失敗事例

事例名称 インド、ボパールの化学工場でタンクに貯蔵していた毒性のイソシアン酸メチルが漏出し、世界史上最悪の化学災害となった。
代表図
事例発生日付 1984年12月02日
事例発生地 India Bhopal
事例発生場所 化学工場
事例概要 1984年の12月の夜中に、インド、ボパールの化学工場から猛毒のMICが漏洩した。漏洩した毒性のMICガスは風に乗って市街地に拡がり、3,000人以上(最大14,410人)の死者と35万人もの被災者を出した。多くの人が長期間後遺症に苦しんだ。漏洩の原因は1)運転ミスにより製造時の溶媒であるクロロホルムの多い不合格品を留出した。2)工事の手違いにより、貯蔵タンクに水を混入させて、MICと水との発熱反応によるタンク内温度の上昇、MICに混入したクロロホルムの水存在下での熱分解による塩化水素の生成と鉄の溶出、さらに鉄触媒によるMICのトリマー化反応によりタンク内圧力と温度が上昇し、安全弁を作動させたことによる。3種類の安全装置を保有していたが、何れも停止中で何らの役に立たなかった管理の問題がある。さらにその裏には、最終製品のライフがなくなり、装置が赤字であったため、親会社を含めて、一切の安全投資、安全教育・訓練などを放棄していた、リスクマネージメント不在の経営がある。
事象 インド中央部に近いボパールにある化学会社の貯蔵タンクから、夜中、農薬の中間原料である猛毒のイソシアン酸メチル(MIC)が漏洩した。漏洩したMICガスは折からの北西風に乗って、市内に拡散し、地上を覆った。深夜で予告もない毒性のMICガスの拡散に何らの対応を取れず、多くの市民が避難もできず、被害を受けた。図4参照
プロセス 貯蔵
単位工程 その他
単位工程フロー 図2.単位工程フロー
物質 イソシアン酸メチル(methyl_isocyanate)、図3
事故の種類 漏洩、環境汚染、中毒、健康被害
経過 1984年10月18日~22日 製造装置の蒸留塔で高温の運転が行われた。そのため、留出のMIC中に含まれる製造時の溶媒のクロロホルムは規定をはるかに超えていた。
23日 製造装置は運転を停止した。規格外れの留出品が貯蔵タンクに入っていた。
12月2日 貯蔵タンクのベント系配管の洗浄作業が行われた。この時仕切り板を入れて水洗すべきを仕切り板を入れなかった。
この後に貯蔵タンクに水が混入したと思われる。
23:00 貯蔵タンクの圧力が上昇した。
23:30 MICガスの漏洩を感知した。
3日00:45 MICの流出量が増加し、タンク付近にMICガスが充満した。
02:30 プラントマネージャーが工場に到着し、警察に連絡した。
03:30 MICガスが工場外へ拡散を始めた。
原因 作業上のミスにより、MIC貯蔵タンクに水が入り込み、MICと水との発熱反応を起こし、溶解した製造時の溶媒のクロロホルムが水の存在下で熱分解して塩素イオンを生成して、ステンレスタンクを腐食し鉄を溶出させ、その鉄の触媒作用でMICのトリマー化反応(発熱)を起こして、タンク内温度と圧力を上昇させた。その結果タンクの安全弁が作動して、毒性のMICガスがタンク外へ放散した。蒸留温度が高い運転で生産された規格外留出品中のクロロホルムが、水の存在下で熱により分解して塩化水素を発生させ、それがステンレスから鉄を溶出させる原因になったといわれている。
対処 漏洩検知時にシフト責任者に報告されたが、何の行動も取られていない。タンク付近にMICガスが貯まった後で放水をしたが届かなかった。プラントマネージャーが工場に到着して初めて警察に連絡した。殆ど有効な応急措置は取られていない。
対策 工場は閉鎖されたため、具体的な対策は取られていない。一般論で言えば、毒性のMICの危険性に対し十分な調査・検討を行い、設備と運転に対して十分な安全対策を取ること、従業員への安全教育・訓練を徹底すること、周辺住民と行政当局と十分な連絡・広報を行い事故発生に備えることが、最重要の対策であろう。
知識化 1.どんなに経営状況が悪くとも、最低限の安全対策や安全教育を怠れば事故が起こる。安全は企業存続の最低条件である。
2.化学薬品は毒性の強いものがある。毒性物質による被害は、サリンの例を引くまでもなく、非常に大きい。安全確保は企業幹部の重要な責務である。
3.子会社の引き起こした重要災害は子会社だけではなく、親会社も責任を取らされる。親会社は安全面でも子会社を指導する責任がある。
背景 毒性のMICガスが放散される引金になったのは、事故発生原因で記したように、作業のミスであり、運転中の蒸留のミスである。作業のミスについては、新任の管理職が指示したとされているが、管理職の問題か、担当者のミスかどちらかであろう。
貯蔵タンクには3種類の安全装置が設置されていたが、事故発生当時はどれも停止していた。MICの沸点が低く、蒸発を避けるために0℃以下に維持することになっていたが、そのために設置された冷凍機は6月から停止していた。一説では省エネのためとしている。蒸発してタンク外に出たMICガスはアルカリにより吸収する除害塔を持っていたが、製造装置が停止した10月22日以来、運転を停止していた。さらに最後の安全装置である、漏洩ガス全てを燃焼させて、無害化するフレアスタック(排ガス燃焼筒)も配管工事のため停止していた。要するにMICと言う猛毒の化学品を扱いながら、それを安全に管理する意識が殆どないと考えられる。水が漏れたのも同じ原因であろう。
背景を見ると、MICの最終製品である農薬が世代の交代で別系統の農薬に置き換えられつつあった。そのため、MICの工場は赤字であり、親会社共々新たな投資や安全教育訓練は殆ど等閑にされた。そのようなことから、会社の志気も落ち、規律も守られていない。先行する事故も複数件起こっており、それも全く活かされていない。猛毒のMICを生産・貯蔵していることへの社会的責任を放棄している親会社と運転を担当している現地子会社の共同責任が本当の原因と考えられる。リスクマネージメントが完全に欠けた例であろう。
後日談 発災社の親会社はアメリカの大手化学会社であったが、他の事情もあったのだろうが、他の大手会社に吸収されて今はない。大事故は大手会社を潰すことがある。
よもやま話 死者の数は2003年11月28日付けのCNN.comのインターネットニュースでは14,410人となっているが、2004年末にボパールを訪れた人達の話では20,000人以上とも言われている。
漏洩物質のMICの毒性はホスゲンよりはるかに強い。またアメリカにおける8時間当たりの平均作業環境許容濃度は0.02ppmでシアン化合物の1/500である。
データベース登録の
動機
経営の荒廃が世界で最悪の化学災害を招いた。
シナリオ
主シナリオ 環境変化への対応不良、使用環境変化、新しい商品の出現、価値観不良、組織文化不良、金がなければ安全にも投資しない、手順の不遵守、手順無視、間違った指示、使用、保守・修理、間違った作業方法、不良行為、規則違反、安全設備停止、不良現象、化学現象、暴走反応、二次災害、損壊、漏洩、身体的被害、死亡、死亡者20,000人以上と言われる、身体的被害、発病、35万人以上が発病、社会の被害、社会機能不全、組織の損失、社会的損失
情報源 福山郁夫、ボパール災害とその影響、SEシリーズ 続 事故に学ぶ、PAGE29-34(1989)
ボパール事件を監視する会、ボパール 死の都市(1986)
三宅敏之、ボパール事故、安全工学、No.141、PAGE346-354(1987)
上原陽一・小川輝繁、防火・防爆対策技術ハンドブック、PAGE12‐22(1998)
大阪市消防局、国外の事例、化学災害事例集(昭和59年2月~61年12月)、PAGE147(1987)
赤木昭夫、インドの農薬工場事故、予防時報、No.142、PAGE38-42(1985)
死者数 3828
負傷者数 350000
被害金額 損害賠償額4億7000万ドル(約610億円)(1989年2月、インド最高裁判決による)
社会への影響 流出ガスが南東市街地に約40平方km拡散、動植物も被害。多くの被災者が後遺症に苦しんだ。
マルチメディアファイル 図3.化学式
図4.被害地図
備考 WLP関連教材
・化学プロセスの安全/輸送時、貯蔵時の事故と安全
・化学反応の安全/化学反応の安全概論
・化学プラントの安全-教育/化学安全教育概論
分野 化学物質・プラント
データ作成者 小林 光夫 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻、オフィスK)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)