事例名称 |
鋭敏化あるいは高硬度13Cr鋼は割れやすい。 |
代表図 |
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事例発生地 |
日本 |
事例発生場所 |
某工場 |
機器 |
多段高温高圧ボイラー給水ポンプ、~250℃、吐圧力:~300kgf/cm2, |
事例概要 |
多段高温高圧ボイラー給水ポンプは、13Crステンレス鋼製軸材は、インペラとの隙間地点に発生した腐食孔食の底部より応力腐食割れが発生し軸折損した。一方、高硬度な13Crステンレス鋼製スリーブは高硬度鋼固有の水素脆化割れが発生した。 |
事象 |
図1は、13Crマルテンサイト系ステンレス鋼製ボイラー給水ポンプ軸に発生した割れである。a)は破断面、b)はその切断面、c) は孔食直下の破断面(粒界応力腐食割れ)、d)は平坦な割れ(腐食疲労)の拡大である。図2は同一機械における同一鋼種で製作したスリーブ(摺動部材なので高硬度に設定)に発生した割れである。この場合には部品表面に発生した0.1mm程度の孔食(P1~P3)を起点として脆性的に割れが発生している。本割れ形態は前者が枝分れの多い微小な割れが複雑形状で進行しており、鋭敏化13Crステンレス鋼固有の活性経路型応力腐食割れ、後者は結晶粒界に沿った典型的な水素脆化割れである。損傷発生のシナリオは材料条件に重大な問題があったものと推測される。上述の損傷状況より、ポンプ軸の損傷ストーリは、鋭敏化材の使用→孔食の発生と進行→粒界応力腐食割れ→割れ発生と進行→腐食疲労割れの発生と進行→軸破断、へと進行したものと推測される。一方、スリーブの損傷ストーリは、高硬度材の使用→孔食の発生と進行→水素脆化割れの発生と進行→脆性破壊→スリーブ破断、へと進行したものと推測される。 |
経過 |
ポンプ軸材は回転機械固有の高強度と延性を、スリーブは耐摺動性と耐食性を共に兼備することが求められている。13Crステンレス鋼はその代表的な材料として選定された。しかし、本鋼における耐食性や耐応力腐食割れ性は十分明らかでないまま、設計し使用した。 |
原因 |
図3はこれらの部品の割れ発生寿命である。a)図がポンプ軸であり、材料固さがHv270~340の鋭敏化材は極く短期間に割れが発生し、鋭敏化域を外れた材料では破断寿命が100000hr程度に延長しているのが特徴である。したがって、本部品の損傷原因は、その破壊形態からも明らかなように、材料の鋭敏化に伴う粒界応力腐食割れと説明される。 一方、後者部品の材料硬さはHv430~550に分布しており、損傷寿命の硬さ依存性は見られない。したがって、本部品の損傷原因は、破壊形態からも明らかなように、高硬度材固有の孔食を起点とした水素脆化割れと判断される。破断寿命が10000h以上に存在する理由は、孔食が一定深さに達するまでの期間と考えられる。 |
対処 |
当面の対処策が見当たらず、多数のスペアー部品を準備して、損傷発生に備えたと言う状態であった。 |
対策 |
本機械では、応力腐食割れの3要素の内、環境条件と応力条件を変更することが困難である。したがって、材料条件の変更が好ましい。具体的には、ポンプ軸の折損防止には、高温焼き戻しすることで鋭敏化を回避することが有効である。 一方、スリーブの割れ防止には、摺動特性を確保する目的で低硬度に設定することが出来ない。したがって、摺動部品固有の突発的な異常が生じないように部品構造の変更や機械の運転状況やメンテナンスを重視すべきである。 |
知識化 |
13Crマルテンサイト系ステンレス鋼は、焼戻し条件により様々な性質を示すので、注意すべきである。それらは、焼戻し条件を3段階に分類して記述されることに留意すべきである。すなわち、1)<500℃焼戻し材:高硬度で水素脆化割れが発生しやすい、2)500~650℃焼戻し材:鋭敏化され粒界応力腐食割れが発生しやすい、3)>650℃焼戻し材:低強度であるが、水素脆化割れや粒界応力腐食割れが発生しにくい。 |
背景 |
一般に新しい回転機械の設計に、腐食損傷を考慮しつつ進めることはほとんどない。腐食損傷が発生してから、大騒ぎするのが常である。 |
後日談 |
13Crマルテンサイト系ステンレス鋼の鋭敏化挙動や応力腐食割れ挙動を把握する目的でJIS規定の試験を行った。その結果、本鋼にはそれらの感受性が全く存在しないと評価された。後日、本試験法が18-8ステンレス鋼を対象としたものであることに気付いた。材料がマルテンサイト系ステンレス鋼に変化すれば、当然、試験法を工夫すべきであった。試行錯誤して環境条件を最適化すると、本鋼にも鋭敏化や粒界応力腐食割れが十分発生することが把握された。 また、一部の設計者より、高温高純度水は腐食性成分を含まないのであるから、腐食損傷が破損原因であるとの説明はおかしい?水質汚染が原因ではないか?金属材料内非金属介在物が、腐食原因ではないかなどの議論も出て、問題解決に手間取った。 |
よもやま話 |
今回の如くの失敗は、技術伝承されることが少なく、設計担当者が変われば、元どおりである。同じ失敗を何度も何度も、繰り返している。 |
シナリオ |
主シナリオ
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無知、知識不足、経験不足、計画・設計、計画不良、設計不良、13Crステンレス鋼、熱処理、鋭敏化、粒界腐食、応力腐食割れ、高硬度、水素脆化、破損、大規模破損、破裂
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情報源 |
尾崎敏範、刑部一郎、石川雄一:材料と環境、38,534(1989)
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マルチメディアファイル |
図1.13Crマルテンサイト系ステンレス鋼製ボイラー給水ポンプ軸に発生した割れ状況
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図2.図1と同一機械において、同一鋼種で製作したスリーブに発生した割れの形態
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図3.ポンプ軸およびスリーブにおける材料硬さと割れ発生寿命の関係
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分野 |
材料
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データ作成者 |
尾崎 敏範 (元(株)日立製作所)
小林 英男 (東京工業大学)
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