失敗事例

事例名称 チェルノブイリ原発の爆発
代表図
事例発生日付 1986年04月26日
事例発生地 ソ連ウクライナ共和国キエフ市
事例発生場所 チェルノブイリ原子力発電所
事例概要 チェルノブイリ原子力発電所の4号炉で、タービン発電機の慣性回転でどれだけの電力が得られるかを実験していた。原子炉の暴走が起き易いという設計上の欠陥と操作ミスが重なったため、実験中に原子炉の出力が急上昇して暴走し、爆発して原子炉建屋を吹き飛ばした。死者は1987年7月末で31人、半径30kmの住民13万5,000人が避難した。世界中に放射能をまき散らし、牛乳、肉、野菜などを汚染した。原子炉閉鎖作業を行なった作業者や避難した住民の中には、放射能障害や死亡が多数発生しているが、その実態はまだ明らかになっていない。
事象 チェルノブイリ原子力発電所の4号炉で、タービン発電機の慣性回転でどれだけの電力が得られるかを実験していた。実験中に原子炉の出力が急上昇して暴走し、爆発して原子炉建屋を吹き飛ばした。死者は1987年7月末で31人、半径30kmの住民13万5,000人が避難した。世界中に放射能をまき散らし、牛乳、肉、野菜などを汚染した。原子炉閉鎖作業を行なった作業者や避難した住民の中には、放射能障害や死亡が多数発生しているが、その実態はまだ明らかになっていない。
経過 チェルノブイリ原子炉は、「黒鉛減速・軽水冷却のチャンネル型原子炉」と呼ばれている。図1のように、黒鉛ブロック(減速材)の中に1,693本の圧力管(内径80mm、外径88mmのジルコニウム合金管)が通っており、この1つ1つをチャンネルと呼んでいる。この圧力管の中に燃料集合体(実効長さ7m)が吊り下げられている。圧力管の下部から270℃、70気圧の水が1.2m/sの流速で供給され、燃料集合体の間を通過する際に加熱されて気水混合体となり、これが気水分離器に供給される。気水分離器から出た蒸気がタービンを回し、発電するしくみとなっている。定常運転時には黒鉛の温度は約600℃になる。
実験の目的は、外部電源が切れてポンプが回らずタービンへの蒸気供給が停止した際に、タービン発電機の慣性エネルギのみでどれだけ電力を供給できるかを調べることであった。なお、この電力は緊急炉心冷却装置(ECCS)の給水ポンプに供給されることになっていた。
事故の経過を図2、図3に示す。まず実験準備として主循環ポンプの電源をタービン発電機からつなぎ(1)、原子炉を低出力状態にした際の誤動作を避けるために、ECCSを切り離した状態で実験を開始した(2)。出力を降下させたときに操作ミスによって下がりすぎてしまったが、この出力を再び増加させるために制御棒をほとんど引き抜いた(3)。このため、原子炉の反応度を安全に制御する余裕がなくなってしまった。しかし、この状態でタービンへの蒸気を遮断して、実験を強行した(4)。タービンが慣性のみで除々に回転数が落ちていくコーストダウン状態となり(5)、発電機から電源を供給していた主循環ポンプの回転数が落ちて冷却水流量が減少した(6)。その結果反応度が増加して出力上昇が始まった(7)。出力を降下させるために自動制御棒が挿入されたが、動作速度が遅く、反応度の上昇を抑えることができなかった(8)。さらに緊急停止用制御棒を挿入したが(9)、この制御棒は挿入すると冷却水が排除されて、最初の6秒間は逆に反応を促進させる特性をもっていた。たちまち暴走が始まって燃料の温度が上昇して破砕が発生した(10)。ここまで実験開始後わずか40秒しか経っていない。急激な蒸気発生によって冷却水の流れが停止し、燃料の温度は3,000-4,000℃に達した。炉心内の冷却材は全面沸騰の状態となり、圧力も急上昇した(11)。圧力管が破れ、冷却水が噴き出して(12)、高温の黒鉛ブロックと接触して、水蒸気爆発が起こった。炉上部が吹き飛び、原子炉建屋が破壊した(13)。爆発は2回起こり、建屋上部に火の玉、火花が発生した(14)。
原因 (1) 自己制御性を欠いた原子炉
この原子炉は、もともと低出力運転時には、燃料と接触した冷却水から泡が発生して核反応を高め、高められたことでさらに泡を発生した反応を促進、というように出力係数が正となり、反応度事故(原子炉の暴走)が生じやすい基本設計上の問題があった。しかし、この原因で生じる事故発生を、低出力状態での運転を禁止するという運転規則を作って防止していた。
(2) 正の反応度挿入をもたらす緊急装置の存在
さらに緊急停止用制御棒を挿入すると水が排除されて、逆に反応が高まるという構造的欠陥を持っていた。
(3) プラントの欠陥を知らされていなかった運転員による運転
原子力の設計・開発・製造を行なった中規模機械製作省から、運転を管轄している原子力電化省に、原子炉の特性について十分な知識が提供されておらず、原子炉の低出力時の危険性について電力電化省の担当者は理解していなかった。
(4) 頼りにならない格納機能
圧力管の厚さ4mmの薄肉パイプで、異常時の圧力上昇に耐えるような強度はなかった。圧力管が破れると、冷却水が高温の黒鉛と接触して蒸気爆発を起こすという危険な構造であった。さらに炉心全体を包む鋼製の圧力容器や格納容器がなく、圧力に耐える機能がなかった。炉心の中を上下に多数の圧力管が貫通しており、とくに上部は運転中に燃料の出し入れするために格納構造を作りにくくなっていた。燃料の出し入れのために建屋の背丈が高くなり、建屋の構造もトラス構造の上にコンクリート板を固定しただけのきゃしゃな構造であった。
対処 応急処置として、4月28日から5月2日までの間に、ボロン化合物、鉛、粘土と砂など計5,000トンを原子炉建屋に投下して、覆った。この原子炉閉鎖作業には30万人が動員された。しかし既に大量の放射能がまき散らされ、とくに原発の北方300kmにわたる地域が放射能汚染された。原発から半径30kmの区域は今でも居住禁止となっている。閉鎖作業を行なった作業員や避難した住民の中には白血病など多数の放射能障害が生まれ、病気を苦にした自殺者も多くでている。遺伝的障害も出ているが、その実態は明らかにされていない。
対策 ソ連政府事故調査委員会は事故報告書をまとめ、原子炉の設計上の問題と運転員の過失を指摘したが、ソ連共産党政治局会議では、原子炉の欠陥を公表すると社会が動揺することを恐れ、運転員の規則違反のみに責任を押し付けて、運転を行なった電力電化省のみに厳しい処罰を行なった。国際原子力機関(IAEA)の国際検討会議でも、西側諸国での原子力エネルギに対する反感の高まりに対し、世論を静めるために、原子炉の欠陥にはまったく触れなかった。
5年後の1991年になってようやくチェルノブイリ事故再評価委員会が原子炉の設計上の責任を指摘し、IAEAも1992年にやっと設計上の問題を認めた。チェルノブイリ事故の爆発の状況や爆発に至るメカニズムについては、未だに現場の調査が続いている。
知識化 (1) 自己制御性に欠ける機械は、ちいさな現象が致命的なレベルまで発散する危険性をもっている。とくに巨大なシステムにおいては重大な事故につながる。
(2) 操作上の制限がなぜ必要か、それを破るとどんなことが起こるかを設計者は運転者に十分に説明し、運転員がそれを認識することが必要である。
(3) 政治的な都合で技術の欠陥の真相が隠されてしまうことがある。社会的影響の大きい技術については、その内容が公開され、社会的批判のもとに、改善・発展をはかる健全な社会システムが不可欠である。
背景 チェルノブイリ原子力発電所は、白ロシア・ウクライナ低湿地と呼ばれる地区の東部に位置し、ドニエプル川に流入するプリピアチ川の河岸にある。
同発電所では、事故発生時点で 4基の原子炉が稼働中、 2基が建設中であった。これらの原子炉は、すべて減速材として黒鉛を用い、冷却材として沸騰軽水を用いるRBMK型というソ連にしかない形式のものであった。
事故を起したチェルノブイリ原子力発電所 4号機(以下4号機という)は、このRBMK型炉のうちRBMK-1000 といわれる電気出力100万kWであった。
日本で一般的に用いられている軽水炉(PWRとBWR)では、軽水が減速材と冷却材を兼ねているので、炉心内で冷却材の密度減少、たとえば蒸気(ボイドという)が発生すると、減速材が減ることになり、自動的に核分裂の連鎖反応が減少する。これに対し、減速材と冷却材が分離している原子炉では、冷却材の減少は、冷却材のもつ中性子吸収が減少する効果が発生することがある。4号機においては、炉心での蒸気発生に伴う正の反応度フィードバック効果は大きいが、燃料自身のもつ負の反応度フィードバック効果と相殺して、定格出力運転では安定な運転ができる。しかし、熱出力が定格 320万kWの20%以下では、ボイド発生による正の反応度フィードバック効果が燃料の負の効果よりも大きくなり、不安定になってしまう。
また、原子炉の緊急停止系にも問題があり、緊急停止信号が発せられても、制御棒の全引き抜き位置から全挿入までに約18秒以上が必要であった。異常発生時の停止機能としては、遅すぎたのである。なお、日本で用いている軽水炉では、この値は2-4秒である。
よもやま話 設計の欠陥と操作ミスが重なって、重大事故に陥った。事故の後、権力者が自己をかばい、政治家が政権の安定に腐心したために、情報を十分に公開せず、運転者の規則違反・操作ミスのみに原因を押し付けたために、設計上の問題を含む本質的な原因が明らかになるのが遅れてしまった。結果的に設計上の問題を残したまま、チェルノブイリ型原子炉の操業が続いている。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、組織運営不良、管理不良、非定常操作、緊急操作、不良現象、熱流体現象、破損、大規模破損、身体的被害、死亡、二次災害、環境破壊
情報源 続々・実際の設計 畑村洋太郎編著: 実際の設計研究会著 日刊工業新聞社(1996)
原子力百科事典:http://sta-atm.jst.go.jp/atomica/02070411_1.html
死者数 31
物的被害 半径30kmの住民13万5,000人が避難
マルチメディアファイル 図1.チェルノブイリ原子力発電所の構造
図2.チェルノブイリ原発事故の経過(その1)
図3.チェルノブイリ原発事故の経過(その2)
図4.チェルノブイリ原発事故の経過(その3)
図5.チェルノブイリ原発事故の経過(その4)
備考 設計上の欠陥と操作ミスで原発から放射能まき散らし
死者数は1987年7月末現在の数値
分野 機械
データ作成者 張田吉昭 (有限会社フローネット)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)