事例名称 |
強化ガラス製食器の破損 |
代表図 |
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事例発生日付 |
1999年02月 |
事例発生地 |
日本 |
事例発生場所 |
小学校 |
機器 |
強化ガラス製食器 |
事例概要 |
給食後の食器をかたづけようとした際に、小学生の児童の手から強化ガラス製食器がプラスチックタイル床に落ち、破損し、飛散したガラス破片が当該児童の目に当たり、水晶体を損傷した。 強化ガラス製食器は、家庭、学校、業務用などで広範に利用されている製品であるが、その特性を十分に認識した上で商品を選択し、取り扱う必要があることを、経済産業省が2001年6月4日に注意喚起した(消費者行政ニュース、第59号、平成13年10月、経済産業省)。 |
事象 |
○ 類似事故 類似事故が1996年7月にやはり小学校で起きている。給食の配膳準備中の事故であった。 ○ 強化ガラス製食器の特性 強化ガラス製食器は、一般に強度が高い、耐熱性が高い、薄い、軽いなどの特徴を有する一方で、衝撃が加わり破損した場合には、破片が鋭利なかけらまたは細片となって激しく飛散するおそれがある。 強化ガラス製食器(家庭用品品質表示法に基づき「全面物理強化」または「全面積層強化」と表示されているもの)は、このようなおそれがあることから、「取扱い上の注意」でこの旨を表示するよう義務付けられている。 ○ 取扱い上の注意 上記の事故事例と下記の商品テストの結果を踏まえると、このような強化ガラス製食器は、固い床(コンクリート床、プラスチックタイル床など)に落として破損した場合、破片が激しく飛散して怪我(けが)をするおそれがあることから、取扱いには十分留意する必要がある。 このため、これらの食器の取扱いに当たっては、次の点に注意することが必要である。 (1)傷が付くような取扱いは避ける (2) 急激な衝撃を与えない。 (3) 破損した場合、破片が鋭利なかけらまたは細片となって激しく飛散する特性を持つので、注意する。 |
経過 |
経済産業省製品評価技術センターが強化ガラス製食器に関する落下速度、および破壊した際の破片の飛び方について、テストを行った。 テスト対象製品として、上記の事故事例の同等品(事故品と同一製品のボールで、熱膨張係数の異なる2種類のガラスを溶融状態で密着させて冷やすことにより、表層に圧縮応力層を作り、破壊強度を強くする方法によって強化(積層強化)した製品)と、比較品(事故品とは異なるメーカーの強化ガラス製食器のボールで、ガラスを軟化点に近い高温に加熱した後に急冷し、表層に圧縮応力層を作り、破壊強度を強くする方法によって強化(固冷強化)した製品)を用いた。 テスト結果の概要を以下に示す。 (1)事故同等品であり、事故の発生した小学校で事故品と同様に使用されていたものを、子供の肘の高さである70cmからプラスチックタイル床に落下させた。その結果、当該食器を縁(ふち)から落下させると10枚中3枚が破壊し、細かく破壊した破片(針状の微細な破片と鋭利な薄片)が勢いよく周囲に飛散した(落下地点から最高200 cm以上の高さ、半径約300 cmの範囲に飛散)。一方、当該食器を底から落下させた場合は、破壊しなかった。 (2)事故同等品の新品および比較品の新品については、70 cmおよび110 cmの高さからプラスチックタイル床に落下させた場合は、破壊しなかった(コンクリート床に落下させた場合には、破壊する例があった)。 (3)70cmおよび110 cmの高さから、テスト対象製品に細かな傷をつけたものを、プラスチックタイル床に落下させた場合、いずれも破壊し、細かく破壊した破片(針状の微細な破片と鋭利な薄片)が勢いよく周囲に飛散した。それぞれの飛散状況は以下のとおりである。 ・事故同等品の新品に細かな傷を付けたものは、落下地点から約120cm~200cm以上の高さ、半径約250cm~300cmの範囲に飛散した。 ・比較品の新品に細かな傷を付けたものは、落下地点から約65~115cmの高さ、半径約170cm~280cmの範囲に飛散した。 |
原因 |
普通のガラスは壊れやすいが、強化ガラスは壊れにくい。壊れにくい強化ガラスでも、限界(落下高さ)を超えれば、必らず壊れる。しかも、与えたエネルギー(落下高さ)が大きい分だけ、壊れた後の飛散エネルギーが大きくなる。 |
対処 |
(1) 傷が付くような取扱いは避ける。 (2) 急激な衝撃を与えない。 (3) 破損した場合、破片が鋭利なかけらまたは細片となって激しく飛散する特性を持つので注意する。 |
対策 |
強化ガラス製食器の取扱いについて、経済産業省が注意喚起した。 材料の特性(破壊強度)が向上すれば、絶対に壊れないという安全神話が生まれる。その結果、限界を超えた使用がなされ、壊れるだけではなく、逆に大きな二次災害を生ずる。材料の特性に絶対の安全神話はない。 |
知識化 |
「材料の安全神話」 応力腐食割れが典型的な例である。応力腐食割れは、材料、環境と引張応力の3つの因子の重畳効果によって生ずる。したがって、応力腐食割れは、一つの因子に関する対策によって、完全に防止できるとされている。最も容易なのが材料に関する対策であり、新しい材料の開発または従来材料の特性向上によって、特定の環境と引張応力のもとで、応力腐食割れを生じない材料選定が可能とされている。これが、絶対に応力腐食割れをしないという材料の安全神話である。ところが、この神話は予測であって、実績がない。現実には、予測の限度によって、応力腐食割れを生ずる結果となる。そして、再び新しい材料の開発または従来材料の特性向上によって、新しく材料の安全神話が誕生し、この繰返しが永遠に続く。 同様に、材料の破壊特性が向上すれば、絶対に壊れないという安全神話が生まれる。その結果、限界を超えた使用がなされ、壊れるだけではなく、逆に大きな二次災害を生ずる。材料の特性に絶対の安全神話はない。材料は生き物である。材料は変わる。材料は腐る。材料は壊れる。そして、材料には寿命がある。これが自然界の鉄則である。 |
よもやま話 |
(1) 強化ガラスのお話 丈夫で割れにくい強化ガラスは、粉々に砕けるのも特長だ。けがが少なく、学校の窓やビルの出入り口に使われている。外側の窓ガラスがひび割れした新幹線「のぞみ」も内側は強化ガラスだ。 板ガラスの原料は、岩と土に含まれるケイ酸が70%、これに1600℃程度で溶けるようにナトリウムの化合物を20%、水分で弱くなるのを防ぐため石灰を10%加えている。 溶かした原料を1200℃に熱した液体の錫(すず)の上に流して作る。ガラスは錫より軽いので浮く。液体の錫の表面は凹凸がないので、ガラスも均一に平たくなる。 錫を循環させてガラスを移動させながら、温度を徐々に下げるとガラスは固まり始める。ローラーに移して冷やすと、板ガラスになる。 強化ガラスは、板ガラスを再び約700℃まで加熱した後、空気を吹き付けて急激に冷やして作る。 表面は冷えて先に固まり、内側は熱いので、その後にゆっくり固まる。内側が固まるとき、表面を引張るので、表面に圧縮力がかかる。 内側は十分に縮むことができず、表面とは逆に引張られた状態になる。全体で見ると、表面の圧縮力と中の引張力が釣り合っている。表面から厚さの約1/6までは圧縮力、その内側は引張力が働く。 ガラスが割れるのは、加わる力で表面が引張られてひび割れが入るからだ。強化ガラスの表面は引張力を打ち消す圧縮力があるので、その分強い。1 cm2当たり約1500kgfと、普通のガラスの3倍の力に耐える。 外からの力が表面をつき抜けて内部まで達すると、内部の引張力がひび割れを加速し、ひび割れが全体に一気に広がり、ガラスが粉々になる。 日本工業規格(JIS)では、例えば厚さ5 mm以上の強化ガラスは、割れたとき、5 cm四方が40個以上の破片になるよう規定している。 強化ガラスは、出来上がってから裁断や取っ手を付ける穴開けなどができないので、急冷する前に加工する。 高層ビルなどの窓は、風速80 mを想定して、普通のガラスまたはワイヤ入りガラスと、強化ガラスを樹脂で張り合わせた「合わせガラス」を使っていることが多い。樹脂にガラスが密着しているので、破片が飛び散らない。 自動車のドアと後部のガラスにも強化ガラスが使われている。フロントガラスは以前は強化ガラスだったが、割れた瞬間に視界を遮ってしまうため、現在は合わせガラスの使用が義務づけられている。 (2) 強化ガラスの残留応力と破壊強度 強化していない普通の板ガラスの表面には、無数の欠陥(傷)があり、力を加えると表面の欠陥を起点として破壊する。また、板ガラスは圧縮に強く(圧縮強度が高く)、引張りに弱い(引張強度が低い)。 幅w、厚さtの板ガラスを曲げモーメントMを加えて曲げると、曲げ応力σbは厚さ方向に線形分布し、板の表面で引張り、裏面で圧縮の最大曲げ応力σbmaxが生ずる。 σbmax=6M/wt^2 表面の引張応力σbmaxが破壊強度σfに達すると、表面から破壊する。 σbmax=σf 裏面の圧縮応力σbmaxがσfを超えても、裏面から破壊することはない。 強化ガラスでは、焼入れによって残留応力が生ずる。残留応力は厚さ方向に分布し、表裏面近傍で圧縮、内部で引張りとなる。板ガラスの断面積A = wtについて、残留応力σRによる内力の積分値は0となる(自己平衡応力)。 強化ガラスを曲げた場合、曲げ応力σbと残留応力σRの和の合成応力が生ずる。合成応力は表面側で引張り、裏面側で圧縮となる。合成応力の最大値は、引張応力が表面側の内部で、圧縮応力が裏面で生ずる。破壊は必らず表面から生じ、合成応力の最大値の位置から破壊することはない。表面の圧縮残留応力の最大値を-σRmaxとすれば、表面の合成応力はσbmaxと-σRmaxの和となる。強化ガラスの表面の合成応力が板ガラスの破壊強度σfに達すると、表面から破壊する。 σbmax-σRmax=σf すなわち、強化ガラスは板ガラスに比較して、表面の圧縮残留応力の分だけ、破壊に必要な最大曲げ応力が増大する。これが強化ガラスの破壊強度の増大のメカニズムである。 |
シナリオ |
主シナリオ
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無知、知識不足、思い込み、計画・設計、計画不良、材料不良、材料選定の不適切、強化ガラス製食器、使用、運転・使用、機器・物質の使用、食器の落下、破損、破壊・損傷、破壊、二次災害、損壊、ガラス破片の飛散、身体的被害、負傷、重傷
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情報源 |
(1) 消費者行政ニュース、第59号、32頁、(平成13年10月)、経済産業省 (2) 経済産業省 製品評価技術センター ホームページ 「事故情報のページ」http://www.jiko.nite.go.jp「特記ニュースNo.33」 (3)科学、ハイタッチテクノ、強化ガラス、朝日新聞(夕刊)、1993年4月14日(水)
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死者数 |
0 |
負傷者数 |
1 |
マルチメディアファイル |
図1.壊れると細かい破片になるのが、強化ガラスの特徴
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図2.強化ガラス断面の力の分布(残留応力)
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分野 |
材料
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データ作成者 |
小林 英男 (東京工業大学)
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