失敗事例

事例名称 エレベータに挟まれ死亡
代表図
事例発生日付 2006年06月03日
事例発生地 東京都港区芝
事例発生場所 23階建てマンションの12階エレベータ
事例概要 公共住宅「シティハイツ竹芝」(23階建て)マンションの12階で高校2年生が自転車を引きながらエレベータから後ろ向きに降りようとしたが、扉が閉まらないまま急にエレベータが上に動き出し、エレベータ内部の床部分と12階の天井の間に挟まれて死亡した。エレベータの製造メーカから保守業者への保守点検に関する情報不足、または不十分な保守点検がもたらす点検整備不良が原因と思われる。
事象 マンションの12階で高校2年生が自転車を引きながらエレベータから後ろ向きに降りようとしていた。ところが扉が閉まらないままエレベータが急に上に動き出した。そのため高校生はエレベータ内部の床部分と12階の天井の間に挟まれて死亡した。
経過 公共住宅「シティハイツ竹芝」(地上23階地下2階建)マンションは、港区特定公共賃貸住宅、港区障害者用住宅、港区障害保険福祉センターの複合施設として、1998年に建てられた。このマンションには「シンドラーエレベータ」製のエレベータ(定員28名)が住宅用2基(4・5号機)、福祉施設用3基(1・2・3号機)の計5基稼動していた。
住宅用エレベータの保守点検は港区が業者に委託しており、当初はメーカー系の保守会社であったが、2006年4月からは独立系保守会社の「エス・イー・シーエレベータ」が請け負っていた。
住宅用の2基について、43件の不具合があった(2003年4月以降の記録による)。
2006年6月3日19時20分ごろ、東京都港区のマンションの12階で、高校2年生が自転車を引きながらエレベータ5号機から後ろ向きに降りようとしていた。ところが扉が閉まらないまま、急にエレベータが上に動き出した。そのため高校生はエレベータ内部の床部分と12階の天井の間に挟まれてしまった。同乗していた13階に住む女性が非常ボタンを押し、防災センターにインターホンを通じて連絡した。防災センターの従業員は、現場に急行し事故状況を確認、無線で防災センターに救急隊、レスキュー隊の出動を要請した。救急隊、レスキュー隊は19時35分に現場に到着、救助を開始した。
20時22分、事故から約50分後、高校生は救出されて病院に搬送されたが、胸部を圧迫されており窒息死した。エレベータ内にいた13階に住む女性にけがはなかった。
原因 1.上昇の直接原因
・ドアが閉まっていないのに、上昇したことからブレーキの不具合が考えられる。
・ドアが開いた状態では、昇降しないように制御されているが、この制御が働かなかったことから、制御系の不具合が考えられる(原因解明のため港区はシンドラー本社(スイス)に対して、コンピュータのプログラムソースコードを含む技術情報の提供を求めているが、開示に当たっての「秘密保持契約」内容の合意に至っておらず進展していない、2007年6月現在)。
2.点検整備不良
エレベータの製造メーカから保守業者への保守点検に関する情報不足、または不十分な保守点検がもたらす点検整備不良が原因と思われる。製造メーカも保守点検を業務としており、保守業者とは競合状況にあった。港区は点検費用削減のため、安価な保守業者に依頼していた。
なお、図2で、本事故と同じ構造のロープ式エレベータのかごとつり合い重さの関係を示す。つり合いおもりは「(かご+定格積載量の半分)の重さ」で設計することになっている。このため、人が1人や2人しか乗っていない場合は、つり合いおもりの側が重くなる。この重くなった分を、ブレーキで調整することになる。
対処 6月3日、21時30分に防災センターからの全館放送により、事故が起こった住宅用エレベータ5号機に隣接する同じ住宅用エレベータ4号機の運転停止について、居住者に伝えた。
6月4日、6時30分に防災センターからの全館放送でエレベータ4号機の運転再開を連絡。この運転再開したエレベータ4号機が、6時40分頃に不具合で運転停止、約1時間後に復旧したが、「安全を確認するまで運転を停止する」との港区の決定により、8時00分頃に運転を再び停止した。
6月7日、国土交通省は、シンドラーエレベータ社に設置済みのエレベータに対し緊急点検の要請を行った。同社から提供されたエレベータの設置リスト8834基分を6月9日に都道府県に情報提供し、点検に着手した。
11月17日、国土交通省は、上記緊急点検の状況を発表。設置リストのうち点検対象となった6273基を点検した結果、点検で「否」とされたものが102基、過去の不具合が2107件あり、このうち過去1年間の不具合は計1294件あり、内訳は「停止のまま動かない」(387件)、「扉開閉不良」(268件)、「閉じ込め」(175件)の順で多く、今回と同様の「戸開昇降」は2件という(表1)。
対策 国土交通省はエレベータの安全確保について、以下を検討中である。
1.設置時の安全確保
・運転制御プログラムから独立した戸開走行防止装置の義務化
・制動装置の二重化の義務化
・安全装置等への第三者の専門家による認証・確認等の導入
・建築確認・検査の的確な実施
・既設エレベータの安全確保の推進
2.設置後の定期検査等による安全確保
・定期検査実施方法の見直し(検査手法、判断基準の定量化、報告方法の明確化など)
・定期検査を行う者の能力の確保(資格者の業務の適正化を図るための仕組みの整備等)
・建築物の所有者等による適切な保守管理に必要な情報の整備
3.不具合情報等の共有等の為の仕組みの構築
知識化 1.制御による安全性確保は、限度がある。本質安全(制御に頼らない)の考え方が重要である。
2.商売上の競合への情報は安全に関する内容まで出し惜しみされる。
3.安全確保には適切な費用が必要である。
4.大きな事故には前触れといえる小さな不具合が発生している。
背景 このエレベータの過去5年間の保守契約の契約先および契約金額は、表2のとおりとなっている。契約金額は、契約方式を随意契約から、指名競争入札に切り替えた平成15年度(2003年度)から3年間で約4分の1のレベルになっている。独立系保守会社の入札参加によって、契約金額が引き下げられた形となっている。2002年に契約先が固定的に継続されている業務委託について、有益性・公平性の再検証を行うなどの定期的に見直しを図り、効率的な事務の執行から、契約方法が変更された。しかし、真に安全を確保するには適切なレベルの費用が必要であろう。
後日談 7月12日に死亡事故機の隣のエレベータで閉じ込めが発生、8月17日には名古屋で中2男子が閉じ込められたりと「シンドラーエレベータ」の事故が報告された。また他社のエレベータでも同様の不具合が相次いだ。
2007年7月に「昇降機事故等報告制度」が導入された。
また、エレベータ設備は、建築基準法で規制されているため、経済産業省の消費者生活用製品安全法(消安法)の適用はないが、生活に不可欠で安全であるべきとして、自動車で法定されているような、リコール制度の適用が検討されている(内閣府など)。
よもやま話 シンドラーエレベータ社は、1991年に設立。スイスに本部を持ちエレベータでは世界第2位のシェアを持つが、日本ではエレベータ設置台数約70万台の1%程度に留まる。
シナリオ
主シナリオ 環境変化への対応不良、経済環境変化、独立系保守業者への委託、点検情報不足、価値観不良、安全意識不良、使用、保守・修理、不良現象、機械現象、機能不全、システム不良、身体的被害、死亡
情報源 シティハイツ竹芝エレベーター事故調査中間報告書(第1次)、
港区シティハイツ竹芝事故調査委員会、2006-8-14、
http://www.city.minato.tokyo.jp/joho/tyosa/elevator/
files/chukanhokokusyo_1.pdf
http://www.city.minato.tokyo.jp/joho/tyosa/elevator/
files/chukanhokokusyo_2.pdf
http://www.consumer.go.jp/seisaku/kaigi/recall/file/recall03/yoshi.pdf
http://www.city.minato.tokyo.jp/joho/tyosa/elevator/index.html
http://www.consumer.go.jp/seisaku/kaigi/tantoukaigi/
061002kaigi/file/shiryo1-2.pdf
シンドラーエレベータ(株)製エレベーターの緊急点検の状況について、
国土交通省HP、2006-11-17、
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/07/071117/03.pdf
死者数 1
マルチメディアファイル 図2.ロープ式エレベータの1:1ローピング(PDF)
表1.過去1年間の不具合状況(PDF)
表2.エレベータ保守契約
備考 事例ID:CZ0200702
分野 その他
データ作成者 張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)