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フォーラム95 in 京都

Part3: 一澤信三郎帆布訪問

日 時:2012年 3月 3日土曜日
参加費: 大阪分科会員 無料、失敗学会員 1,000円、一般 2,000円
参加者: 飯野謙次、三田薫、大澤勲、木田一郎、原口文徳、藤井信彰、
          北村兼一、岡田敏明、佐々木英三、福井則夫、名村美紀、平松雅伸、
          薄知香志、中尾英和、岩崎雅昭、近藤康一、三国外喜男、本多茂
          一般参加: 新田実、徳田昌子

【次第】
09:55 [自由参加]立命館大学国際平和ミュージアム前
12:15 集合 島津製作所創業記念館(入館料300円)
13:45 一澤信三郎帆布店舗(お買い物 1)
14:15 一澤信三郎帆布本社訪問(紹介、ビデオ視聴、工場見学)
15:15 一澤信三郎社長、講演
16:15 分科会活動計画会議
17:00 終了

17:30 懇親会(広東料理ぎをん森幸、5,000円)


 一澤信三郎帆布の店舗は人でごったがえして、年末のアメ横のようだった。 違いは「はあい、どれでもゼンエンだよゼンエン!」と連呼するだみ声のオヤジがいないことか。
 最近ゲットしたばかりのiPad2が意外に大きく、持て余し気味だったのを、 ちょうど治まるようなカバンでも買おうかと意気込んで来たのに、人、人、人を目にして少々臆してしまった。 結局お買い物 Part1 では手ぶらで店を後にした。みんなで今度は工場に向かって歩いていくと、 さっそく大きな紙袋を提げている人も何人か。心なしか、少し誇らしげに見える。
 工場に到着するとまずは応接・会議室に通された。伝統を守る小さな町工場の応接室である。 必然的にみんなで固まる形になった。

 さて、いよいよ一澤信三郎さんが登場。そして寄り添うように奥様も。 この風景は日本ではあまり見られない。
 アメリカでは、仕事が終わって仲間と飲みに出ることは少ない。 少ないということはしかし、全く無いわけではないということだ。 特にクリスマス近くなると、仕事仲間も招待されたホームパーティーがよくある。 まず、ホームパーティーというのが日本と違う。逆にこれは、日本でも全く無いというわけではないがと断らなければならない。 そして大概、子供はシッターさんに預かってもらって夫婦、あるいは大切な人同伴での出席が当たり前となっている。 こうやって、時には子供を排斥して、恋人としての夫婦関係をエンジョイしている。 それがうまくいくのも、お互いに相手の人格を尊重しているからだろう。 私はわたし、あんたはあんた。それ行け、追いつけ追い越せの人間関係とはかなり違う。
 夫婦、恋人だけではなく、人間関係は相手の人格を尊重して初めて円滑に保たれると思う。 今年の1月30日、厚生労働省のワーキンググループが、 パワーハラスメントに関する報告書を発表した。 その報道を見ながら少し違和感を感じた。パワーハラスメントを6つの類型に分類し、 それぞれ例を示し、予防には、トップのメッセージ、ルールの策定、実態の把握、教育、周知となっている。 私が日ごろ言っている、 三大効果失敗対策の周知徹底、教育訓練、管理強化、が見事に全部網羅されている。 もっと、根本的に何がいけないのか考えなければならない。
 それは、上司であれ、部下であれ、同僚であれ、 あるいは外注の清掃業者であれ、相手を人としてその人格を尊重することだと思う。 それさえできれば、パワハラの事例はどれも起こらないことだ。 第一、これだと意識しなければいけないことは1つだけなので対策として簡単だ。

この写真は会員エリア  一澤氏に一目お会いして、ずいぶんまあるい人だと感じた。 物腰に加え、その穏やかな目、そしてメガネまで見事に丸かった。 写真などで拝見するニット帽をかぶられると、ただでさえ丸いおつむりがますます円熟する。
 世事に疎い私は、今回の訪問の話が持ち上がるまで、一澤帆布のお家騒動については全く知らなかった。 詳しくは以下ブログにあるので、詳細を知らない人は読んでみても良いだろう。
 事後にネットから情報を集めてまとめると、この事件は大まかに以下のようになる。
 三代目、父一澤信夫には4人の男の子が生まれた。長男は成績優秀で、京都大学卒業後銀行に就職、 二男は生後まもなく死亡、今回お会いした信三郎氏は三男でやはり成績が良く、同志社大学卒業後新聞社に就職。 自然四男が家に残っていたが病弱のため、家業を継ぐことが危ぶまれた。
 社長を含めて従業員の老齢化が進み、 家業が傾きそうになったときに信三郎が9年勤めた銀行を退社して1980年、一澤帆布工業(株)に戻る。 そのときの活躍で、入社4年目半ばに社長に就任、その後事業を大いに進展させ、 既に一人身だった老齢の父と信三郎夫婦は仲良く暮らす。その後、家業に嫌気が差した四男が自主退社。
 良いことはいつまでも続かず、父信夫が脳梗塞で倒れ、介護、入院を繰り返した後、2001年に死亡。 信三郎は顧問弁護士が預かっていた直筆の毛筆遺書に基づいて家業を継いだところ、 4ヵ月後に長男もこれを預かっていたと第二のボールペン書き遺書を提示。その遺書には一澤ではなく、一沢の押印があった。
 この第二の遺書が、信三郎夫妻を事業から排除するものであったため、信三郎はその無効を訴えて裁判を起こす。 しかし、第一審、第二審とも信三郎の言い分を認めず、最高裁も訴えを却下し、 長男が株主総会を強行開催して信三郎は社長を解任される。
 ここで信三郎は奮起、新しく“信三郎帆布”を設立表明し、 従業員全員が、その先どうなるかわからない信三郎側について、一澤帆布をやめた。 幸い、加工所は別会社にしてあった。さらに帆布の業者や、京都の町まで信三郎の味方につき、 このころこの事件がマスコミを通して世間の耳目を集める。
 信三郎夫妻は、先の敗訴でゼロになった妻の遺産相続分について再び訴訟を起こし、 第一審で敗訴するも、高裁が新たな筆跡鑑定人により、第二の遺書は偽造と断定して逆転、 最高裁でこの判決が確定した。これより、信三郎は解任の日までさかのぼって一澤帆布を取り戻す。
 ただし、この話には後日談があって、長男側は3回目の訴訟を起こし、2011年8月26日、 第一審で敗訴するも、控訴する構えである。四男は2010年、新たに“帆布カバン喜一澤”を立ち上げた。

 私たちの訪問は、信三郎氏による事業紹介、工場見学、懇親会と進行した。 事業紹介の最後に、「失敗に関する講話だから語らねばならないだろう」と、この経緯を自身の口で語ってくださった。 熱くなることもなく、先代と夫婦を合わせた3人で苦労して事業を立て直したくだりを話すときは、実に楽しそうであった。 また奥様も、倒れた義父の面倒を嫌がることもなく、ずいぶん看られたようだ。
 この講話を聴いて、失敗学会大阪分科会は何を学んだか。残念ながら、日本の司法はずいぶんいいかげんだということ。 そして自分がこの世から旅立った後に残されるものの幸せを考えるなら、生前によほど注意して身辺の整理をしておかなければならない。 特に財産、事業など残るものが大きければ大きいほど整理が面倒なのと、残されるものの心にいらぬ欲得感情が生まれる。

 上記説明は一澤帆布から、なぜ信三郎帆布が分かれ、さらに一澤信三郎帆布として統合されるに至るかの解説であった。 事業の顔は重要である。しかし、その根底に流れる“良い商品を世の中に”という思いは看板が変わっても同じだ。 先に話していただいた一澤帆布の誕生から、様々な工夫を製品に加えて成長していくストーリーは実に愉快だ。 大正時代に自転車による牛乳配達用のカバンを考案した辺りは、そうそう聞ける話ではない。 さらにカスタマイズされた模様入り帆布カバンなど、需要はすたれそうにない。多色柄の帆布カバンは、 まるで浮世絵のように各色を一回ずつ重ねるので、一色でもずれると全部駄目になるというのには驚いた。 実際のカバンを手に、信三郎氏の穏やかな話しに聞き入っていると「一つ手に入れたい」という気持ちが強くなっていく。
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 信三郎氏は、「わたしは何もしていない。怠け者ですから」と終始にこやかに話しておられたが、 いざ、工場に見学の歩を進めると、少し顔も厳しくなり、氏の周りの空気が変わったようだ。 それでも工員に話しかけるときは、冗談を交えながら気さくな感じがする。 最初の裁判に負けて、一澤帆布工業から追い出され、信三郎帆布を立ち上げた時に、 「この人について行こう」と従業員達全員が考えたのもうなづける。

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 上の左写真は最初に見た帆布の裁断工程で、信三郎氏の説明に聞き入る面々。 上右の写真では、「では、切りますよ」の声にカメラを構えたものの、ほんの1秒もかからずに、 厚い帆布をシュッと切り終わったところである。切っている途中の絵が欲しかったのだが、 ものの見事に失敗した。この裁ち鋏も、最近は機械で砥いだ後に手で仕上げるため、 減りが早くなったとのことだ。

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 少し意外だったのが、「何でもかんでも、手作業にこだわっているわけではないのですよ」と、 ベルトの端に金具をかしめて取り付けているところ(上左写真)。そしてこの会社では、 痛んだカバンの補修もお客さんの要望に応えて、原価でおこなっているということだ。 使っていた商品が傷んだからと、製造元に送って修繕してもらうなど思いもしなかった。 昔は電化製品等、壊れたら販売店に来てもらって修繕を依頼していた。 最近は、人件費の高騰とともに「直すより買った方が安いですよ」と言われることが多くなった。 「私たちの製品を丁寧に使っていただいて、直して欲しいと言われるのがいいじゃないですか」 と信三郎氏は嬉しそうに語った(上右写真)。

この写真は会員エリア   最後に見た仕上げ工程は、でき上がった帆布カバンを裏返す。聞くと何でもないようだが、 堅くてゴワゴワしたカバンを痛めないように裏返すのだから、そう簡単にはいかない。 写真のお嬢さんはずいぶん若いから新人さんかと思いきや、そうでもないらしい。 私たちのためにわざわざ裏返すところを実演してくださった。 こんな風に取り囲まれたら、普通だったらうざいと思ってしまう。 お嬢さんが心の中でどう思われたかは不明である。仲間に冷やかされて、 少し緊張してあせってるとは言っておられた。訪問客と社長に囲まれながら、 気さくな会話ができるのが、こちらにとっても心地よい。 この工場に入って初めて教わるのは、木槌の使い方からだそうだ。

 見学が終わり、懇親会までのわずかな時間、あわてて再び店舗に駆けつけ、 買い物 Part2 を行なったのはいうまでもない。 本当は色柄物を買って、これって一気に印刷じゃなく、 ちゃんと浮世絵みたいに何回も色を重ねて作るんよ、と会う人会う人に自慢したいと思ったけど、 さすがに男の持ち物には見えない。 さんざん悩んで、薄めでiPad2がちょうど入りそうな単色の帆布カバンをゲットした。 これで私も少し自慢気に歩ける。

(完)

5月18(金)-20(日)2012年春合宿計画

【飯野謙次】



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