失敗事例

事例名称 渋谷シエスパ爆発
代表図
事例発生日付 2007年06月19日
事例発生地 東京都渋谷区
事例発生場所 源泉くみ上げ施設
事例概要 源泉くみ上げ施設で爆発、女性従業員の3人がその爆風によって全身を打つなどして死亡、通行人の男性を含む5人が大怪我を負った。ガス抜き配管が結露し、水で詰まったためメタンなどの天然ガスがくみ上げ施設の室内に充満し、制御盤の火花で引火したものと推定される(図2)。
事象 東京都渋谷区の温泉施設「シエスパ」の源泉くみ上げ施設が突然爆発し、女性従業員の3人がその爆風によって全身を打つなどして死亡、通行人の男性を含む5人が大怪我を負った。
経過 2005年3月、渋谷区松涛一丁目の温泉施設「シエスパ」建設予定地の源泉から出る天然ガスの分析を依頼された地質調査会社が、2回目の天然ガスの濃度を測定(1回目は2003年8月の源泉掘削完了直後)、井戸の入口で天然ガスの濃度2.5%を測定した。そして、「シエスパ」の施設運営会社への報告書で、現場が南関東ガス田と呼ばれるメタンガスの多い地域であることや、すぐに引火の危険性のない2.5%程度の天然ガスでも密閉した空間に滞留すれば爆発することを指摘していた。さらには、源泉を屋内の施設に引き込む場合、ガス分離装置を呼ばれる天然ガスの排気設備の設置や、屋内の換気やガス漏れの監視を徹底するように求めていた。
報告書を受け取った施設運営会社は、2005年2月10日に東京都北区で発生した源泉井戸での火災事故(背景欄参照)から不安感を持つ周辺住民への説明会で、ガス検知器の設置とガス濃度を毎日測定することを約束し、測定結果の2.5%という天然ガス濃度を示し、「ガス爆発の恐れはない」と説明していた。
2006年1月、ガス検知器の設置もなしに「シエスパ」は営業を開始した。
2007年6月19日午後2時30分頃、「シエスパ」の源泉くみ上げ施設の室内にメタンなどの天然ガスが充満して爆発、女性従業員の3人がその爆風によって全身を打つなどして死亡、通行人の男性を含む5人が大怪我を負った。
原因 1.爆発の原因
源泉くみ上げ施設の室内にメタンなどの天然ガスが充満し、装置の制御盤の火花で爆発したものと推定される。
2.天然ガスが室内に充満した原因
ガス抜き配管が結露のため水で詰まり、天然ガスが逆流したためと推定される。
3.ガス抜き配管が結露で水が滞留した原因
ガス抜き配管は定期的な水抜きが不可欠にも拘わらず、施工会社が施設運営会社にその必要性を説明していなかった。高温の源泉からガスが分離された際、水蒸気化した水分がガス抜き配管に残り、管内の温度が下がると水蒸気は水滴に変化し、水が管内に滞留する。
4.ガス検知器を設置していなかった。
施設運営会社は、ガス漏れの危険性を認識しながら、ガス漏れ検知で不可欠なガス検知器の設置を怠った。
なお、源泉くみ上げ施設のイメージを図3で示す。
対処 事故発生直後、温泉法の許認可事務を担当している東京都の環境局は、職員を現場に派遣し、届出書等で把握している温泉施設に関する情報を警察・消防に提供するとともに、事態の把握に努めた。 
爆発の現場では建物の床や壁、屋根が吹き飛んでいることから、源泉井戸とガス分離設備が設置されている地下室を火元と推定。このため、事故翌日の20日から都内の全温泉施設に対し、簡単な質問票による電話での聞き取り調査を行い、可燃性ガス発生源となりうる施設が屋内に存在するのかの実態を把握するとともに、屋内に設置されている場合でも、換気を十分に行えば、当面事故は防げると判断し、その部屋の換気を徹底するよう注意喚起した。
環境省も東京都の動きを参考に、全国の都道府県に同様の注意喚起を行うよう通知した。
6月22日、緊急対策を徹底させるには必ずしも十分ではないと判断した環境省は温泉施設の責任者を都庁に呼び、「温泉安全対策緊急説明会」を開催して徹底を図った。 
同日、総務省消防庁次長が都道府県知事に実態調査を指示し、環境局も東京消防庁と合同で温泉施設の立入調査を開始した。
6月26日、東京都は、環境局や東京消防庁など都庁内の関係局職員および安全対策の専門家による「温泉施設の安全対策に関する庁内検討会」を設置、稼動中の温泉施設の安全対策について検討を開始した。そして鉱山保安、ガス保安や労働安全の法的・技術的仕組みを参考に、安全工学の考え方を取り入れて、「東京都可燃性天然ガスに係る温泉施設安全対策暫定指針」として取りまとめ、10月29日に施行した。
対策 2008年5月28日、以下の内容の温泉法施行規則が改正・公布された。 
1.災害防止措置が必要な温泉と対策方法の明確化 
爆発下限界濃度が規定以上の濃度の場合の安全対策義務。
2.井戸の掘削時の安全対策
ガス警報設備の設置、携帯型ガス検知器での毎日の点検義務など。
3.温泉の採取時の安全対策
・温泉水から可燃性天然ガスを十分に分離できるガス分離設備の設置。
・ガス発生設備(温泉井戸、ガス分離設備およびガスの排出口)の屋内設置の禁止(多雪・寒冷地および既存設備の温泉井戸等を除く)。
・可燃性天然ガスの排出口は、高さ3m以上の位置に設置。また、周囲に火気を使用する設備や関係者以外の者が立ち入れる場所の存在不可。
・配管の凍結防止や定期的な水抜きによる配管の閉塞防止措置。
・制御盤その他のスイッチ類が集中する設備への可燃性天然ガス侵入防止。
・ガス発生設備等の異常の有無の点検(毎月1回以上)。
さらに温泉採取・貯蔵設備が屋内設置の場合、上記に加えて以下である必要がある。
・屋内に設置された温泉採取・貯蔵設備はガスの排出口以外からガスが漏れない構造とし、そのガスの排出口の屋内設置は不可。
・温泉採取・貯蔵設備が設置された部屋への、1時間に10回以上換気できる能力を有する換気設備の設置義務。
・温泉採取・貯蔵設備が設置された部屋における、適切な位置にガス警報設備を設置義務。また、ガス警報設備はメタン濃度が0.5%(10%LEL(注))での警報、その警報を発する場所が関係者の常駐する場所であること。
・温泉採取・貯蔵設備が設置された部屋には、火気を使用する設備、防爆化されていない電気設備を新たに設置不可。また、火気の使用を禁止する旨の掲示義務。
4.日常点検等
・屋内に設置されている温泉採取・貯蔵設備周辺における、携帯型ガス検知器によるメタン濃度の毎日の測定義務。
・災害の防止に関する規程の作成、および非常時のその規定に従がう必要措置をとること。
(注)%LEL
爆発下限界(Lower Explosive Limit)濃度といい、メタン濃度が5%になると爆発するので100%LELと表す。
知識化 1.規制や手順を決めても、それが実際に守らなければ重大事故になる。
2.危険性を認識していても、実際に対応がとられるとは限らない。どんな事態が発生するかの仮想演習が不可欠である。
3.施設にとって、異常を感知する日常点検は、安全を守るために重要かつ不可欠な行為である。しかし無視され易い。
4.爆発の三要素を知ることが重要
「可燃性ガス」、「空気(酸素)」、「着火源」の三つがそろって初めて燃焼や爆発が起こる。特に、「可燃性ガス」「空気(酸素)」で構成される可燃性ガスの濃度に着目すべきである。すべての可燃性ガスは、空気中では濃度が高すぎても低すぎても爆発は起こらず、中間の一定範囲の濃度のときに爆発するという性質を持っている。メタンの場合は5~15%の濃度で爆発する。ガス漏れ事故は、ガスが漏れ始めてから次第にその濃度が高くなり、メタンガスの場合は5%の濃度に達したところで爆発する。
5.U字型配管は、結露による水の滞留で閉搾する危険性があり、定期的な水抜き作業が必要である。
背景 メタンガスが埋蔵されている地域は南関東ガス田と呼ばれ、東京・川崎・横浜の東京湾岸地域から千葉県にかけての関東平野南部地域の広い範囲に分布する日本最大の水溶性ガス田として知られている(図4)。
今回の事故のような都会のど真ん中でも、温泉は存在する。温泉法の定義によれば、温度が25℃以上あるか、又は、硫黄などの温泉成分が一定濃度以上含まれていれば温泉に該当する。地球は地熱を持ち、地中の温度は100mにつき約3℃上昇するといわれているので、深く掘れば地下水の温度が上昇し、どこでも「温泉」が掘れるのである。技術の進歩等により掘削費用が安くなったこと、市街地の方が集客が容易であることなどから、近年の温泉ブームに乗って、東京の市街地においても500mを超える大深度掘削の温泉が増えてきた(図5)。 
また、2005年2月10日、東京都北区で、掘削が終わったばかりの温泉井戸の内部の洗浄作業中に、突然天然ガスが噴出して引火、火災が発生した。約10mに達する火炎のために高さ35mの掘削用鉄塔が倒壊するおそれが生じたため、周辺住民約40名が自主避難。約22時間後にようやく鎮火した。幸い死傷者がなかったが、東京都は事故の再発防止を図るため、同年6月に「温泉掘削等に係る可燃性ガス安全対策指導要綱」を策定し、その後の温泉掘削の申請者に対して安全対策を指導していた。
後日談 2008年12月12日、警視庁は施設を施工した大成建設の設計責任者と開業時の施設運営会社の保守管理担当役員と管理マネジャーを書類送検した。設計責任者は、結露による水でガス抜き配管が詰まり、メタンガスが逆流する危険性を認識しながら、運営会社に定期的な水抜きの必要性を説明しなかった疑い、保守管理担当役員らはガス漏れの危険性を認識しながら、ガス検知器の設置をしなかったり、ガス抜き配管などが点検項目に入っていないことを放置したまま、保守管理業者と委託契約を結んでいた疑いという。
よもやま話 メタンは無色・無臭の可燃性ガスで、ガス漏れの有無はガス検知器でなければわからない。都市ガス(13A)も成分のほとんどがメタンだが、臭いを付けて、漏れがわかるようにしてある。
メタンは空気より軽く、天井付近に滞留しやすい。メタンガスの濃度が5%に達し、爆発すると火炎の温度は最高約2,000℃に達する。温度が高くなれば気体は膨張するが、密閉空間では膨張できないため圧力が高まることになる。この結果、爆発でコンクリートの壁でも容易に破壊されてしまう。
シナリオ
主シナリオ 価値観不良、安全意識不良、手順の不遵守、連絡不足、使用、保守・修理、不良現象、化学現象、破損、破壊・損傷、身体的被害、死亡
情報源 池田茂、温泉施設の安全対策、予防時報、234号、PAGE44-49(2008)
http://const.blog.shinobi.jp/Entry/604/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E6%B8%A9%E6%B3%89%E6%96%BD%E8%A8%AD%E7%88%86%E7%99%BA%E4%BA%8B%E6%95%85
http://www.soumu.go.jp/menu_02/hyouka/pdf/071220_2_2.pdf
毎日新聞朝刊、2007/10/19
日本経済新聞朝刊、2007/6/26版
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=9757
死者数 3
負傷者数 5
マルチメディアファイル 図2.シエスパ爆発現場
図3.源泉くみ上げ施設のイメージ図
図4.南関東ガス田
図5.東京都内の温泉源泉数の推移
備考 事例ID:CZ0200803
分野 その他
データ作成者 張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)