失敗事例

事例名称 富士通ハード・ディスク・ドライブ不良問題
代表図
事例発生日付 2002年07月
事例発生地 日本全国
事例発生場所 パソコンおよびPCサーバーユーザー
事例概要 2002年7月,富士通がパソコンおよびPCサーバ内蔵ハードディスク装置の不具合について公表した。高温多湿下においてHDDを利用していると,HDDコントローラLSI(他社製)の端子間が短絡し,HDDの動作に支障を来たす。無償交換など対策のため約100億円規模の費用が発生した。使用開始から半年~1年後にLSIのパッケージ内のピン間短絡で故障が発生した。このLSIの端子間短絡は、赤リンを含む住友ベークライトのパッケージ封止材が原因。これに対して,封止材を提供した住友ベークライトは「パッケージ組立メーカーの認定を受けた材料を提供している」と正当性を主張,責任の所在をめぐり法的紛争にまで発展した。封止材メーカー,パッケージ組立メーカー,LSIメーカー,HDDメーカー,そしてパソコン・メーカーと,エレクトロニクス業界におけるサプライ・チェーンの中で,複雑に水平分散化した業界構造が一因にある。
問題となったパッケージ封止材は,合計で1000トンも出荷されており、LSIの数に換算するとおよそ10億個と推定される。HDD用LSIはその一部に過ぎず,ケーブル・テレビのセットトップ・ボックス用LSIやパソコンのメインボードに実装されたLSI,LSIテスタ用ICなどでもトラブル例が報告されており、今後他の電子製品にも波及する危険性がある。
事象 富士通のパソコン用ハードディスク・ドライブ(HDD)が、使用開始から半年~1年後に故障する問題が発生した。不良率は通常レベルの2桁以上高い0.8%。2002年7月,富士通はパソコンおよびPCサーバ内蔵ハードディスク装置の不具合について公表した。このHDDを搭載したパソコン・メーカーに対して富士通は無償交換する。原因は,コントローラLSIが高温多湿の条件で長時間使用されると不良に至るものである。このLSIの不良は、パッケージ封止材に原因があった。このパッケージ封止材に起因する問題は2000年夏ごろから起き始め,2001年には複数のLSIメーカーやセット・メーカーで製品のトラブルが多発するようになった。
経過 2000年秋頃から2002年夏頃にかけて、富士通のパソコン用HDDのフィールド不良が急増、不良率は通常は50ppm以下のところ2桁以上高い0.8%に達した。2002年7月,富士通がパソコンおよびPCサーバ内蔵ハードディスク装置の不具合について公表した。このHDDを搭載したパソコン・メーカーに対して富士通は無償で交換した。このための負担額は100億円を超える見込みである。原因に関して富士通は,HDDコントローラLSIに原因があり,高温多湿の条件で長時間使うと不良に至るとした。HDDコントローラLSIの不良は、住友ベークライト製パッケージ封止材に起因するパッケージ内のピン間で短絡する故障である。
このHDDコントローラLSIはファブレスの米Cirrus Logic Inc.製で,このメーカーが住友ベークライトの封止材を使っていた韓国パッケージ組み立て業者にパッケージ組み立てを委託していた。セット・メーカーの富士通と住友ベークライトの間には二つのメーカーが入っていたことになる。半導体産業の水平分業の典型的なパターンでの製品不良となった。  
このパッケージ封止材に起因する問題は2000年夏ごろから起き始め,2001年には複数のLSIメーカーやセット・メーカーで製品のトラブルが多発するようになった。2002年5月には、米国内で既にこの問題が指摘されていた。米メリーランド大学内にある世界の50社以上の通信、航空、自動車、電子機器メーカーや連邦政府などの資金で活動している産学協同の研究機関「CALCE」が、複数の会員企業からの報告に基づき調査したところ、製品を稼働させてから6~12カ月間で問題が起きることが多く、不良率は約1%という結果を得た。HDD以外の分野でも、セットトップ端末、パソコンのメインボード、産業用機器当のLSIに波及した。
現在,トラブルに巻き込まれたLSIメーカーやセット・メーカーが,問題の封止材の製造元である住友ベークライトと交渉中である。中には米Cirrus Logic Inc.のように,住友ベークライトなどを相手取って係争中のところが出てきている
富士通のケースと似たような不具合を半導体の検査装置メーカーであるアドバンテストも経験している。同社は2000年秋から、最新型の半導体用検査装置に米社製の半導体を使ったところ、次の年の夏、湿気の多い暑い日に故障が多発した。不良率は通常よりも150倍以上も高い1%弱に達した。分析の結果、封止材に問題があるとの結論が出て、米半導体メーカーから賠償金を受け取った。
富士通とアドバンテストで不具合を起こした半導体に使われていたのが、同じ封止材で、同材料で世界シェアトップの住友ベークライトが製造した「EME-U」であった。燃えると毒性の強い化合物が生成される物質の代わりに無機リンを化合した環境対応製品という位置づけであった。アドバンテストでは、無機リンの品質などに問題があったため、高温、高湿という環境下で不具合が発生したとしている。
 問題になっている住友ベークライト製の材料「EME-U」シリーズは1995年に開発を完了し,1996年6月からユーザーへの製品供給を開始した。問題発生の情報が2001年5~6月に入り,6月には対策本部を設置した。2001年8月には販売打ち切りの方針をユーザーに伝えた。3カ月の移行期間を含め,11月には生産中止の意向だったが,ユーザーの中には供給継続を求める声があり,実際に中止できたのは2002年7月だった。2002年7月に販売を中止するまで約1000トンを世界の13ユーザーに出荷した。これは同社の生産量の1%以下である。
 「製品納入時の仕様書はわずか7ページ程度と簡単なもので、一般的なテスト項目や物理的、科学的特性しか記されていない。どのような条件下で使用する製品かも明記されていない。大多数のユーザーでは問題は起こっていないし、原因は複数の要素が組み合わされたためで、無機リンだけが原因ではないとし、訴訟に関しては争う姿勢である。
 しかし、企業間の争いよりも、消費者にとって問題となるのが、同様の不具合が別の電子製品にも広がるのではないかという懸念である。この封止材の販売開始から終了までの全出荷量は1000トンと、同じ時期に住友ベが出荷した全封止材の1%未満という。しかし、CALCEのヒルマン博士はこの封止材を使った半導体を搭載した機器は軍から、通信、航空産業まで幅広い分野で利用されている。まだテストを行っておらず、問題に気がついていない企業もあるはずで、影響が広がる可能性があると警告している。
原因 1. 故障の直接原因( 技術的原因 )
  LSIのパッケージ内のピンの材料であるAgのマイグレーションによるピン間短絡である。不具合を起こしたLSIの封止材は世界シェアトップの住友ベークライト製の「EME-U」で燃えると毒性の強い化合物が生成される物質の代替として無機リンを化合した封止材である。これには、難燃剤としてリンの同素体のなかで化学的に安定な赤リンが使われ、さらにリンが化学反応を起こすことを防ぐためにAl(OH)3などで被覆される。今回は赤リン品質や皮膜に問題があったため、高温・高湿下で、パッケージ内の水分と反応してリン酸が発生、このリン酸、水分、ピンに流れる電流に伴う電界の三つによって、ピンの材料であるAgが溶け、マイグレーションを起こした ( 図1 )。その結果ピン間が短絡した。
2. 故障の間接原因( 組織的・社会的原因 )
  水平分業化で信頼性に関する責任の所在が不明確になった。( 結果LSIの十分な信頼性確認がないまま機器に組み込まれた)
半導体産業では、外注や分業化は、生産の効率化を追及する流れの中で進んできたが信頼性に関する責任を不明確にする方向に作用した。分業化によって信頼性が低下するのは、Siファンドリーやファブレス、パッケージ組立専業メーカーなどでは技術力や経験が垂直統合のデバイスメーカー( Integrated device manufacturer : IDM )に比べて不足するからである。
リンを含む封止材を使用したのは分業化を積極的に進めてきたパッケージ組立専業メーカーやファブレスであった。IDMの体制を維持してきた日本のLSIメーカーはリンを含む封止材を検討しながら製品には使用しなかった。これは各社ともPSG膜の経験等から、リンと水分と電界により金属がマイグレーションを起こすことを知っていたからである。
Siファンドリーやファブレスなどは元々IDMの機能を補完する形で登場してきたところに原因がある。これらのメーカーはLSI設計やウェハープロセス、パッケージ組み立てといった特定の工程だけを担当してきた。チップ全体の信頼性を保証するのはIDMの責任であったが、分業化が進みIDMを使わずに分業の担い手だけでチップを作ることが可能となった。このような形態では、パッケージ組立専業メーカーやファブレスがチップ全体の信頼性の検証作業や保証責任を負うことになる。しかし、それまでは、個別の工程の責任に留まっていたため、チップ全体の信頼性に関する技術・経験が乏しく十分な保証ができない状況にある。かつてはIDMにすべての信頼性の責任があったが、.水平分業化により責任が分散された( 図 2 )。材料メーカー、パッケージ組立メーカー、半導体メーカー、最終製品メーカーとも、自社周辺の情報しか分からず、品質のチェーンが繋がっていない。結果的に信頼性の責任がどこにあるのか不明確になった。
対処 ◆各機器メーカー、LSIメーカーは問題の封止材の使用有無を調査、使用中止
◆住友ベークライト2001年5月から6月にかけて問題を意識、別々の企業から類似した不具合の報告を受け、ただちに対策本部を設置して原因究明を開始した。
8月になり、あるメーカーが同封止材の使用中止を決定
住友ベークライト側も当時この封止材を使用していた会社13社に販売中止と代替材への切り替えを通知 2002年 7月に切り替えを完了した。
対策 1.パッケージにリンを含む封止材を使用しない。
2.材料メーカー、パッケージメーカー、ファンドリー、ファブレス、半導体メーカー、最終製品メーカーに亘る、品質、信頼性のチェーンの構築。
3.複雑に水平分業化された半導体製品の信頼性を確保する方策として、二つの動きがでてきた。
 (1) 信頼性評価の第三者機関の設置
  図3 (上)のように水平分業化されて製造される半導体製品の信頼性評価を行い、チップ全体の信頼性を認定する。
 (2) 信頼性保障に特化したLSIメーカー 
  図3 (下)のように信頼性・品質に関する高い技術力をもち、信頼性を売りにするLSIメーカー、チップ全体に対して信頼性の責任を持つ。
知識化 1.リンと水分と電界により金属がマイグレーションを起こす。
2.LSIパッケージにおいてリンを使うには細心の注意が必要。
3.半導体産業構造の水平分業化で半導体製品の信頼性が低下する。
4.材料メーカー、パッケージメーカー、ファンドリー、ファブレス、半導体メーカー、最終製品メーカーのサプライチェーンにおいて、品質、信頼性のチェーンを構築する必要がある。
5.複雑に水平分業化した業界構造では、信頼性評価の第三者機関による信頼性認定の構築が必要である。
背景 LSIの信頼性の低下はLSI業界全体として信頼性に対する意識や技術力が低下していることが背景にある。またLSIメーカー間の競争の激化から、低コスト化や製品開発期間短縮、出荷が優先されるために、信頼性に原資が回せなくなり、信頼性や故障解析の技術者を育成する余力はなくなっている。LSI各社の信頼性や故障解析の技術者は減っており、高齢化している。これが信頼性技術力の低下を招いている。またLSIの微細化が加速によって、信頼性評価が困難になってきた。これが信頼性確認のための時間の不足や評価技術の遅れを引き起こしLSIの信頼性低下に結びついている。評価時間の不足は、本来の評価技術項目を他のデバイスの試作結果やシミュレーション結果から流用するケースが増えている。実際には結果が一致しない場合があり、これが故障の原因となる。評価技術の遅れは微細化の加速に評価技術の進歩が追いついていないためである。
後日談 【追補;2010年3月】
富士通はHDD不具合については、米国ユーザから米Fujitsu Computer Products of Ametica Incや米Hewelett-Packard Co., 米Gateway Inc.を相手取って集団訴訟を起こしていたが、富士通HDDユーザに対してHDD1台当たり最大45US$、HDD故障に対してデータ回復コストを最大1,200US$まで負担することで同意し、2004年3月に和解した。
その一方で、企業間同士でも訴訟を起こしており、富士通は米国にてCirrus Logic, Amkor Technology, 住友ベークライトおよびSumitomo Plastics Americaを提訴し、2005年5月に和解した。富士通は約146.8Mドル(約154億円)を受け取っている。
また、Cirrus Logicも同じく米国で訴訟を起こしており、富士通, Amkor Technology, 住友ベークライトを提訴している。こちらも和解しており、Cirrus Logicは富士通などから約2,500万ドルを受け取っている。
まさに、訴訟合戦の様相を見せていた。
購入した部品の瑕疵があるのに、この購入部品の問題によって、深刻な製品問題が発生した。外部購入に対する品質チェックの問題によって、最終メーカー側が「命取り」となる恐れが顕在化した事例である。これは、現在、トヨタのアクセルペダル外注購入品の瑕疵に伴った500万台近くのリコール問題と共通する問題であり、今後、根本的な対応策が必要になることが予見される。
よもやま話 富士通のHDD故障の問題がエレクトロニクス産業に大きな影響を与えている。これは特殊な事例ではなく、他にも同様の問題を起こす危険性がある。この問題は、LSIの信頼性が重要であるということを改めて認識させる一方、同様の問題が今後も起きる危険性があることを浮き彫りにした。富士通HDD故障問題の原因はリンを使用した封止材にあったが、複雑に水平分業化された生産形態のなかで、十分な信頼性保証のないままに生産され、多くのユーザーに流れていった。原因が原材料であるため他の多くの電子機器にも波及することになった。基幹部品であるLSIの信頼性が揺らいでいる。これは産業構造の水平分業化で信頼性に関する責任の所在が不明確になる一方、微細化の加速などで評価・解析がおろそかになりつつあるためである。
かつてはパソコンメーカーが内部の組込み部品や半導体も作っており、材料メーカーは最終的な製品仕様などを熟知している人を相手にしていた。緊密な品質の絆があったが、今は品質のチェーンが繋がっていない。それは、企業活動の分業の進行で間に入る企業の数が増えるにつれ、品質保証の難しさが増すということである。
材料メーカー、パッケージメーカー、ファンドリー、ファブレス、半導体メーカー、最終製品メーカーのサプライチェーンにおいて、品質、信頼性のチェーンを構築する必要がある。
さらに複雑に水平分業化された半導体製品の信頼性を確保する方策として、信頼性評価の第三者機関による信頼性認定のシステム構築が必要である。
富士通HDD不良問題に端を発した住友ベ封止材問題は、止めどなく進む企業活動のオープン化、ネットワーク化の流れに対する警告として受け止めるべきだろう。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、計画・設計、計画不良、不良現象、化学現象、組織の損失、経済的損失
情報源 信頼性危機:日経マイクロデバイス 2002/11号
富士通HDD不良 住友ベークライト製材料に欠陥か:日経ビジネス 2002/09/30号
LSIパッケージ内でピン間短絡事故が多発クレーム相次ぎ、一部訴訟:日経マイクロデバイス 2002/09号
マルチメディアファイル 図1.ピン間短絡不良のメカニズム
図2.水平分業化による責任の分散
図3.信頼性確保の方策
備考 水平分業化でHDD不良多発
分野 機械
データ作成者 張田吉昭 (有限会社フローネット)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)