失敗事例

事例名称 嵐の中フレア号が脆性破壊で2つに割れ沈没
代表図
事例発生日付 1998年01月16日
事例発生地 大西洋上サン・ピエール島から南西約72kmの地点
事例発生場所 オランダ、ロッテルダムからケベックのモントリオールへの航路上
事例概要 1972年に製造されたフレア号は1998年の大西洋航海中に、ニューファウンドランド沖で嵐の中、脆性破壊による船体の欠陥から船体が2つに割れ、船体の後部は30分後に沈没。前部は4日間漂流し、沈没。船体の鋼板は溶接加工がされており、この出港中に溶接機具を使用して修理をする予定であったが、完了する前に嵐に遭った。
事象 1972年に日本で製造され、船籍港はキプロスであるフレア号は、オランダ、ロッテルダムを出発しモントリオールに向かう途中、1998年1月16日、ニューファウンドランド沖で嵐の中、脆性破壊による船体の欠陥から船体が2つに割れ、船体の後部は30分後に沈没。前部は4日間漂流し、沈没。生存者4名は6時間海中で救命ボートにつかまっり、救出された。
経過 フレア号は穀物を運搬し、オランダ、ロッテルダムからモントリオールへ向かっていた。ニューファウンドランド沖を航海中、協定世界時午前4時ごろ、乗組員は大きなドンという音を聞いた。それに続き船体が縦方向にくねった。その4時間後に再度大きな音がなり、大きな振動があった。乗務員がデッキに出ると、船体が2つに割れていた。船尾が右舷に30~35度傾いたため、右舷の救命ボートが使用できず、左舷の救命ボートは嵐の際にロープを増やしており、また傾いたデッキ上では雪や氷が残り、闇の中であったため、救命ボートを船体から放すのが非常に困難であった。30分後に2つに割れた船体の後部が沈んだ。その際、救命ボートが浮上したので、6名が泳いでたどりついたが、その後救命ボートが転倒し、水中で6名がしがみついていたが、3時間後に2名は力つきてしまった。その3時間後に4名が救助された。船体の前部は4日間海上を流された後、沈没した。
原因 この航海の出発時に溶接器具を船に積み込み、航海中に修理をする予定であったが、完了していないまま、低温の嵐の中を数日間航海し、軽バラスト状態で、前方が低喫水であった。これらの要素が船体へのストレスを増加した。メインデッキの鋼板に脆性破壊が生じ、縦の構造状態が保てず、船体に障害が起こった。
対処 同年代の同種の貨物船にも同様の欠陥があるかもしれないと警告がだされた。
対策 3万トン以上で製造後15年以上の貨物船に対する構造安全性のキャンペーンが行われた。保温性のある救命衣などを義務づけた。適切なバラストや喫水が非常に重要であることを呼びかけた。
知識化 問題があるにもかかわらず、問題を解決せずに経済的理由などで計画を遂行すると、問題がより大きくなり、取り返しのつかない結果を引き起こすことがある。
背景 1997年11月に行われた検査で、ウェブや隔壁などの腐食が発見されている。1998年2月までに修理および部品の交換を指示されていた。出港前に溶接機具を積み込んで、航海中に修理を試みたが悪天候などのため、完了しなかった。
よもやま話 この船長は、これが船長として初の航海であった。4カ国からの乗組員が乗船しており、英語が共通語として使用されていたが、うまく通じないこともあった。また、1990年から1997年の間に106台の大型貨物船が沈没し、637名が死亡しているが、その内30件の事故は鋼板の問題によるもので、1940年代にリバティー号の脆性破壊が問題になり、対策がとられてきたにも関わらず、同様の事故が続いている。この船は1972年に函館で作らっれ、溶接で接合された鋼板が使われている。1995年には腐食がみつかったので、中国でウェブフレーム、サイドフレーム、下部の肘板などが取替えられていた。
データベース登録の
動機
頑丈な鉄でできていると思っていた貨物船が海上で二つに割れてしまうという、ショッキングな事故である。
シナリオ
主シナリオ 手順の不遵守、手順無視、操作手順無視、環境変化への対応不良、使用環境変化、自然的条件変化、嵐、割れ発生・成長、脆性、衝撃、破断、腐食、漏洩、汚染、手順、修理
情報源 http://www.mae.carleton.ca/Courses/86412/
http://www.tsb.gc.ca/ENG/reports/marine/1998/m98n0001/em98n0001.html
死者数 21
負傷者数 4
物的被害 貨物船フレア号、および運搬物
社会への影響 沈没した船から燃料量の油が海上に流れ、回収できなかった。
分野 機械
データ作成者 タカミハマダニ (SYDROSE LP)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)