失敗事例

事例名称 国営諫早湾干拓事業による漁業被害
代表図
事例発生日付 1997年04月14日
事例発生地 長崎県
事例発生場所 諫早湾
事例概要 1997年4月14日、多くの漁業関係者、地元住民の反対を押し切り、諫早湾潮受け堤防の水門が閉ざされた。これにより、国営諌早湾干拓事業が開始され、2004年現在既に9割以上の工事が終了している。この事業の目的は「調整池及びそこを水源とする灌漑用水が確保された大規模で平坦な優良農地を造成し、生産性の高い農業を実現するとともに、背後低平地において高潮・洪水・常時排水不良に対する防災機能を強化すること」とある。しかし、国営諫早湾干拓事業は、有明海異変に少なからず影響を与えたと言われ、ノリを始めとする漁獲高の減少をはじめ、水産業振興の大きな妨げにもなっている。国と長崎県には、この事業に対して適正な再評価を行い、その情報を公開するべきであり、事業を中止することの検討も求められている。
事象 諌早湾の奥部を潮受け堤防で閉め切り、内側に干拓農地約700ヘクタールを造成するという内容で建設中である国営諫早湾干拓事業と、有明海異変(1.水質浄化機能の喪失と負荷の増大、2.流動(潮位、流速,流向)の変化、3.赤潮の増加、4.貧酸素水塊の発生、5.タイラギ、アサリ等の減少、成育不良および稚貝の斃死、6.諫早湾の底質の変化(細粒子化、浮泥の堆積)と底生生物の減少)との因果関係について、今なお究明作業が続いている。
経過 1997年4月   諫早湾・潮受け堤防南部の約1.2kmが閉め切られる。
1999年3月   潮受け堤防完成。
1999年11月  事業変更計画を決定。
2000年12月  有明海でノリの「色落ち」始まる。大凶作の始まり。
2001年1月   福岡県有明漁連組合長、赤潮と干拓の因果関係が判明するまで
           工事中断を申し入れ。
2001年2月   農水省が有明海ノリ不作等対策関係調査検討委(第三者委)を設置。
2001年3月   自民党・古賀幹事長(当時)が工事の一時中断と排水門開放の
           方針示す。
           農水相が「工事中断」を表明。
           農水相が排水門開放を決定。
2001年8月   「事業再評価委員会」が「事業見直し」を答申。
           環境省が「水質保全、生物への影響調査の強化が必要」との
           見解を発表。
           武部農水相(当時)が諫干事業の「規模縮小を含む全面見直し」方針
           を表明。
2002年1月   農水省、漁民の反対を押し切って工事再開。
2002年3月   農水省、事業縮小により「費用対効果が0.83になり430億円の
           赤字」と発表。
2002年4月   福岡、佐賀、熊本3県漁連会長、短期開門調査(1か月足らずで
           終わる)と引き換えに2006年度事業完成を了承。中・長期開門
           についてはあいまい。
2002年10月  有明プロジェクト研究チーム(7大学と2企業80人)、「有明海異変」
           原因究明の中間発表(諫干事業により「生態系への悪影響が認め
           られ、干拓事業の即時凍結を求めざるをえない」)。
2002年11月  「よみがえれ!有明海訴訟」原告団(416人)が「諫早湾干拓事業の
           前面堤防工事差し止めを求める」第一次提訴を佐賀地裁におこなう。
2004年8月   赤潮発生により、養殖アサリが壊滅的被害。
           工事差し止めの仮処分申請に対し、佐賀地裁は26日「一審判決に
           いたるまで、工事を続行してはならない」と命じる決定を出した。
原因 ・海砂採取のために掘った穴が、貧酸素水塊の温床となっている。
・潮受け堤防の存在は、潮流を弱くし潮位を上げる原因となっている。
・調整池から排出される「汚水」が、有明海全域を汚染している。
・潮受堤防が締め切られたことにより高い浄化機能を保持していた諫早干潟が減少し、調整池からの排水のため、有機物やリン、窒素などの流れ出す量が増加している。
・穴、堤防、汚水、共に赤潮発生の要因となっている。
・大浦港では何も高潮対策をしていないため、潮受け堤防が出来てから、台風の時(高潮、満潮時)の危険増えた。
対処 ノリの不作に際して一部生産者は、昭和五十年代半ばから始まる酸処理を施してきた。その方法は、酸の原液を海水で百~三百倍に薄めた容器にノリ網を浸すというもので、酸処理は雑藻の付着防止や、赤腐れ病などに効果があり、その作業は船上で行う。しかし、その酸処理は現在のノリ養殖には必要不可欠な技術ではあるが、何らかの対策は必要だろう。」と指摘されており、ノリの不作に伴う酸処理の使用は、更なる悪循環を生み出している可能性があると言われている。
対策 「走り出したら止まらない公共事業」という国民的批判を背景に、内閣総理大臣・橋本龍太郎氏は、1997年12 月、公共事業関係6 省庁に対して、公共事業の再評価システムの導入を指示し、それに応える形で農林水産省は、「国営土地改良事業等再評価実施要領」と呼ばれる農水省による再評価システムを1998 年度から導入することとなった。しかし、この再評価システムは数々の不備が問題とされている。
知識化 ・ 国は事業を計画し着手するにあたって、最新の社会経済情勢や環境問題等に機動的に配慮し、公正で適確な情報に基づいている厳正な評価を、透明性のある過程で実施すべきである。
・ 国はある時期に実施決定した公共事業であっても、社会経済条件の変化について的確に再評価を行うべきである。
・ 根本的施策を検討してではなく、一時しのぎで事態にあたることは、却って悪循環を招くことがある。
背景 諌早湾干拓の歴史は古い。約600 年前頃より長い間「地先干拓」と呼ばれる自然環境を巧みに生かした技術で「持続可能な」干拓が行われてきた。今日のような大規模複式干拓の計画は、戦後まもなく1952 年の「長崎大干拓構想」に始まる。現在行われている事業は、1983 年計画の「諌早湾防災総合干拓事業」に由来し、1989 年に起工された本事業は、何故かこの時点で既に「防災総合」の文字が抜けて「国営諌早湾干拓事業」となっている。この事業も、「小さく産んで大きく育てる」という公共事業と同様に、1999 年末に事業計画の変更が行われ、費用2,490 億円・2006 年度完成予定と、大幅な工期の延長と費用の増大が見込まれている。
シナリオ
主シナリオ 組織運営不良、管理不良、監理不良、企画不良、戦略・企画不良、利害関係未調整で事業開始、誤判断、狭い視野、社会情勢に未対応、調査・検討の不足、事前検討不足、環境影響調査不十分、計画・設計、計画不良、走り出したら止まらない公共事業、非定常行為、変更、裁判所による工事差し止め命令、二次災害、環境破壊、赤潮発生、漁業被害、社会の被害、人の意識変化、公共事業不信
情報源 http://www2s.biglobe.ne.jp/~isahaya/
死者数 0
負傷者数 0
物的被害 漁獲高の減少。
社会への影響 地元住民の反対を無視し、「走り出したら止まらない公共事業」という国民的批判と不信を生み出した。
マルチメディアファイル 図2.漁業被害のイメージ
備考 2004年8月26日、有明海異変による漁業被害は国営諫早湾干拓事業(長崎県)の影響だとして沿岸4県の漁業者106人が申し立てた工事差し止めの仮処分申請に対し、佐賀地裁の榎下義康裁判長は「一審判決にいたるまで、工事を続行してはならない」と命じる決定を出した。これに対し国側は当然のように異議不服を申し立てている。国の公共事業に関する裁判の過去の事例では、2004年現在の裁判決定はあくまで地方裁判所での仮処分であり、今後の成りゆきは不明である。また現状保全と、堤防の開門による有明海の海流復元とは別の事柄でもある。
今後、国営諫早湾干拓事業を見直し、中止等の処置を講ずるのであれば、沿岸の地先干拓地の農地の堪水対策をどうするのかという大きな課題が残される。本来、排水に関する対策と、当事業とは別途、徹底的に行なわれるべきであり、それを放置してきた国の責任は依然として重大である。
分野 建設
データ作成者 國島 正彦 (東京大学)
三浦 倫秀 (東京大学)