事例名称 |
浜岡原子力発電所1号機高圧注入系分岐蒸気配管の破断による蒸気漏洩 |
代表図 |
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事例発生日付 |
2001年11月07日 |
事例発生地 |
静岡県小笠郡浜岡町佐倉5561 |
事例発生場所 |
中部電力株式会社浜岡原子力発電所1号機 |
機器 |
非常用炉心冷却系高圧注入系分岐蒸気配管エルボ |
事例概要 |
閉止されている高圧注入系の手動起動試験を実施したところ、配管破断による蒸気漏洩で、高圧注入系が停止した。 配管内で水蒸気が凝縮し、水素ガスと酸素ガスが局所的に蓄積・滞留した。推積した白金とロジウムを発火源として、滞留した水素ガスと酸素ガスが燃焼した。燃焼波の伝ぱに伴い圧力上昇が生じ、配管は膨張変形し、エルボの破裂に至った。 |
事象 |
フォールトツリー解析の結果を以下に示す。 ○ 図2 破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図 配管は直径210mm、厚さ11mmの炭素鋼製で、内蔵する水蒸気の常用圧力は70kgf/cm2(7 MPa)であった。したがって、圧力による周方向応力は70 MPa程度であり、10倍程度の過大圧力が生じない限り、塑性崩壊することはない。 破壊した配管エルボの胴は周方向に大きく開口し、その一部が5箇の破片として飛翔した。破面はすべてせん断破壊で、電子顕微鏡観察の結果、延性破壊の特徴であるディンプル模様が全面にわたって確認された。また、破壊したエルボの上流側の配管には、著しい膨張変形(塑性変形)が認められた。したがって、エルボの破裂は、疲労き裂、応力腐食割れ、局部減肉などの時間依存形破壊を起点として生じたのではなく、過大圧力による塑性崩壊の結果である急速破壊(非時間依存形破壊)と判断される。塑性崩壊による膨張変形で、最初に軸方向き裂が発生した。軸方向き裂は、高い圧力の維持によって高速で進展した。高速き裂の特性としてき裂先端は分岐を繰返し、軸方向き裂は周方向き裂に転じて大きく開口し、圧力を開放して停止した。このプロセスにおいて、胴は平たく開口し、一部が破片として飛翔した。 なお、局所的漏洩による破裂(蒸気爆発、爆発的蒸発)では、エルボの上流側の配管の膨張変形が生ずることはない。 圧力上昇の原因としては、水撃作用(ウォーターハンマ)と燃焼(爆発と爆ごうを含む)が考えられる。水撃作用は、バルブを急に開閉した場合に、配管内の流体の流速が急変し、圧力の激しい変化が生じる現象である。水撃作用による圧力の上昇は、常用圧力の数倍程度であり、上記の急速破壊の原因とはならない。高温の水蒸気が水と接触すると、水蒸気爆発が起きるが、その可能性もない。 爆発は燃焼とメカニズムの区別はなく、特に急激な圧力の発生または解放の結果、ガスが爆音を伴い激しく膨張する現象をいう。水素ガスの常温、常圧の空気中での燃焼限界(爆発限界)の下限値は、4.0 vol %である。下限値は、温度上昇と圧力増大に伴い低下する。 燃焼によって、常用圧力の10~15倍の圧力が発生する。しかも、燃焼は波として伝ぱし(燃焼波)、超音速で伝ぱする場合には、先端に衝撃波を形成する。これを爆ごう(デトネーション)といい、爆ごう波 = 燃焼波 + 衝撃波となる。 原子炉内で高温水の放射線分解によって、水素ガスと酸素ガスが発生する。その濃度は、水蒸気中で約2 ppmである。なお、腐食抑制のために少量(0.3~0.4 ppm)の水素ガス注入を行っているが、その結果として高温水中の酸素ガスと水素ガスの濃度は減少する傾向にある。それ以外の水素ガスの発生源としては、腐食による生成が考えられる。いずれにせよ、水蒸気中に水素ガスと酸素ガスが共存する。水蒸気が凝縮すれば、水素ガスと酸素ガスが局所的に蓄積・滞留する。水素ガスと酸素ガスの燃焼によって、上記の圧力上昇は容易に生ずる。 燃焼が発生するには、発火源が必要である。8 ppmの溶存酸素を含む高温水による機器の腐食を抑制するために、高温水への水素ガス注入に加えて、触媒として白金とロジウムが使用されている。白金は水素ガスの発火源となることが知られている。ロジウムも同様と考えられる。長期間の閉止によって、配管内の局所に他の部位から流入した白金とロジウムが堆積し、水素ガスと酸素ガスの燃焼の発火源となった可能性が高い。また、硫化鉄などの腐食生成物も、発火源となる。手動起動試験の実施によって、流入する水蒸気の流速と温度変化が、発火のきっかけを与えたと考えられる。気体が高速で流れると、管壁に摩擦熱が発生する。 破裂したエルボの下流側は水平な直管部で水が滞留し、上流側は直立した直管部でガスが滞留する。燃焼波は上流側から下流側へ伝ぱし、エルボの位置が終点となる。したがって、エルボの位置での圧力上昇が最も高く、上流側へ向けて圧力上昇は低くなる。配管の破裂と膨張変形は、この圧力上昇の高低の結果と一致している。 高圧注入系は、改修工事によって配管の引廻し位置を変更している。改修によって、気液分離が容易で、直立した直管部に水素ガスと酸素ガスが滞留し易い構造になったと考えられる。 イベントツリー解析の結果を以下に示す。 ○ 図3 過大圧力による配管破裂のイベントツリー図 配管内で水蒸気が凝縮し、水素ガスと酸素ガスが局所的に蓄積・滞留した。堆積した白金とロジウムを発火源として、滞留した水素ガスと酸素ガスが燃焼した。燃焼波の伝ぱに伴い圧力上昇が生じ、配管は膨張変形し、エルボの破裂に至った。破裂の結果、蒸気が漏洩し、破断口からの蒸気のジェット反力によって配管が大きく変形し、支持構造が破損した。また、ジェットインピンジメントによって周囲の設備が破損した。 |
経過 |
原子炉を停止して、原因を調査中である。 |
原因 |
(1) 高温水と水蒸気は流動していることが前提であり、水蒸気の凝縮による可燃性ガスの発生の考慮がなかった。 (2) 腐食の抑制を目的とする白金とロジウムの使用が、燃焼の発火源となる考慮がなかった。 |
対処 |
(1)定期試験を実施する(蒸気を流す)前に、水とガスを抜き取る必要がある。 (2)腐食抑制の方法について、検討し直す必要がある。 |
対策 |
原子力発電所の配管の内部での燃焼による事故を始めて経験した。高温水と水蒸気の環境では燃焼は起きないという常識を捨て、水蒸気の凝縮による可燃性ガスの生成と燃焼の発火源の可能性を洗い直す必要がある。 |
知識化 |
「想定外事象」 設計では、起こり得る事象を想定し、想定事象に対して対策を構ずる。想定事象と具体的な対策は、設計規格に明示されている場合が多い(公式による設計、design by rule)。設計規格は完全ではあり得ず、また過去に経験のない設計、自由度の高い解析による設計(design by analysis)、流用設計などでは、しばしば想定外事象が事故の原因となる。事故に直結する事象を正確に想定することが、設計者に要求される能力である。 |
後日談 |
○ 後日談(1) 事故後の11月21日に、配管破断事故の原因は熱疲労との報道が各紙によってなされた。これについて配管の破断に詳しい小林英男 東京工業大学教授(金属材料工学)は、「縦方向に裂けたという破断の状況から見て、熱疲労が主要因とは考えにくい。浜岡原発の配管は普通の10倍位の高圧がかかったことで破裂したと考えるのが妥当で、熱疲労による破断とは様式が違うと思う」と話している(紙上コメント)。 ○ 後日談(2) 事故後の1月20日に、原子力安全・保安院は浜岡原子力発電所1号機と類似の配管を持つ各地の原子力発電所14基について、「定期試験を行う前に、水とガスを抜き取るように」と各電力会社に指示した。 ところが、配管に流れ込む蒸気は280℃、70kgf/cm2という高温高圧のため、抜き取り作業は、配管と原子炉の弁を閉じ、数日間放置して冷却してからでないと危険である。このために、各原子力発電所では毎月の定期試験のたびに抜き取り作業に迫られ、配管とつながる緊急炉心冷却装置(ECCS)などの緊急装置を1週間も、原子炉から切り離さざるを得なくなっている。 保安規定では、これらの緊急装置を使えない状態で原子炉の運転を続けてよいのは、10日間までである。その限度に近い状態を毎月繰返しているわけで、原子力安全・保安院は、「抜き取りを行う臨時装置と、通常体制に戻すのと、どちらが安全性が高いかの問題だが、好ましくない状態なのは事実」と苦悩している。 |
シナリオ |
主シナリオ
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無知、知識不足、思い込み、使用、運転・使用、機器・物質の使用、可燃性ガス発生、白金とロジウムの使用、不良現象、化学現象、燃焼、過大圧力発生、配管、破損、大規模破損、破裂、蒸気漏洩
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情報源 |
(1) 中部電力(株)浜岡原子力発電所1号機における配管破断事故について(配管破断部の破面・断面の調査結果)、原子力安全・保安院、平成13年12月6日 (2) 浜岡原子力発電所1号機余熱除去配管破断に伴う原子炉手動停止について(中間報告)、中部電力株式会社、平成13年12月 (3) 浜岡原子力発電所1号機余熱除去系配管破断部調査報告書、日本原子力研究所、JAERI-Tech 2001-094、2001年12月 (4) 中部電力(株)浜岡原子力発電所1号機における配管破断事故について(調査の中間とりまとめ)、原子力安全・保安院、平成13年12月13日 (5)中部電力(株)浜岡原子力発電所1号機における配管破断事故について(今後の調査検討について)、原子力安全・保安院、平成14年1月17日 (6)浜岡原発事故、配管の熱疲労を確認、読売新聞、2001年11月21日(水) (7)浜岡事故1か月、類似原発14基不安運転、読売新聞、2001年12月7日(金)
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死者数 |
0 |
負傷者数 |
0 |
マルチメディアファイル |
図1.破断配管の破面写真
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図2.破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図
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図3.過大圧力による配管破断のイベントツリー図
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分野 |
材料
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データ作成者 |
小林 英男 (東京工業大学)
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