失敗事例

事例名称 強度不足で油圧シリンダーのロッドがちぎれた。
代表図
事例概要 熱処理を省略したため、引張強度不足になっているロッドがちぎれた(図2) 。設計者は設計したものが実物になるまでのすべてを、即ち、この例のように試運転における予測できない事故までをも考えなければならない。思ったとうりに行かなければどう対処すべきか?その時こそ、材料についての基本知識と作業安全の基本理解、手順順守とが身を守る。
事象 油圧シリンダーのロッドがちぎれた。ピストンロッドの焼き入れを省略したら、大きな引張力が働いた時にロッドが引きちぎれ、危うく重大事故が起きるところだった。
経過 会社に入って一年目、新しいパワーショベルの耐久試験の為に山の中で各種の作業を昼夜兼行で行っていた。ところがアーム用シリンダだけは試作組立期限に間に合わなかったので、仮のものを用いていた。これは、方式確認のために、材質は間に合わせたが、構造だけが新しいというシリンダである。ところが作業を始めてまもなく、慣性力によって大きな引張力がシリンダに働いた時に、ピストンを押さえるロッドのねじの首部がちぎれ、その結果、アームとバケットがぶらぶらになった。その前から様子がおかしいので確認のため人が近ずいていたが、アームの回転面には入っていなかったので、人身事故には至らなかった。
原因 急いでいたので、ピストンの材料(S45Cに近い材料)の熱処理(焼き入れ焼きなましによる調質、および形状作成後の表面焼き入れ)を省略したため、ピストンは引張り強度不足となり、首部における応力集中と引張の衝撃荷重とに耐えられずひきちぎられた。
対処 重大事故にならなっかたのを幸いとし、耐久試験を中断した。 正規の工程で作った油圧シリンダを待ち,到着後に試験を続行した。
知識化 1)゛なま゛の鋼は弱い。力の働く所には必ず熱処理が不可欠である。この例では急がば回れで待つべきだった。 2)゛回転面に立つな゜が安全作業の基本である。
よもやま話 学部3年生の機械設計の習作課題に、本例の油圧シリンダを選んでいる大学が多い。形状は教科書や先輩伝来のお手本があるから、それなりのものが設計される。ピストン径もロッド径も同様に計算式に代入するだけで導出できる。ところがどういうわけか、ほぼ全員のS45Cのロッドに焼きが入っていない。面粗さや寸法が少し違っても致命的な設計ミスにはならないが、ロッドが折れたら本例のような事故が生じる。死人が出たらPL(製造物責任)ものの大失敗である。油圧シリンダは砂ぼこりの中で用いても、ロッドはいつも光っている。焼入れ後にクロムめっきを施すとともに、砂がへばりつかないように、少しだけ油が漏れてロッドに油膜を付ける事が設計のコツだそうである。パワーショベルを分解すると分かることであるが、ジョイントピンの表面のグリースだまりや、バルブのスプールの溝も不思議な形状をしている。これこそが学生が真似できない設計のコツの典型的な例である。
シナリオ
主シナリオ 調査・検討の不足、仮想演習不足、安全対策不足、無知、知識不足、調査・検討の不足、事前検討不足、審査・見直し不足、熱処理、脆性、衝撃、破断、材料強度不足、過負荷、応力集中、割れ発生・成長、手順、表面処理、試験
マルチメディアファイル 図2.引張強度不足になっているロッドがちぎれる様子
分野 機械
データ作成者 畑村 洋太郎 (工学院大学)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)