り返りながら現在の工事についての留意事項についても話した。 そして2005(平成17)年、地下貯蔵タンクの漏洩事故を防ぐ観点から、鋼製一重殻タンクの直埋設(タンク室省略)工法が禁止された。地下貯蔵タンクの設置にあたり技術基準が性能規定化されたのもこの頃である。 一方で、当初は10キロリットル以下であった給油取扱所における地下貯蔵タンク一本当たりの貯蔵量は、1987(昭和62)年に30キロリットル以下に拡大し、2001(平成13)年には容量制限が撤廃された。現在では、給油取扱所における地下貯蔵タンクの大型化が進み、100キロリットルのタンクも埋設されている。 また、老朽化した地下貯蔵タンクの内面にFRPを吹き付けることで延命を図る工事もあり、その際も残油抜き取りに細心の注意を払う必要がある。 給油取扱所の設置工事また変更工事に際し、市町村長の許可条件を適合させることはもちろん、変更工事にあっては営業中に工事部分以外についての仮使用承認を受け、仮使用の条件を遵守し進める必要がある。安全とは用心深さそのものである。 【失敗の三大要因と階層性】 失敗学会の副会長中尾政之氏は、失敗の三大要因と言われる「無知」、「無視」、「過信」を失敗の三悪人と名付けている(※4)。筆者は、以前本誌にて「失敗学講演の旅~春の札幌編~」と題し駄文を掲載した(関連記事本誌2024年7月号)。その中で「無知」と「過信」を、今回は「無視」の事故例を解説した。危険物施設の工事に際し、過去の事故例から現在の決まりが定められている。例えば給油取扱所のキャノピー等の地上2メートル以上の高所作業では、セーフティ・ネットの設置や安全帯着用義務などが労働安全衛生法で定められている。知ってはいるものの作業がしずらくなるので使わない、規則を守らないなど、ついついベテランの作業員が行いがちになるものであるが、過去の失敗事例から定められた手順は遵守しなければならない。 失敗学では、失敗は隠れたがる、失敗は繰り返す、失敗のことは考えたくない、自分が見たくないものは見えない。すなわち自分が見たいものだけが見えると考える。 その一例として、2022(令和4)年4月23日(土)に発生した知床遊覧船沈没事故を見てみたい。ゴールデン・ウイークを前にして、午前10時に知床半島のウトロ港を出港した観光船「KAZU1」が知床岬からの帰港途中に沈没し、乗客24名・乗員2名の合計26名が死亡又は行方不明となった。 この事故のニュースを見たところで、単に船長のみの失敗とは誰も思わないだろう。船舶に関して素人の社長が「強風注意報発令中のため、波が強ければ途中で帰港してもよい」という出航の許可を出し、「運行管理者」と「安全統括管理者」を兼任するなど、建前だけの組織運営を行っていたほか、前部ハッチの密閉不良や4区画ある水密区画の不備などがあるにもかかわらず、事故の三日前には日本小型船舶検査機構(JCI)が検査に合格させているなど、行政の怠慢も指摘しなければならない(事故後、必要な法令の改正がなされた)。 また、オホーツク海は水温が低く、救命胴衣のみでは転覆後数時間で乗客が死に至ったこと、元は違う船名で瀬戸内海の小さな島々を巡っていた船が何時の間にか観光船「KAZU1」として知床に就航したことから見て、運航システムそのものの不具合とも考えられる。 このように、単に個人の失敗、さらに組織運営の失敗、企業経営の失敗、また政治・行政の怠慢、時代の進化から見て社会システムの不適合など、失敗には階層性が存するものである。ひとつの失敗、ひとつの事故の真の原因を解明することは、同じ原因で起こる次の失敗の未然防止に結びつく。 【ガソリンスタンドの未来へ】 最後に、ガソリンスタンド業界は、これから想像もできない変化の波を迎えると考えられる。ガソリンや軽・灯油の供給を中心とした水素や電気の供給ステーションとしてだけでなく、CNG(圧縮天然ガス)、LNG(液化天然ガス)、さらにLPG(液化石油ガス)やバイオ燃料など、マルチなエネルギー供給拠点として変化していくことだろう。 その際には、給油取扱所の工事関係者が新しい技術を取り入れるのはもちろんのこと、自社のみならず社会の失敗事例を正確に分析する必要が出てくる。 人間が関わっている望ましくない結果を失敗といい、失敗を学ぶことは有効解へ素早く到達するための手段である。そのためにも失敗の法則性を理解し、失敗の要因を正しく知ることが大切である。自社及び社会の失敗事例を知識化し、さらに知恵へと昇華することによって他への応用が可能となる。 講演会の様子 特定非営利活動法人失敗学会ホームページhttps://www.shippai.org/shippai/html/ 筆者E-mail:capqq300@hcn.zaq.ne.jp 注釈 ※1 橋爪紳也監修創元社編集部編「大阪の教科書・大阪検定公式テキスト」創元社 2009年 ※2 令和5年中の危険物に係る事故の概要(消防庁危険物保安室) 令和6年5月 ※3 失敗学会ホームページ内「失敗知識データベース」 ※4 中尾政之「図解なぜかミスをしない人の思考法」三笠書房 2018年(別に文庫版あり) 参考文献
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