失敗事例

事例名称 水素誘起割れによる鉄道タンクカーからの腐食性有毒物質の漏洩
代表図
事例発生日付 1997年04月02日
事例発生地 米国テネシー州メンフィス
事例発生場所 A社鉄道の操車場
事例概要 テネシー州メンフィスのA社鉄道の操車場で転轍作業中、B型タンクカーから腐食性の有毒物質、無水フッ化水素の漏洩が発見された。原因は修理時の溶接、検査手順が不適切、不十分であった為。この事故で、周囲半径1/2マイル(約0.8km)以内に住む住人26人を含む、計150人が、17時間にわたって緊急避難した。
事象 無水フッ化水素(酸)はアメリカ運輸省(Department of Transportation-DOT)によって危険物質(クラス8(腐食性)類に分類)に指定されている有毒物質で、腐食性グループ中でも最も危険度の高い物質のひとつとして、運搬に使用される容器(タンク他)類は最高の耐久性が求められている。無水フッ化水素の容器に使用される鋼素材は、硬度が高くなるとブリスター(気泡状の膨らみ;割れの原因となる)や亀裂が起こりやすくなる為、ロックウェル硬度C22以下に保つことが条件である。事故のあったタンクカーは、同年2月にタンク表面にできたブリスター2箇所を切り取り、突合せ溶接法で修理されていた。さらに溶接後、溶接部と溶接によって熱影響を受けた部分(内部・外部両方)に、応力(ストレス)除去の為の熱処理を加えが不十分で、溶接に使用した素材の硬度が十分に低下しなかった(事故後の検査で亀裂部周辺の平均硬度はC29)。そして応力が除去しきれないまま腐食性の物質にさらされ、微小なキズが生じた。このキズに入り込んだ無水フッ化水素がタンクに亀裂を誘起した。
経過 当タンクカーは同年2月(事故の26日前)、B社にて、タンク壁面にできたブリスター2箇所が修理された。修理はブリスターとその周辺部を2×3フィートにわたって切り取り、ASTM(米国材料試験協会)A516 grade70鋼材を突合せ溶接法で溶接した後、溶接部と溶接によって熱影響を受けた部分(内部・外部)に、華氏1150度(摂氏約621度)の熱で約1時間、応力(ストレス)除去と硬度を低下させる為の熱処理を加えた。修理後の硬度テストの結果は、外部がロックウェル硬度C15、内部はロックウェル硬度C17と記録され、レントゲン写真でも、問題となる形跡なし、400psigの圧力をかけた静水圧テストでも漏れは認められなかった。しかし事故後の検査で、漏洩のあった溶接部周辺の硬度はロックウェル硬度C26からC32、平均でC29に達していたことが確認されている。この為、施された熱処理では鋼素材の硬度をC22以下に下げるのに不十分で、ストレスが除去しきれないまま、腐食性物質にさらされ水素誘起割れと呼ばれる亀裂が生じた。
原因 当タンクカーの漏洩は、溶接後の不十分な熱処理と、硬度測定の誤りが原因で引き起こされた”水素誘起割れ”である。”水素誘起割れ”は、水素原子が金属の微小なキズに入り込んで分子を形成、疵口に閉じ込められることにより、金属内部からの応力(ストレス)を増幅してブリスターや亀裂を起こさせるもので、ロックウェル硬度C22以上の鋼に起こりやすい。当タンクカーは溶接処理後、鋼板のストレス除去と硬度低下を促す目的で、華氏1150度(摂氏約621度)の熱で約1時間の熱処理を行った。しかし事故後の検査で漏れのあった溶接部分とその周辺の硬度は、平均ロックウェル硬度C29に達しており、修理直後に業者の行った硬度テスト結果(内部がC17、外部はC15と記録されていた)より大幅に高かった。そのため、施された熱処理の温度と時間ではストレス除去、硬度軟化に不十分で、残ったストレスが鋼にキズを生じさせ、そこに水素原子が入り込んで割れが誘起された。
対処 無水フッ化水素を漏洩のあったタンクカーから、他のタンクカーに移すまでの17時間にわたって、周辺住民を含む計150人を避難させた。
対策 当タンクカーの所有者兼、荷主のC社と修理を請け負ったB社の共同研究により、フッ化水素用タンクカーの修理手順が改善された。第1に修理に使用する溶接素材や溶接によって熱影響を受ける部分の硬度が、ロックウェル硬度C20以下であることを確認すること。第2に、使用する溶接素材は、炭素分が0.42%以下のものであること(フッ化水素は炭素鋼に反応して原子を放出する為)。第3に、溶接後の熱処理は、華氏1225度(摂氏約662度)で2時間に増加させること。さらに、フッ化水素に直接触れるタンク内部の硬度テストについては、溶接部全体を1/2インチ(約1.27cm)間隔で行うことも付け加えられた。(各々の間隔において、溶接された部分の両サイドと溶接素材の3点をテスト。タンクカーの外壁もランダムに検査する)
知識化 特に危険性の高い腐食性物質の容器取り扱いについては、素材の遅れ破壊を常に念頭におき、適切な点検、検査、修繕を実行する必要がある。
背景 1985年に米D社が行った研究情報によれば、無水フッ化水素の容器として利用されているどの素材にもブリスターが形成されるが、事故のあったB型タンクカーの素材であるTC128 Grade”B”スチールは、他素材に比べてブリスターが発生するまでの期間がたった3年と短いため、通常の定期検査では危険が防ぎきれない懸念があると報告されている。これを受けてAAR(米国鉄道協会 Association of American Railroad)は、溶接にTC128を使用することは禁止したものの、すでに無水フッ化水素の運搬等に使用されているTC128製のタンクカーの使用については、規制されることはなかった。
後日談 事故の起きたタンクカーの溶接部分は、事故後全て取り除かれ、新手順に従って修理、熱処理がし直された。
シナリオ
主シナリオ 組織運営不良、構成員不良、構成員経験不足、無知、知識不足、過去情報不足、不注意、注意・用心不足、保守時の不注意、使用、保守・修理、修理、使用、輸送・貯蔵、製作、ハード製作、製造工程、焼鈍処理、破損、破壊・損傷、割れ発生・成長、二次災害、損壊、漏洩
情報源 http://www.ntsb.gov/publictn/1998/HZB9804.pdf
http://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/deta02st.htm
死者数 0
負傷者数 0
物的被害 物的被害などについては詳細記述がないため不明。
備考 ロックウェル硬度:円錐の鋼球、又はダイヤモンドを一定荷重で圧し付け、くぼみの深さによって硬さを図る測定硬度。圧子と荷重数値によってAからDスケールまであり、文中のCはダイヤモンドを圧子としたもの。数値は0~100があり、硬度の高いもの(硬いもの)ほど数値が高くなる。
分野 機械
データ作成者 タカコホール (SYDROSE LP)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)