失敗事例

事例名称 国際援助機関の融資による高架橋建設事業の大幅な工期遅延
代表図
事例発生地 東南アジアA国
事例概要 事業の一部を国際援助機関によって融資されたA国の高架橋の建設事業が、当初の工期である900日以内に終了せず、工期は2度にわたって計480日間延長された。
落札者の決定は遅れ、実際に契約が結ばれたのは、事業審査後に決定された当初の契約締結予定日より3年も遅かった。国際援助機関が資金供与を中止し、プロジェクト実施機関と請負業者間の契約が白紙に戻されたこともあった。施工時には請負業者の施工能力に疑問が呈され、建設工事は一時中断され、事業の進捗は大幅に遅れた。
調達段階(施工者の選定段階)での失敗の主な原因は、政府の対応に問題があったこと、事業実施機関が調達に関する十分な経験を持たなかったことである。
施工段階での失敗の主な原因は、そもそも施工業者の能力が不十分であったことに加えて、経済危機の勃発によって施工業者の財務状況が悪化したことである。
最終的には、優れた技術と経営能力を持つ請負業者が新たに参画することによって、本事業は完成された。
事象 事業の一部を国際援助機関によって融資されたA国の高架橋の建設事業が、当初の工期である900日以内に終了せず、工期は2度にわたって計480日間延長された。
経過 工事は2,700mの高架橋と800mのアクセス道路、4つのインターチェンジの建設からなる。このルートは、住宅密集地帯を通るため、当該地域における既存の埋設管の撤去と移設も含む。総建設費用は日本円にして約30数億円(消費税を含む)であり、その半分強をADB(アジア開発銀行)が融資し、残りをA国政府が負担するというものである。事業の工期は当初900日と設定されていたが、2度にわたって計480日間延長された。
落札者の決定は遅れ、実際に契約が結ばれたのは、事業審査後に決定された当初の契約締結予定日より3年も遅かった。ADBが資金供与を中止し、(被援助国の)事業実施機関と請負業者間の契約が白紙に戻されたこともあった。施工時には請負業者の施工能力に疑問が呈され、建設工事は一時中断され、事業の進捗は大幅に遅れた。
原因 調達段階と施工段階の二つの段階に分けて記述する。
調達段階:
(1) 政府の対応
事業実施機関によって認識された第一の原因は、不十分な額の予算しか自国政府から承認されなかったこと、政府の承認が遅れたこと、本事業の実施に関して政府の方針が一貫しなかったこと、など政府の対応に関するものであった。この結果、落札者の決定にも遅れが生じた。
(2) 事業実施機関の対応
事業実施機関は自身の対応にも改善の余地があったことを認めている。入札業者からの書類を受け取ったのは1995年9月であったが、落札者が決定したのは1年半後の1997年3月であった。これは、入札図書において入札条件が明確に記述されていなかったため入札者からの異議申し立てがありその対応に時間がかかったこと、用地取得が遅れたこと、実施機関による承認が遅れたこと、などが原因であった。落札者の決定が遅れたことによって、契約の締結と工事の開始も遅れることになった。
(3) 事業実施機関が調達に関する十分な経験を持たなかったこと
請負業者は、事業実施機関がこの種類の建設事業の調達に十分な経験がなかったことが、目的を達成できなかった最も重大な原因であったと認識している。請負業者は、事業実施機関が公正ではない事前資格審査基準を設定し、入札図書において入札条件を明確にしなかったことが、落札者の決定と契約締結の遅れをもたらしたと認識していた。
施工段階:
(1) 施工業者の能力の不足
事業実施機関は、施工時の目的(費用・品質・工期)を達成できなかった主な原因は、請負業者の財務状態が悪化したこと、請負業者には設計図と仕様書で規定された成果品を実現する能力がなかったこと、共同企業体を構成する請負業者間で十分な協力体制がとられなかったこと、などをあげている。特に、請負業者の財務状況の悪化は、事業実施機関だけでなく、コンサルタントさらには請負業者自身からも、それぞれの目的を達成できなかった主な理由の一つと認識されていた。
(2) 請負業者の財務状態悪化
請負業者の財務状態悪化の原因として、事業実施機関、コンサルタント、請負業者の全ての主体は、経済危機の勃発および銀行が請負業者に対し財務支援を中止したこと、を挙げている。請負業者はさらに、利子率の変動、資材の不足とそれに伴う価格の変動、事業実施機関による支払いの遅れが問題をさらに悪化させたと認識していた。
対処 施工段階では、事業実施機関、コンサルタント、請負業者の全ての主体が、施工業者の財務状態の悪化が「失敗」の最大の原因であると認識していた。この問題に対処するために、(1)優れた技術と経営能力を有する請負業者が新たに参画すること、(2)銀行が請負業者への財務支援を再開すること、(3)事業実施機関が現行の請負業者との契約を破棄すること、の3つの対処方法が考えられた。
銀行の財務支援の再開は、請負業者にとって望ましい解決策である。請負業者は、これによって下請業者や資材業者の財務状態が改善し、資材納入の遅れといった問題もある程度解決できると認識していた。
事業実施機関による契約の破棄は、請負業者の経営に深刻な影響を与えると考えられる。また、新たな請負業者の選定には時間がかかり、ADBからの融資が中止される可能性もあった。
事業実施機関が最も望ましいと認識している解決策は、優れた技術と経営能力を有する請負業者の参画であった。
対策 (1) 落札者決定の遅れに関して
同種の建設事業で、落札者決定の遅延を未然に防止するための対策として、(i)入札条件が明確に記述された入札図書を準備すること、(ii)事業実施機関の承認手続きを効率化すること、(iii)用地取得が完了していなくても、請負業者が工事を開始できるような契約条件を盛り込むこと、の3つが考えられた。これらの提案の中で、事業実施機関は(i)入札条件が明確に記述された入札図書を準備すること、が最も効率的な対策であると認識していた。
(2) 事業実施機関の調達に関する経験に関して
事業実施機関がこの種類の建設事業の調達に十分な経験がなかった点に関して、請負業者は能力と経験があるコンサルタントが事業実施機関を支援すべきであることを提案している。特に事前資格審査基準の設定や入札図書の作成が重要な支援業務であると認識されていた。
知識化 「発展途上国」の事業では、建設事業実施者が工事の施工監理は勿論のこと調達過程にも十分な経験を持たないことがある。施工段階での失敗を最小限にするためにも、調達段階での失敗発生の防止に全力を傾けるべきである。
国際援助機関の融資による建設事業のように多数の利害関係者が参画する場合、事業参加者は、各主体が用いる失敗の定義と発生を危惧する失敗の内容を相互に理解し、各失敗に対する予防策と事後対応策を明らかにしておくべきである。
背景 今回の建設事業では、調達過程における「失敗」が経済危機という「非常事態」によってさらに悪化した。
後日談 実際に採られた対処方法は、優れた技術と経営能力を持つ請負業者の参画であった。
よもやま話 本国際援助機関は一部の事業について事後評価を行っている。その結果は、「概ね成功」、「部分的成功」、「失敗」の3段階に分類される。この事業は「部分的成功」との低い評価を受けた事業であった。
当事者ヒアリング 事業執行過程における「失敗」の有無評価、すなわち事業が円滑に実施されたか否かの判断は、主体によって異なると考えられる。
今回は、事業執行過程を調達(請負業者選定)と施工の二段階に分け、それぞれの段階における主要な主体に聞き取り調査を行っている。各段階において各主体の目的が達成されたか否か、達成されなかった場合はその理由と改善策を明らかにした。主要な主体として、調達過程では事業実施機関(被援助国の政府実施機関)と請負者の二者を、施工過程では事業実施機関、請負者、コンサルタントの三者に焦点を当てた。
調達段階における最も重要な目的は、事業実施機関にとっては技術と経営に優れた信頼できる請負業者の選定であり、請負業者にとっては工事の実行が可能でかつ十分な利益があげられる金額で契約することであった。施工段階では、請負業者とコンサルタントにとっては工期内竣工が最も重要な目的であり、事業実施機関にとっては、工期内・予算内の工事の完成並びに品質の確保の三つが同等に重要な目的であった。
今回の調査では、調達と施工の各段階において各主体の目的が達成されたか否か、達成されなかった場合はその理由と改善策を明らかにすることを試みた。
データベース登録の
動機
この建設事業では、様々な問題が発生し事業完成に要した期間が当初設定した工期の1.5倍以上となった。A国ではこのような遅延が生じる事業は必ずしも珍しくない。東南アジアの建設事業で何故大幅な工期遅延が生じるのかを記述したかった。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、経験不足、誤判断、誤った理解、詳細計画ミス、未知、異常事象発生、計画・設計、計画不良、設計不良、製作、ハード製作、土木工事、機能不全、諸元未達、性能未達成、組織の損失、社会的損失、信用失墜、社会の被害、社会機能不全、インフラ機能不全
分野 建設
データ作成者 渡邊 法美 (高知工科大学社会システム工学科)