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第16回失敗学講演の旅

元気発信都市、東御市 (Part 1)


 6月18日土曜。これですよと渡された長野新幹線の切符。 発車時間だけを頼りに上野駅にたどり着き、座席についてようやくその日の計画を立て始めた。
 上野駅の場合、上越、長野、東北、秋田の新幹線が同じホームにやってくるため、 正しい車両に乗り込むまでは決して油断してはいけない。 しかも、途中まで上越と長野、東北と秋田の列車がくっついていたりして、どのホームのどこに行けばいいのか、 未だに良くわからない。人に聞いてもさらにわからなくなるだけだし、 最近は駅員さんも頭の中にその複雑なシステムを入れているわけではない。 切符をかざせば即座にどこで待てばいいか、教えてくれるロボットの登場が待ち遠しい。

 長野とわかっていたので、結構かかるのだろうと思っていたら、上野から90分で上田に到着してしまった。 新幹線を降りて、さあ信州そばを食べようと軽やかに階段を降りたら、いきなりT氏の登場だ。
「あれっ、どうされたんですか」
「いや、お待ちしていました」とまるで当然ですのお顔なので、そうか自分の間違いかと思った。
「皆さんもお揃いで」と紹介され、名刺を交換してみると本日お招きいただいた中央公民館の館長様。
「これは、これは、」とこちらもしゃちほこばってしまう。

 この日はあいにくの雨。2台の車に分乗して30分ほどの東御市中央公民館に向かった。東御市と書いて“とうみし”と読む。 ルーツを調べると、 2004年4月1日に小県郡東部町(ちいさがたぐん・とうぶまち)と北佐久郡北御牧村(きたさくぐん・きたみまきむら)が合併してできたとのことだ。なるほど、音読みの町と訓読みの村が合併して重箱読みの地名ができあがったのだ。 “ちいさがたぐん”には少し興味を惹かれたが、調べだすと切りがない。それより“みまき”を覗いて驚いた。
 実際にはもっと前からなのだろうが、記録にあるだけでもなんと5世紀から、優秀な馬を産していた今の長野県、 山梨県一帯を含む古代巨麻郡(こだいこまぐん)に、天皇直轄の牧場、御牧(みまき)があって、、と説明がある。 そういえば、山梨の人は一般家庭でも馬刺しをよく食する。 天皇直轄といってもヤマト王権(私の世代には、大和朝廷の方がなじみ深い)は奈良辺りだったのだから、 ずいぶん遠くの牧場を管理していたものだと感心する。
 当時の日本の馬、在来馬は私たちが良く目にするサラブレッドより小さかった。 ここに登場した甲斐駒は絶滅してしまったというのが残念だ。
 ちなみに“サラブレッド”は良く聞く言葉だが、英語のつづりは “Thoroughbred”。つまり、 “thorough (完全な)”と“breed (交配する)”の過去分詞形“bred”が一語になったものだ。 もちろん、競争でより早く走らせるために人間が恣意的に作り出した品種だから、 動物愛護団体がいい顔をするはずはない。

 車に乗って少し走ると、
「先生、お昼は済まされたのですよね」と、幸運なことに訊いてもらえた。
「いや、駅そばを食べようと思っていたものですから、食べそびれました」
「えっ、あ、どうしよう、時間もないし、、」
 実は車に乗ってすぐ、私は胸ポケットに忍ばせていた虎の巻を読み返していた。 講演に向かうときは、どの駅で降りてどうやって講演会場に向かうかや緊急連絡先など、 大事な情報を書いたものを用意してある。それによると、 上田駅で30分の待ち時間を置いて、しなの鉄道線に乗るかそのままタクシーで会場に向かうこととあった。
 そうか、先方の予定外行動で昼を食べそびれたので、堂々と食べそびれていいのだ。 それをどうやって切り出そうかと考えていた。その辺は私も大人だから、
「コンビニにでも寄っていただければ、弁当でも買いますよ」と、寄り道をお願いしてしまった。
 春合宿では、飛び魚の巨大竹輪2本で昼を済ませた私である。 10年前には、会社の冷蔵庫に入れたあった残り飯を電子レンジで温め、 醤油をかけて昼食としていたのを見つかって笑われたこともある。 己を弁護するが、その醤油かけご飯は毎日のことではなく、 たまたま残った飯をもったいないと冷蔵庫に入れてあったのだ。三丁目の夕日世代は粗食に強い。
 コンビニでは、さすがに車の後部座席では弁当も食べにくかろうとサンドウィッチを2つ選んだ。 それが胃袋に収まるまで、ものの5分もかからなかった。三丁目の夕日世代は早食いができる。

 やがて車はその日の会場、東御市中央公民館に到着した。
 雨だったので良くわからなかったが、 改めてネットで見てみると、外装はしっかりしているが、中は結構古い作りだったように思う。節電で照明を落としていたせいかも知れない。
 これも古めかしく、おごそかな応接に通していただき、ダークブラウンの革張り長いすに座り、T氏と館長さんと雑談、 お茶を喫していると、会場係の方を見えられ、パソコンの設定確認をした。講演場は2階の講堂。かなりの大きさだ。 まだ時間があったので、「喫煙所はどこですか」と尋ねた。
 中尾先生には絶滅危惧種と揶揄されるが、何を隠そう私は喫煙者だ。 これが講演開始を待つ間など、すこぶる便利な悪習である。一昔前は、応接に灰皿があってがっかりしたものだった。 過渡期には喫煙所はどこかと尋ねると、困ったような顔を一瞬された後、 「内緒ですよ」とごそごそと、それは立派なガラス細工の来客用灰皿がお出ましになる。 そうなった場合には、結局吸わないで時間が経つのを待ったものだった。
 今は必ず別室か外のどこかになる。同じところに座っていてもつまらない。 喫煙所の在り処を聞いて、会場建屋の普段は行かない場所をうろうろするのは実に楽しい。 そして、この悪習が思わぬ発見へと導いてくれた。

(Part 2 はこちら)
【飯野謙次】
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