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失敗学会春合宿2010 瀬戸内工業体験ツアー (Part 1)


日時:2010年 5月21日(金) 9:50〜5月23日(日)15:00
参加者:飯野謙次,タカキ カーラ,福本喜枝,三田 薫,黒澤愼輔,佐々木 英三
          北村兼一,平 和昭,斉藤貞幸,浅井香葉,上田 実,寺島誠人,佐々正光
          [21〜22日参加] 中尾政之,岡田敏明,児玉 仁,菊野弘久
          [      22日参加] 佐藤公一
          [22〜23日参加] 藤井信彰,木田一郎,中尾英和

5月21日(金)
    9:50 新倉敷駅南口デイリーヤマザキ前集合、バス乗車
   10:30 ナカシマプロペラ玉島工場
   12:00 出発(途中昼食)
   15:00 大山祇神社(宝物館 1,000円)
   15:45 集合・出発
   16:45 池内タオル
   18:00 大潮荘到着

5月22日(土)
    8:00 大潮荘出発
    9:00 今治造船西条工場(S-8120浸水式見学)
   11:30 アイフルホーム見学
   13:30 昼食後、出発
   15:00 白鷹幸伯 和釘工房 
   17:00 道後温泉着、にぎたつ会館、バス下車
   18:00 中尾政之講演『タイタニック号沈没の真実-98年経って分かったこと-』
   19:00 懇親会

5月23日(日)
   --:-- 道後温泉から三津浜港は各自自由(徒歩90分)
    9:40 三津浜港出発 (周防大島松山フェリー、3,000円)
   12:10 柳井港着、昼食
   13:00 中国電力柳井発電所
   15:00 柳井港駅解散



 5月21日金曜日、数ある失敗学会イベントの中でも、とりわけこの春合宿は講演会とは違った期待感が膨らむ。 大阪分科会を中心に、宿泊を兼ねて失敗学の勉強をしたいと2008年に始まった春合宿では、 神戸製鋼で8,000トンプレスによる鍛造、大和ミュージアムで戦艦大和の10分の1模型を見た。 昨年は名古屋を中心に自動車産業、電力、航空機産業。 そして今年は初回の続編、愛媛県にて2泊の船舶産業触発の合宿となった。
 朝 9:50の集合は、東京からの参加者にはいささかハードだったが 6:00の始発のぞみに乗車いただいた。 仕事なら辛いところだが、参加費をはたいて自ら望んだ行事のための早起きはすがすがしい。 もちろんひとたび座席に座れば、後は新幹線が新倉敷まで身体を運んでくれるのを寝て待てばいいのも計算ずくだ。
 金曜から参加の17名がそろい、チャーターした日の丸観光のマイクロバスに乗り込んだ。 ちょっと強面の運転手さんかと思いきや、出発に先駆けて挨拶をされ、えらく真面目な方だとわかって安心。 最初の目的地、ナカシマプロペラに向かった。
 ナカシマプロペラは、創業1926年の船舶用プロペラで知られる会社である。 筆者はその社名から中島飛行機と関係するのかと勝手に思い込んでいたが全く関係なく、 創業者夫妻が何か銅を鋳造する事業を始めようと、漁船用プロペラを製造したことに始まる。
 後で参加者の間で話題になったのだが、この製品をスクリューと呼ぶかプロペラと呼ぶか。 スクリューという言葉からは英語でネジの意味を持つこともあり、 1枚の羽根をらせん状に巻いて軸に取り付けたものが連想される。これは紀元前の賢人、 ピタゴラスの弟子、アルキタスの発明によるとされている。その後、アルキメデスはこの形状を揚水に利用し、 レオナルド・ダ・ビンチはヘリコプターのアイデアにスクリューを使った。
 最初はらせん状の1枚羽根だったものを、 同一形状の細い羽根を等間隔に複数枚配するようになったのが誰の考案によるものなのか判然としないが、 17、18世紀辺りのことのようだ。複数羽根になったものはプロペラと呼ぶのがしっくりくる。 特にプロペラ飛行機の羽根を指してスクリューと呼ぶ人はいない。ただし、船の場合はスクリューと呼ぶ人が多い。 元の英語を考えるとプロペラと呼んだ方が良いのだろうが、英語でもバタ足式のパドルプロペラと区別するため、 回転式のプロペラはスクリュープロペラスと呼ぶ。
 これは余談になるが、「タケコプター」なる夢のツールがある。頭に竹とんぼのような2枚羽根のプロペラをつけて回転させ、 身体を浮き上がらせるというものだ。しかし、冷静に考えると頭頂で人を吊るせばおそらく頚椎が折れてしまう。 その上タケコプターとその利用者の質量比にもよるが、 タケコプター回転の反力が伝わるから身体はプロペラの回転とは反対回りにゆっくりと回転することになる。 かくしてドラえもんはタケコプターを使用した途端に絶命し、ゆっくりと回転しながら空中を漂うというなんともシュールな絵ができてしまう。 エンジニアに夢を語るのは難しい。
 ナカシマプロペラの工場では、鋳造から仕上げまで一通りの工程を見学させていただいた。 普通にはできない経験である。直径10メートルはあろうかという巨大なプロペラが、徐々にその形を整えていくのは圧巻だった。 その過程の随所に製作のノウハウが詰まっている。その技術は第一回「ものづくり日本大賞」内閣総理大臣賞受賞で高く評価されている。 同社ホームページには技術紹介もあるので是非訪れて見るのがいいだろう。 出来上がった製品には、うろこのようにきれいな切削痕が規則正しく並んでいる。 これも巨大な5軸NCのなせる業である。

この写真は会員のみ

この写真は会員のみ  さて、ナカシマプロペラを後にした我々は、次の目的地の大山祇神社を目指してしまなみ海道へと向かった。 しまなみ海道と大山祇神社については雨のしまなみ海道を往くに書いたので省略するが、 前回は果たせなかった大山祇神社宝物殿に今回は足を踏み入れたので報告せねばなるまい。 ただし宝物殿では写真撮影ができないため、写真は今年4月に完成した美しい総門で我慢していただこう。
 前回一行を案内してくれた菊野さんは、 その御縁で今回も元気な顔を見せてくれた。宝物殿に入れずに一番悔しがったのが彼だったことは前に書いた。

「実はねえ、あれから上野の国立博物館で国宝級の日本刀見ちゃったんだ」
なんとなく申し訳なくて、菊野さんに案内されるまでは国宝級の日本刀は見ないで置こうと思っていたのだが、 ひょんなことからつい一ヶ月ほど前、上野の国立博物館でお目にかかる機会を得たのだった。
「それで、どうでした」
「ううむ、まあそれなりにね」
「そうでしたか、、」
見ちゃったということよりも、それほど感激しなかったらしいということに菊野さんはがっかりされたようだった。
「ま、でもここのは違うと思いますよ」

 話しながら、宝物殿の階段を昇っていくとやがてお目当ての日本刀が見えてきた。
正直驚いた。刃渡り2メートルはあろうかという代物が、“国宝”という名札を前に従え輝きを放っていた。 古い刀なので、もちろん柄(つか)はもうなく、茎(なかご)がむき出しになっていた。 刃渡りが2メートルだから刀身全部で2.5メートルはあったと思う。ちゃんと柄がついていたら、 3メートルもの長さだったのだろうか。

「へえ、すごいね。でもどうやってさやから抜いたんだろうね」
「さやから抜こうとして刃のところつかんで、気がついたら自分の指がなくなってたりして、、」

 平和ボケ組はのんきなものである。 もちろんこの刀を腰に差して人が歩いたとは思えないから、いざというときに鞘から抜くこともなかったのだろう。 献上物として納められたようである。

 これら刀剣のほか、源義経や源頼朝が奉納したとされる甲冑も国宝指定のものが展示されている。 一際目を引くのが鶴姫が着用したと言われる胴丸だ。こちらは重要文化財。 胸の部分が膨らんでおり、おなかの部分が引き締まっていていかにも現代女性用に見える。 ただし、どうやら大三島を守ったという鶴姫の話は作り話らしい。 1966年出版の三島安精(みしま・やすきよ)の小説『海と女と鎧』が今の鶴姫伝説となっているのだが、 この伝説では鶴姫は16歳の少女である。16世紀に生きた16歳の日本女性が、 一目で女性とわかる甲冑を作らせて戦い、自軍を勝利に導くというストーリーにはかなり無理がある。

 当時 POW (Prisoner of War)の人権を守ろうという考えもなかったから、 戦に負けた側の女性がどういう目に合ったか想像に難くない。 実際戦国時代の戦さには、大将が目当ての女性を手に入れんがためというものまである。 戦場に女性が駆り出されたなら、当然男性兵士と変わらぬ姿をした事だろう。
 この銅丸は、装飾、話題提供用に作られたと考えるのが自然だ。 他の甲冑には不均一な変色や傷があるのに、鶴姫の銅丸は綺麗に保存されているのもそのためだろう。 だからどうこうというのはしかし無粋だ。科学技術の進歩でとかく夢を失ってしまいがちな現代。 月では餅つきをやるウサギなんていないと証拠を突きつけられたから久しく年月も経っている。 キューティーハニー、セーラームーン、綾波レイが年齢に不釣合いなプロポーションの所有者であるのは、 いにしえから伝わる日本古来の伝統なのだろう。

 大山祇神社を後にした私たちは、今治の池内タオルを目指した。社長の池内計司さんには、 第6回大阪夏の大会で御講演をいただいた縁である。 その時に購入した“風で織るタオル”を以来、失敗学会事務局で使用しているが、 不思議なことに洗ってもなかなか繊維が硬くならない。筆者が同時期に東京ドームで、 読売ジャイアンツの応援に行って手に入れた中国製タオルとは明らかに違う。
 池内さんが事業を引き継いでから、 世界的に有名になったタオル生産にこぎつけるまでの話を聞かせていただいた。 誰にも負けない優秀な製品の開発にまつわる話は何度聴いても引き込まれる。 翌日夜の懇親会にも参加していただいた池内さんには、 洗濯後の乾燥機や柔軟材が木綿繊維を痛めることを教えていただき、 洗濯物乾燥機のない生活に少なからず誇りが持てた。ただし、少し悲しい誇りである。 その日の宿、来島大橋を望む大潮荘に向かう前、お土産に池内タオルを買った。 今度は笹繊維入りという新製品。手触りがとてもなめらかだった。

この写真は会員のみ

[ 飯野謙次 ]


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