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畑村会長のスペイン講演と
IAEA会議参加に同行して

失敗学会副会長・事務局長
飯野謙次
 今年10月、畑村会長がスペインのラモン・アレセス財団(Fundación Ramón Areces)とアジアの家(Casa Asia)に招かれ、マドリッドとバルセロナで講演を行った。 日本スペイン交流400周年事業の公式行事である。
 私もスペインまで同行して、講演後の質疑応答の通訳兼旅ガイドを行うことになった。 旅程の詳細アレンジが決まったころ、国際原子力機関 (International Atomic Energy Agency, IAEA) から会長に会議参加の依頼があった。 IAEAの天野事務局長は、2012年9月の総会で2014年に福島第一原発事故について包括的報告書を作成することを発表している。 この報告書作成は、事故解析、安全評価、緊急体制、放射線の影響、復旧活動の5つの作業部会によって進められているが、 これらを横断的に見る「人と組織」を調査する6つ目の作業部会ができ、それに畑村会長に参加して欲しいとのことであった。

 こうしてスペインで2つの講演をこなした後、ウィーンまで足を伸ばすことになった。 私たちの旅程に合わせて、人と組織作業部会の面々もウィーンに集結した。 10月30日終日と31日午後1時まで行われた同部会会議は非公開である。 このため会合の内容をここでつぶさに紹介はできず、 2014年の包括的報告書に取り込まれるのを待たねばならない。 参加者、議事録作成者、傍聴者を合わせて20人近くはいたろうか。話し合いはテーブルを取り払って車座となって行われた。

 今回のヨーロッパ行で私は重要な情報を得ることができた。 1971年に営業運転を開始したスペインのサンタ・マリア・デ・ガローニャ(Santa María de Garoña)は、福島第一原発1号機と同じBWR3/Mark Iである。 2009年に停止し、2012年にシャットダウン(廃炉)が開始されたが、その稼動中、以下の非常用復水器(Isolation Condenser, IC)試験が行われていた。
  • 5年毎にフル性能試験:原子炉出力100%時に弁を1時間以上全開し、設計基準である熱出力の3%(1,381MWth)の除熱を確認する
  • 2年毎に機能試験:弁を開いた時に IC が起動することを確認する。確認は、IC 排気口から蒸気が噴出するのを目視して行う。 これは日刊工業新聞社刊、「福島原発で何が起こったか」p54 にも説明されているように“ブタの鼻”からの蒸気噴出である。
    [注:ブタの鼻からの蒸気は原子炉圧力容器(Reactor Pressure Vessel, RPV)からのものではなく、ICでの熱交換で沸騰した冷却水の蒸気である。 したがってこの蒸気には放射性物質は含まれていない。また、蒸発分を補うため IC内の冷却水は補給する必要がある。]
  • 3ヶ月毎に弁試験:米国機械学会(ASME)の規定通り、弁の開閉を確認する

 この情報には正直、愕然とした。 もっとも、スペインの規制当局 Consejo de Seguridad Nuclear は、米国原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Committee, NRC)と密に情報交換を行っているから、 このようにやらなければならない試験がきちんと文書になって拘束力を持っていたのだろうと思う。

 福島第一発電所事故は様々な要因が複合して起こったものであるが、そもそもこの事故がこれほどの大事故に発展したきっかけは、 1号機の燃料溶融と水素爆発を防げなかったことにあり、その原因は、1号機 IC の4つのバルブが津波による全電源喪失で閉じたのに、 運転員等はそれらが開いているものと勘違いしたことによると考えられる。 出力が46万kWと小さい1号機は、RPVが、蒸気を送る先の主復水器からも、 蒸発による水位低下を補う給水系からも隔離された(Isolated)非常時には、 IC に蒸気を導いて水に凝縮し、RPVに戻すことで原子炉水位を高く保ちながら炉心を冷却する構造となっている。 この IC は福島第一原発1号機にだけ装備されているものである。出力が大きくなった2号機以降では IC では能力が足りず、代わりに蒸気でタービンを回し、 その回転をポンプに伝えて給水を行う非常用炉心冷却装置(Reactor Core Isolation Cooling System, RCIC)を備えている。 下図に1号機が水素爆発を起こすまでに1~3号機非常用冷却機能がどう動作したかを示す。
図 福島第一原発、1号機水素爆発までの1~3号機非常用冷却機能の動作
[講談社刊、「福島原発事故はなぜ起こったか」p44,45
淵上正朗作成の図を元に作成]
 上図からわかるように、1号機では津波による全電源喪失で IC が停止したのに気づかず、 炉心損傷後に水素爆発が起こった。その時2号機では RCIC、3号機では RCIC がしばらく動作した後、HPCI が正常に働いていたことがわかる。 1号機の炉心損傷、水素爆発がなければ 2、3号機の事故封じ込めにもっと注力できた可能性は高い。
 「福島原発で何が起こったか」第2章2-1に詳しいが、運転員に IC の作動を経験したものはいなかった。国会事故調報告書(p.230)にはこうある:
「ただし、東電によれば、IC の自動起動はもとより、このように IC が作動したこと自体、1971年の1号機営業運転開始以降、今回が初めてとされる。」

 IC を備え付けた旧式の原子炉でいまだ稼動中のものは少ないが、国内で唯一、福島第一原発1号機と同じ IC を搭載した日本原子力発電の敦賀1号機では、 2011年11月までの10年間で、思わぬ事象による原子炉自動停止後、手順に従って IC を手動起動させたことが 2回あった。 (日本原子力発電ホームページ 『敦賀発電所1号機の非常用復水器の作動実績に係る運転記録等の提出について』)。福島第一原発事故のように過酷な全電源喪失下ではなかったものの、 少なくとも敦賀では IC の作動がブタの鼻からの蒸気噴出と轟音を伴うと経験した者がいたことになる。 しかし、これらは意図しなかった原子炉自動停止に対応した起動であり、 3ヶ月、2年、5年の周期で検査をしていたサンタ・マリア・デ・ガローニャの周到さとは程遠い。

 一方、日本ではいまだもって原発の再稼動をどうするかが決まらない。 活断層の上に建てられていないことや、基準値を厳しくすることは再稼動の必要条件かも知れない。 しかし今回、福島第一原発1号機では一度も検査していなかった IC という非常用冷却機能を、 外国では定期的に試験をしていたことがわかった。このことから言えることは、基準を厳しくすることが再稼動の十分条件ではないということである。 IC は、数ある安全装置の一つに過ぎない。 日本は原子力発電技術を導入したとき、IC も含めたいくつもの複雑な系統やそれに関わる技術、またそれらの検査、規制について大いに学んだのだろうが、 その後世界で技術や安全対策がさらに進展していったのを無視した。
 その一例がB.5.b の問題である。9.11 テロを受け、NRCがテロ対策として発令したのがB.5.bであったのだが、原子力安全・保安院はそれを「日本では不要」とした。 日本の原子力施設のどこに何があるかはネット等で簡単にわかり、テロの標的を白日の下に晒しているようなものであるにも拘らずである。 B.5.b としての対策を何も採らずに原発の稼動を許していたのは危機対策が不充分であったことに他ならない。
 今一度、原子力発電の規制とはどういうものであるか、その基本理念も含めて真摯に学び、新基準や点検計画が妥当なものかどうかを考えなければならない。 その上で、再稼動ができるかできないかを判断していただきたい。そうでなければ福島原発事故に何も学ばなかったことになる。
 そして何より大事なことは、一度学んだからといってそれで十分だと考えることなく、いつまでも学び続けることである。 目標を「安全」に留めるのではなく、「さらなる安全」を常に目指していただきたい。

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