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失敗年鑑2007:エキスポランド、ジェットコースター事故 (会員用フルバージョンはこちら )

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失敗年鑑2007
エキスポランド、ジェットコースター事故
サイドローズエルピー・ゼネラルパートナー
飯野 謙次

疲労・折損・車輪脱落・脱輪

ジェットコースター事故原因の分析[ 拡大]

【シナリオ】
1.価値観不良
2.安全意識不良
3.保守がおざなり
4.組織運営不良
5.構成員不良
6.無知
7.知識不足
8.法律の規定を知らず
9.手順の不遵守
原因
10.計画・設計
11.設計不良
12.強度不足
13. 使用
14.保守・修理
15.保守不完全
16.ひびに気づかず
行動
17.不良現象
18.機械現象
19.金属疲労
20.ひび進行
21.破断
22.死亡
結果


【概要】
 2007年5月5日(土)、午後0時50分ごろ、大阪万博記念公園に隣接する遊園地で立ち乗りジェットコースター風神雷神IIが走行中、 左側車輪ブロックが突然脱落し、2両目車両が左に大きく傾いた。この2両目前方の乗客が保守通路手すりに頭部を強打して死亡し、 残り乗客19名も病院に搬送された他、事故を目撃した人のうち、15名も気分を悪くするなど負傷者と記録された。
 各車輪ブロックには5つの車輪があり、これを止めていたナットのところで車軸が折れ、しばらく走行した後、車輪ブロック全体が脱落、 左側支えを失った車両が大きく姿勢を崩した。
 原因は車軸に金属疲労で深い傷があったところ、軌道が上向きから下向きに変わるところで、傷が進行中の車軸断面で、 かろうじてつながっていた部分が曲げ力に耐え切れずに引きちぎれた。この遊園地では、装置検査の頻度、検査そのものも不十分で、 同アトラクションを15年間走らせたまま、車軸損傷に気がつかなかった。国土交通省は翌6日、全国に緊急点検を指示した。
 同遊園地は全施設の点検をし直し、風神雷神IIの廃止、撤去を決め、遺族の理解を得た上で翌2008年8月に営業を再開するも、 同年10月に倒産、2009年2月に破産した。

【発生日時】
2007年5月5日、午後 0時 50分ごろ

【発生場所】
大阪府吹田市、遊園地エキスポランド、ジェットコースター風神雷神II

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図1 エキスポランドの位置


【事象】
 風神雷神IIは1992年、“トーゴ”が製造した全長985メートルの立ち乗りジェットコースター。 最高時速は毎時75キロ。約2分20秒で1周する。6両編成の風神と雷神が交互に軌道上を走る。定員は1両に4名で最大24人。 各乗客は、背中からお尻を背面サポートに押し付けた形で、足の間にある小さなサドル状の座面を股間まで引き上げ、 左右の肩からわき腹を押さえつけるサポートに挟まれ、腹部を押さえるサポートバー、 さらに両脇と腹部のサポートを結わえるベルトによって固く立ち席に押さえつけられる形で乗る。図2にその軌道の全体図を示す。


図2 事故を起こした風神雷神II の軌道


 2007年5月5日土曜日。翌6日はゴールデンウィーク最後の日曜日となる子供の日。空席を4つ空け、 20人を乗せて午後0時45分過ぎに出発した風神は、コース2つ目の山、すなわち高速走行が始まって最初の谷を過ぎた次の山の頂上付近で、 2両目左の車輪ブロックの車軸が、それを内側から止めていたナットの根元で折れ、ナットごと車軸落下。 コース後半の二重上りループを抜けて下降した辺りで問題の2両目左側車輪ブロックが脱落。支えを片方失った2両目は大きく左に傾き、 左側前列に乗っていた19歳女性は、保守作業員が歩くための通路手すりに頭部を強打して即死。そのすぐ後ろ、 2両目左側後列に乗車していた20歳女性も頭部を打って重症を負ったほか、残り18名の乗客も軽症を負うなどして病院に搬送された。 事故を目撃した入場客ら15人も気分が悪くなって治療を受けた。

【原因】
1. 事故車両の全体構造
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図3  風神雷神II の1両の模式的構造


 図3に1両の大まかな構造を模式的に示す。この図で注目したいのは、1両に後述の車輪ブロックが左右に1個ずつ、1ペアだけあることだ。 これは先頭から5両目までが同じで、最後尾車両だけさらに後部に2ペア目の車輪アセンブリがある。
 これは曲率の高い上下動、左右へのカーブ、 さらには進行方向を軸とした捻り動作も入るジェットコースターで6両編成の車両が無理なく軌道に追随できるように考えられたものであろう。
 スペインにタルゴという列車(図4)があるが、これは先頭と最後部車両を除いて、連結部に一軸の台車があるだけで、 広軌ながらも高い曲率のカーブをうまく回れるようになっている。ただし、この風神雷神IIのように左右の車軸が独立なわけではない。

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図4  グラナダ駅構内に留置中のタルゴ7編成
(Wikimedia Commons, Alt _winmaerikの写真上下をトリムした)


 図5は、事故を起こした風神・雷神IIと同型のジェットコースター車両の1両とその後部に連結される左右の車軸ブロックとフレーム(合わせて以下台車と呼ぶ)を示している。 写真から、車体はその後部に連結される台車とは、直交3軸の回りに自由に回転できることがわかる。


図5  ジェットコースター車体・車輪ブロック全景
(出典: 畑村創造工学研究所、失敗知識データベース)


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図6 車体とその直下の台車連結が不明


 残念ながら、車体がその前部でどのように台車フレームにつながっていたか、すなわち図3の台車と車体の連結を示す資料は見つからなかった。 この部分も図5のように自由な回転を許せば、車体が勝手に倒れてしまうので、固定されているが、ある程度のサスペンションを入れていたか、 固く固定されていたかが不明である。
 この連結が例えばねじ止めなどで固定されていた(図6a)なら、後出の車軸にはかなり無理なモーメントがかかる設計であった。 少なくとも、台車の上に乗る車体は、台車に対して鉛直軸の回りに回転できなければならない(図6b)。

2. 車輪ブロックの構造
 次に車輪ブロックの構造をみよう。図7に車輪ブロックがフレームに取り付いている写真を示す。 この写真と、大阪府警が公開した脱落した車軸ブロック写真(図8)などから、車軸ブロックを模式的に描いたのが図9である。 1つのブロックにある5つの車輪とは、一番大きい主車輪が2つ、レールに横から接する横ぶれ防止車輪が2つ、 レールの下から車体の飛び上がりを防止する飛び上がり防止車輪が1つである。


図7  車軸ブロック取付図
(出典: 畑村創造工学研究所、失敗知識データベース)


図8  脱落した車軸ブロック
(出典: 畑村創造工学研究所、失敗知識データベース)

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図9  車軸ブロックの構造


3. 折れた車軸周りの構造
 折れた車軸は、図9で太い点線で示している。問題は、この車軸と車輪ブロック、それに車軸とフレームの連結である。
 ネット上で本事故の原因に関して詳細な分析がペンネームSUBAL氏によりブログで公開されている。そこでは図面を引用して、 軸の連結はフレーム側が折れたネジで固定、車輪ブロック側は内径70ミリと55ミリのアンギュラボールベアリングを介して、 レールのうねりに合わせて車軸ブロックがフレームに対して振り子のように揺れるとしている。

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図10  車軸とその周りの組立
(* 寸法は、SUBAL氏ブログより)


 図10は、SUBAL氏ブログにある図面と、大阪府警公開、畑村創造工学研究所失敗知識データベース等からの写真を見ながら、 折れた車軸とその周りの構造を推定したものである。台車フレームと車輪ブロックは、図画が煩雑にならないよう実際のものより簡素化している。
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 図10に“ブッシュ”とあるのは頻繁に使用される機械要素で、ねじなどの止まる位置を決めたり、調整する時に使う。真鍮やアルミなどがよく使われる。
 同じく図10中、“割りピン”とあるのも機械設計でよく使われる便利パーツで、この使い方を図12に示す。 図7で、溝付ナットのところに赤く見えているのが割りピンである。ナットの緩み防止や、きつく締まらない位置でナットを止めるのに使う。

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図12  割ピンの使い方


 図10で、車輪ブロック側にある(図中、右側)ナットに割ピンを使っているのは以下のためである。すなわち、このナットを固く締めると、 2つのアンギュラベアリング1に軸荷重が負荷し、中のボールに車軸方向の与圧がかかった状態になる。 この圧力が高すぎるとベアリングの転がりが阻害され、ベアリングに設計していない無理な力がかかったり、車両が止まってしまう原因にもなる。 このため、このナットは位置がずれない程度に軽く締める必要があり、その状態でナットが緩まないように割りピンでその回転を止めている。
1アンギュラベアリングは、通常のラジアル方向(軸と直交する方向)の荷重に加えて、軸方向の荷重も受けられるよう設計されたベアリング。 1つの向きの軸荷重には強いが、軸荷重が両方向にかかるときは、鏡像のアンギュラベアリングを2つ並べて使う。

4. 車両搭載手順の推測
 では、図10で、台車フレーム側(図中、左側)の割ピンはどうだろうか。単純に考えると振動の激しいこのコースターで車軸の位置を決めるべく、 固くナットを締めた後、それが緩まないように割ピンで固定したと思われる。筆者はこの組立にもう1つ目的があったと考える。
 筆者はコースターの建設時について注目した。エキスポランドにあった風神雷神IIの全長は985メートルあったのに対し、2本のレール幅はせいぜい2メートルくらいである。 アスペクト比0.002。さらにこの全長985メートルに亘って上下変動に加え、 大きな曲率で複雑に曲がりくねったコースのレール幅をどこでも、対向する車輪ブロックの2組の横ぶれ防止車輪がピッタリレールに沿うように製造することは無理だろう。 センチ単位のブレがあったのではないだろうか。そう考えると図7で円柱形のレールに、互いの軸が直交する形で接するやはり円柱形の主車輪磨耗痕が、 中心を通る線ではなく、車輪のほぼ全幅に渡っているのも理解できる。つまり、この乗り物は、車輪がレール上の真ん中を通るのではなく、 ずりずりと右に左にずれながら、猛スピードで走り抜けるものなのだ。

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図13  レール幅誤差で車輪の接触位置が変わる


 図13に、レール幅最小のところで、最大レール幅に合わせた台車の車輪がレールに接触する位置が変わる様子を示す。このずれがあるため、 横振れ防止車輪がレールに接しているときは、最初に考えた図9のように主車輪と飛び上がり防止車輪がその中央でレールに接しているのではなく、 図13に示すように、飛び上がり防止車輪も適度な厚さがあって、レールを車軸ブロックの奥に抱え込むような形にするのが有利と考えられる。 そうすることで全長985メートルにもおよぶ、曲がりくねったコースのレール幅許容製造誤差は、主車輪と飛び上がり防止車輪の有効レール接触面の幅となる。 写真から判断するしかないが、図7からおそらくこのレール幅許容誤差は5センチ程度だったと思われる。
 このようなレール幅誤差を持ったコースができ上がった後で、車両をレールに乗せて左右の車輪ブロック間の距離を調整するときはどうするだろうか。 左右の横ぶれ防止車輪の間が広すぎると主車輪がレールから外れて危険だし、逆に狭すぎるとレール幅が大きくなったところでコースターが止まってしまう。
 溝付ナットには対向する3組、計6個の溝が切られている。おそらくは図10の台車フレーム位置決めブッシュを薄めに作っておき、 レールに列車を搭載してからその幅を調整したのだろう。いちいち車輪ブロックを外していたのでは効率が悪いから、 図7の組立用開口部から台車フレーム側溝付ナットを外し、コース全長に渡ってスムーズに動くようになるまでブッシュのところに座金を順次足したのか。 あるいは、薄めのブッシュに最初から座金を数枚重ねて組み付け、コースのレール幅が一番狭いところでも、 一方の主車輪ペアが外れなくなるまで少しずつ座金を抜いて、そのたびに台車フレーム側溝付ナットを締めた方がよいかもしれない。 最後にはブッシュの最適幅がわかって新しい一体のブッシュを作り直した可能性もある。
 1990年5月、大阪開かれていた「国際花と緑の博覧会」で、同型の風神雷神が乗客を乗せたままレール上で立ち往生する事故があったが、 これは、5月の陽気でレール幅が一番長い場所でさらにレール幅が広がり、ぎりぎりに調整してあった車輪ブロック幅が足りなくなったのだろう。

5. 車軸負荷の推定
 図13中、下の図で車両が両レールの中心に対して右に寄っているが、この図を車両の後ろから進行方向に向かって見ているとすると、 コースは前方に向かって左カーブ、すなわち図の右に遠心力が働く形である。ここでコースが急に右に曲がると今度は左向きに遠心力がかかり、 右に寄っていた車両は今度は左に振られる。この時に車軸にかかる衝撃力はかなりの大きさになるだろう。 しかし図2のコース全景を見ると、急激に左右に振られることがないように全体を工夫しているようだ。参考文献に挙げた失敗知識データベースや、 asahi.com の違った角度から見たコース全景も見るとよい。
 さらに、筆者もこのアトラクションではないがいくつものジェットコースターに搭乗したことがあり、 曲率が高くなるループやカーブではバンク2を設けて車体や搭乗者が外に投げ出されないようになっている。
2バンク: カーブで遠心力と反対の向きに軌道を傾けて、重力と遠心力のバランスを取って車体がカーブ外に飛び出さないようにした仕組み。
 そこでこの遠心力を見積もってみよう。以下諸量を写真等で見積もった。
車体1個の質量(m): 1,000kg
カーブでの速度(v): 50km/hr
カーブの半径(r): 8m

 円運動をする質量 m の物体に作用する遠心力(F)は F = mv2/r で与えられるから、以下計算、
F=1,000kg (50,000[m/hr]/3,600[sec/hr])2/8[m] ≈ 24,000 [N]

によって 2.4トン程度であるとわかる。
 次に乗客も合わせた車両の重心位置が、レール中心からどれだけの高さにあるかを見積もる。 これも写真等に頼るしかないが、50センチ、0.5メートルとする。さらに2本のレール間距離を2メートルとする。すると図14に示すように、 乗客を合わせた車体重心に左向きの遠心力が作用すると、それに抗する反力を図中右側の横振れ防止車輪が、 右側レールから右向きに受ける。このとき重心位置がレール中心より高いため、これら2力は偶力をなし、 それに対抗する偶力をレールから鉛直方向に受けることになる。ちょうど偶力のアームが4倍なので、鉛直方向の力は、 片側のレールで 0.6(=2.4 / 4)トン程度である。乗客を合わせた車体重量を 1トンとしているので、 この分を支える鉛直上向きの力を考慮に入れると、図中、左の上向き力は 1.1トン、右の下向き力は 0.1トンとなる。

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図14  遠心力により車体に作用する2組の偶力


 しかし前述のように実際のレールは、カーブに合わせて遠心力の影響を小さくするようにバンクしている。 この影響を、 例えば車体が 45°バンクしていると仮定して見てみよう。この様子を図15に示す。
 図15で、遠心力は車体軸に沿ってレールをまっすぐ押す分力と、車体面に沿った分力に分けられ、 それぞれ元の遠心力の (2-0.5)倍、1.7トン程度である。図中、1トンの重力も同じ2方向に分けられ、 2分力の大きさは 0.7トン程度となる。車体面に沿った方向では、遠心力の分力と重力の分力が打ち消しあい、それらの合力は 約1トンである。 そのため、レールのところで車輪に作用する力は、バンクのない場合に導き出した値との割合から、車体に作用するレールからの力は、 図中右下の横振れ防止車輪を右下に1トン、左上主車輪を右上に 0.25トンと、右下飛び上がり防止車輪を左下に 0.25トンである。
 一方、遠心力と重力の車体面に垂直な方向の分力は、図15に示すように相乗し、車体軸の方向に 2.4(=1.7 + 0.7)トンとなる。よって、 車体が受けるレールからの力は、片側のレールで車体軸右上の向きにその半分の 1.2トンである。

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図15  45°バンクした車体に作用する遠心力と重力


 図15の状態で、左右の車輪ブロックでレールから車輪が受ける力を図16に示す。 車体面と車体軸の両方向の力が重ねあわされる左上車軸ブロックでは、レールからの力が 約 1.5トンと見積もられた。

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図16  45°バンクした状態でレールから車輪に作用する力


 では次に、遠心力ではなく、上下動による力を考えてみよう。この力は遠心力と違い、車軸を引き抜く方向には作用しないので、 大きくしても安心な印象を受ける。残念ながら、風神雷神II の加重力3はわからないが、他のコースターの加重力はインターネット上に散在する。 木製コースターで、1.5から 3G近くあり、座り乗りコースターでは、軒並み4G越えから 6Gに達するものまであるようだ。 立ち乗りコースターの加重力はわからなかったが、金属製であることなどから最低 3Gはありそうだ。ここで、図2を見直すと、 最も加重力がかかるのは、最上点を過ぎて体験する最初の谷だろう。乗客を加えた車体質量を1トンと見積もったのだから、 3Gの加重力がかかると、全体で 3トン、片側の車輪ブロックには 1.5トンの力が加わることになる。
3加重力: G-フォース。作用する加速度が重力の何倍かを表す数字。100キログラムの人が 2Gの加重力を受けると、その人を支えている部分は 200キログラム重の力を受ける。

 一般の感覚的にはずいぶん大きな荷重が車軸の軸方向(1トン)や、軸に垂直に(1.5トン)かかる。 しかし、鋼(はがね)系できちんと熱処理した材料の引張強度は1平方ミリメートル当り数十キロある。 1ミリ四方の四角い針金で数十キロの重量をまっすぐ持ち上げることができるわけだ。
 図16を見ると強度的に弱い場所は車軸で、それにかかる曲げモーメントをフレーム側で受ける所が弱い。 車体、車軸が新しいときは、胴部でこのモーメントを受けることができるが、大きな荷重を受けるうち、 この胴部フレーム側穴や軸の形状が磨り減ったり、変形したりしてはめ合いが緩む。毎日新聞、 2007年6月5日号には作業員の言葉として、最初締まりばめだったこの連結が緩み、接着剤まで使用したとある。 図17に、次の応力計算に使用する諸量の見積りを示す。

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図17  車輪ブロックにかかる荷重


 以下、表1、2に、図16で見積もった遠心力と 45°バンクしていると仮定したときの重力によって発生する、 車軸方向の荷重成分と、それに垂直な方向の荷重による最大曲げ応力の計算を示す。 表3は、3Gの加重力が車体面に垂直に作用したときの最大曲げ応力である。どの場合も、 首部応力の計算では、胴部では曲げモーメントを全く受けないものとしている。図16で時計回りのモーメントを正としている。

表1  図16の車軸方向荷重による車軸最大曲げ応力
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表2  図16の車軸に垂直な方向の荷重による車軸最大曲げ応力
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表3  加重力 3Gによる車軸最大曲げ応力
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 沢俊行著『実用・材料力学』によると車軸の材料はニッケル・クロム鋼だった。規格を見ると、 引張強度が 75 kgf/mm2 以上はあるが、降伏点4 は 55 kgf/mm2 程度である。 上記表1、2、3中、ピンク色背景の部分はこの降伏点を越えている。これら応力値は図面がないため、長さ、バンク角、車体重量など、諸量を写真などで見積もった上、首部での最大応力は胴部がモーメントを全く受けないと仮定して算出している。 実際にはへたって緩んでしまった胴部でも曲がった軸が緩んだ隙間分の変形をすると、そこから軸が胴部に当って支えられるので、 表中の数字よりは小さくなる。どれだけ小さくなるかを計算で求めるには、そのときの車軸胴部変形量を仮定しなければならず、 実際的ではない。しかし、胴部がモーメントを受けないという最悪な状態を仮定して得られた結果が、車軸材料の降伏点のみならず、 引張強度までも大きく越えているのは設計として問題があろう。
4降伏点: 材料に軽い負荷をかけた後、負荷を除くと元の形状に戻る。 かける負荷が降伏点を越えると、負荷を除いても元の形状に戻らないほど変形してしまう。この変形を塑性変形という。

6. 金属疲労の問題
 事故後、大阪府警は折れた車軸の写真を公開した。図18に折れた部分、図19に破断面を示す。


図18  折れた車軸


図19 破断面


 報道によると、破面には貝殻模様、ビーチマークと呼ばれる金属疲労特有の縞模様があるということだが、図19の写真ではこの貝殻模様がわからない。 報道による専門家見解では、貝殻模様は車軸上部から深さ20ミリにまで達し、残っていた部分は車軸断面全体の4分の1程度だったという。 貝殻模様は見られないものの、図19から金属疲労による割れはM32ねじの谷から発生したこと、最後に破断したときは疲労の進行ではなく、 引きちぎれたことが破断面下部の変形でわかる。
 図2をもう一度見直すと、車軸が折れたのは上っていた車両が下向きに方向転換したあたりである。すなわち慣性により、 上り続けようとしていた車両をレールが無理やり下に引き戻す力が加わった。図20には疲労による割れを大げさに書いてあるが、 問題の車軸首部ではこの割れをこじて広げようとするモーメントが働いて一気に破断したのであろう。これが、 車体が沈もうとする逆のモーメントであれば割れ部分が圧縮を受け持って破断はしない。

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図20 車軸が折れたときに作用した力


 エキスポランドではこの風神雷神IIの開設以来、15年間車軸を交換したことがなかったという。 また、建築基準法で定められた日本工業規格の探傷試験に見合う検査は行っておらず、 単に目視だけで特定行政庁(この場合は吹田市)に“指摘なし又は良好”と報告をしていた。
 建築基準法の該当箇所を見ると、ジェットコースターは第八十八条第一項にある“工作物”とみなされ、 同法が準用されるのだろう。第三十七条にはこうある。
(建築材料の品質)
第三十七条  建築物の基礎、主要構造部その他安全上、防火上又は衛生上重要である政令で定める部分に使用する木材、鋼材、コンクリートその他の建築材料として国土交 通大臣が定めるもの(以下この条において「指定建築材料」という。)は、次の各号の一に該当するものでなければならない。
一  その品質が、指定建築材料ごとに国土交通大臣の指定する日本工業規格又は日本農林規格に適合するもの
二  前号に掲げるもののほか、指定建築材料ごとに国土交通大臣が定める安全上、防火上又は衛生上必要な品質に関する技術的基準に適合するものであることについて国土交通大臣の認定を受けたもの

 そして、該当する日本工業規格は以下の通りである。
(建築材料の品質)
JIS A 1701 遊戯施設の検査標準
4.4 探傷試験には,磁粉探傷機,超音波探傷機又は探傷試験用浸透液を用いる。
5.6.3 車輪装置など 車輪装置などは,次による。
c) 車輪軸は,き裂及び甚だしい摩耗がないこととする。
d) 車輪軸は,一年に一回以上の探傷試験を行うこととする。


 設計者目安として、回転曲げによる繰返し応力が作用する場合、最大応力は、引張強度の0.35-0.64倍が限界である。 軸材料が、引張強度が 75 kgf/mm2 のニッケル・クロム鋼だったとすると 25-48 kgf/mm2 が限界だった。 表1、2、3を見ると胴部の支えがなくなったら如何に簡単に壊れてしまう設計だったかがわかる。
 ちなみに交互に走行していたもう一方の雷神の同じ箇所を調べると、目視で亀裂が発見されたという。

【対処】
 左側車輪ブロックが脱落して大きく傾いた2両目左側前列の女性は、保守作業員用通路にあった手すりに、 頭部を強打し即死状態だった。当時の報道写真から、背中を支えるサポートが曲がり、 左肩に回したパッドが後ろにねじ曲げられているほど大きな衝撃だったことがわかる。同じ2台目後列にいた女性もやはり頭部を打って重症、 その他乗り合わせていた18人も軽症を負うなどして病院で手当てを受けた。また事故を目撃した人のうち15名は気分が悪くなり、 病院で手当てを受けた。
 事故発生後、コースで立ち往生している列車から乗客が解放されるまで時間がかかり、その間に報道機関によってショッキングな映像が放映された。 エキスポランドは即時休園となり、大阪府警は業務上過失致死傷の疑いで吹田署に捜査本部を設置した。
 国土交通省は事故翌日、各都道府県を通じて特定行政庁に対し、コースターに関する緊急点検の実施を依頼し、 点検結果を国土交通省に報告するよう要請するとともに、所有者等に対する事故防止対策の徹底を要請した。

【対策】
 国土交通省の緊急点検依頼より、2007年7月27日の時点で、コースターやその他これに類する高架の遊戯施設(軌条を走行するもので勾配が5度以上)は全国に307基あり、 結果が報告された293基のうち15基に問題があり、うち12基で是正がされたとある。残り14基は点検中だった。
 ところが、同年10月に総務省から調査対象および緊急点検の内容が不十分な施設があったと指摘がされた。 その中で、総務省は国土交通省に対し、遊戯施設の安全確保対策として、
  • 遊戯施設の確認審査等のあり方の検討
  • 定期検査方法等の明確化及び定期報告内容の充実
  • 維持保全及び運行管理の的確な実施
  • 事故情報の活用
を示した。国土交通省は再度緊急点検のフォローアップを発動した。そして、この緊急点検の結果、 車輪軸の探傷試験を1年以上実施していないコースターが約4割もあったことが判明した。

【後日談】
 2009年9月28日、エキスポランド役員等3名、およびエキスポランド社は大阪地裁で有罪判決を受けた。
 エキスポランドはその後、全施設の点検をし直し、風神雷神IIの廃止、撤去を決め、 遺族の理解を得た上で翌2008年8月に営業を再開するも、同年10月に倒産、2009年2月に破産した。

【考察】
 2011年、アメリカ機械工学会国際会議、IDETC/CIEの2日目、 カーネギーメロン大学のJohn Wesnerが座長を務めたエンタテーメントエンジニアリングのパネルでは、 シルクドソレイユの人気ショー、“カー”の設計を担当したMcLaren Engineering Groupの発表があった。 同ショーは、時間的にではなく空間的に分割された計7つのステージで構成され、そのメインステージはサンドクリフ、 砂の崖と呼ばれ、7.5 x 15メートルの四角い面を360度回転させる上に110°まで傾ける。 メインステージの最高点は高さ20メートルにも達する。観客から見ると文字通り、崖の上でパフォーマーによる戦闘シーンが繰り広げられる。
 メインステージは150トン、満席のボーイング747ジャンボとほぼ変わらない重量だ。 ディズニーランドのアトラクション設計を行う会社も参加しており、安全率はいくつで計算するかと尋ねたところ、 2人とも迷わず10と応えた。その他に、安全設計のための社外秘の計算方法がいくつもあり、入念なレビューを行った後、 設計が承認されるとのことだった。
 一方、事故を起こしたエキスポランドのジェットコースターでは、車軸胴部の締まりばめがへたるのが設計者の想定外だったのだろうが、 この乗り物は基本設計に疑問があろう。また単純な近似計算ではあるものの、表1、2、3は当然考えなければならない胴部の応力も計算している。 金属疲労を避けるためには、繰り返し応力は引っ張り強度の半分程度に抑えなければならないのだが、安全率10は達成していなかったことがわかる。
 この事故の背景にあるに日本の真似文化の病巣は深い。 形をなぞることに長け、そのことに没頭するため、その形がなぜそうなっているのかを考えようとしない。 保守も、要求されている行政に提出する書類の形を整えることに気を取られるあまり、お客様の命を守るための検査であることを忘れてしまった結果、 このような悲しい事故が起こってしまった。

【知識化】
  • 繰り返し運動を行う機械では、金属疲労は必ず考慮しなければいけない。
  • 機械の保守を行うことが要求されている場合、現場作業員は元より、経営者もなぜその保守・点検が必要なのかを理解する必要がある。
  • 設計者がその仕事を何らかの理由で辞めた場合、その設計者が残した機械を運転し続けるかどうか十分に検討しなければならない。
  • 十分な保守作業を行えるだけの収入が得られないなら、その事業は止めるべきである。
  • 遊興のために開発された乗り物は、スピード、力、高度が増せばそれだけ事故時の条件も厳しく、死亡に繋がることがある。 100パーセントの安全はない。利用者もその危険を理解した上で、利用するよう心がけたい。

【参考文献】
  1. エキスポランド、ジェットコースター事故、畑村創造工学研究所、失敗知識データベース、
  2. asahi.comコースター脱輪、女性死亡19人けが 大阪・万博公園、2007年05月05日22時19分
  3. 国住指第865号、『遊戯施設における事故対策について』、2007年5月6日、国土交通省(PDF)
  4. 『ジェットコースター「風神雷神Ⅱ」の死亡事故について』、2007年5月6日、国土交通省報道発表資料
  5. 『ジェットコースター「風神雷神Ⅱ」の死亡事故について』、2007年5月10日、国土交通省、社会資本整備審議会建築分科会、第7回建築物事故・災害対策部会、資料5(PDF)
  6. 実用・材料力学、沢俊行、2007年、日経BP社
  7. エキスポランドコースター事故原因を推測する(その1-その6)、SUBAL⇐から順に辿る
  8. ジェットコースター車軸の検査方法について、CIW検査事業者協議会 技術委員会(PDF)
  9. NSK転がり軸受け 総合カタログ(CAT. No. 1102n)
  10. ジェットコースター徹底比較
  11. 遊園地ドットコム
  12. CAE技術者のための情報サイト、7. S-N曲線|材料強度学
  13. 設計ハンドブック、公式集-断面性能(面積・断面係数・断面二次モーメント・断面二次半径)
  14. 「砥石」と「研削・研磨」の総合情報サイト、ニッケルクロム鋼鋼材(SNC材)の用途、機械的性質、成分の一覧 
  15. コースター事故1ヵ月、軸穴内側にすきま?、毎日新聞、2007年6月5日
  16. 建築基準法
  17. 遊戯施設における事故対策について、国住指第865号、2007年5月6日、国土交通省(PDF)
  18. コースター等に関する緊急点検の結果について、国土交通省、2007年5月23日
  19. 遊戯施設に関する緊急点検の結果等について、国土交通省、2007年7月31日
  20. 遊戯施設の安全確保対策に関する緊急実態調査結果に基づく勧告、2007年10月、総務省
  21. 遊戯施設の安全確保対策に関する勧告を踏まえた緊急点検結果のフォローアップの的確な実施について、国土交通省、2007年10月18日、
  22. 昇降機、遊戯施設等の安全確保についてとりまとめ、国土交通省、2008年2月
  23. 2011年、ASME IDETC/CIE Conference Program
  24. Extrememe Engineering at KÀ

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