失敗事例

事例名称 アメリカ、ハリケーン被害
代表図
事例発生日付 2005年08月29日
事例発生地 米国ルイジアナ州ニューオリンズ市
事例発生場所 沿岸低地
事例概要 大型ハリケーン「カトリーナ」がルイジアナ、ミシシッピ、アラバマの三州を直撃、特に堤防が決壊したニューオリンズでは、市の大部分が水没、メキシコ湾に集中する石油関連施設やパイプラインなども大きな被害を受けた。死者1330人、被害額は1250億ドル(約14兆7000億円)に達した(国連国際防災戦略ISDRの2006年1月30日に発表による)。「カトリーナ」が過去最大級の勢力「カテゴリー5」(五段階の分類で最大)であったこと、沿岸低地での堤防工事の遅れ、政府、州政府、市当局の間の連携のまずさ、高齢者や低所得者層の避難体制の不十分さなどが、被害を拡大した。
事象 大型ハリケーン「カトリーナ」がルイジアナ、ミシシッピ、アラバマの三州を直撃、特に堤防が決壊したニューオリンズでは、市の80%が水没した。「カトリーナ」の規模やコース情報が各機関に共有され、被害が予想される地域に対して避難命令が出されたが、移動が困難な高齢者や車を持たない低所得者は避難できず、死者1330人もの犠牲を出した。メキシコ湾に集中する石油関連施設やパイプラインなども大きな被害を受けた。被害額は1250億ドル(約14兆7000億円)に達した。
経過 8月23日、大西洋カリブ海で熱帯低気圧が発生した。このハリケーンは「カトリーナ」と名づけられた。
8月25日、フロリダ州マイアミ付近に上陸、風速約40m/秒で西方に進みフロリダ州を横断し再びメキシコ湾を西に進んだ(図2)。
8月28日、ニューオリンズ沖に進んだ「カトリーナ」は、最大風速が毎秒70mを突破するなど、過去最大級の勢力「カテゴリー5」(五段階の分類で最大)に発達し、進路を北に変えた。「カトリーナ」の進路に当たるルイジアナ、ミシシッピ、アラバマの各州知事等は、非常事態宣言や災害宣言をだした。特に海抜ゼロメートル以下の地域が多いルイジアナ州ニューオリンズ市当局は、約48万5千人の全市民に避難命令を出し、住民の約8割が同地域を脱出した。図3は、ニューオリンズ市付近の横断図(イメージ)である。
ブッシュ大統領も、「ハリケーンの影響を受ける地域の住民を助けるため、あらゆる権限を行使する」との声明を発表した。
8月29日早朝、中心気圧が902ヘクトパスカル、最大風速秒速78mに発達した「カトリーナ」はルイジアナ州ニューオリンズの東側に再上陸、この時点で「カテゴリー4」のなった「カトリーナ」の強風による高潮・高波でニューオリンズでは午前11時頃工業運河が2箇所で決壊した。付近は1~3mの深さで、数千人が屋根の上に避難した。昼には「カトリーナ」の強さは「カテゴリー3」となったが、最大風速は毎秒50mを越えていた。夜は停電で市内は闇に包まれた。
8月30日午前1時半以降、ポンチャートレーン湖が増水し、17番通りの運河の堤防が決壊し、ロンドン通りの運河の堤防も決壊して、市内22ヶ所の主な排水ポンプが機能停止。市内の80%が水没した。
死者1330人、被害額は1250億ドル(約14兆7000億円)に達した。
原因 1.直接の原因
・かつてない大きさ「カテゴリー5」のハリケーンが沿岸を襲ったこと。
・ポンチャトレーン湖と運河の2ヶ所の堤防が決壊した。
・堤防工事の遅れや「カテゴリー3」対応の堤防構造であったこと。さらには、経済的や環境問題の観点からの防災工事予算の減少などの要因もある。
2.被害拡大の原因
・組織としての対応
米国で第二次世界大戦後最大の自然災害であり、「カトリーナ」が上陸する前から規模やコース情報などが、共有されていたにもかかわらず、連邦政府、州、企業などのあらゆる組織において初体験であったため、適切な対応ができなかった。堤防決壊が事前に想定されていたが、実際には決壊しないだろうとの楽観的対応、浸水による市政府機能のマヒ、事後対応における政府、州政府、市政府の間の連携のまずさなどが露呈した。
・ブッシュ大統領はじめ国土安全省(DHS)長官緊急事態管理庁(FEMA)長官などのリーダーシップの欠如(議会下院超党派委員会、2006年2月15日報告書で指摘)。
・弱者への対応
被害が予想される地域に対して避難命令が発令された。しかし避難命令が出ても移動が困難な高齢者や車を持たない低所得者は避難できなかった。公共のバスなどの輸送体制がなかった。
対処 9月28日、ブッシュ大統領はテキサス州クロフォードの私邸で、ルイジアナ州に続きミシシッピ州にも非常事態を宣言、緊急声明で住民に避難を勧告した。すでに、海抜ゼロメートル以下の地域が多いニューオリンズ市当局は、約48万5千人の全市民に避難命令を出していた。
避難所となったアメリカンフットボールの競技場「スーパードーム」などに数万人の市民が身を寄せたほか、市外へ避難する車の長い列が続いた。
9月30日、ブッシュ大統領が休暇先からワシントンに戻る途中に上空から被災地を視察。
対策 ホワイトハウスが「ハリケーンカトリーナへの連邦政府の対応ーその教訓」として、2006年2月23日、以下などを報告している。
1.関連する連邦政府、州政府、地方政府は沿岸警備隊を含めて来るべき災害に対して互いにより緊密な連携をすべき。
2.災害に対して協調し、または直接機能できるよう予め連邦共同現地事務所(JFO)を設置する。
3.現地の状況把握のための即時展開可能な通信手段の確保と国土安全省(DHS)中心の連邦政府の統合的な組織の確立。
4.軍事物資人員の支援を得るためJFO、緊急事態管理庁(FEMA)において国防省との連絡窓口を確立する。
5.連邦災害救助活動を効果的に行えるよう軍事物資人員の受け入れ、移動、統合等が可能な地域を全国的に指定する。
6.災害救助のための連邦政府、州政府、地方政府の人員の当番表の確認を改善。
7.災害の事前の注意や案内を公衆に提供するための緊急警戒警報の更新と利用のための技術的準備。
8.切迫した緊急事態に備えるために連邦政府から州政府への資金提供のより円滑化。
9.被災者の登録の合理化、資格化の迅速化、避難民の移動の追跡、虚偽申告に対する保護等支援活動の迅速円滑化。
知識化 1.かつてない規模の災害は起こり得る。
とくに、地球温暖化などで環境の変化やマグマの活発化などで、過去の規模を超える自然災害が発生する恐れがある。従来の対応策を見直すことが必要となっている。
2.災害時にはバックアップ体制の確保が大切である。
3.災害対応には組織間の密接なコミュニケーションと指揮のリーダーシップが必要である。
背景 今回大きな被害を受けたニューオリンズは、1718年にフランス人が町を建設、その後プランテーションが発達しフランス系とスペイン系の文化が混合して栄え、1803年にアメリカ領となり、綿花、米等食料品の大市場や造船、製油、製糖などの工業も盛んな地域である。また、フレンチクオーターを中心に観光地としても有名である。
ミシシッピー河口の三角州に位置し、市の北部にはポンチヤトレーン湖、市内をミシシッピ川が流れている。平均高度は海抜下1.8mで、一部海抜6mの場所もある。このような地形から、同市と近辺地域はしばしば大雨やハリケーンによって何度も大きな洪水被害に遭っている。
こうした状況を受けて、1965年に洪水防止法が成立し、13年計画、総事業費8500億ドルの堤防工事を根幹とする洪水防止事業が始まった。この事業は、当初200年から300年に一度というハリケーンの「カテゴリー3」に耐えることを目的としていた。その後工事費の地元負担分や環境問題への対応などで、工事の大幅停滞、工事費の高騰の問題に直面し、進捗状況が災害時点で87%と大幅に遅れていた。カトリーナ来襲時点において、125マイルにわたる堤防工事の完成予定は2015年であった。
後日談 「カトリーナ」襲来の3週後の9月23日、大型ハリケーン「カテゴリー5」の「リタ」が発生して、テキサス、ルイジアナ両州境付近へ接近、この時点で勢力は「カテゴリー3」に落ちたが、最大風速約54mで北上した。ニューオリンズでは、運河の増水で、先の「カトリーナ」で決壊した修復中の堤防を越えて、市街に水が流れ込む事態となった。
ブッシュ大統領はじめ州知事などは対応体制に入った。テキサス州には数千人規模の州兵が警戒にあたり、100万人規模の人々が避難した。幸い「カテゴリー3」まで、勢力を弱めての上陸であったため、比較的被害は小さかったが、「カテゴリー5」のままだったら、深刻な事態となっていたと思われる。
よもやま話 「ハリケーン」は台風と同じ発達した熱帯低気圧である。発生場所により名前が異なる。太平洋西部なら「台風」、インド洋なら「サイクロン」である。熱帯性低気圧は赤道付近の上昇気流がもとになり、海水温が高いほど上昇気流が強まり勢力を増す。気象庁海洋気象情報室によると「カトリーナ」が通過したメキシコ湾の水温は平年よりも1℃高く30℃もあったという。CO2による地球の温暖化が、強烈な熱帯低気圧を作っているのではなかろうか。
シナリオ
主シナリオ 未知、異常事象発生、価値観不良、安全意識不良、工事予算削減、誤判断、状況に対する誤判断、調査・検討の不足、仮想演習不足、非定常行為、無為、破損、大規模破損、堤防決壊、二次災害、損壊、身体的被害、死亡、組織の損失、経済的損失、社会の被害、社会機能不全
情報源 米国事務所アーカイブ2005年度レポート、財団法人建設経済研究所、ハリケーンカトリーナ災害からの教訓、2006年3月、http://www.rice.or.jp/
平成17年度国土交通白書、国土交通省HP、
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h17/hakusho/h18/html/H1012210.html
死者数 1330
被害金額 1250億ドル
マルチメディアファイル 図2.ハリケーン「カトリーナ」の進行経路
図3.ニューオリンズ市付近の横断図(イメージ)
備考 事例ID:CZ0200712
分野 その他
データ作成者 張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)