失敗事例

事例名称 充填中の酸素ガス容器の溶融と破裂
代表図
事例発生日付 1996年03月25日
事例発生地 福岡県粕屋郡志免町大字別府1049-5
事例発生場所 ガス充填工場
機器 酸素ガス容器
事例概要 1996年3月25日、福岡県のガス充填所で医療用酸素ガスをアルミニウム合金製容器6本と鋼製容器20本に充填していた。容器への充填を終え、容器バルブと架台バルブの閉操作を行っていたところ、アルミニウム合金製容器1本がバルブ取付部から肩部にかけて突然溶融し、火が噴き出した。この事故により作業員1名が死亡し、他の1名は火傷による重傷を負った。
容器再検査時に混入した油分が容器内面とバルブ内面に付着して、ガス充填時の温度上昇によって着火したものと見られている。
事象 酸素ガスの充填を終えたアルミニウム合金製容器がバルブ取付部から肩部にかけて突然溶融し、火が噴き出した(図2参照)。調査の結果、最初に着火した位置は容器バルブの内部で、充填枝管が差し込まれた先端部から発火し、この位置のバルブ本体を溶融し、さらにアルミ製容器の外面を直撃して溶融、開口している。あたかも電子ビームを照射して本体を溶融させた様相を呈している。一方、着火した炎はバルブシート面を溶かし、容器バルブの出入口通路内を伝播しながら容器の内部に達している。酸素ガスの発火位置は容器バルブ内部の逆止弁カセットの位置であり、充填側のバルブ本体根元を溶断し、さらに135°方向(上面を0°とし、時計回りに見る)に容器外面を直撃、溶融している(図3参照)。さらに着火した火炎はバルブのオリフィス穴を通過し、バルブシート面の狭い空間に入り、バルブシート(真ちゅう)とシート詰物(ナイロン66)の表面を溶融して、容器バルブの出入口通路内を伝播しながら容器の内部に達している。容器の開口部の破面には、火炎の外面照射による溶融面と、容器内部からの火炎の噴出によるナイフエッジのような鋭い溶融面の両方が観察される。
容器の外形寸法は事故前後で変わらないことから、内部圧力の上昇によって破裂したものではなく、また容器材料の機械試験と非破壊試験の結果から、破裂は材料欠陥と製作不良に起因するものではない。
事故後の調査で容器バルブを2つ割に切断したところ、パッキン表面と充填枝管内に油分、鉄粉などが確認された。破裂した容器の内面状態を図4に示す。また、容器内にも油分、鉄粉などが存在するかどうか確認するために、破裂した容器の両隣の容器2本を2つ割に切断し、紫外線照射装置(ブラックライト)により紫外線を照射したところ、星空模様の発光が認められ、容器内面に油分の混入が確認された。
さらに、調査の結果、容器再検査時に使用する水圧ポンプクランクシャフト部の潤滑油が膨張測定試験に用いる水に混入していることが判明した。このため、容器再検査時に容器内へ油分が混入したと考えられる。油分は使用中のガスの流れに伴い、バルブ内面に付着した可能性が高い。また、容器本体はオーストラリアで製造され、口金部のねじ加工もオーストラリアの基準ゲージを使って製作されていたが、真ちゅうバルブのねじ加工は国内メーカーの基準ゲージを使って製作されていたため、バルブ取付け時にねじ山のかじりによって粉塵が発生していた。
さらに、本充填所では、9.7リットルの小型容器に急速充填が行われていた。圧縮ガスを容器に急速充填すると、断熱圧縮によってガス温度が上昇することは、周知の事実である。解析した結果、ガス温度は140℃まで上昇することが判明した。また、事故後の調査で、シートパッキン(ナイロン6)の高分子材料は140℃の高温でクリープ現象を起こし、ガスの封止能力を失うことが判明した。充填終了後に使用中の摩擦、異物のかみ込み等によって容器バルブに微小なガス漏れが起こると、バルブ内の小空間は0.1cc程度であるため、すぐに大気圧状態となる。シートパッキンの封止能力が失われているので、容器内のガスはバルブ内の小空間に流入し、さらに温度が上昇する。解析の結果、温度は310℃まで上昇すると推定される。シート詰物(ナイロン66)とシートパッキン(ナイロン6)には油が付着しており、さらに酸素雰囲気中であるため、310℃で発火する。
以上、着火までの流れをまとめると、容器への充填が完了し、容器バルブを閉めたが、ガス温度が高いためシートパッキンはクリープ現象を起こし、酸素ガスはバルブの小空間へと流れ込み、さらに発熱し、バルブ内面に油分が付着していたために発火の条件が整ったか、または粉塵の衝突によって着火したものと結論される。アルミニウムがいったん着火すると、アルミニウムと酸素は急激な発熱反応を示す。
原因 (1)急速充填
急速充填によって、容器内のガス温度が上昇し、着火の原因となった。
(2)油分、粉塵の存在
油分、粉塵が容器バルブと容器内に存在しなければ、温度が上昇しても着火することはなかった。
対策 (1)ガス温度が高くならない方法で充填する。
(2)ガス設備系内に油分、粉塵がないことを定期的に確認する。
知識化 ・急速充填による温度上昇
容器へ高圧ガスを急速充填すると、ガス温度は上昇する。高圧酸素ガスの雰囲気中では、物質の着火温度が低下するため、酸素ガスの温度上昇には十分注意する必要がある。アルミニウムは、条件によっては燃料になる。さらに、急速充填による温度上昇によって、アルミニウム合金製容器の胴部がクリープ変形し、異常に膨張する現象がある。容器再検査時には、膨張変形の測定が必須である。
・容器内への油分の混入
容器内への油分の混入は、着火と燃焼の原因となる。酸素ガスでなくとも、高圧の空気に油分が混入すれば、着火と燃焼の原因となる。失敗百選の事例に「1995年、油の混入によって圧縮空気貯槽が爆発」がある。
シナリオ
主シナリオ 価値観不良、安全意識不良、組織運営不良、管理不良、設備管理不良、使用、保守・修理、油分付着、使用、運転・使用、ねじ山のかじり、粉塵付着、使用、運転・使用、急速充填、不良現象、熱流体現象、断熱圧縮、温度上昇、破損、破壊・損傷、溶融、破裂
情報源 酸素ガス容器の溶融・破裂事故調査報告書(平成8年12月)高圧ガス保安協会
死者数 1
負傷者数 1
物的被害 酸素ガス充填設備,充填場スレート屋根の一部,事務所及び倉庫の窓ガラスの一部
被害金額 不明
全経済損失 不明
マルチメディアファイル 図2.破裂した酸素ガス容器の寸法と溶融状況
図3.酸素ガス容器口金部及びバルブの溶融状況のスケッチ
図4.破裂した酸素ガス容器の内面状態
分野 材料
データ作成者 赤塚 広隆 (高圧ガス保安協会)
小林 英男 (東京工業大学)