失敗事例

事例名称 火星探査機の消失
代表図
事例発生日付 1999年12月03日
事例発生地 宇宙
事例発生場所 火星付近
事例概要 米航空宇宙局(NASA)の火星無人探査機「マーズ・ポーラー・ランダー」が火星付近到着後に通信が途絶えてしまった。回復は絶望的となった。ビーコン信号通信装置の未装着が原因であった。
図1は、火星着陸想像図である。
事象 米航空宇宙局(NASA)の火星無人探査機「マーズ・ポーラー・ランダー」が火星付近到着後に通信が途絶えてしまった。回復は絶望的となった。
経過 1999年12月3日早朝、1999年1月3日に打ち上げられ、約7億5700万kmを飛行して火星大気圏に到着した無人火星探査機「マーズ・ポーラー・ランダー」(Mars Polar Lander)の最後の軌道修正は順調だった。
火星大気圏降下中は、高温高熱に包まれて通常装置が使えないため、着陸直前のデータはこれまで特別の通信装置によって、ビーコン信号で送っていた。しかし、コストを抑えるため、この装置を外していたことから、探査機が通常の送信を打ち切った着陸12分前から、地球との交信は途絶。その間に、一連の処理が正常に進んだかどうかのデータが得られず、どの時点で異常が発生したかは不明。2つの小型観測装置からの信号も受信されておらず、分離が成功したかどうかも不明。
火星上空で着地用の脚が「すでに着陸した」と誤解、その信号を受けて火星表面から約40mでエンジンが停止、時速約80kmで激突して壊れた(推定)。
12:39(米太平洋標準時)、マーズ・ポーラー・ランダーの着陸信号が地球に届かなかった(着陸予定時刻は12:01であった)。
原因 (1)着地用の脚が「すでに着地したと誤解」
NASAでは、失敗の原因は確定できないものの、火星上空で着地用の脚が「すでに着陸した」と誤解、その信号を受けて火星表面から約40mでエンジンが停止した可能性が最も高いとした。マーズ・ポーラー・ランダーは時速約80kmで激突して壊れたとみられる。
(2)着陸直前のデータ信号のやりとりなし
火星大気圏降下中は、高温高熱に包まれるため通常装置での交信はできない。
(3)ビーコン信号による特別通信装置なし
通常通信装置以外のビーコン信号による特別の通信装置がなかった。コスト低減および1997年の火星北半球に着陸した探査機の成功から、装備されていなかった。
対処 NASAは、火星探査全体を統括する新しい責任者を任命し、改善策を進めた。
2001年打ち上げの着陸機は今回のマーズ・ポーラー・ランダーとほぼ同じため、打ち上げを断念した。
知識化 (1) コスト削減による変更が失敗原因となる危険性がある。
(2) 現時点の技術レベルから、コスト低減できる部分とできない部分を明確に区別する。
(3) 過去の成功が次回の成功を保証している訳ではない。
たまたま、うまくいくこともあるので過信は禁物である。その成功体験が却って災いとなって脱却できないのは、現在の経営者だけではなさそうである。
背景 1992年、NASAのDaniel Goldin長官が、議会などからの予算削減圧力もあり、莫大な費用をつぎ込み、数十年間かけて実験を繰り返すプロジェクトはやめ、代わりに、目標設定を低くして簡素な宇宙船を短期間に数多く打ち上げ、下請けの企業により多くのことを任せるという“cheaper, faster, better mission”を発案。
1997年7月に火星北半球に着陸した探査機Mars Pathfinderと、今も軌道を回っているMars Global Surveyorは、この方針で成功した。
しかし、探査計画の予算は約30%不足し、ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory in Pasadena,California)の常駐スタッフは15人になり、Mars Global Surveyor、Mars Polar Lander,Mars Climate Orbiterの飛行チームの合計人数は、以前であれば1つの任務にあてられる人数の3分の1となった。事前試験も不十分であった(2000年3月28日のNASA調査委員会報告書による)。
よもやま話 莫大な費用が必要な宇宙開発であり、もちろんコスト削減の努力は不可欠である。
しかし、コスト削減できる部分とできない部分(現時点の技術レベルで)を明確にしないと、本事例のように、コスト削減が失敗に直結し、かけた費用が水の泡となってしまう。
シナリオ
主シナリオ 企画不良、戦略・企画不良、計画・設計、計画不良、破損、破壊・損傷、組織の損失、経済的損失
情報源 Science NASA:http://science.nasa.gov/newhome/headlines/ast03dec99_1.htm
マルチメディアファイル 図1.探査機火星着陸想像図
備考 コスト削減で火星探査機が消失
分野 機械
データ作成者 張田吉昭 (有限会社フローネット)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)