事例名称 |
鳥インフルエンザ |
代表図 |
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事例発生日付 |
2004年02月26日 |
事例発生地 |
京都府船井郡 |
事例発生場所 |
畜産農場 |
事例概要 |
鳥インフルエンザのため、約24万羽の鶏はじめ大量の鶏卵や鶏糞が処分され、その処分作業に京都府職員、自衛隊、警察など合計約17000人の人海戦術となった。風評被害も含め莫大な経済的損失と養鶏業に対する社会的信用失墜を招いた。鳥インフルエンザの感染が直接の原因であったが、農場責任者が保健所に通報することなく、1週間も営業を続けていたので、発見後の府の迅速な対応にも拘らず影響が広範囲に及んだ。 |
事象 |
保健所に匿名の電話で入った「農場で毎日1000羽の鶏が死んでいる」との通報で始まった。死亡の原因は、鳥インフルエンザの感染であったが、農場責任者が保健所に通報することなく、1週間も営業を続けていたので、通報後の京都府行政の迅速な対応にも拘らず、影響が広範囲に及んだ。約24万羽の鶏をはじめ大量の鶏卵や鶏糞(3000トン)が処分され、その処分作業に京都府職員、自衛隊、警察など合計約17000人の人海戦術となった。風評被害も含め莫大な経済的損失と養鶏業に対する社会的信用失墜を招いた。 |
経過 |
2月26日19:30頃、船井郡園部町の園部保健所と南丹家畜保健所に「浅田農産船井農場で毎日1000羽の鶏が死んでいる」と匿名の電話が入った。20:30頃、地域担当の南丹家畜保健所職員2名が現場に急行したが、誰もいなかった。 深夜になって、ようやく農場責任者との連絡がとれて事情聴取、2月20日頃から毎日鶏が死んでいることを確認した。現場では鶏に鳥インフルエンザの症状が確認できなかったため、死んでいる鶏と生きた鶏を3羽ずつ持ち帰り、南丹家畜保健所と城陽市の中央家畜保健衛生所とで検査することにした。 2月27日9:00に中央家畜保健衛生所での検査結果が「陽性」であることが判明した。 2月28日0:00に農水省からウイルスが「H5亜型」との検査結果を受領した。 3月3日、別の畜産業者1社から簡易検査で「陽性」反応がでた。 3月5日、ウイルスは同様の「H5亜型」と確定した。 3月8日、浅田農産の会長夫妻が自殺した。 3月31日、浅田農産社長が鶏の感染隠蔽「家畜伝染病予防法違反」の容疑で逮捕された。 4月13日、知事が終息を宣言した。 浅田農産の鶏は、インフルエンザ発生から毎日のように死んで累計約20万羽にものぼった。 現地での作業は、埋却処分、殺処分、消毒など人手を要するものが多く、人員の確保が問題となった。京都府職員が累計で11999人、自衛隊が2020人、警察1045人、業者942人など合計16933人の人海戦術となった。 京都府は陽性反応が判明する前に、高病原性鳥インフルエンザの疑いがあることをプレス発表し、その後26回開催された府の対策本部会議は全てマスコミに公開するとともに、府のホームページにも情報を掲示した。 一方、マスコミの報道に伴い、各地で風評被害があった。移動制限地域外の養鶏業者が、首都圏で開催される京都展への出店を直前で拒否されたり、学校給食でも保護者の不安から鶏肉・鶏卵の使用を一時自粛する市町村もでて、養鶏業者から卸小売業者までが深刻な経営状況に陥った。 |
原因 |
1.鳥インフルエンザの感染 感染経路については、野鳥の関与の可能性が取りざたされたが、現在のところ不明である。 2.感染を保健所に届けなかった 最初の感染に関しては、浅田農産は完全な被害者である。ただ、感染を届けずに自分たちの手で消毒作業をして解決しようとしてしまった。届出による休業や営業停止による収入減などで、届出をためらうのは自然であるが、その状況に対する誤判断で、被害者から加害者に変わってしまった。ワンマン経営で従業員からの通報もなく、たった1週間、通常営業している間に、被害が一気に拡大した。こういった場合の届出に対する救済措置が不可欠であろう。 3.防疫措置の国との連携の遅れ 京都府がいち早く「京都府対策本部」を設置し、初期防疫措置を講じたが国のバックアップが遅れた。国に要請しても、縦割り行政のため、鶏は農林水産省、人の健康では厚生労働省、自衛隊派遣では防衛庁、補償補填関係では厚生労働省と総務省とに、それぞれ個別に相談する必要があり、また自衛隊の派遣などは、前例踏襲主義によって次から次と事務レベルの問いが出され、知事の直談判まで決まらなかった。 |
対処 |
2月27日9:00、検査結果が「陽性」だったことを受けて、知事を本部長とする「京都府対策本部」を設置し、初期防疫措置を開始した。 2月28日、専門家会議を立ち上げ、初期には防疫措置の進め方や鶏糞の処理方法、人への感染防止や埋却地の管理などを、後半には移動制限解除に向けての作業の進め方、防疫措置完了後の対応、食の安全・安心の確保まで、京都府は様々な事案について検討を依頼し、順次実行した。 2月29日、被害拡大阻止のため、半径30kmの区域の鶏および卵の移動を制限し、2月20日から26日までに出荷された卵および成鶏の行方を追跡した。 また、制限区域内には39戸の養鶏農家と23戸の採卵農家があり、採卵用鶏数は約62万羽、1日約60万個(約37トン)で、4月までに採卵される約2300万個分の鶏卵保管スペースを確保した(卵を廃棄処分してしまうと制限解除後に国や自治体の補償対象にならない場合がある)。 浅田農産で生き残った約25000羽の鶏は、国際的に採用されている炭酸ガスによる「安楽死」の方法で、殺処分された。防疫服に身を包み、マスクにゴーグルをつけて行う精神的にも肉体的にも厳しいこの作業は5日間も続いた。 3月4日、自衛隊に災害派遣要請、自衛隊が出動。 3月16日、国は「鳥インフルエンザ対策に関する関係閣僚会議」を開催し、地方自治体が実施する防疫措置に対する財政負担などの緊急総合対策を決定した。 |
対策 |
今回は鳥インフルエンザの感染経路も見つからず、直接の原因である感染を防ぐ対策は、未だ見つかっていない。 感染した後の対策として、以下の対策が取られた。 京都市・京都府では、 ・風評被害対策 ・中小企業あんしん借換融資の促進 国では、 ・自治体の防疫措置に対する財政援助 ・食鳥処理加工業、鶏肉卸売業、鶏肉小売業などを不況業種に指定 ・被害農家に対する緊急融資、移動制限を受けた鶏卵の買い上げなど が行われたが、消毒等経費の半額負担や休業補償なしという現行の制度は、零細の農業経営者にとっては、十分なセイフティネットとは言えず、経営者の良心に頼るだけの通報制度では、同じ被害が発生しても不思議ではない。 |
知識化 |
1.匿名の通報が被害の拡大を防ぐ この種の事件は初期の対応次第で被害の規模が大きく変わる。もし匿名の通報が無かったらと思うと、背筋が寒くなる。 2.経営者は異常が起きたときは、最大起き得る影響度を考えて、判断する必要がある(仮想演習の必要性)。 3.風評に対する判断が大切。特に多種の情報が溢れる情報社会におけてその真偽を見分ける勉強が不可欠である。 |
背景 |
2003年からEUやアジア諸国で鳥インフルエンザが多発、中国では100万羽強、インドネシアではほぼ200万羽、韓国やベトナムでは200万羽強、タイでは1000万羽強の鶏が処分されていた。この鳥インフルエンザのウィルスはH5亜型で、鶏のみならず人への感染や、死亡例もでており、これらの国との間で、人や物の行き来が頻繁で、このウィルスがいつ日本に上陸してもおかしくない状況であった。そして2004年1月12日山口県、同2月14日大分県で、鳥インフルエンザの発生(ウイルスはH5N1亜型)が確認されて、京都市では府下の養鶏農家への出張調査や衛生管理指導の再徹底、注意喚起のパンフレット配布、異常があった時の家畜衛生保険所への速やかな連絡依頼など、全養鶏農家を対象として鳥インフルエンザ予防のための指導・教育を行っていた。 |
後日談 |
また、2005年6月に茨城県水海道市内の養鶏場でH5N2亜型の鳥インフルエンザの発生が確認された。感染地域が茨城県と埼玉県の一部の養鶏場に拡大していることが確認され、約150万羽が主に焼却処分された。前年の学習効果がでている。 そして2008年2月24日、H5N2型のインフルエンザがインドネシアなどアジアを中心に人への感染(インドネシアで約100人が死亡)を続けており、人間の間で大流行する新型インフルエンザに変異することが懸念され、労働厚生省は海外で流行した場合、発生国から日本に向かう国際便の着陸便の着陸を成田・関西・中部・福岡の4空港に限定する方針を決め、国土交通省や外務省などと協議に入った。 2008年3月10日、報道によると国立感染症研究所、日油、北海道大学、埼玉医科大学の研究チームが新ワクチンを開発し動物実験で効果を確認したという。従来のワクチンはウイルスを直接攻撃する免疫の働きを強めるが、ウイルスの構造が変わるとそのワクチンは効かなくなる。H5N1型が人間の間で感染する新型ウイルスに変化する場合など、現在政府が2000万人分準備するプレパンデミックワクチンが有効でない危険性がある。今回の新ワクチンはウイルスが感染した細胞を攻撃するもので、ウイルスの増殖を抑えるという。 |
よもやま話 |
オルソミクソウィルス科に属するインフルエンザウィルスには、A、B、Cの3種の型があり、鳥インフルエンザはA型に属する。A型にはHAとNAがあり、それぞれに亜型がある。これらHAとNAの様々な組合せを持つウィルスがあるが、H5とH7亜型ウィルスの一部には重篤な症状を引き起こすものがあり、養鶏ならびに関連業界に多大な経済的損失を与えるので、特にこの2つを行政上「高病原性鳥インフルエンザウィルス」と呼び、「法定家畜伝染病」に指定している。これ以外の亜性のウィルスは「(低病原性)鳥インフルエンザウィルス」とよび「届け出伝染病」である。 |
シナリオ |
主シナリオ
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誤判断、状況に対する誤判断、自己消毒、価値観不良、組織文化不良、ワンマン経営、価値観不良、安全意識不良、リスク認識不足、組織運営不良、運営の硬直化、縦割り行政、前例踏襲主義、誤対応行為、自己保身、無届出営業、不良行為、倫理道徳違反、利益優先主義、感染隠蔽、身体的被害、死亡、自殺、組織の損失、経済的損失、倒産
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情報源 |
畑村洋太郎、飯野謙次、失敗年鑑2004、特定非営利活動法人失敗学会、PAGE13-24
日本経済新聞、2008-02-25版
日本経済新聞、2008-03-10
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死者数 |
0 |
負傷者数 |
0 |
物的被害 |
鶏24万羽 |
被害金額 |
2005年1月倒産した浅田農産の負債総額26億5千万円 |
全経済損失 |
16933人の人海戦術による莫大な処理費用 |
社会への影響 |
養鶏業者から卸小売業者までが、深刻な経営状況に陥った |
備考 |
事例ID:CZ0200716 |
分野 |
その他
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データ作成者 |
張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)
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