事例名称 |
自動車ピントの衝突火災 |
代表図 |
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事例発生日付 |
1972年 |
事例発生地 |
アメリカ |
事例発生場所 |
高速道路 |
事例概要 |
米国フォード社の「ピント」が高速道路で突然エンストして停車していたところ、約50km/hの速度で走ってきた後続車に追突されて炎上し、運転者が死亡、同乗者が重度の火傷を負う事故が発生した。ガソリンタンクの配置の悪さが直接の原因であった。他社との競争のための開発期間短縮と安全軽視のポリシーが起因と考えられる。この事故は、1億ドルを越える陪審の評決がでたことで有名である(ただし控訴審で減額)。 |
事象 |
米国フォード社の「ピント」が高速道路で突然エンストして停車していたところ、約50km/hの速度で走ってきた後続車に追突されて炎上し、運転者が死亡、同乗者が重度の火傷を負う事故が発生した。 |
経過 |
米国フォード社は、新しいサブコンパクトカー「ピント」を25ヶ月という短期間の開発で(通常は43ヶ月)、1971年に市場導入した。 1972年、高速道路で突然エンストして停車したフォード社の乗用車ピントが、約50km/hの速度で走ってきた後続車に追突されて炎上し、運転者が死亡、同乗者が重度の火傷を負う事故が発生した。図1に示すように、車両後部に配置された燃料タンクが、追突時に前方に押し出されてデファレンシャル・ハウジングにぶつかって破損し、その破損したタンクから漏れ出たガソリンが隙間を伝って車室内に流入し、後続車の追突でこのガソリンに引火し火災を引き起こした。 この事故の陪審評決では、短期間の開発に反対してフォード社を退社した人たちが開発時の状況に関してフォード社に不利な証言を行なったが、この証言が評決に大きな影響を及ぼした。 1973年に、米国運輸省はフォード社に、連邦自動車安全基準の第301条燃料システムの改善提案をしているが、フォード社はコストを理由に実施の再考を依頼する嘆願書を提出している。このフォード社の計算では、安全性の向上によるコストの減少が4950万ドル(死者数減:180人×20万ドル、重傷者減:180人×6.7万ドル、車両事故減:2,100台×0.07万ドル)、車両製造コストの増加分が13,700万ドル(1,250万台×11ドル)とそれぞれ見積もられていた。しかしこの計算が公開された陪審評決では計算内容が人権無視ともとれる、悪意性ありの証拠となり、懲罰賠償を認める根拠となった。 この事故は、1億ドルを越える陪審の評決がでたことで有名である(填補賠償:280万ドル、懲罰賠償:12,500万ドル)。 |
原因 |
(1) 直接原因は、図1に示すガソリンタンクの配置の悪さである。従来は車軸の上に配置していたのに、スタイリングを優先させて車軸の後方に配置したことである。 (2) 誘因はタンク回りの保護機構の欠如である。コストを重視した結果、弱いバンパーを採用したにもかかわらず、安全に必要な変形対策や衝撃吸収策を取らなかった。 (3) そもそもこの不具合の根底には、開発期間短縮と安全軽視のポリシーが起因していると考えられる。 |
対処 |
1973年に、米国運輸省はフォード社に、連邦自動車安全基準の第301条燃料システムの改善提案をした。これに対して、フォード社はコストを理由に実施の再考を依頼する嘆願書を提出した。 |
対策 |
リコールによって、ガソリンタンクを車軸上に再配置して衝撃吸収スペースを確保するほか、バンパーの強化、ガソリンタンクの強化などの改善が実施された。 |
知識化 |
安全が第一である。コスト削減や納期短縮などの理由で、安全に対して手を抜いてはならない。後で必ずしっぺがえしがやってくる。 こと安全に関しては、上司が決めたから、も理由にはならない。結果的に犠牲者が出ることを許すことになってしまう。 |
背景 |
1960年代の米国小型乗用車市場において、米国フォード社にとっては、フォルクスワーゲンや数社の日本車は熾烈な競争相手であった。この競争に戦うべく、1968年から新しいサブコンパクトカーとして、急遽25ヶ月間の短期間で開発されたのがピントであった(通常の開発期間は43ヶ月であった)。フォードの設計者達は、後部衝突テストでピントの燃料システムが危険であることを発見していたが、すでに組立ラインの準備は完成しており、また開発目標の重量2,000ポンド以下、コスト2,000ドル以下を必達とし、安全性を改善されないまま、量産を開始したとの情報もある。ちなみに当時の開発責任者は、あの有名なリー・アイアコッカであった。 |
よもやま話 |
開発競争に打ち勝って利益を上げよう、と開発期間を大幅に短縮し、コストをぎりぎりに削って頑張った結果、逆に製品の信頼性や会社の信用を失墜し、経済的にも大きな痛手を被ってしまった。 安全とコストや安全と利便性のトレードオフは、永遠の課題である。例えば、自動車の通るすべての道路に歩道をつければ、多くの歩行者巻き込み事故を未然に防ぐことができるであろう。しかし、実現するには税金をたくさん払わねばならなくなるし、狭い道は歩行者専用となり、その道に接する家の人は車が使えなくなる。日本でもフォードのように両者のトレードオフを論じた書類を提出したら、マスコミの袋叩きになるのが落ちだ。しかし、健全な社会を目指すには、このような事柄もタブー視せず、メリット・デメリットを明確にし、きちんと論議できる風土が必要であろう。 |
シナリオ |
主シナリオ
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価値観不良、安全意識不良、計画・設計、計画不良、不良現象、熱流体現象、破損、破壊・損傷、身体的被害、死亡、組織の損失、経済的損失
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情報源 |
続々・実際の設計 畑村洋太郎編著: 実際の設計研究会著 日刊工業新聞社(1996)
DESIGN DEFECTS OF YHE FORD PINTO GAS TANK www.fordpint.com/blowup.htm
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マルチメディアファイル |
図1.1971年1972年型フォード社ピントの構造欠陥
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備考 |
構造欠陥で自動車衝突火災 |
分野 |
機械
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データ作成者 |
張田吉昭 (有限会社フローネット)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)
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