特定非営利活動法人失敗学会 |
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金沢シーサイドライン逆走事故
サイドローズエルピー・ゼネラルパートナー
飯野 謙次
【シナリオ】
【概要】 2019年6月1日(土)、金沢シーサイドライン、下り方面始発駅の新杉田駅で、定刻20時15分に出発しようと5両編成の列車が、反対方向に進行し、速度約25km/h で車止めに衝突した。その衝撃で25名いた乗客のうち、重傷12名を含む17名が負傷した。 逆走の直接原因は、モータ制御装置に下りの進行方向を伝える信号線が、1つ前の下り走行で断線したため、折り返し点の新杉田駅で、下り走行への切り替えがモータ制御装置に伝わらなかったためである。また、上位の自動列車運転システムにはこの断線が伝わらないで下り走行が設定され、自動列車制御システムにも下り走行が伝わった。モータ制御装置は切り替え信号を受けるまで、前の進行方向を維持するようになっていたので、モータ制御は上り、自動列車運転システムと自動列車制御システムは下り運転が設定されたままであった。このため列車が逆に走り出し、上り先頭車両の連結部が線路終点にある車止めに衝突するまで、24.5mを通常に加速走行をした。 信号線の断線は、比較的弱い被覆と鋭い角が残されたステンレス鋼部品のこすれが目視しにくい場所で発生した。また、停止位置の微調整のために進行方向の見極めを、駆動信号の発出点ではなく、上位の制御装置の信号に頼ったのが安全システムの不作動を招いた。設計者が個々の部品の不具合を仮定して何が起こるかを分析する損傷モード影響解析を行っていれば、起こらなかった事故である。 【発生日時】 2019年6月1日(土)、20時15分。 【発生場所】 神奈川県横浜市磯子区新杉田町、金沢シーサイドライン新杉田駅。 図1 三浦半島北東部の金沢シーサイドライン 【背景情報】 金沢シーサイドラインは株式会社横浜シーサイドラインが運行する、自動案内軌条式旅客輸送システム(AGT: Automated Guideway Transit)、つまり乗員不在で乗客だけを乗せて運航する自動運転システムである。軌条は複線、三浦半島の北東部を南北に北の新杉田駅から南の金沢八景をつないで全長 10.8km あり、両端を含めて14駅がある。司令所、車両基地は途中の並木中央駅にある。開業は1989年7月。 列車は 5両編成で、事故を起こした列車は当日、車両基地を出て並木中央駅朝4:52発、新杉田駅行き上り始発列車としての運航後、新杉田、金沢八景間を15往復したのち、最後に新杉田駅 20:15発下り、並木中央駅行きの運行後、車両基地に戻る予定であった。座席は、進行方向もしくは逆方向を向いたペア席と1人掛け席、進行方向に横向きの2人掛けから7人掛けのベンチ席が各車両に混じって存在している。下り時先頭となる1号車の最前席は、左右に一人掛けがあり、運よくそこに座れた乗客は、運転手気分を味わえる。上り時先頭となる5号車最前席も同じ趣向を凝らしている。 列車の電気方式は直流750V、5両の全車両に主電動機があるが、主制御器のインバーターは、奇数車両の1、3、5号車、偶数車両の2、4号車には補助電源装置が搭載され、制御用の直流100Vなどを出力している。車体はステンレス鋼製だが、タイヤはゴム製である。各車両はおおよそ直方体であり、上面を屋根、底面を台枠、長手方向の側面を側構え、進行方向、隣の車両、最後部に面した面を妻構えという(図2)。台枠には、インバーター、モータ制御装置、ブレーキなど、所狭しと制御用機器が取り付いている。1車両は長さおよそ8m、幅およそ2.5m、編成全体でおよそ42m、総重量およそ53tonである。 図2 金沢シーサイドライン先頭車両 列車は新杉田駅で折り返すため、行き止まりになっており、停止位置からはおよそ24.5m の過走余裕区間があって、最後には車止めがある。車止めにはストローク1mの油圧式緩衝装置があり、最大10km/hで衝突しても、車両のブレーキ力と合わせて列車を停止させることができる。 金沢シーサイドラインの時刻表を見ると、各列車は55分程度で新杉田・金沢八景を往復しているようであり、朝の時間帯には、下り路線、上り路線に15か16列車ずつが運行していると思われる。上下合わせると、朝の忙しい時は、およそ30列車の運行を監視する必要がある。 並木中央駅の司令区には、列車集中制御中央装置があり、各駅の転轍機、信号を自動で遠隔制御する。司令員による監視は、各駅のホームを映し出す監視モニター、各列車の位置と編成番号を表示する運行表示画面、電力、防災、車両基地、液設備の故障を監視する監視盤を通して、1名が電力等の設備監視、2名が全列車、全駅の状態を監視している。折り返し駅の新杉田、金沢八景、司令所・車両基地の並木中央意外の11駅は無人であるので、カメラを介した可動式ホームドアの監視は重要である。参考文献1には、ホームドアを司令区から遠隔操作するとあるが、2名で30列車の停車、発車準備に伴うホームドア操作は無理だろう。開業以来同時だったホームドアと車両ドアの閉じるタイミングを、2012年には、ホームドア閉後に、車両ドアが閉まるようになったとあるので、ホームドア操作は自動と思われる。司令員は、人やカバンなどが挟まっていないか目を凝らし、必要ならオーバーライドをする必要がある。また司令員は安全のため、全編成もしくは列車を個別に非常停止することができる。 このように忙しい司令員を補助するために、金沢シーサイドラインには、各種自動制御装置が活躍している、ATO: Automatic Train Operation (自動列車運転)、ATC: Automatic Train Control (自動列車制御)、TD: Train Detection (列車検知)である。以下にそれぞれの機能を記述する。
ATO: 司令区にATO地上装置、各駅に駅ATO地上装置、各列車2号車に駅ATO車上装置とATO車上装置が設置されている。
図3にこれら装置と、次節事象のところで事故の経緯説明に必要な制御信号線、194E, 194G, 195E, 195G, F, R を示す。ATO地上装置は、駅出発制御、定時運転制御、定位置停止制御を行う。 駅ATO地上装置は、司令区と全線列車間の情報授受、司令区と駅設備機器の情報授受を行う。 駅ATO車上装置は、許容速度、地上からの自動運転のための情報を受け、車上の制御回路や装置に情報を送り、状態、故障等の情報を地上に送る。 ATO車上装置は許容速度、駅での制御指令、地上からの制御情報に基づき、列車を自動的に駅間走行させ、駅の定位置に停止制御する制御信号をモータ制御装置に送る。 ATC: ATCは、有人運行を行う路線でも使用されている制御装置である。ATC地上装置は各閉塞区間で許容速度に応じた信号を、各列車のやはり2号車に設置されたATC車上装置に送る。ATC車上装置は、列車先頭車両のアンテナで制限速度を検知し、これをモーターの速度信号と比較して、走行が速すぎると自動的に制限、もしくは停止動作を行う。 TD: TDは、列車位置を検出する。先頭車両のアンテナからチェックイン信号が出力され、地上の閉塞区間に進入するとそこの地上ループコイルがこのチェックイン信号を受信する。チェックアウト信号は、後尾車両のアンテナから出力され、前方隣接閉塞区間の地上ループコイルがこれを受けてチェックアウトが成立する。 図3 金沢シーサイドライン列車制御系統 (図をクリックすると拡大図がポップアップします)
ここで列車進行方向について、説明しておこう。ほとんどの路線では、東京から離れる向きを「下り」とし、逆に東京に向かう向きを「上りと」する。地方路線では、その路線がカバーする地域のより大きな都市を中心として上り、下りを設定する。この時、下りを前進とみなすので、先頭車両が1号車になる。山手線や大阪環状線では、終点駅がないので、内回り、外回りと区別する。日本では、電車は大体左側通行なので、外回りが時計回りになる。金沢シーサイドラインの、F線、R線は、下りを前進とみなして、Forward の "F"、上りを Reverse の "R" としているのだろう。194線と195線の "G" と "E" は不明だが、推測すれば、Go と Enable ではないだろうか。 【事象】 以下にこの事故が発生した経緯を時間を追って記述する。なお、この列車を以下、本列車と呼ぶ。 【原因】 本事故の直接原因は、モータ制御器に下り運転の制御信号を送るF線が切れたことだが、その他にも設定されていた制御ロジックにも問題があり、防ぎえた事故であった。まずはF線の切断から細かく見る。 F線切断の原因 F線は上述の通り、直流100Vの加圧状態がオン、0Vがオフである。私たちが日常使用する制御信号に比べると、直流100Vはずいぶん高圧の印象があるが、ハイパワーのモーターなどを制御する電車の世界では当然のようだ。 後で断線箇所が発見されたが、それは1号車の、2号車に向き合う妻構え内側にある、乗客からは見えない端子台から出て、他の電線と結束バンドで束ねられて、直径およそ5cmの電線の束となっていたのが、そのまま床を突き抜ける配線穴向かっていた。この電線束が螺旋のような軌跡を描いて、妻土台に触れていた。妻土台は、妻構えを構成する垂直の妻柱を支えるために、妻構えの下部に固定されている。参考文献中の諸量より、おそらく50mm x 50mm のL字型をしており、肉厚は1.5mm程度であった。 図8 F線が束ねられた電線束が床の貫通穴に向かいながら 妻土台の上で螺旋のカーブを描く様子 事故調査によると、他の電線でも妻土台の角に付けられた傷が見られた。おそらく、被覆が繰り返しこすれたF線は、十分薄くなったところで、直流100Vの電圧が、妻土台との間でスパークを起こし、溶融したものと思われる。事故調査の写真を見ると、F線の下流側(配線の貫通穴側)は、きれいに妻土台に溶着しているのがわかる。よって断線部から下流にあったモータ制御器には、F線が加圧しても、常に0Vの状態であった。断線した反対側の上流側(床上端子台側)は、切れて垂れ下がっていた 逆走の原因 F線は100Vに加圧されたが、断線していたため、それがモータ制御装置に伝わらなかった。一方のモータ制御器は、上り終点の新杉田駅に到着しても、F線オン、の信号を受けなかったため、メモリは上り走行を維持したままだった。モータ制御装置メーカーによると、このメモリ機能は、回生ブレーキ走行時に車輪の回転を認識するためなどに必要であり、F線もしくはR線は、正しく方向を指定する前提で、力行指令を受けるものと考えている。このメモリ機能が皮肉にも、この事故列車が事故を起こす1つ前の下り走行で、F線が断線していたのに、産業振興センターから野島公園で停止後正しい方向に走りだした原因である。 一方、地上駅ATOは、進行方向を車上駅ATOからの情報により判断しており、その車上駅ATOは、自らが発した194Eの加圧が1号先頭リレーを介して先頭運転台に伝わり、さらに194G加圧として、車上駅ATOに戻され、下り方向が設定されたものとして地上駅ATOに伝えた。当初車上駅ATOは、F線R線の信号を、設定された進行方向を示すものとして、地上駅ATOに伝えていた。しかし、2008年から2010年に行われた設計会議で、停止線を行き過ぎたときに逆走して戻らなければならず、その時に地上駅ATOの指示する進行方向と、車上駅ATOが認識する進行方向が逆になっていてはエラーが出るため、F線R線の信号ではなく、194G、195Gの加圧状態を車上駅ATOの進行方向判断に使用することが関係者の間で合意されたという。 そして、194G線は、下り方向設定の信号を車上ATO、さらに車上ATCにも伝えた。このため、車上ATCが過走防護信号区間のループコイルから正しく信号を受けなかったことは、経過の項に書いた。このATCには、逆走検知機能も備えていたが、進行方向の判断に、F線、R線の信号を使用するため、どちらも無加圧だったことからこの機能は働かなかった。通常は、速度発電機の誌操作信号を検出して方向と速度を検出し、方向が進行方向を伝えるF線かR線と違っていて、かつ速度が3-20km/h の状態が1秒以上継続すると、非常ブレーキをかける。 【考察】 製造の問題 上述のように、直接原因は被覆の弱い軽量化電線を使った制御信号線が、切りっぱなしのステンレス鋼部材にこすれて短絡した。鋭い角がむき出しで残っていたのは、大量生産の残念なところで、例えば大学の研究室で実験用にこのような部材を切り出したら、人や自分が触った時に指を切らないように必ずヤスリで角を丸めるものである。 もう一つは、この電線の束を固定しないでぶらぶらさせていたことである。電線やプラスチック配管など、ブラブラさせることは事故の原因であることはよく言われる。束ねて直径5cmもあったから、この電線の束が十分に強いものだと錯覚したのかもしれない。個々の電線は弱いものである。53tonもあった列車の構成部品は、振動や連結部分で過酷な不可にさらされることを意識しなければならない。 電線が妻土台との間でスパークを発生させた時、たまたま下流側が妻土台に溶着したわけだが、これが逆に上流側が溶着していたらどうなっていただろうか。直流100Vが妻土台を通して車体に加圧されたはずだ。ゴムタイヤの車体が積極的にアースを取っていたかどうかはわからなかったが、もし取っていたとしたら、大電流が流れて、ブレーカが落ちるなど、即座に不具合が検知できたはずだ。事故調査報告書によると、事故後、1号車と5号車にある15Aの配線遮断機は「入」になっていたとあるので、積極的なアースはなかったようだ。アースを取っていなく、上流側が溶着していたら、車体は100Vに帯電し、手すりなどの金属部分に触れた乗客は感電したか、帯電して髪の毛が逆立ったかもしれない。ただし大電流は瞬時のことで、配線遮断機が切れるだけの時間は流れなかった可能性もある。 制御の問題 車上駅ATOが、進行方向指示線 194Gの加圧を検知して進行方向が下りに設定されたと地上駅ATOに伝えたことが事故調査報告書でも指摘されている。しかし、この背景には、停止位置を行き過ぎたときに逆走して微調整しなければならないというのがあった。F線R線の信号を進行方向報告に使用するようになれば、この微調整の逆走時にエラーが出ないよう、アルゴリズムも変えなければならない。 事故調査報告書の分析では、モータ制御器のメモリ機能が危険の潜在的因子であるとし、先頭継電器盤(本記事では先頭運転台)が進行方向を覚えているので、モータ制御器にメモリ機能はなくてもよいとしている。しかし、この事故では先頭運転台が下り進行方向をモータ制御器に伝えるF線が切れていたのだから、支障が出ていたはずである。ただし、事故調査報告書も再発防止策のところではこのメモリ機能を外すようには提言していない。 そこで、もしモータ制御器にメモリ機能がなかったら何が起こったか考えてみよう。F線の断線は、幸浦 - 産業振興センター 間で起こった。産業振興センターで停車した列車は、出発しようと力行指令がでても、F線もR線も無加圧、メモリもないからそこで立ち往生していたはずである。安全のためには、F線断線という異常状態に陥った時に、なるべく早く停車、という意味ではこれが正しいのかもしれない。しかし、産業振興センターは無人駅である。一番近い有人駅は、2駅上ったところの並木中央であるが、そこから駅員がやってきて対処しなければならない。実際には、メモリ機能があったので、 産業振興センターを正しく下り方向に向けて出発、その後の6駅でも停車後に下り方向に出発、終点折り返し駅の金沢八景に無事到着した。この時、この下り列車に乗車していた乗客と、折り返し上りの新杉田行に乗っていた乗客は時間通りの運行が幸いした。しかし、次の下り発車時の逆走で重傷者を含む17名もの負傷者が出たのだから、やはり不具合が発見されたらなるべく早く運行を停止すべきだろう。 今回の事故でわかったのは、進行方向指示線の断線で、モータ制御器のメモリ機能が間違う可能性があるのは、折り返しの2駅、新杉田と金沢八景である。ただし、回路素子の不具合や、短絡などで、途中の駅でも逆方向の進行方向指示線が間違って加圧される可能性も、別の事故として考える必要はある。だから、少なくとも折り返しの2駅では、F線とR線の状態を確認して、両方とも無加圧、あるいは両方とも加圧の状態であれば、不具合発生で列車を停車させ、問題が解決するまでは発車しないようにする必要がある。 厳格に、車両に何らかの不具合が発生したらその場で止めるのであれば、産業振興センターのような途中駅でもF線とR線の状態を確認するのがよい。実際、次節のように運用会社の処置もそのようにしたし、さらにATCが両線無負荷を検知したら、非常ブレーキをかけることにした。 設計・運用の問題 事故調査報告書は、運営会社の処置も説明している。それによると、 以上で気になるのは、損傷モード影響解析ではなく、ハザード分析で済ませていることである。この2つはやり方が違っていて、ハザード分析は工程ベースで、起こり得ることを、分析者が知恵を絞って炙り出し、必要なら対策をするものである。一方の損傷モード影響解析は、1つ1つの部品を対象に、それが壊れたら、何が起こるかを考える解析法である。こちらは、分析者が気づいていない故障の仕方を発見できるのが強みだ。事故調査報告書の結論、再発防止策には、Fault Tree Analysis (FTA)とともに、Failure Modes and Effects Analysis (FMEA) として提言されているのに、運用会社も車両メーカーも対処として行っていないのは残念である。ただし、国土交通省の措置として、安全性の検証としてそれを行うよう指導したとある。 【知識】 【参考文献】
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