失敗事例

事例名称 スクーバ用アルミニウム合金製容器の破裂
代表図
事例発生日付 2000年06月30日
事例発生地 沖縄県平良市(宮古島)
事例発生場所 空気充てん所、丸金ストアー
機器 スクーバ用アルミニウム合金製容器(容量10.3リットル、外径185 mm、厚さ13.5 mm、長さ628 mm、材料A6351-T6、最高充てん圧力21.6 MPa(220 kgf/cm2)、Luxfer Gas Cylinders社製)、図2参照。
事例概要 スクーバまたはアクアラングは水中自動呼吸潜水器で、最近ではレジャー用に数多く使われている。スクーバ用アルミニウム合金製容器が空気充てん終了直後に、突然破裂した。その後の調査で、多くの容器のねじ部に軸方向き裂があることが判明した。原因は粒界腐食と応力腐食割れであり、容器保安規則の改正などの対策が実施された。
事象 空気充てん所で、スクーバ用アルミニウム合金製容器に空気を充てんし、充てん圧力が20.1 MPa(205 kgf/cm2)に達したので充てん作業を終了し、容器交換を行おうとしたところ、容器が突然破裂し、充てんホースが飛び跳ね、作業員が右足に打撲を負った。破裂容器の破面を図3に示す。容器は2箇の破片となって飛散したが、半地下式の水槽で充てんしていたため、大きな事故には至らなかった。
事故の後に明らかになった類似事故情報を以下に示す。
○ 国外
アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドにおいて、A6351-T6容器の破裂事故が7件あることが判明した。
○ 国内
A6351-T6容器は1985年から1990年までに約53,000本が輸入され、過去5年間の容器再検査の延べ本数(容器流通状況)は10,462本である。
2000年8月8日に、東京都八丈島の空気充てん所で、A6351-T6容器の充てん作業中に、容器肩部から空気が漏れる事故が発生した。
現在、容器の材料はすでに、A6351-T6からA6061-T6に変更されている。しかし、A6061-T6容器でも、同様のき裂が検出されている。
沖縄県の容器検査所での2001年1月から4月までの検査の結果を調査したところ、A6061-T6容器487本中の19本( Luxfer Gas Cylinders社製11本、Aluminum Precision Product社製8本)にねじ部内面に軸方向き裂が検出されている事実が判明した。そのうちで長いき裂のある4本について調査したところ、き裂の長さは8~11 mm、深さは1~18 mmであった。
フォールトツリー解析の結果を以下に示す。
○ 図7 破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図
容器は、破断前漏洩(Leak Before Burst、LBB)が成立せず、真二つに破裂した。破面は容器ねじ部で左右対称に2つの古い破面と新生破面から成り、古い破面を起点として、延性破壊で破裂した(図4参照)。起点となった古い破面は、容器ねじ部表面起点の軸方向き裂であり、粒界腐食を起点として発生した。き裂は、ねじ部表面から容器外面に向けて進展せず、ねじ部表面から肩部を通り、胴部へ向けて容器肉厚の内部を進展し、サムネイル(親指のつめ)の形状を示した(図5参照)。これは、応力腐食割れの特性である。サムネイル状き裂は、容器内外面に貫通せず、皮1枚のリガメントを残した形状で進展し、破裂に至った。
○ 図8 容器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図(1)
容器の材料は当初、A6351-T6であった。A6351-T6は、持続負荷割れ(Sustained Load Cracking、SLC)という特性を示すことが判明した。そこで、容器の材料は現在、A6061-T6に変更されている。しかし、多くのA6351-T6容器が、現在でも使用され続けている。
○ 図9 容器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図(2)
サムネイル状き裂となる応力腐食割れは、容器ねじ部表面の粒界腐食を起点として発生した。容器の肩部、胴部、底部の内面では、全面腐食と局部腐食はあっても、深い粒界腐食は認められない。容器縦断面の組織検査の結果、容器のねじ部と肩部で結晶粒の粗大化と軸方向に伸びた形状異方性が確認された。容器頭部の製作時の温間加工と、その後の溶体化処理の再結晶によって、結晶粒の粗大化と形状異方性が生じた(図6参照)。結晶粒の粗大化と形状異方性によって、粒界腐食と応力腐食割れの感受性が、著しく増大した。
○ 図10 容器の負荷履歴、環境と材料に着目したフォールトツリー図
粒界腐食には腐食環境、応力腐食割れには腐食環境と引張応力の存在が不可欠である。容器への水分、塩分浸入の可能性を調査した。通常、容器への空気充てんは、親容器を介して行う。圧縮機、ドレンセパレーター、活性炭槽の性能不十分によって、親容器への水分、塩分浸入があれば、当然、容器へも水分、塩分浸入がある。親容器への水分、塩分浸入がなくとも、空気充てん時に容器バルブ内に水分、塩分の滞留があれば、容器へ浸入する。また、空気充てん前に、容器残圧不足によって、水分、塩分がすでに浸入したことも考えられる。原因は特定できないが、これらの単独または組合せの可能性は高い。現実に、調査した多くの容器に水分、塩分の浸入の痕跡と、内面の腐食が認められた。
○ 図11 容器再検査に着目したフォールトツリー図
容器は、5年に1回の容器再検査が法規制で義務付けられている。破裂事故に至った容器は、過去に3回の容器再検査で合格している。過去の容器再検査で、ねじ部表面の詳細な目視検査が実行されていたか否かは不明である。実行され、き裂検出なしと判定されたとしても、実際には検出が困難であり、き裂はあったと考えられる。ねじ部表面の浅い軸方向粒界腐食の検出は、目視検査では困難である。深いサムネイル状き裂になっても、ねじ部表面でのき裂開口量は小さく、目視検査での検出には、技術と経験を必要とする。
イベントツリー解析の結果を以下に示す。
○ 図12 応力腐食割れによる容器破裂のイベントツリー図
アルミニウム合金製容器の材料は、問題のあるA6351-T6であった。さらに、容器頭部の製作時の温間加工と溶体化処理の再結晶によって、ねじ部の結晶粒の粗大化と形状異方性が生じた。一方、充てん作業時に、容器へ水分、塩分が浸入した。ねじ部表面の軸方向(結晶粒の伸ばされた方向)に粒界腐食が経年的に生じ、容器の内圧による周方向引張応力の存在によって応力腐食割れとなり、サムネイル状き裂として進展した。容器再検査の目視検査で、このき裂は検出されず、その後の使用で進展し続けた。そして、充てん作業時に、このき裂を起点として破裂に至った。
経過 経済産業省 資源エネルギー庁 原子力安全・保安院 保安課から各都道府県へ、容器所有者、空気充てん所及び容器検査所に対する注意喚起が、2000年8月23日、9月8日及び2001年4月24日に出された。
2001年7月4日に、原子力安全・保安院 保安課は、A6061-T6容器にもき裂が検出されたことを受けて、高圧ガス保安協会に事故調査委員会を設置し、破裂に至る危険性があるか否かの検討を行うこととした旨、各都道府県に周知した。
高圧ガス保安協会に設置されたスクーバ用アルミニウム合金製容器調査委員会(委員長、小林英男 東京工業大学 教授)は、調査の結果を報告書にまとめ、2001年10月19日に高圧ガス保安協会のホームページで一般公開した。
原因 典型的な複合原因である。6つの原因を以下に示す。どの原因の1つが欠けても、破裂事故には至らなかった。
(1)材料(A6351-T6)
持続負荷割れ、粒界腐食、応力腐食割れの感受性の強い材料選択の不適切
(2) 製作(結晶粒の粗大化)
容器頭部の製作時の加工、熱処理条件の不適切
(3) 容器への水分、塩分の浸入
(4) 容器再検査の目視検査でき裂検出困難
(5) 破断前漏洩(LBB)の不成立
容器の製作では、最高充てん圧力でLBBの成立が要求される。すなわち、応力腐食割れなどによって表面き裂が発生、進展しても、必ずき裂の肉厚貫通による漏洩が破裂に先行し、安全性を確保できる。しかし、LBBの要求は、最小厚さの容器胴部を対象としており、胴部よりも厚いねじ部、肩部と底部は対象外である。ねじ部のサムネイル状き裂に対しては、LBBが成立しないことが判明した。
(6) 事故情報の欠如
国外で類似事故の経験がありながら、その情報が正確に伝達、衆知されなかった。
対処 容器の材料は、A6351-T6からA6061-T6に変更された。しかし、A6351-T6容器は現在でも使用されている。また、A6061-T6容器にも、ねじ部内面に軸方向き裂が検出されている。したがって、現実的な対処は、以下となる。
(1)容器再検査(5年に1回)とは別に、容器ねじ部内面の軸方向き裂の目視検査を、容器所有者に法規制で義務付ける。目視検査には、技術と経験を必要とする。
(2)充てん設備の能力とメンテナンスの重要性を、空気充てん者に周知する。
(3) 容器への水分、塩分浸入の防止の重要性を、容器使用者に周知する。
(4) 容器頭部の製作時の加工、熱処理条件の改良を、容器製造者と容器輸入者に要求する。容器使用はレンタル制が多く、容器使用者が容器所有者とは限らない。容器使用者、容器所有者、空気充てん者、容器検査所、容器製造者、容器輸入者などの関係、対処と責任を明確にする必要がある。
(5)6000系アルミニウム合金の応力腐食割れの研究を推進する。
対策 スクーバ用アルミニウム合金製容器調査委員会の調査結果を受けて、総合資源エネルギー調査会 高圧ガス及び火薬類保安分科会 高圧ガス部会が、2001年10月19日と11月23日に開催され、「スクーバ用アルミ容器の保安確保対策の具体的な方策について」が報告書のなかで提言された。
具体的には、現状の5年に1回実施する容器再検査に加えて、ねじ部の目視検査(外観検査)を1年に1回実施するように、容器保安規則の改正作業に着手すべきことを提言している。
これを受けて、容器保安規則(省令第50号)の附則(2002年6月10日省令第84号)が施行されるに至った。具体的には、容器保安規則(容器再検査の期間)第24条で、アルミニウム合金製スクーバ用継目なし容器の容器再検査期間が1年に1回と定められ、また容器保安規則に基づき表示などの細目、容器再検査の方法などを定める告示(第150号)第3条5号(外観検査)で、容器のねじ部に容器軸方向に割れなどの有害な傷または異常がないことを確認することが定められた。
さらに、法規制を受けて、高圧ガス保安協会の自主基準「空気呼吸器用容器再検査基準」(KHK S 004-1983)があり、実際に適用されている。しかし、この基準は古く、かつ鋼製容器が対象である。そこで、鋼製容器とアルミニウム合金製容器の両方を対象として、今回の事故調査の提言を受けて、この基準の改正が開始された。高圧ガス保安協会技術委員会容器部会に設置された空気呼吸用容器再検査基準改正専門委員会(委員長、小林英男 東京工業大学教授)は、2002年1月24日に第1回の委員会を開催した。そして、2002年7月に自主基準「空気呼吸器用継目なし容器再検査基準」を発行した。
知識化 「複合原因」
事故は多くの場合に、複数の原因の競合の結果として生ずる。複数の原因のうちで、突出したものが、主原因とみなされる。主原因が1つで、他は主原因の加速要因にすぎない場合と、主原因が複数で、いずれを欠いても事故に至らない場合の両方がある。
特に、機器の破壊事故の解析・調査では、材料が必ず主原因の候補と目され、材料の検査・試験が実施される。すなわち、材料は最初から犯人扱いされるのである。これは機器の破壊が材料の破壊である以上、已むを得ない。問題は、それを受けた破壊事故の解析・調査の結論である。我が国では、例外なく主原因は複数となり、材料は必らず主原因の1つに挙げられる。これは、破壊事故の社会的責任をあいまいにし、機器のユーザー、メーカーと材料メーカーに責任を分散するという、我が国独自の風土に基づいている。大岡裁きの三方一両損の世界である。
複合原因の結論と対処には、十分な検討が必要である。
よもやま話 容器の英語名はcylinderである。なぜか日本では容器のことをシリンダーといわず、ボンベ(bomb)という。bombは爆弾であり、ボンベはその名前のとおりに破裂し、飛び跳ねる恐しい凶器である。
○ 容器の種類
工業用、医療用、家庭用、レジャー用と多岐にわたり、またガスの種類も空気、酸素、窒素などと多い。
○ 容器の姿
容器は、徳利に類似している(細首、太底、上げ底)。細首の機能は、ちびり出しである。太底の機能は起き上がり小法師で、立てたときに安定する。上げ底の機能も立てたときの安定性であって、徳利のように内味少量ではない。
○ 容器の材料
ガスは軽くて、容器は重い。昔はガスが貴重品で、かつ危険なので、容器は金庫と同じで、丈夫で重かった。ガスの大量消費の時代になって、軽量化の要求に従い、材料は鋼からアルミニウム合金、さらに複合材料へと変わりつつある。
○ 容器は底から腐る
鋼製容器は雨ざらしによって外部腐食、底部腐食する。内部腐食よりも外部腐食によって孔があいたり、破裂する例が多い。
○ 容器はどの位腐っても安全か
半分減肉しても大丈夫である。その位、丈夫につくられている。
○ 容器は飛ぶ
容器が破裂すると、破片ばかりでなく、本体が飛ぶ。また、バルブを急に開くと、圧力の開放によって容器はロケットのように飛翔する。軽い容器は飛びやすい。
○ 容器は破裂前に必ず洩れる
容器が突然破裂すると、危険である。応力腐食割れなどによってき裂が発生、進展しても、き裂の肉厚貫通によるガスの漏洩が破壊に先行すれば、事前に破裂の危険性を予知できるし、圧力の低下によって破裂が避けられる。これを破断前漏洩(LBB, Leak Before Break, Leak Before Burst )という。容器の製造規格では、LBB設計が義務付けられている。したがって、容器は破裂前に必ず洩れることが、建前である。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、思い込み、製作、ハード製作、機械・機器の製造、容器、アルミニウム合金、材料選択の不適切、加工、熱処理条件の不適切、使用、運転・使用、機器・物質の使用、水分、塩分の浸入、破損、破壊・損傷、応力腐食割れ、使用、保守・修理、検査、亀裂検出困難、破断前漏洩(LBB)の不成立、破損、大規模破損、破裂
情報源 (1) スクーバ用アルミニウム合金製容器調査報告書、高圧ガス保安協会 スクーバ用アルミニウム合金製容器調査委員会、平成13年10月19日
(2) 自主基準、空気呼吸器用継目なし容器検査基準、KHK S 0151(2002)、高圧ガス保安協会、平成14年7月
死者数 0
負傷者数 1
マルチメディアファイル 図2.容器の主要寸法
図3.破裂容器の破面
図4.古い破面
図5.サムネイル状破面
図6.容器断面の金属組織写真
図7.破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図
図8.容器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図(1)
図9.容器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図(2)
図10.容器の負荷履歴、環境と材料に着目したフォールトツリー図
図11.容器再検査に着目したフォールトツリー図
図12.応力腐食割れによる容器破裂のイベントツリー図
分野 材料
データ作成者 小林 英男 (東京工業大学)