失敗事例

事例名称 原子力発電所二次系配管のギロチン破断
代表図
事例発生日付 1986年12月09日
事例発生地 米国バージニア州ニューポートニュース市郊外のサリー郡
事例発生場所 米国バージニア電力会社サリー原子力発電所2号機
機器 給水系配管エルボ
事例概要 1986年12月9日14時21分57秒、米国バージニア州ニューポートニュース市郊外のサリー郡でバージニア電力会社が所有しているサリー原子力発電所2号機(加圧水型軽水炉で1973年5月に営業運転開始、事故まで76,600時間運転)の二次冷却系配管でギロチン破断事故が発生した(図2参照)。この破断事故は、給水ポンプ入口側の18インチ(457mm)の90°エルボ部で生じた(図3参照)。破断した配管の材質は、板厚0.5インチ(12.7mm)の炭素鋼(ASTM A234)である。破断の原因は、エロージョン/コロージョンにより配管の肉厚が薄くなる減肉現象が発生していたためである。配管破断事故により破断部近傍で工事を行っていた4名が死亡し、2名が負傷した。
事象 (1) 1986年12月9日、100%出力で運転中に主蒸気隔離弁が故障して閉じた。このため、原子炉が緊急停止するとともに補助給水ポンプが起動した(系統構成概略は図4参照)。
(2) 主蒸気隔離弁が閉じた状態で給水ポンプに加えて補助給水ポンプも起動して、蒸気発生器に給水が供給されたことから一次系冷却材温度が290℃以下に低下した。一次冷却材温度の過冷却を避けるために、主給水制御弁が閉となった。
(3) 主給水制御弁が閉じても給水ポンプは稼働していたために、給水ポンプの前後の圧力が上昇した。その結果、かすかな蒸気放出音がした後、約5秒後に口径600mmの給水ヘッダから分岐して給水ポンプに至る口径450mmの配管の90°エルボ部が破断した。破断したエルボ部の付近で工事を行っていた8名のうち、6名が重度のやけどを負い、そのうち4名が死亡した(2名は無事、2名は重度のやけど、4名が死亡)。
経過 (1) 事故発生後、二次系各機器のモニター記録を元に当該部の圧力上昇状況の解明のために、時系列解析が実施された。
(2) 当該部の破断部について原因を究明するために、当該部の材料仕様の調査、金属組織観察による材料の健全性調査、配管内面状況の調査、破断部のミクロ・マクロ調査、配管板厚調査などの破断部解析が実施された。
(3) 破断部の様相からエロージョン/コロージョンによる減肉が予測されたために、二次系水質管理履歴の調査が行われた。
(4) 破断が発生したことから、破壊力学的解析が実施された。
(5) 事故調査の結果、エロージョン/コロージョンによる配管(エルボ部)の減肉であることが予測されたため、類似の水質環境でかつ同様な配管引き回しを行っていた1号機についても停止し、配管肉厚調査を行った。その結果、2号機と同様な減肉が観察された。
(6) 著しい配管減肉が観察された箇所については、配管の取替が実施された。
原因 破断が発生した箇所の材質は加圧水型軽水炉で一般的に採用されている炭素鋼であり、二次系の水質は加圧水型軽水炉に標準的な水質で運転されていた。運転されていた二次系水質(pH 8.8~9.2)と炭素鋼の組み合わせでは、必ずしも炭素鋼の防食を維持するための水質ではなかった。これは、系統に銅合金が採用されていたために、pHを上げることができなかったためである。また、当該部は供用期間中検査(運転を開始してから系統毎に非破壊検査を行うこと)を実施しない箇所であったために、検査が一度も実施されたことがなかった。さらに、当該部は不適切な配管の引き回しが行われ、90°エルボが設置されていた。このため、エルボ部で乱流が発生して、著しい減肉(エロージョン/コロージョン)が進行していた。破断は、原子炉の緊急停止後に生じた系の変動により二次系給水ポンプの吸い込み側に圧力上昇が生じて、吸い込み側のヘッダから分岐している配管エルボ部で起きた。
対処 破断が発生後、直ちにサリー発電所緊急時計画(Emergency Plan、原子力発電所において炉心損傷に至るような重大な事故への対応として整備されている計画)が実行され、異常事態の通知が出された。その後、これは、警告(Alert)に変更された。
発電所を所有している会社の経営者は、直ちに復旧活動を開始した。事故直後、NRC(米国原子力規制局)へ連絡した。NRCは、近くのNRC支部より検査チームを派遣する決定を行った。NRCの検査チームに水撃現象の専門家を加えて、拡大検査チーム(Augmented Inspection Team)を結成した。この規制側の拡大検査チームは、事故を起こした電力会社とは独立した検査を実施した。一方、電力会社側は経営層をトップとして産業安全、原因の調査、原子力安全・運転管理者スタッフおよび事故時調整管理グループを設置して、対応した(図5参照)。
バージニア電力では、事故発生後すぐに、事故発生箇所の状況などを定期的にメディアへ報告し、配管破断が原子炉の炉心損傷を引き起こすような深刻な事故ではないことを説明した。
対策 (1) 事故を起こした2号機については、二次系の配管の減肉検査が行われ、減肉の発生している箇所の取替を実施した。
(2) 取替は、(a)当該部の水質と流速は炭素鋼にとって耐食性を維持することが難しいために耐エロージョン/コロージョン特性に優れたステンレス鋼を採用すること、(b)エロージョン/コロージョンが発生しないように当該部の流速を低下させるために配管口径の大きな配管を採用するとともに配管の引き回し径路も変更すること、によって行われた。
知識化 材料の防錆のためにアンモニアとヒドラジンを添加したAVT(All Volatile Treatment、全揮発性薬品処理)を行った水質環境でも、流れの影響で炭素鋼にエロージョン/コロージョンが発生する。したがって、流速の大きくなる箇所では定期的に減肉状況の検査を行い、減肉の予測を行う。さらに、大きな減肉傾向が認められた場合には、エロージョン/コロージョンが発生しないように、(a)耐エロージョン/コロージョン特性の優れている材料の採用、(b)大口径の配管への変更、または(c)局部的に流速が大きくならないような配管引き回しの変更など、いずれかの対処を行うことが必要である。
よもやま話 ○ エロージョン/コロージョンによる減肉
加圧水型軽水炉の二次系の設計は、火力のタービン設備の設計をベースとしていた。このために、二次系の材料は炭素鋼を主として採用するとともに、熱交換器の伝熱管には銅合金を採用していた。また、二次系水質管理も火力の水質管理を参考としていた。このために、復水器伝熱管の漏洩で二次系に海水が入ってきてもpHの低下が起こりにくいように、リン酸ソーダにヒドラジンを添加した水質管理を実施していた。リン酸ソーダを使用していることにより蒸気発生器伝熱管に減肉が認められたために、アンモニアにヒドラジンを添加したAVT処理が一般的に実施されるようになった。AVT処理では、炭素鋼と銅合金の両方が耐食性を満足するように調整する必要が生じた。炭素鋼にとってより防食を高めるためには高pHとすることが必要であるが、銅合金が溶解するために高pHにできない状況にある。このために、二次系の流速が大きいと炭素鋼にエロージョン/コロージョンによる減肉が発生する。高pHではない状況でかつ流速が大きい条件では、炭素鋼に減肉が発生することは発電所の保全活動として常識となっている。したがって、流速が大きくなる箇所は、計画的に減肉状況の監視を行っている。監視は、一般的な配管の肉厚測定である。監視は発電所が停止している間に実施するために、計画的に実施する必要がある。
2004年8月9日、関西電力株式会社美浜原子力発電所3号機において、エロージョン/コロージョンによる復水配管の破裂事故が起きた。美浜3号機においても二次系の材料と水質管理は同様な状況で減肉管理が必要であるために、発電所の停止時に配管の肉厚測定を実施していた。美浜3号機で配管破断が生じたのは、配管の肉厚測定を実施する箇所をあらかじめ定める計画リストに破断箇所が漏れたためである。
一般に、流速が大きい箇所に耐食性が優れていない材料を使用すると、エロージョン/コロージョン(減肉)が発生する。このエロージョン/コロージョンの発生する箇所は、流速が急変する箇所である。また、著しい減肉が認められた場合、水質管理により改善ができる場合があるので、使用されている材料と環境の組合わせでより適切な防食ができるように検討することがよい。また、エロージョン/コロージョンが発生しないように耐食性のよい材料を採用することも対策となる。
○ ギロチン破断
「ギロチン破断」とは、「配管が瞬時に真二つ割れ、両方の破断口から冷却材がそれぞれ干渉せずに流出するような破断」を示し、原子力辞典(日刊工業新聞社)と原子力図書館((独)科学技術振興機構JST運用のインターネット図書館http://mext-atm.jst.go.jp)でも公式に使用されている専門用語である。
「ギロチン」とは、フランスで発明された死刑執行の道具である。フランス革命後の恐怖政治の時代に、多くの人が処刑された。国民議会議員で内科医のジョゼフ・ギヨタンが、受刑者に苦痛を与えずに、しかも全ての身分の人が同じ方法で処刑される死刑執行装置の導入を議会で提言し、採用された。外科医のアントワヌ・ルイが、刃を斜めに改良を加えて設計した。当初は、設計者のルイの名前を取って「ルイゼット」とか「ルイゾン」と呼ばれていたが、この装置の人間性と平等性を大いに宣伝したギヨタンの方が有名になり、ギヨタンから「ギヨチーヌ」という呼び名が定着した。ギロチンはドイツ語読みで、正式名称は「Bois de Justice(正義の柱)」である。なお、「ギヨタン自身もギロチンで処刑された」というのは間違いである。
○ ギロチン破断とLBB設計
配管でギロチン破断が起きると、噴出する高圧水の反動で配管が激しく振動し、周辺の機器を破損する恐れがある。そこで、原子力発電所では、ギロチン破断の可能性を考慮して、配管を固定している。また、炉心を通る一次冷却水の配管でギロチン破断が起きると、多量の冷却水が急速に失われるので、炉心の過熱を防ぐために、緊急冷却装置を作動させる必要がある。従って、原子力発電所では、ギロチン破断を想定してrestraintを設置するかギロチン破断が発生しない設計を採用している。これがLBB(Leak Before Break、破断前漏洩)設計である。LBB設計は、破断に先行して、き裂の肉厚貫通を達成し、内部流体の漏洩検知によって安全性を確保する設計である。サリーの事故では、LBBが成立しなかった。
シナリオ
主シナリオ 調査・検討の不足、事前検討不足、既製プロジェクト流用、無知、知識不足、エロージョン/コロージョン、製作、ハード製作、機械・機器の製造、配管引き回しの不適切、使用、保守・修理、検査実施せず、破損、減肉、エロージョン/コロージョン、破損、大規模破損、ギロチン破断、漏洩、身体的被害、死亡、事故死
情報源 (1)USNRC Information Notice No.86-106 Supplement 1 :Feed Water Line Break 1987
(2)宮園、植田、柴田他、サリー原子力発電所の配管判断事故、日本原子力学会誌、Vo.29 No.11,p952-969,(1987)
死者数 4
負傷者数 2
マルチメディアファイル 図2.加圧水型軽水炉(PWR)の一次および二次系統と破断箇所
図3.破断箇所詳細
図4.加圧水型軽水炉概略系統図
図5.バージニア電力事故時対応組織
分野 材料
データ作成者 村上 弘良 (日本原子力発電(株))
小林 英男 (東京工業大学)