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2022.1.11

「失敗学から考える大阪キタ新地雑居ビル火災」

特定非営利活動法人 失敗学会
大阪分科会 三田 薫
(元守口市門真市消防組合消防本部予防課長)


 大阪・キタ新地のビル火災の臨時ニュースが流れたのは、昨年12月17日(金)のお昼でした。階段が1か所しかない複合用途(16項イ)のビルの4階のクリニックでガソリンが撒かれ火災が発生し、死者25人(12月27日19時現在、消防庁最終報)の惨事となりました。「また繰り返したな!」と思わずにはいられませんでした。
 ビル火災でまず例に上がるのは、1972年(昭和47年)に大阪市で戦後最大の死者118人をだした千日デパートビル火災であり、翌1973年に熊本市で死者100人をだした大洋デパートビル火災です。
 大洋デパート火災は営業中の百貨店での火災で、翌1974年の消防法の大改正を促しました。特定用途防火対象物における消防設備の技術上の基準が遡及適用するという考え方が消防法の中に取り入れられたのです。これにより、消防の予防行政は大きな変革点を迎え、特定用途防火対象物への指導が強化されました。
 そして2001年(平成13年)には新宿歌舞伎町の地上5階地下2階建て、建築面積83平方メートル、延べ面積516平方メートルの小規模雑居ビルで火災が発生し、死者は44人に上りました。この結果を受けて3階以上の部分に特定用途を有する、いわゆる「特定一階段等防火対象物」の概念が消防法の中に組み込まれ、消防設備が強化され、自動火災報知設備は面積に関係なく義務設置となりました。
 さらにはそれから7年後の2008年(平成20年)には、大阪・難波の檜ビル1階の個室ビデオ店で深夜に火災が発生し、(火災発生後2週間後に亡くなった方を含む)16人もの死者が出ました。
 新宿歌舞伎町ビル火災、個室ビデオ店火災は、どちらも放火が出火原因とされています。
 新宿歌舞伎町の火災は、階段部分に存置されていた多数の物品や可燃物が延焼媒体となると同時に、階段が1か所しかないために上階から避難が出来ずに多数の人々が亡くなった火災でした。個室ビデオ店火災は、多くの個室が密集したエリアに放火され、煙により短時間で避難経路が断たれ、個室にいた多くの利用者が逃げ遅れにより死傷した火災です。どちらの火災とも、階数にかかわらず避難経路が1か所しかありませんでした。
 また、2019年(令和元年)には、京都市のアニメーションスタジオでガソリンを用いた放火による火災が発生し、36人もの人命が奪われる結果となりました。この放火事件以降、危険物の規制に関する規則が改正され、ガソリンの小分け販売に関してガソリンスタンド側に購入者の本人確認や購入目的の確認、さらに販売記録の作成と保存が義務図けられました。消防法令の中にガソリンによる放火犯罪の防止のための対策が挿入されました。

ガソリンによる放火を防止する知恵は・・・・
 そして、それから2年後の今回、大阪・キタ新地の一角で、またもやガソリンを用いた放火による火災が発生することになりました。25人が一酸化炭素中毒で亡くなり、その他に1人の重傷者もでています。
 4階のクリニックからの避難をかろうじて成功させたのは、防火戸近くにいた2人のみでした。軽傷者は6階のエステ店に勤務する女性で、開店準備のために彼女のみが店にいたようで、猛煙の中、はしご車で救出されました。
 61歳の自殺志願の放火犯は、ガソリン購入に際しガソリンスタンド店で自分自身の運転免許証を提示し、オートバイ用として虚偽の申告をして購入していました。消防法の抜け穴を狙った方法でガソリンを購入しています。ガソリンスタンドでの販売記録は放火犯罪抑制には役立たず、多数の巻き添えを狙った放火を遂行させてしまったわけですから、残念でなりません。ガソリンによる放火を防止する知恵はないものか、大いに苦悩するところです。

階段がなぜ1か所しかなかったのか・・・・

 さて、元消防官として上述の火災事故を振り返りつつ、本稿では、今回の火災でなぜ4階のクリニックの関係者だけが大きな被害を受けたのか、失敗学の立場から建築と消防の分野に限定して考えてみます。
 まず、直通階段がなぜ1か所しかなかったのか。建築基準法では6階建て以上の建築物には2か所の階段が必要となっています。しかしこれは1974年の改正によるもので、今回の火災が発生した堂島北ビルは1970年の建築であったため、既存不適格として適用されていなかったのです。
 今回の事件とは直接に関係のない余談ですが、建築基準法では階段に係るもう一つの決まりがあります。階の居室の床面積が100平方メートルまでなら避難階段は1か所でよいというものです。そしてこれには倍読みという規定があり、耐火構造、準耐火構造や不燃構造で作られた建築物には倍読み規定が適用され、階の居室の面積が200平方メートル未満であれば階段が1か所でよいというものです。4階や5階に特定用途のある対象物に対して、この倍読み規定は必要でしょうか。予防行政に従事した者として疑問を感じるところです。
 いずれにしても、堂島北ビル4階の床面積は93平方メートルとあり、倍読みを適用することなく、階段は1か所で適合となっていました。

ビルの東側に開口部が全くない
なぜ避難器具を設置しなかったのか

 もう一つは、クリニックの診察室側、すなわち堂島北ビルの東側に開口部がまったくないことです。この状況は、上述の難波個室ビデオ火災を思い出さずにはいられません。二方向避難路確保の重要性が論じられていましたが、残念ながら堂島北ビルでは確保されていませんでした。
 疑問点は、ここになぜバルコニーを付置しなかったのか、加えてバルコニーの部分に適法な避難器具を設置しなかったのか。1970(昭和45)年の建築当時の状況を知ることはできませんが、新聞紙上の4階の見取り図を見ていると、大いに疑問が湧いてきます。
 疑問について考えるヒントとして、1972(昭和47)年12月の消防法施行令の改正があります。この改正で、3階以上の階でその階の収容人員が10人以上の場合に避難器具の義務設置の規定が導入されました。
 建設当初に、避難器具は不要であったと考えられ、少なくとも2015(平成27)年9月のクリニックの開院時には収容人員が10人以上となり、避難器具の設置が必要となったものと考えられます。
 また、この階の収容人員の判定は、消防法施行規則に則り、診療所の場合は医師やその他の従業者数+(待合室の面積を3平方メートルで割った数)となります。収容人員が10人以上の場合、避難器具の種類としてクリニックが4階にあるので、緩降機や救助袋あるいはバルコニーでのハッチ式の避難はしごなどが設置可能となります。
 筆者は、4階のクリニック部分の収容人員が10人以上となり避難器具が義務設置となると考えますが、2021.12.末、現在のところ、大阪市消防局サイドからこれについての情報の発出はありません。
 なぜ、避難器具を設置しなかったのか。あるいは、避難器具が存在していたものの、ビルの改装時に邪魔になって廃棄したなどの状況が考えられます。いま一度調べる必要がありそうです。


 堂島北ビルのクリニック以前の4階のテナントの入居状況は不明ですが、現状では4階に特定用途としての診療所があることから、特定一階段等防火対象物に該当し、自動火災報知設備が全館義務設置となります。

失敗は・・・・
 失敗(事故)は繰り返すといいます。
 また失敗は隠れたがります。私たちはそもそも大きな失敗を考えたくありません。そのため、自分の見たくないものは見えなくなるのです。
 ただ、今回の火災では、二方向避難の重要性を改めて理解して頂けると思います。もし、4階の診察室に屋外に脱出可能なベランダと防火設備(防火戸)などがあれば早い脱出が成功し、多数の人命を失うことはなかったと思います。
 建築物や工作物の設計者も施主も、過去の火災等の失敗事例を振り返り、自分に与えられた教訓として読み取り、災害が発生した場合の被害、損失のことを想定して設計することが肝要です。
 その際、機能安全のみにこだわると、何らかの状況変化によりその機能が正常に作動しなくなった場合に大きな被害を発生させてしまいます。そうしないためには、機能の維持管理が必要になり、そのためのコストがかかります。
 一方、本質安全とは、何らかの安全機能に頼ることなく構造的な安全、すなわち本質的な安全を確保することであり、維持管理のコストを考慮すれば、安上がりになる場合もあると思います。
 建築物の「機能安全」から「本質安全」へと、考え方を変えるべき時が来たのかもしれません。

★特定非営利活動法人失敗学会の活動等につきましては、失敗学会のホームページをご参照願います。http://www.shippai.org/shippai/html/


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