失敗事例

事例名称 志賀原発、臨界事故発覚
代表図
事例発生日付 2007年03月15日
事例発生地 石川県羽咋郡(はくいぐん)志賀町(しかまち)
事例発生場所 北陸電力志賀原子力発電所
事例概要  過去のデータ改ざん、隠ぺいを報告するよう全国の電力会社に指示した経済産業省原子力安全・保安院に対し、北陸電力志賀1号機で、1999年の第5回定期検査中に、想定外に制御棒3本が引き抜け、原子炉が臨界状態となったという事象が報告された。その時、原子炉自動停止信号が発信されたにも拘わらず、制御棒は約15分間挿入されないままであった。これに対し、原子力安全・保安院は臨界事故を厳重注意するとともに、志賀1号機について事実と根本原因の究明、抜本的な再発防止策の報告を指示した。北陸電力はこの指示を受け、志賀1号機を停止し、安全の総点検を実施した。
 2002年に発覚した東京電力保全データねつ造事件以来、次々と明るみに出た他発電所での似たような事件により、原子力発電に対する信頼が失われゆく中、想定外の臨界を隠ぺいしたこの事件は大きな波紋を呼んだ。北陸電力は行政と社会に対してその信頼回復のために詳細なる説明をしたほか、自ら厳重注意、辞任、減給の人事措置をとり、再発防止の仕組みを作ることとなった。
事象  1999年6月18日、北陸電力志賀原子力発電所第1号機で、定期点検中に臨界事故があった。原因は、制御棒の試験を行っていた時にバルブの操作手順を間違え、警報のバイパス、作業員の経験不足もあって、予期せぬ制御棒の引抜けが起こった。これにより、原子炉は、何もしなくても核分裂反応が持続する臨界点を超えてしまった。臨界の至った範囲が小さく、その直前に行っていた作業を元に戻すことで約15分後に制御棒が挿入され未臨界状態となった。その事故が起こった直後に、隠ぺいを決意、データ改ざんも組織ぐるみで行い、虚偽の報告を外部に対して行った。
 この隠ぺいが、北陸電力の社内調査により8年後に発覚・公表され、行政の指導により、運転停止、徹底的な調査と再発防止の計画を提出することになった。
経過  2002年8月に顕在化した東京電力の保全データねつ造につられるように次々にデータ改ざん、隠ぺい発覚事件が相次ぎ、経済産業省では、2006年11月30日、経済産業大臣から全電力会社に対してこれまでのデータ改ざん、隠ぺいについて明らかにするよう指導した。その結果、2007年3月15日、北陸電力志賀1号機で1999年の第5回定期点検中に、想定外の臨界が起こっていたことが判明した。
 問題の臨界事故は以下のようにして起こった。
【1999年 4月29日】第5回定期検査開始。
【1999年 6月18日】制御棒1本の急速挿入を伴う試験を行うため、他の制御棒が動作しないよう、残り88本の制御棒駆動機構の弁を、順次閉止する作業を開始。
(午前 2時17分)制御棒3本が全挿入位置から引き抜け始める。制御棒が引き抜けた原因は、誤った手順により制御棒駆動機構の弁を操作したため、制御棒駆動機構冷却水系の圧力が過大となり、制御棒が動き始めたものと推定されている。図2(a)-(f)にその推定原因を図示する。
(午前 2時18分)原子炉が臨界状態となり、出力が上昇し原子炉自動停止信号が発生したが、試験のために挿入ラインの弁が閉となっていたこと及び制御棒緊急挿入用水圧制御ユニットアキュムレータの充填圧力がなかったことから、制御棒の引き抜きは止まったが、緊急挿入されなかった。
(午前 2時33分)閉めた弁を再び手動で開に戻すことにより、原子炉自動停止信号発信の約15分後、制御棒が全挿入となり、事態が収束した。
 このしばらく後、発電所関係者による緊急会議が行われたが、出席者のうち臨界が発生した疑念を持った者はわずかであったと報告されている。ここで協議の結果、所長は社外に報告しないと決めた。この決断が、その後の隠ぺいの連鎖につながった。
 志賀発電所と本店原子力部、東京支社、石川支店を結ぶテレビ会議では、誤信号であったと報告された。このため、同社内部でさえ、この事故は発電所内部の限られた人間のみが知ることとなった。
 発電課長は、中央制御室の当直長らに、引継日誌にこの事故のことを書かないよう指示した。また、記録計チャートの当該部分には「点検」とのみ、書かれ、警報の印字記録もオリジナルを紛失している。
原因  本事例の臨界事故に関しては、当時、安全を最優先する組織風土になっていなかったと言わざるを得ない。行った作業の危険性を作業員が認識していなかった。設備の試験を行うのに、手順書の1項目ずつを確実にチェックしなかったために、起こるべくして起こった手順からの逸脱、そして作業長の管理が不十分であったこと、作業前の手順確認が不十分であったこと、があげられる。
 そして次の隠ぺい、改ざんについては、発電所での多くの関係者が少なくとも中性子束が増加するという大変なことが起きたとの認識はあったものの、2号機への工程に遅れがでることを恐れた、また誤信号(ノイズ)として説明できると思ったこと、があげらている。いずれにしても、計画優先で、安全、そしてそれを実現するためのルール無視は組織文化の不良と言えよう。
対処  臨界事故については、臨界を起こしたとはっきり認識できなかったため、原子炉自動停止信号を誤信号として外部に報告することにした。このため、データの改ざんや隠ぺいを行うことになった。
 また、技術課担当は臨界を認識していたが、隠ぺいの決定により組織的な対処を行うことができず、放射線モニタも、事故直後にエリアモニタに有意な異常がなかったことを確認しただけで、作業員の被ばく、周囲への放射性物質の放出など、通常の管理を行ったのみだった。
 当時の事故の再発防止については、手順を変更したものの、組織的に十分な検討を行っていなかった。
 隠ぺいについては、原子力安全・保安院が、原子炉の早急なる停止、事実と根本原因の究明、抜本的な再発防止策の策定を指示した。これを受けて詳細な報告書『志賀原子力発電所1号機の臨界に係る事故についての報告』が北陸電力により、2007年3月30日に発表された。
対策  北陸電力では、この臨界事故が発覚したのち、制御棒が引き抜けたメカニズムを解明し、モックアップで事象を再現した。また、燃料集合体の健全性や被ばく量なども改めて評価した。評価の結果、装荷していた燃料に損傷はなく、放射線による作業員及び環境への影響もなかった。
 また、同じ事故を繰り返さないために類似の全ての手順書を改正し、さらに、「隠さない風土と安全文化の構築」を目指していくこととしている。
知識化  作業の重大性を認識せずに言われたことをやるだけということでは、マニュアルに沿って行う作業であっても思わぬ危険をはらむことになる。
 特に複雑なシステムでは、他の作業との連携や手順をよく考えないと、システムが予期せぬ反応をし、思わぬ結果が起こることがある。
 ルールには、多くの場合、状況によっては違う行動をとってもいいものと、大原則として認識しそのルールが当てはまったら何も考えずに従うべき絶対的なものがある。どんなに大きな利益であれ、目先のものに囚われて原則的なルールを無視すると、後からしっぺ返しがある。
背景  事故発生の4日前、非常用ディーゼル発電設備のクランク軸にひびが発見され、その対応に追われていた。
 また、改良型の志賀2号機が2ヶ月後に着工予定であった。この時期に臨界事故として明るみに出たなら、2号機の着工が遅れ、1号機の定期点検後の営業運転再開もいつになるやも知れないという心理が関係者の間で働いた。
よもやま話  この事故が発覚する前は、1999年9月30日のJCO臨界事故が日本初の臨界事故と考えられていたが、実はその3か月前に北陸電力で臨界事故が発生していたことがわかった。
シナリオ
主シナリオ 価値観不良、組織文化不良、価値観不良、安全意識不良、組織運営不良、管理不良、組織運営不良、運営の硬直化、コミュニケーション不足、手順の不遵守、連絡不足、手順の不遵守、手順無視、使用、保守・修理、性能テスト、非定常操作、操作変更、不良現象、熱流体現象、不良現象、機械現象、組織の損失、社会的損失、信用失墜、組織の損失、経済的損失、運転停止
情報源 “保全データねつ造事件”、失敗年鑑2003、失敗学会
志賀原子力発電所1号機の臨界に係る事故についての報告、2007年4月6日、北陸電力(http://www.rikuden.co.jp/press/attach/07033001.pdf)
死者数 0
負傷者数 0
社会への影響 原子力発電産業に対する信頼の失墜
マルチメディアファイル 図2.1.制御棒引抜けに至る経緯(1/3)
図2.2.制御棒引抜けに至る経緯(2/3)
図2.3.制御棒引抜けに至る経緯(3/3)
備考 事例ID:CZ0200701
分野 その他
データ作成者 飯野 謙次 (SYDROSE LP)
畑村 洋太郎 (工学院大学)