失敗事例

事例名称 四フッ化エチレン精製設備の爆発
代表図
事例発生日付 2004年01月13日
事例発生地 茨城県
事例発生場所 化学工場(高圧ガス保安法コンビナート等保安規則適用)
機器 四フッ化エチレン精製設備の概略フローを図2に示す。本設備は反応によって製造された四フッ化エチレン中の不純物を除くための精留塔などから構成されている。今回の爆発事故により大きく損傷した部分は破線で囲まれている部分であり、精留塔N2RT(Do0.65m、H約32m)と精留塔B2RT(Do0.65m、H約19m)は、ポンプPC09A(能力250リットル/分)と配管によって接続されている。
PC09AはN2RT底部の未精製液化四フッ化エチレンをB2RTへ移送(還流)するためのポンプである。
B2RT下部で加温され、気化したガスが配管を通じてN2RTへ入り、N2RT塔頂部で冷却され再液化し、液化温度の差によって高純度に精製した後に製品となる。未精製の液体は、ポンプPC09AによりB2RTへ還流することによって、四フッ化エチレンの純度を高めるシステムとなっている。
事例概要 前日、コンビナート地区が停電(2004年1月12日15時45分~16時21分まで停電)となったため、当該プラントは緊急運転停止を行った。復電した後に、四フッ化エチレン精製設備のスタートアップ作業を開始し、手順書に従って安定運転に向けて順調に作業が進められていた矢先、2本の精留塔を連結しているキャンド型ポンプPC09A付近が爆発・出火した。その後、高さ約32mの精留塔N2RTと高さ約19mの精留塔B2RTが大爆発を起こし、架構と共に大破した(図3参照)。破損した機器の破片は半径500m以上に飛散、同時に強い爆風が発生した。これにより、周辺の設備、建物にも大きな損傷をもたらした。
大規模な爆発事故にもかかわらず、事故発生当時、四フッ化エチレン精製設備内には作業者がいなかったため、被災者はいずれも当該設備の周辺において飛んできた破片やガラスによって負傷している。負傷者は4名(重傷1名、軽傷3名)であった。
事象 爆発した四フッ化エチレン精製設備の被害状況は、2本の精留塔(N2RT、B2RT)の大半が破壊、飛散して失われ、塔リボイラーも大破しており、その他の設備内の機器類、周辺の梁、架構、床板や配管もこれら2本の塔の欠損部を中心として大きく湾曲している。また、架構の柱3本の一部が欠損するなど架構自体も大きくゆがんでおり、壊滅的な状態である。
特に、1階に設置されていたポンプPC09A周辺の被害が著しく、ポンプ本体は2つに分断され、モータ部分が後方の架構の柱(H型鋼材)に激しく衝突している。ポンプ内部のロータには、高温になったことを示す変色が確認されている。さらに、ポンプ周りの配管も内部圧力、熱によって大きく変形し破断している。
2本の精留塔(N2RT、B2RT)の破損物や配管部品、計器などは工場内にとどまらず、半径500m以上の周辺の隣接企業にまで飛散した。大きなものでは、約200kgの精留塔の破片が約400mの地点に飛散していた。このため、工場内においては、ほぼ全ての設備が何らかの被害を受けており、特に発災設備近傍の機器、配管、電気設備は飛散物の直撃により大きな被害を受けた。
経過 ポンプPC09Aの冷却ラインのフランジガスケットが四フッ化エチレンの重合物で閉塞状態となり、このためポンプが冷却不足となって発熱した(図4参照)。発熱が続いて四フッ化エチレンの自己分解反応温度以上となったため、ポンプ内部の爆発からポンプ本体が分断され、N2RT底部の液化四フッ化エチレンがポンプに接続された配管を通して噴出しながら燃えつづけ火災が拡大した。液状の四フッ化エチレンが抜け終わった後に、火炎が配管を伝わり、N2RT内部で分解爆発が発生し、当該精留塔をほぼ完全に破壊させた。同時に、N2RT下部とB2RT上部を接続する配管を通して火炎及び圧力がB2RTにも伝播し、ほぼ同時に2本の精留塔が破壊したと推定された。
原因 2本の精留塔を連結しているポンプPC09Aの冷却不足により、ポンプ内で気化した四フッ化エチレンが最小着火温度を超えて自己分解反応(小爆発)を起こし、ポンプの吸入配管の一部が破損するとともに四フッ化エチレンが漏洩して着火し、1回目の爆発に至ったと推定された(図5参照)。
ポンプ冷却不足の原因は、ポンプ冷却配管のフランジガスケットに四フッ化エチレンの重合物(PTFE、ポリテトラフルオロエチレン)が生成したことによって、冷却配管が閉塞状態となったためと推定されている(図3参照)。
重合物が生成した原因は、重合防止剤の注入ポンプPC05の不調に加えて、テルペンの注入量を常時監視するシステムでなく、重合防止剤の注入不足を認識できなかったことにある。その結果として重合物が生成して、ポンプ冷却配管が閉塞した。重合防止剤の注入ポンプPC05は、以前からしばしば不調となっていたにもかかわらず、その原因を特定せず、不具合の都度、部品取替などの修理で対処していた。このポンプは発災当時も性能が低下していたことが確認されており、そもそもポンプPC05に対する重要度の認識が不充分であった。
事故発生プロセスは以下のように推定される。
・重合防止剤注入ポンプPC05の不調により重合防止剤の注入が不安定であり、しかも、注入量を把握していなかった。
・このため、ポンプPC09Aの冷却ライン(リバースライン)のフランジガスケットに重合物のPTFEが成長し、流路がほぼ閉塞。
・冷却ラインの液流量が低下し、冷却不足となり、ポンプPC09Aが発熱、四フッ化エチレンの最小着火温度を超えて小爆発が発生。
・ポンプPC09Aの吸入配管の破損によりプロセス流体が漏洩、火災発生。
・N2RTから液化四フッ化エチレンが漏洩、火災が拡大(1回目の爆発)。
・液化四フッ化エチレンが全て漏洩した後に、吸入配管を通じてN2RTに火炎が伝播。
・N2RT、B2RTの2塔がほぼ同時に爆発・破壊(2回目の爆発)。
対処 当該設備は、重合防止剤の注入量を常時監視するシステムとなっていなかったことが、結果としてポンプの冷却ラインの詰まらせた原因ではあるが、この場合でも、ポンプPC09Aの冷却ラインの閉塞が感知できるシステムとなっていたら、この爆発事故は防げたと考えられている。ポンプメーカの推奨する安全対策が取られていなかったことは、安全管理上重大な問題である。当該ポンプの重要性は、プロセスハザード解析や設備の重要度解析を実施していれば事前に把握できていたものであり、プロセス重視のため、安全に対する認識が欠如していたことが事故の根本原因であった。
当該事業者は、他の事業所で2002年と2003年に発生した労働災害事故を受けて2003年6月にトップ自ら「非常事態宣言」を出し、全社を挙げて事故の再発防止に取り組んでいた矢先、この爆発事故が発生した。この事故の後も2004年6月と8月に同社他事業所が連続して爆発事故を起こしている。このため、2004年8月に安全・安定強化策を打ち出し、さらなる事故防止を図っていたところであったが、2004年9月に入って再び茨城県下の当該事業所で高圧ガスの漏洩事故が発生している。当該事業者は、保安管理全体について根本から見直す必要があろう。
対策 設備の維持管理、プロセスハザード、重要度認識が充分になされていなかったことが、事故発生の要因となっていることから、再発防止のために全社を挙げ、設備管理、保安管理、運転管理の全てを充実させることが重要である。
設備・技術面の充実策
・ 重合防止剤の注入量を常時監視できるシステムとすること。
・ PC09Aポンプの冷却ラインの閉塞を早期に感知するシステムとすること。
・ プロセスの重要度の再認識と監視項目の見直しを実施するために、プロセスハザード解析を実施すること。
保安管理面の充実策
・ 教育体制の充実と各管理部門の連携強化を推進し、実施状況を工場長が監査する。
・ 設備を改造・更新する際は、部門を横断する体制で安全審査を実施する。
・ 保安管理部門は、保安確保の取組状況を監査する。
知識化 設備の維持管理の重要性と共にプロセスハザード解析の重要性が再認識された。
事故の再発防止に向けた取り組みは、個々の原因を排除することはもちろんであるが、過去に発生した事故の水平展開とともに設備の危険性の評価を充分に行う必要があり、それに基づきハード・ソフト面について諸対策を講じることが重要である。さらに、社長によるリーダーシップの下で全社を挙げ設備管理・保安管理・運転管理全ての面での充実が求められる。
背景 今回の事故原因の根本は、プロセス重視で設計・製作された設備により運転を行っていたことであり、本質的な設備の安全に係る配慮がなされていないことが問題であった。さらに、当該プラント建設当初のプロセス技術者が生産拠点となっている他の事業所に引き上げ、その後、当該事業所従業員にプロセス並びに設備の重要度を認識させていなかったことが事故発生の背景となっている。
後日談 四フッ化エチレン精製プラントの再建に当たって、2本の精留塔を1塔にまとめ、循環ポンプを廃止するプロセスで設計・検討していたが、この場合、精留塔の高さは既存の32mを超える大きなものとなってしまう。このとき、万が一の爆発事故に備え、防爆壁を周囲に建設することを検討していた。ところが、爆風圧等を基に設計したところ、壁厚、高さとも巨大な建造物となってしまい、かえって周囲に威圧感・恐怖感を与えかねないものとなることが判明した。今回の爆発の直接原因でもあるポンプを廃止しており、重合防止剤の連続監視も行われることから、この巨大な防爆建造物の採用は見合わせることとなった。万が一、この防爆壁が建設されていたら、自らのプラントの危険性を天下に知らしめる一大モニュメントとなったであろう。
シナリオ
主シナリオ 価値観不良、安全意識不良、組織運営不良、管理不良、設備管理・保安管理・運転管理不良、使用、保守・修理、ポンプ不調、重合防止剤注入不足、使用、運転・使用、注入量未把握、冷却配管の閉塞、製作、ハード製作、閉塞検知不可、不良現象、化学現象、重合反応、閉塞、温度上昇、発火、破損、大規模破損、分解爆発、精留塔、二次災害、損壊、隣接事業所建物、身体的被害、負傷
情報源 事故再発防止委員会報告書 平成16年3月 茨城県事故再発防止委員会
死者数 0
負傷者数 4
社会への影響 四フッ化エチレンは、高温高圧条件下で自己分解爆発の可能性が高く、アセチレン以上の反応爆発性を持っていることが、この爆発事故によって再認識された。
この工場では、冷凍設備の冷媒となるフルオロカーボンを生産しており、この爆発事故により工場全体の製造停止命令が出されたので、オゾン層の破壊など環境問題に配慮したフルオロカーボンの供給に少なからず影響を与えた。
なお、自主保安の向上について茨城県より以下の一般的な指導事項が再度提起された。
・ 社長のリーダーシップの下、保安管理のより一層の向上。
・ 保安管理に関する理念、基本方針等を明確に定め、それらを社内及び協力会社を含めた全就業者に周知、徹底。
・ 設備管理・運転管理・保安管理の独立運営。
・ 保安管理部門による監査体制の確立。
・ 設備、プロセス等の変更時の安全確認の仕組み作り。
・ 事故の再発防止と教育訓練の実施。
これらは、高圧ガスの自主保安を確保する上での基本事項であり、高圧ガスを取り扱う上での普遍的内容を含んでいる。
マルチメディアファイル 図2.四フッ化エチレン精製設備の概略フロー
図3.爆発した四フッ化エチレン精製設備の状況
図4.ガスケットの閉塞状況
図5.ポンプPC09A断面構造図(キャンドポンプ)
備考 WLP関連教材
・プラント機器と安全-概論/プラント機器と安全概論
分野 材料
データ作成者 赤塚 広隆 (高圧ガス保安協会)
小林 英男 (東京工業大学)