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フォーラム95 in 京都

Part1: 島津製作所創業記念館訪問

日 時:2012年 3月 3日土曜日
参加費: 大阪分科会員 無料、失敗学会員 1,000円、一般 2,000円
参加者: 飯野謙次、三田薫、大澤勲、木田一郎、原口文徳、藤井信彰、
          北村兼一、岡田敏明、佐々木英三、福井則夫、名村美紀、平松雅伸、
          薄知香志、中尾英和、岩崎雅昭、近藤康一、三国外喜男、本多茂
          一般参加: 新田実、徳田昌子

【次第】
09:55 [自由参加]立命館大学国際平和ミュージアム前
12:15 集合 島津製作所創業記念館(入館料300円)
13:45 一澤信三郎帆布店舗(お買い物 1)
14:15 一澤信三郎帆布本社訪問(紹介、ビデオ視聴、工場見学)
15:15 一澤信三郎社長、講演
16:15 分科会活動計画会議
17:00 終了、(お買い物 2)

17:30 懇親会(広東料理ぎをん森幸、5,000円)


 私は東京から参加という事もあり、国際平和ミュージアム訪問には間に合わなかった。 ただし、前日には同ミュージアム名誉館長安斎郁郎さんの講演を幸運にも聴く機会に恵まれた。 もともと原子力工学者だった安斎氏は、1960年代から一貫して原発政策を批判されてきた。 講演はもちろん福島第一原発の事故に関する同氏の思いが中心だったが、 放射線から人を守るという観点から、広島・長崎への原爆投下、 ビキニ環礁での核兵器実験などについても盛り込まれた内容だった。 締めくくりには、進むにしろ、やめるにしろ、 原子力工学を志す人材の不足を何とかしなければならないという、 切実な問題についての苦悩を語られた。全くその通りだと思う。

 さて、午後の部の始まり。
 島津製作所は、京都市中京区(なかぎょうく)に本社を置く精密機器メーカ。 2002年、「ソフトレーザー脱離イオン化法」でノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏により、 一躍有名になった。
 別用でこの記念館訪問をスキップされた会員を除いて19人揃い、記念館内に歩を進めた。 20名以上の団体は2割引という入場料の説明に、
「20人分払った方が安いんちゃう?」と思わず声にしたが、 この団体料金体系は失敗学会の法人会員会費と同じことに気がつき、思わず苦笑した。
「まあ、ええやん」とめいめいが300円を払い、入場切符を手にした。
 入場の儀が終わると、
「16人を越えたら、私も20人分の方が安いと思っていつも悩むんですよ」と笑っておられたお嬢さんが一転、
「入口から離れるわけにはいかないので、ここだけは説明しますね」と説明員に早変わり。 ちょうど昼食時だったためか、続けて入られるお客さんもいなかったのが幸いした。

 島津製作所の創業者姓名の島津と丸の中に十字を納めた社章は、 薩摩藩(現鹿児島県)の島津家由来になるが、特に血縁があるわけではない。 創業は1875年、仏具職人だった初代島津源蔵が教育用理科機器製造を始めたことによる。 1895年にその後を継いだのが二代目島津源蔵である。
 島津製作所とノーベル賞の因縁は深い。
 日本人で初めて海外の学術誌にその論文を掲載され、 また初めて海外の博士号を取得したのが村岡範為馳(むらおか・はんいち, 1853-1929)。 その村岡が学んだドイツ、シュトラスブルク大学(Universität Straßburg、 現在はフランスのストラスブール大学Université de Strasbourg) の研究室で当時助教授だったのが、 レントゲン(Wilhelm Conrad Röntgen, 1845-1923)である。
 レントゲンが第1回ノーベル物理学賞を受賞したのは、 1895年にヴュルツブルク大学(Julius-Maximilians-Universität Würzburg) においてX線を発見したことによるが、そのニュースは当時ドイツに留学中の長岡半太郎から日本に伝えられ、 旧制第三高等学校(現・京都大学総合人間学部)にいた村岡が翌1896年に、 その実証実験を、二代目島津源蔵等と島津製作所で行なった。

 入口のところにデンと鎮座し、何だろうと思わず引き寄せられるのが、X線装置のダイアナ号だ。 これは汎用モデルだったので、上記実証実験の装置とは違う。 下の右写真で、お嬢さんが当時のX線診断の様子を見せてくれているが、 なんと写真を撮るのではなく、X線を当てながらリアルタイムで体の中を観察したそうである。 今のように瞬間的な照射ではなく、連続的照射なのだから被曝量は相当なものだ。
 そういえば子供のときに見た漫画では、 ちょうどこのダイアナ号の映像が見える部分の裏側を、 キャラクタ−が通ると骨が見えておかしかったのを覚えている。 当時でもレントゲンではスチル写真しかなかったので、このマンガには違和感を覚えたのが、 今になってようやく合点ができた。
 下の左写真は、交流から大容量の直流電源を得るための機械式整流子だ。 なるほど、後はコンデンサーか何かで平滑化してやればダイアナ号に必要な高圧直流電源となる。 ミュンヘン博物館で見た機械式積分器を思い出した。機械工学万歳。
この写真は会員エリアにあります

 次の展示への入口脇に、二代目島津源蔵が記した15条の事業の邪魔になる人、15条の家庭を滅ぼす人、 が額に飾られていた。読むと家庭と仕事、どちらもお互いのために重要であり、 さらにそこに国家や社会に対する姿勢も正すことが求められている。 それらの中から、筆者にインパクトを残した条文をそれぞれから原文で1つずつ引いてくると、
      事業: 『何事を行ふにも工夫をせぬ人』
      家庭: 『失敗したとき勇氣を失ふ人』
 さらに、これらを知るだけではなく、そうならぬよう熱意を持って処さなければ破滅すると警告している。 少しおっかない。
 全条文は 島津製作所沿革のページに掲載されているので、興味ある人は見られたい。

 次の展示に進んだところでお嬢さんはお役御免。 残念と思っていたら、「失敗学会」という名前と大人数の割りに正規の料金を払ったことが功を奏したのか、 副参事の兼松秀明さんが現われ、続きの説明を買って出てくださった。失敗学会万歳。

 1階奥でビデオを見た後、2階に上がった。先のX線装置開発にもあったように、 島津製作所の発展は第三高等学校との連携が強かったようだ。 常に最先端の研究を支援する姿勢が感じられると共に、 複雑な機械を分かりやすく説明するための教材も数多く展示されていた。
 一同は兼松さんの丁寧な説明に聞き入ってうなずくことしきり。 数々の展示をこの記事で紹介するのも無粋だ。ここは、美しいフォルムを誇らしげに見せていた F104戦闘機用空気調和装置と、 今では世界中どこに行っても観光地で見られる立体視メガネが、 へぇー、こんなに前からあったんだという驚きの写真を見ていただこう。
この写真は会員エリアにあります

 実物を見るのは実に楽しい。そしてそれら財産を丁寧に保存するだけでなく、 一般にも公開して社会の糧にしている島津製作所には深謝。 いつかは、失敗学会もネットからの2D発信だけではなく、 事故防止のための教育展示場を持ちたいと夢をいだいた。

⇒Part2 はこちら


5月18(金)-20(日)2012年春合宿計画

【飯野謙次】




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