失敗事例

事例名称 プラスチック製スキー靴の破壊
代表図
事例発生日付 1993年
事例発生地 日本
事例発生場所 スキー場ゲレンデ
機器 プラスチック製スキー靴
事例概要  ゲレンデで主流のプラスチック製のスキー靴が急に壊れる事故が広く起きている。経済企画庁の外郭団体、国民生活センター(東京)は、「水分を吸って脆くなる性質の変化に加えて、運動中の力が原因」とのテスト結果をまとめて1994年1月10日に発表した。わずかでもき裂に気付いたら、すぐ使うのをやめるよう警告している。
事象 ○ 代表的な事故事例
 1987年から1993年までに、国民生活センターに集まった事故事例は計57件、メーカーは約20社である。古いほど事故は増えるが、買って1年以内でも起きたケースがある。代表的な事故事例を以下に示す。
・ スキー歴20年の男性がゆるい斜面で急に転び、8年使った靴の右側がつま先から無くなってねんざをした。
・ スキー靴の底が割れたり、ひびが入ったりした。
・ 真っ二つになり、金具が落ちた。
・ 滑っていない場合の事故も多い。
 スキー靴ばかりでなく、登山靴でも同様の事故事例を4件確認している。
経過 ○ テスト結果
 国民生活センターは、事故の起きた23件の現物を入手した。その中から、使って4年目と10年目のもの、さらに7年目で無事故のものを、千葉工業大学に依頼して、力を加えるテストをした。その結果、古いほど強度が落ち、10年目のものは4年目のものに比べて、1/2から1/4の力にしか耐えられなかった。
 原因は、靴の主成分のポリウレタンが水分を吸って、化学変化を起こし、硬くて割れやすくなることにある。そこに運動中の力が加わると、破壊する。
○ 上手な使い方
 小さいき裂もわずかな力で大きく割れる可能性がある。国民生活センターは、長年もった靴は事前に点検して、き裂があれば使わないこと、また急激な温度変化を与えない使い方を勧めている。業界団体には、使える期限、注意、手入れ方法の明示と素材の改善を要望した。
○ メーカーの対応
 スキー靴最大手の日本ノルディカ(本社・東京)は、8年前に破壊の例を聞いて原因を調査し、素材の変化のほか、高温多湿の中で保管したり、シェル(靴の外側)に無理な力が加わることなどが理由と判断した。以後は、素材、技術、検査などを改善した。説明書への「急な乾燥を避けてほしい」、「材質の経年劣化で破損が起こりうる」といった表示など、最善の努力をしている。
原因  プラスチックは吸水劣化する。吸水劣化によって、特に圧縮強度が低下する。プラスチックは水と薬品に強いという社会一般の誤った常識が、事故の背景にある。メーカーとユーザーの両方に、吸水劣化の認識がなかったことが、事故の原因である。
対処 (1) メーカー
 材料の改善と、使用期限、注意、管理方法の明示
(2) ユーザー
 使用期限、注意、管理方法の明示の遵守
対策  プラスチックは水と薬品に強いという社会一般の誤った常識(材料の安全神話)がある。プラスチックは吸水劣化する。材料の特性に絶対の安全神話はない。
知識化 「材料の安全神話」
 応力腐食割れが典型的な例である。応力腐食割れは、材料、環境と引張応力の3つの因子の重畳効果によって生ずる。したがって、応力腐食割れは、一つの因子に関する対策によって、完全に防止できるとされている。最も容易なのが材料に関する対策であり、新しい材料の開発または従来材料の特性向上によって、特定の環境と引張応力のもとで、応力腐食割れを生じない材料選定が可能とされている。これが、絶対に応力腐食割れをしないという材料の安全神話である。ところが、この神話は予測であって、実績がない。現実には、予測の限度によって、応力腐食割れを生ずる結果となる。そして、再び新しい材料の開発または従来材料の特性向上によって、新しく材料の安全神話が誕生し、この繰返しが永遠に続く。
 同様に、材料の破壊特性が向上すれば、絶対に壊れないという安全神話が生まれる。その結果、限界を超えた使用がなされ、壊れるだけではなく、逆に大きな二次災害を生ずる。材料の特性に絶対の安全神話はない。材料は生き物である。材料は変わる。材料は腐る。材料は壊れる。そして、材料には寿命がある。これが自然界の鉄則である。
後日談  国民生活センターがスキー靴で注意を呼びかけたのは、1994年であった。スキー靴が突然に破損し、転倒したりけがをしたという報告が1993年末までに約60件が寄せられ、業界に改善を求めた。しかし、2004年も、製造後6年以上のスキー靴で歩いていると、突然に粉々に割れたなどの数件が寄せられている。
 スキー靴は1シーズンで約40万足が出荷されているが、約7割が輸入品である。日本スポーツ用品輸入協会は、日本の夏は高温多湿で、劣化が進みやすいと指摘し、劣化の目安を製造から5年程度としている。在庫品バーゲンやインターネット注文の場合は、製造年をよく確認する必要がある。
 注意を以下に示す。
(1)使用前にひびや白濁がないか、光沢が著しく失われていないか点検
(2)使用後は直射日光を避けて風通しのよい場所で乾燥後、日の当たらない場所で保管
よもやま話 「 破壊のプロセスと経年劣化」
実際の破壊のプロセスは複雑で、複数の破壊のメカニズムが競合する。破壊は最終の状態で、それ以前の状態を損傷という。損傷は、以下の3つに大別できる。
(1) 減肉
(2) 割れ
(3) 劣化
 減肉には全面減肉と局部減肉があり、腐食、エロージョン/コロージョンと高温酸化によって生ずる。過度の減肉の結果、実断面応力が増大し、非時間依存形破壊(塑性崩壊)に至る。また、局部減肉が破壊のメカニズムの関与なしで、肉厚貫通孔を形成する場合もある。しかし、これらは広義の破壊とみなせる。
 割れは時間依存形破壊のき裂の発生、進展に対応するが、減肉によって加速される。減肉による実断面応力の増大は、時間依存形破壊の加速に寄与する。腐食は、腐食疲労と応力腐食割れの原因となる。高温酸化は、クリープ破壊を加速する。疲労‐クリープ‐高温酸化の相互干渉効果が、複数の破壊のメカニズムの競合する典型的な例である。
 劣化は経年劣化ともいう。割れ(時間依存形破壊)は、材料全体が劣化することなく、局所にき裂が発生、進展して破壊に至る現象である。これに対して、ある種の材料は高温長時間加熱、焼戻しなどの使用中の温度履歴によって、析出、時効などに起因して材料全体の特性が変化し、特に靱性が低下して脆性を顕著に示すようになる。これが典型的な劣化であり、脆化ともいう。温度履歴に直接関連しない劣化としては、水素脆化、中性子照射脆化などがある。吸水劣化もこの1種である。劣化の特徴は、以下のとおりである。
(1)材料全体の劣化が経年的に進行する。
(2)必ずしも割れを伴わない。
(3)応力が劣化を加速する場合がある。
(4)他の要因で割れが生じた場合、劣化が限界き裂寸法の著しい減少をもたらす。
 上記(3)、(4)からわかるように、実際に劣化が問題となるのは、割れ(時間依存形破壊)との複合効果である。クリープ破壊の場合、キャビティの発生、成長という材料全体の劣化に加えて、局所にき裂が発生、進展し、1つの現象で両者の複合効果を示す。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、思い込み、計画・設計、計画不良、材料不良、材料選定の不適切、プラスチック製スキー靴、不良現象、化学現象、材料劣化、吸水劣化、使用、保守・修理、管理不十分、破損、破壊・損傷、割れ、身体的被害、人損、転倒、身体的被害、負傷、軽傷
情報源 (1)スキー靴が突然壊れる、朝日新聞、1994年1月11日(火)
(2)年末年始安全に過ごす、スキー靴、朝日新聞、2004年12月28日(火)
死者数 0
マルチメディアファイル 図2.破壊したスキー靴(右)と登山靴(左)
備考 負傷者:多数
分野 材料
データ作成者 小林 英男 (東京工業大学)