失敗事例

事例名称 高速増殖原型炉もんじゅの2次系ナトリウム漏洩
代表図
事例発生日付 1995年12月08日
事例発生地 福井県敦賀市白木2丁目
事例発生場所 動力炉・核燃料開発事業団高速増殖原型炉もんじゅ
機器 中間熱交換器2次主冷却系出口配管温度検出器取出し部。設備の概要を図2に、ナトリウム漏洩場所の様子を図3に、折損した温度計さやとナトリウム漏洩径路を図4に示す。
事例概要 1995年12月8日に、敦賀市の動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の高速増殖原型炉もんじゅで、配管の温度検出器取出し部から、2次系ナトリウムが漏洩した。漏洩の原因は、温度計のさや(ウェル)が流体振動によって疲労破壊し、さやが折損した結果であった。ナトリウム漏洩の警報によって原子炉を手動停止し、配管部のナトリウムをナトリウム貯蔵タンクに移した。
設計規格の不備によって、さやの設計に際して交互渦による流れ直交方向の振動しか評価しなかったことが、疲労破壊の原因である。
事象 フォールトツリー解析の結果を以下に示す。
○ 図5 破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図
温度計さやの折損によって、ナトリウムが漏洩した。折損箇所はさやの段付き部で、破面解析から折損の原因は流体振動による高サイクル疲労であった。疲労き裂進展方向はナトリウムの流れ方向であり、さやは流れ方向に振動した。この結果から、流体振動は対称渦によるものと判断された。
○ 図6 機器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図
設計規格の不備によって、さやの設計に際して交互渦による流れ直交方向の振動しか評価しなかった。また、さやの形状を応力集中が高い段付きとした。
イベントツリー解析の結果を以下に示す。
○ 図7 対象渦の流体振動による温度計さや折損のイベントツリー図
カルマン渦による流体振動には、交互渦による流れ直交方向の振動と、対称渦による流れ方向の振動の2種類がある。温度計さやの振動による振幅と流速の関係を図8に示す。設計規格の不備によって、前者のみを評価し、後者を評価しなかった。しかし、運転中に対称渦による流れ方向の振動が生じた。その結果、さやは共振と段付き形状の応力集中によって、高サイクル疲労破壊に至った。さやの折損によって、ナトリウムが漏洩した。
経過 もんじゅは1995年12月8日、原子炉を起動し、40%出力試験の一環として、プラントトリップ試験を行うために、出力を上げていた。18時47分に、「中間熱交換器C 2次側出口ナトリウム温度高」の警報と火災報知器が同時に発報し、その1分後に「C 2次主冷却系ナトリウム漏洩」警報も発報した。このために、2次主冷却系配管室(C)の扉を開けたところ、煙の発生を確認するとともに、火災報知器の発報が拡大した。ナトリウム漏洩と判断して、21時20分に原子炉を手動停止し、配管部のナトリウムをナトリウム貯蔵タンクに移した。配管室(C)を調査した結果、中間熱交換器2次主冷却系出口配管温度検出器取出し部からのナトリウム漏洩が確認された。
原因 (1)設計規格の不備
カルマン渦励起振動防止指針は、古くから設計規格に取り入れられている。世界的に機能しているASME(アメリカ機械学会)規格では、1974年に交互渦による流れ直交方向振動に対して、下記を規定している( ASME Performance Test Code, Supplement on Instruments and Apparatus Part 3, Temperature Measurements, 1974 )。
(渦列の周波数)< 0.8(円筒の固有振動数)
さらに、1991年に対称渦による流れ方向振動に対して、ASME規格は下記を追加規定している( ASME Boiler and Pressure Vessel Code, Section 3, Division 1, Appendix N-1300, Flow-induced vibration of tubes and tube banks, 1995 )。
(流速)/(円筒の直径)<(円筒の固有振動数)
日本の規格では、流れ方向振動の追加規定が見落されていたのである。
(2)さやの段付き形状
さやの段付き形状の応力集中は、疲労破壊の原因となる。応力集中を低減するために、曲率半径を大きく取る必要がある。さやの段付き形状について、設計審査が不備であった。
対処 上記の原因に対して、下記の対処が実行された。
(1)最新技術情報への反映システムの確立と設計規格の整備
(2)設計審査手法の改善(設計管理の強化と審査要領の見直し)
対策 設計規格は常に見直し、最新技術情報を反映させる必要がある。1997年に動燃は、温度計の流力振動防止のための設計方針(PNC TN9410-97-042)を作成した。そして、これをベースとして1998年に日本機械学会は、配管内円柱状構造物の流力振動評価指針(JSME S 012-1998)を作成した。
知識化 ○専門領域のミスマッチング
構造設計に関与している技術者は、材料・強度、熱流体と振動の3つの領域の専門家(スペシャリスト)である。これらの専門家は、自分の仕事と責任を自分の領域内に限定し、他の領域と相互認識し、情報伝達する努力を怠っている。この技術者の専門領域のミスマッチングが事故の原因となる。具体的な事例は、流体振動による疲労破壊と、熱応力による疲労破壊である。
【追補;2010年3月】
○本件は設計上の初歩的なミスによる失敗であり、関連するミスの存在が懸念されるため、このようなときには当時の開発・製造プロセスの総点検を行うことが必要である(これを行えば、2008年3月26日を最初に10回以上のナトリウム漏れの誤警報の事故は未然に防ぐことができた可能性がある)。
後日談 流体がぐるぐる回るのが渦である。渦にはいろいろな種類がある。コップの水をスプーンでかき回すと、スプーンの後に渦ができる。飛行機や自動車も同じで、物体の背後に空気の渦ができる。煙突から出る煙や人の口から出る煙草の煙でリング渦ができる。船のプロペラの回転でらせん渦ができる。そして、流体振動の源となるのは、渦の列である。
流れている流体中に物体、例えば丸い棒が存在すると、背後に渦の列ができる。これは静止している流体中で、物体を進行させても同じことである。渦列は物体の形状が流れの方向に関して対称的で、物体の後部が尖っていない場合にできやすい。すなわち、丸い棒(円筒柱)の場合に、渦列はできやすい。
図9を参照して、円筒柱の背後では、1つの渦が右側にできれば、次は左側、その次はまた右側と順番に交互に渦ができる。右側の列の渦と左側の列の渦は、反対方向に回っている。2つの渦列の渦はほぼ等間隔に並ぶが、並び方は2列縦隊ではなく、互い違い(千鳥形)である。なぜこうなるのかを、Th.von Karmanが理論的に解明した。したがって、これをカルマンの渦列という。
流体の流速をV(m/sec)、円筒柱の直径をD(m)とすれば、1秒間ごとに発生する渦の個数f(1/sec=Hz)は、ほぼ次式となる。
f=0.2 V/D
渦は右側と左側で非対称にできるから、右側と左側で流速分布が異なる。流速分布が異なれば、水圧力の分布も異なり(ベルヌーイの定理)、流れに垂直方向に水圧合成力を生ずる。右側と左側に交互に渦ができるから、水圧合成力も交互に向きを変え、物体には渦の発生度数fと同じ度数(すなわち周波数)を持つ振動力が作用することになる。物体は流れの方向(左右)に垂直に振れ、これが流体振動である。物体の前方と後方でも流速分布は異なるから、流れの方向(前後)に振れる場合もある。
川の中に生えている芦がそよぐのは、必ずしも風のせいではなく、イヤイヤをしていれば流体振動のせいである。流体振動の実害は、音響と疲労である。竹の棒を振ると、ヒューと音がする。風によって電線はヒューヒューと鳴る。台風の日に、森の大小の枝はフーフー、ヒューヒューと悲鳴を発する。D=5mmの枝にV=10m/secの烈風が当たれば、f=400Hzで振動し、空気の波動(音波、音響)が人の鼓膜をふるわせ、フーフーと聞こえる。V=30m/secの台風になれば、f=1200Hzで振動し、ヒューヒューという高い悲しそうな音になる。さらに、渦列の出す振動数と物体の固有振動数が一致すると、共鳴(共振)を起こし、強大な音となる。うなり糸を張った紙だこの原理が、これである。共振を起こすと物体は疲労し、簡単に壊れてしまう。
電線、煙突、橋脚、水車、ポンプ、船のプロペラ、潜水艦の潜望鏡などで流体振動の害があり、対策がとられている。基本的には、共振を避けることであり、物体の固有振動数を渦列の出す振動数よりも高くする。簡単に言えば、Dを大きくすれば前者は高くなり、後者は低くなる。もう1つの対策は、渦列を壊すことである。円筒柱にロープを巻き付ける、物体の後部にひれを付ける、物体の断面形状を流線形にするなどが具体的な対策となる。
【追補;2010年3月】
 2007年5月ナトリウム漏洩対策を終えプラント確認試験のため運転を再開すると、2008年3月26日を最初に10回以上のナトリウム漏れ警報が発報された。しかし、これは誤報であった。接触型ナトリウム漏洩検出器(CLD)の構造及び取付不良に起因するものであった。誤警報発報の機序は、シーラント型CLDを弁に取り付けた際、CLDへのシーラントの取付け不良により、CLDが過挿入になり、その先端が弁棒に当たり電極の変形が発生していたところ、弁の開閉に伴うシース部と弁棒の摺動によりシース部が摩耗し電極と弁棒が電気的に接触することにより警報が発報したとされている。
 誤報発報防止策として下記2項を実施した。
(1)CLDを確実に固定するため、固定方式をシーラント型から2個のフェルール(シーラントに相当)を押しネジで締め付け固定する方式に変更する。本方式は、初回締め付け、再締め付けの要領が明確であり、初回締め付けの後、押しネジを外してもフェルールが緩むことなく、CLDを確実に固定することが可能であるとしている。
(2)作業者が見える位置にCLDにケガキ線をいれることで、CLDが本来の固定位置から外れていないことを確認することとしている。
よもやま話 1995年12月8日、高速増殖原型炉「もんじゅ」で2次主冷却系配管からのナトリウム漏洩事故が起きた。配管に差し込まれた温度計のウェル(さや)が流体振動疲労でポッキリと2つに折れたことが、漏洩の原因である(図4参照)。
ナトリウムの流れによって、ウェルの背後に2つの渦の列ができ、流れの方向に垂直にポコポコと振れる。これが流体振動である。この渦列の周波数は極めて高く、流速5m/sec、ウェルの直径10mmで、周波数は0.20×5/0.01=100Hzとなる。したがって、1日に8.64×10^6≒10^7回の全周波数(繰返し数)に達する。たとえ振れの振幅(ウェルの応力振幅)が小さくとも、疲労破壊が容易に起きることが分かる。もちろん、渦列の周波数がウェルの固有振動数に一致すれば、共振によってウェルの応力振幅は増大し、アッという間に壊れてしまう。
流体振動疲労の評価には、2つの難しい問題がある。1つは、ウェルが流れの方向に垂直に振れるだけではなく、流れの方向にも振れることである。流れの方向に垂直に振れる場合、
(渦列の周波数) < 0.8(ウェルの固有振動数)
とすれば、共振を回避できる。しかし、共振を回避したはずの低い渦列の周波数(すなわち流速)でも、流れの方向に振れる。この共振を回避するためには、さらに、
(流速) /(ウェルの直径)< ウェルの固有振動数)
とする必要がある。そして、この共振を回避した低い渦列の周波数でも、ウェルは流れの方向に振れ続け、いつかは疲労破壊することになる。図10に示すウェルの破面から、ウェルは流れの方向に振れて疲労破壊したことが分かる。
次の問題がウェルの材料である。材料の応力振幅と破断繰返し数の関係(S-N曲線)を図11に示す。ウェルの材料のオーステナイト系ステンレス鋼は、炭素鋼、低合金鋼と比較して高サイクル疲労強度が低く、S-N曲線はダラダラと右下がりで、疲労限度がない。したがって、小さな応力振幅でも必ず疲労破壊する。困ったことに、我々は現在、流体振動疲労の対象となる破断繰返し数10^7~10^11回のS-N曲線のデータを持っていない。
では、ウェルの流体振動疲労は予知できなかったのか?ウェルの直径を太くすれば、渦列の周波数は低くなり、ウェルの固有振動数は高くなるから、共振は回避できるし、ウェルの応力振幅も低減するから、破断繰返し数は増大する。また、ウェルの付根(段付部)の曲率半径を大きくすれば、応力集中係数は低減し、破断繰返し数は増大する。問題がなかった高速増殖実験炉「常陽」のウェルの形状・寸法を、「もんじゅ」のウェルはすべて悪い方向に設計変更している。流体振動疲労の対策が不十分と責められるのは、致し方ない。
原子力の分野において、流体振動疲労の事故はすでに経験がある。1983年に海外の原子力発電所で、再循環ポンプの温度計ウェルの流体振動疲労の事故を経験している。1991年に起きた関電美浜原発2号機の蒸気発生器伝熱細管の破断は、流体振動によるフレッチング疲労が原因であった。東電が建設中の柏崎刈羽原発6、7号機は改良沸騰水型であり、原子炉圧力容器に再循環ポンプを直接取り付けている(インターナルポンプ)。予期しない流れによる炉内構造物の流体振動疲労が懸念され、長期にわたる信頼性実証試験が実施された。もんじゅの事故には、これらの教訓が生かされていない。
原子力以外の分野でも、流体振動疲労の事故は少なからずある。欧米では煙突の事故が多い。日本で煙突の事故がないのは、耐震設計の規制が厳しく、頑丈にできているからである。温度計のウェルに耐震設計の規制はない。当然想定される事象の見逃しや見込み違いは、技術者の過失である。
シナリオ
主シナリオ 誤判断、狭い視野、規格不良、計画・設計、計画不良、設計不良、温度計さや、不良現象、熱流体現象、流体現象、流体振動、カルマン渦、流れ方向振動、破損、破壊・損傷、疲労、亀裂、肉厚貫通、ナトリウム漏洩
情報源 (1)核燃料サイクル開発機構、高速増殖原型炉もんじゅ2次系ナトリウム漏洩事故、失敗知識活用研究会(第4回)資料、平成12年12月27日
(2)小林英男、流体振動、高圧ガス、33-9(1996)、755。
(3)小林英男、流体振動疲労、高圧ガス、33-11(1996)、950-951。
【追補;2010年3月】
(4)平成20(2008)年5月16日付、経済産業省原子力安全・保安院 「高速増殖原型炉もんじゅナトリウム漏えい検出器不具合の原因究明及び再発防止対策(復旧に係るもの)について」
(5)平成21(2009)年2月27日付、独立行政法人日本原子力研究開発機構敦賀本部 「高速増殖原型炉もんじゅナトリウム漏えい検出器等の点検報告書について」
死者数 0
負傷者数 0
マルチメディアファイル 図2.設備の概要
図3.ナトリウム漏洩場所の様子
図4.折損した温度計さやとナトリウム漏洩経路
図5.破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図
図6.機器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図
図7.対称渦の流力振動による温度計さや折損のイベントツリー図
図8.温度計さやの振動による振幅と流速の関係
図9.カルマンの渦列
図10.ウェルの破面とき裂進展方向
図11.材料のS-N曲線(両対数)
備考 WLP関連教材
・事例に学ぶ技術者倫理/「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故
分野 材料
データ作成者 小林 英男 (東京工業大学)