失敗事例

事例名称 水力発電工事における地元住民による長期抗議活動
代表図
事例発生日付 1998年11月01日
事例発生地 東南アジアA国
事例概要 東南アジアのA国の水力発電プロジェクトBにおいて、30人の地元住民が4ヶ月間続いた岩盤爆破工事の影響によって、健康被害・家屋損害を受け、畜産物生産量も減少したとの抗議文を地元政府に提出し、1世帯あたり約90万円の補償金の上積みを要求する抗議デモを行った。地元住民と政府・電力公社との協議は1年以上続いた.
岩盤爆破工事が原因と思われる被害、並びに被害に対する補償額の上積みが認められなかったことが、地元住民の度重なる抗議活動の引き金になった。住民にとって、爆破工事と被害内容との間に因果関係が認められなかったのは不運であった。この理由の一つとして、住民側が被害記録を十分にとっていなかった点があげられている。今後は、住民だけでなくプロジェクト実施者も予想されうる被害に関する状況を記録することが求められよう。
事象 東南アジアのA国の水力発電プロジェクトBにおいて、地元住民が4ヶ月間続いた岩盤爆破工事の影響によって、健康被害・家屋損害を受け、畜産物生産量も減少したとの抗議文を地元政府に提出し、1世帯あたり約90万円の補償金の上積みを要求する抗議デモを行った。地元住民と政府・電力公社との協議は1年以上続いた。
経過 本プロジェクトBは総発電量が1,000MWの水力発電プロジェクトで、山間部の貯水池・地下発電所・地下導水路・送電線の建設からなる。
工事開始後3年間は何の抗議活動も起きず、工事は順調に実施されていたように思われた。
しかし、貯水池建設のための岩盤爆破工事を4ヶ月間実施した後、30人の地元住民が爆破工事によって健康被害・家屋損害を受け、畜産物生産量も減少したとの抗議文を地元政府に提出した。さらに1世帯あたり約90万円の補償金の上積みを要求する抗議デモを行った。
住民からの抗議を受けて、政府と電力公社は、関係政府機関・電力公社・住民代表からなる臨時委員会を急遽組織し、住民の抗議内容を精査した。その結果、
1 岩盤爆破工事と住民が訴える被害との間に因果関係は認められない。
2 しかし、プロジェクト実施者は地元住民の健康の維持・増進と地域のインフラ整備に対しさらなる支援を実施すべきである。
3 家屋に損害が生じている場合は、プロジェクト実施者が修繕すべきである。
との裁定を下した。電力公社もこの裁定に従う意向を見せた。
しかし、地元住民は委員会の裁定に納得せず抗議活動を続けたため、複数のNGOが新たな解決策を求めて本件に関する懇談会を開催した。懇談会には、電力公社、関係政府機関、地元住民、学識関係者、NGO、マスコミ関係者ら120人が出席した。しかし、電力公社は委員会の裁定に、地元住民は補償金の上積みにそれぞれ固執したため、話し合いには進展が見られなかった。
原因 岩盤爆破工事が原因と思われる被害、並びに被害に対する補償額の上積みが認められなかったことが、地元住民の度重なる抗議活動の引き金になった。
対策 政府と電力公社が住民からの抗議に対して即座に臨時委員会を組織し裁定を下した点は評価できるように思われる。住民にとって、爆破工事と被害内容との間に因果関係が認められなかったのは不運であった。この理由の一つとして、住民側に被害記録が十分になかった点があげられている。今後は、住民だけでなくプロジェクト実施者も予想されうる被害状況を記録することが求められる。
従来のEIMP(Environmental Impact Mitigation Plan:環境影響低減計画)の主眼は、自然環境や住民の生活に対するプロジェクトの負の影響を軽減することにあった。一方、今回のEIMPではそれらに加えて、1 職業訓練プログラムの実施、2 農業共同組合の設立、3 インフラ整備によって、積極的に地元住民の生活水準の向上を図っている。本プロジェクトでは、これらの新しい試みは必ずしも十分に成功しなかった。今後は、住民の心情・能力などを十分に理解して支援内容を計画すること、農業共同組合など新しい手法を導入する場合は、その手法に精通した人材を登用し住民にその考え方を十分に理解してもらうこと、その上で住民の自発的発展を促すこと、などが重要であると考えられる。
知識化 今後A国のような「発展途上国」の水力発電プロジェクトにおいても、一方的に犠牲を強いられる地元住民からプロジェクト実施への理解を得ることが重要になる。
プロジェクトのEIMP(Environmental Impact Mitigation Plan:環境影響低減計画)によって地元住民の生活を積極的に支援する場合には、住民の心情・能力などを十分に理解して支援内容を計画すること、農業共同組合など新しい手法を導入する場合は、その手法に精通した人材を登用し住民にその考え方を十分に理解してもらうこと、その上で住民の自発的発展を促すこと、などが重要であると考えられる。EIMPの各プログラムの実施状況を適宜監査・評価しその結果を住民に公開することも必要である。
また、プロジェクト実施者と住民間で対立することも予想される問題については、住民だけでなくプロジェクト実施者もその問題の状況を表すデータを記録することが有益である。
背景 今回のプロジェクトでは、Environmental Impact Mitigation Plan(環境影響低減計画,以下EIMPと略す)が策定・実行されている。EIMPは、1 広報活動、2 被害者への補償交渉、3 土壌流出の防止、4 貯水池への堆砂軽減、5 大気汚染・騒音・振動の防止、6 建設中の地域住民の健康維持、7 貯水池における水産資源の確保、8 ダム放流水の良好な水質の維持、9 植林事業、10 インフラ整備(生活道路・上水施設・宗教施設整備、開発基金・医療基金設置、教育支援)による生活水準向上プログラム、11 農業共同組合の設立、12 職業訓練プログラム、13 土地の再配分、14 各プログラムの実施状況の監査と評価、などの項目からなり、総額で約7億円の予算が計上された。
住民の長引く抗議活動の背景には、幾つかのEIMP項目への不満があったと思われる。電力公社、地元住民、NGO、学識経験者、関連政府機関への聞き取り調査とアンケート調査の結果から、抗議活動の長期化の背景的要因は、a 職業訓練プログラムの成果が十分ではなかったこと、b 農業共同組合が円滑に運営されなかったこと、c 各プログラムの実施状況の監査と評価が不十分であったこと、であると考えられた。
実は上記のa、bは積極的に地元住民の生活水準の向上を図ろうとする今回のEIMPの特長でもあった。残念ながら本プロジェクトでは、これらの新しい試みは必ずしも十分に成功しなかった。住民の抗議を支援するNGOの中には、「電力公社によるEIMPの項目の中には、コミュニティが発展するためには不適切なものもある。電力公社は、住民の生活水準の向上、職業訓練の真の意味を理解していない。」との感想を述べる者もいた。
よもやま話 EIMPのスコープが拡大した背景には、A国が1992年4月に「国家環境向上保全法(Enhancement and Conservation of National Environmental Quality Act)」を制定したことがあげられる。従来の環境行政手法には限界があったので、環境行政を刷新したのである。環境政策計画室、環境制御局、環境向上局の3つの組織を新たに設立し、国家レベルだけでなく各地域の環境問題に対して有効な戦略・政策・計画の策定・実施を図っている。水力発電ダム事業では、環境影響評価報告書と環境影響低減計画(EIMP)を環境政策計画室に提出し、前者は審査を受け後者は承認を受けることが義務付けられている。また、EIMPの実施状況は環境政策計画室によって監査されることになっている。新しい体制が十分に機能するためには、環境政策計画室が独立の立場からプロジェクト実施者に環境保全のあり方を提言することが不可欠であると考えられる。
A国では1997年に憲法が改正され、大規模な建設プロジェクトでは公聴会の開催が義務付けられるようになった。本プロジェクトは憲法改正前に工事が開始されたため、単にプロジェクトの概要を住民に説明しただけであり、NGOが公聴会の開催を求めても電力公社はそれを拒否した経緯がある。今後はA国でも建設事業に対する住民参加のあり方を真剣に議論することが求められている。
データベース登録の
動機
プロジェクトの直接の恩恵を受けず一方的に犠牲を強いられる地元住民からプロジェクト実施への理解を得ることは、国を問わず今後益々重要になると同時に困難になっていくと思われる。建設技術者は、地元住民とプロジェクト実施者との間で「win-win」の関係を築く方法を早急に発見・開発する必要がある。EIMP はwin-winの関係を築くために不可欠な対策の一つであり、そのあり方を再検討する意義は大きいと考えられる。
シナリオ
主シナリオ 企画不良、戦略・企画不良、環境影響評価不良、組織運営不良、運営の硬直化、住民との対話不足、製作、ハード製作、土木工事、社会の被害、人の意識変化、住民による抗議、組織の損失、社会的損失、住民との確執
情報源 失敗知識データベース整備事業建設分野研究委員会第四回研究委員会発表資料
分野 建設
データ作成者 渡邊 法美 (高知工科大学社会システム工学科)
國島 正彦 (東京大学)