失敗事例

事例名称 御巣鷹山の日航ジャンボ機の墜落
代表図
事例発生日付 1985年08月12日
事例発生地 群馬県上野村御巣鷹山山頂付近
事例発生場所 日本航空123便B-747型機
事例概要 1985年8月12日、日本航空123便羽田発大阪行B-747型機が離陸12分後、高度7,200mに達した辺りで後部圧力隔壁の破壊とそれに伴って生じた垂直尾翼構造の破壊により姿勢制御が不能となり、およそ32分間の迷走飛行の後、群馬県上野村御巣鷹山に衝突し、乗員乗客524名のうち520名が死亡する航空機の単独事故としては世界最大規模のものとなった。
事象 事故の直接的原因は機体後部圧力隔壁の破壊であり(図2参照)、大量の高速の空気が流出し、圧力隔壁の後ろにあった集中油圧制御装置と補助エンジン(APU)を破壊し、さらに垂直尾翼のボックスビーム(尾翼に作用する曲げ・ねじり荷重を支える箱型重要構造)を破壊したために垂直尾翼構造のほとんどが失われ(油圧制御配管は4系統あるがそれを集中制御している油圧ユニットが破壊されたため)、舵面制御用の油圧も失われて制御不能に陥った結果、直ちに空中分解することはなかったものの、制御不能で着陸することができずに御巣鷹山に衝突した(図3参照)。
図4にイベントツリー図を、図5にフォールトツリー図を示す。
経過 事故機は事故の7年前の1978年6月に大阪空港着陸の際、尾底部を滑走路面にぶつけて中破したために(いわゆる尻餅(しりもち)事故)、機体を羽田空港整備場まで曳航して修理した。圧力隔壁の疲労破壊はそのときの修理ミスに原因があった。図6に修理されたリベットの継手の様子を示す。
修理はボーイング社の技術陣によって行われたものであるが、ボーイング社の指示図どおりには行われず、1枚のスプライスプレートを通じて上下2枚の板を2列ずつのファスナで結合すべきところ、つながっていない2枚のプレートを用いたために中央のリベットのみが荷重伝達の役割りを果たす結果となり、過大な荷重が中央のリベット列に作用し、そのリベット孔縁から発生したマルチプルサイトき裂が12,319回の与圧の繰返しによって進展し、急速不安定破壊に至ったものである。
また、修理ミスが行われた領域が2ベイ(約1m)にわたっており、これは構造の不安定破壊を起こす限界き裂寸法を越えていたため、微小き裂を縫って進展したき裂は途中で停止することなく、急速不安定破壊に至ったものである。
図6の下図に示すように、一枚のスプライスプレートを介して上下の曲面板がそれぞれ2列のファスナで締結されるべきところ、2枚のスプライスプレートが用いられたため、中央のファスナのみが荷重伝達に寄与することとなったが、力学的な力の伝達メカニズムが現場作業員に全く理解されていなかったものと言える。
また、修理時にシーラント(詰め物)で当該部が覆われていたとは言え、領収の際に修理確認を安易に行ったり、また12,319回の与圧の繰返しの間の運用途上での定期整備の在り方にも問題があったことが指摘される。
原因 圧力隔壁が破壊した原因は、事故機が事故の7年前の1978年6月に大阪空港着陸の際、尾底部を滑走路にぶつけて中破したために(いわゆる尻餅(しりもち)事故)、機体を羽田空港整備場まで曳航して修理したときの修理ミスにあった。図6に修理されたリベットの継手の様子を示す。
対策 墜落原因の一つは垂直尾翼の破壊によって姿勢制御ができなくなったことにもよる。そのために、圧力隔壁が破損しても機内からの高速空気流によって垂直尾翼が破壊しないように、尾翼トーションボックス(ねじり荷重を支えるための4本の支柱と各面を構成する4枚のパネルからなる箱型構造)構造への空気の流れを遮断するための工夫(蓋の設置)が施された。
知識化 大修理後の健全性確認のために点検間隔を当分の間短くすること。また、力学の基本である力の伝達のメカニズムについての理解(基本教育)がなされていないと、このような事故や修理ミスはいくらでも生じ得る。
背景 大規模修理における健全性の原状回復のチェックとアフターケア(修理後の原状回復確認の実証には高頻度の検査が必要など)の体制が不十分であった。
後日談 日航ジャンボ機の後部圧力隔壁の急速不安定破壊は、複数のリベット孔縁から発生したマルチプルサイトき裂の進展と合体の結果である。後部圧力隔壁L18接続部におけるき裂の進展と合体の状況を図7に示す。
リベット継手の修理ミスだけでは、マルチプルサイトき裂の発生に至ることはない。修理の際に、古い隔壁板のリベット孔(直径3.9mm)をそのまま利用し、リベット孔のいくつかには、加工きずとそれを起点とする疲労き裂が、すでに存在していたと考えられる(修理以前のフライト数6,536回)。修理後の1回のフライトごとに生ずる圧力変動によって、上記のリベット孔のいくつかから疲労き裂が発生、進展し、互いに合体するか隣接するリベット孔(間隔18mm)を縫い、事故直前には修理以後のフライト数12,300回で疲労き裂が相当数のリベット孔を縫った状態にあった(修理ミス部分のリベット孔50個のうち30個以上に疲労き裂が発生、疲労き裂長さの合計270mm以上)。疲労き裂であることは、破面の電子顕微鏡写真によって確認された。そして、事故当日の離陸直後、この疲労き裂を起点として、圧力の増大に伴い急速不安定破壊が生じ、隔壁は一気に破裂に至った。
破壊解析の結果を以下に述べる。図8を参照して、リベット孔に欠陥がない(a)の場合には、事故機の条件で疲労き裂は発生しない。リベット孔(1)にのみ欠陥がある(b)の場合には、疲労き裂は容易に発生、進展するが、き裂進展は(c)のように健全な左右の隣接リベット孔(2)で阻止されてしまう。そもそも航空機構造にリベット接合が採用されるのは、このようなき裂進展の阻止効果の狙いが大きい。一方、リベット孔(1)(2)のすべてに欠陥がある(d)の場合、疲労き裂はすべての欠陥からほぼ同時に発生、進展し、(e)のようにリベット孔(1)(2)のほぼ中央で合体する。すなわち、隣接リベット孔はき裂進展を阻止するどころか加速し、極めて短い疲労寿命(事故機のフライト数程度)で、疲労き裂が3つのリベット孔を縫った状態となる。この状態が数箇所で達成されれば、これらが静的な安定破壊で互いに合体しつつ進展し(応力拡大係数>破壊靭性)、最終的な急速不安定破壊に至る。
問題は修理ミス部分のリベット孔の大半に、欠陥が生ずるような事態が何故起きたかにある。これは前述したように、古い隔壁板のリベット孔をそのまま使用した結果に外ならない。日航機の事故は複数欠陥を起点として爆発的に加速される疲労破壊(マルチプルサイトき裂)の恐ろしさを、まざまざと見せ付けてくれた。
そして、3年後の1988年4月28日、ハワイでアロハ航空の旅客機が胴体天井吹き飛び事故を起こした。日航機事故と同様に複数欠陥起点の疲労破壊であり、単一欠陥起点のき裂進展を予測する損傷許容設計は、破綻をきたした。
修理ミスの内容はさておき、コメット機の事故以来、31年後に歴史は繰り返された。人類の英知を持ってしても、疲労を克服することはできないのだろうか。同じ疲労が原因でも、コメット機の場合は就航直後のたび重なる事故で設計に問題があったのに対して、日航機の場合は同型経年機に事故がなくて修理に問題があった。この差異から、31年間における疲労の克服の進歩と、新しく提起された問題を探ることができる。
よもやま話 1989年、ユナイテッド航空で尾部第二エンジンのディスクが破壊して油圧制御が不能になる同様の事故が発生したが、機体に何が起こったか操縦要員が十分把握できず元の飛行場に引き返そうとした日航機の場合とは異なり、機体に起こった事象がほぼ正確に操縦要員に把握されたことにより直近の空港に緊急着陸を試み60%以上の搭乗者が生還した。操縦者が自らの機体に何が生じたのか正確に知った上で対処すれば、最悪の事態は免れる可能性がある。日航機では貨物室ドアの破壊と誤認し、帰投できると考えた。他機の支援を受けて確認する機会はあったのである。ユナイテッド航空の場合は、エンジン破壊を理解し、直近空港に緊急着陸を試みて成功した。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、勉学不足、不注意、注意・用心不足、作業者不注意、誤判断、誤認知、錯覚・見誤り、手順の不遵守、連絡不足、無確認、使用、保守・修理、部材交換、圧力隔壁、使用、保守・修理、点検・検査不良、破損、破壊・損傷、疲労、隔壁不安定破壊、破損、破壊・損傷、垂直尾翼破壊、非定常行為、非常時行為、思考狭搾、機能不全、ハード不良、操縦システム不良、破損、大規模破損、墜落、社会の被害、人の意識変化、行政・企業不信、利用客の減少
情報源 (1) 航空事故調査委員会報告書62-2、日本航空株式会社所属ボーイング式747SR-100型JA8119、群馬県多野郡上野村山中、昭和60年8月12日、運輸省航空事故調査委員会、昭和62年6月19日
(2) 小林英男、荒居善雄、中村春夫、材料、36、1084(1987)
(3) 小林英男、安全工学、26、338(1987)
死者数 520
負傷者数 4
社会への影響 世界で最も多く利用されているジャンボ機の事故で、123便に固有の原因か全機に共通の原因かに世界の関心が集まった。また、大勢の乗客を巻き込んだ悲惨な事故として語り継がれている。日本最大のエアラインの信用が失墜し、エアラインの信用と海外旅行客数の回復までに長期間を要した。
マルチメディアファイル 図2.機体後部圧力隔壁の位置
図3.飛行経路略図
図4.日本航空B-747の修理ミスに伴う圧力隔壁破壊事故イベントツリー図
図5.日本航空B-747の修理ミスに伴う圧力隔壁破壊事故フォールトツリー図
図6.後部圧力隔壁の修理状況
図7.後部圧力隔壁L18接続部におけるき裂進展と合体の状況
図8.欠陥の有無とき裂進展の状況
分野 材料
データ作成者 寺田 博之 ((財)航空宇宙技術振興財団)
小林 英男 (東京工業大学)