失敗事例

事例名称 蒸気タービンロータの脆性破壊事故
代表図
事例発生日付 1954年12月19日
事例発生地 米国シカゴ
事例発生場所 Commonwealth Edison Ridgeland 4号機
機器 低圧タービンロータ(Ni-Cr-Mo-V鍛鋼(ASTM A293 Class 6)製で室温の耐力586MPa,抗張力724MPa,伸び16%(軸方向),絞り30%(軸方向)であった.また,熱処理条件は(890℃+870℃+640℃)×380hであった.本ユニットは1954年8月19日に出力165MWで運用が開始され,低圧ロータの回転数は1,800rpmであった.)
事例概要 本事故は運転開始後4ヶ月経った1954年12月19日の過速度トリップ試験中に突然起こった.8.6%の過速度で低圧ロータが破壊し,焼きばめディスク部が飛散した.この事故は切欠き感受性の高い材料に水素が関与した結果生じた脆性破壊であると結論付けられた.事故後,対策として材料中の水素含有量を最小化するため真空中での脱ガス溶解と熱処理方案が採られた.また,超音波探傷法ならびに探傷結果の評価法の改良がなされた.
事象 (1)フォールトツリー解析の結果
○ 図11 破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図
1950年代初期に大気溶解インゴットから製造された当該タービンロータは中心孔付近にMnS偏析域および内部にhydrogen flakeが内在しており,切欠き感受性が高く脆性破壊(延性脆性遷移温度(FATT)>運転メタル温度)し易い材質であった.しかし,製造時の中心孔検査は異常なく,また超音波探傷で欠陥指示があったが,無害欠陥と判断された.そのため,有害欠陥(き裂)の存在に気付かないまま4ヶ月(起動停止回数は10回で,そのうち9回は過速度テスト)の運転を行い,その後の過速度テスト中に脆性破壊に至った.
○ 図12 機器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図
当時の製造・検査に技術上の問題はなかったが,超音波探傷による指示欠陥の判定においてhydrogen flakeのような有害欠陥と非金属介在物等の無害欠陥との区別が困難であったため,有害欠陥の存在を見誤った.そのため,有害欠陥の存在に気付くことなく4ヶ月の運転が行われ,脆性破壊によるバースト事故に至った.
(2)イベントツリー解析の結果
図13 脆性的な材質ならびに超音波探傷結果の誤判断による有害欠陥の見落しによる蒸気タービンロータのバースト事故のイベントツリー図
大気溶解によるNi-Cr-Mo-V鍛鋼インゴットに生じたhydrogen flakeおよびMnS偏析が中心孔付近から中央部にかけて内在することが,ロータ製造時の超音波探傷で欠陥指示があったものの,無害欠陥と判断されたため,そのまま4ヶ月間の運用に供された.その間にき裂が発生・成長し,過速度テスト中に脆性破壊するに至った.
経過 当該ロータは脆性破壊によりほぼ1/4ずつの4つの大きな破片となって飛散し,近接の1~3号機に被害を与えた.事故後,飛散した破片を回収し詳細な原因調査が行われた.その結果,製造,検査,運転上に特段の問題はなかったが,hydrogen flakeと非金属介在物(MnS)が内在し,運転メタル温度以上の高いFATT(延性・脆性遷移温度)を有する脆性的な材質に加え,超音波探傷による指示欠陥(hydrogen flake)を無害欠陥と誤判断したため,有害欠陥(き裂)の存在に気付かないまま運用しバースト事故に至った.
原因 (1) 技術の未熟さ
当時は大気溶解による製鋼技術では,脱ガスが不十分でありhydrogen flakeのような有害欠陥が生じ易かった.また,当時の超音波探傷技術では,hydrogen flakeのような有害欠陥と非金属介在物等の無害欠陥の判別が困難であり,有害欠陥の存在を見落としてしまった.その後の技術進歩があれば,このような有害欠陥の存在やその見落としは防止でき,バースト事故に至る可能性は少なかった.
対処 (1)本事故の契機に大型鍛造品の品質の重要性が認識され,材料仕様および製造・検査法が注目されるようになった.先ず, Ni-Mo-V鋼より優れた低圧ロータ用の代替材料が出て来なかったことから,同鋼の脆性破壊防止のため,切欠き感受性の影響因子である組成,熱処理,微視組織,製鋼プロセス等に詳細な検討が加えられた.また,hydrogen flakeの生成防止の観点から,水素含有量を低減させる脱ガス処理法として,当時欧州で注目されていた真空溶解法が挙げられた.次に,非破壊検査法の改善がこれらと同様に重要視され,特に中心孔より内部に存在する有害欠陥を検出し得る超音波法自体の改善とともに,超音波探傷結果から有害欠陥と無害欠陥を判別できる方法(経験や知識の拡大)が検討された.
対策 (1) 水素含有量を最小化する真空脱ガス溶解法や熱処理法の導入
(2) 非破壊検査,特に超音波探傷法の改善
知識化 内在欠陥の見落としは事故のもと!
 (非破壊検査(特に,超音波探傷)はいつでも重要)
シナリオ
主シナリオ 誤判断、狭い視野、未経験・不慣れ、計画・設計、計画不良、検査不良、蒸気タービンロータ、大気溶解NiMoV鍛鋼、内在有害欠陥(hydrogen flake)の見落とし、使用、運転・使用、機械の運転・操縦、破損、大規模破損、破裂(脆性破壊)、ロータバースト(飛散)
情報源 (1)S.H.Bush,”Failures in Large Steam Turbine Rotors,” Workshop Proceedings: Rotor Forgings for Turbines and Generators, EPRI WS-79-235, pp.1-1~1-27(1981).
(2)H.D.Emmert, “Investigation of Large Steam Turbine Spindle Failure,” Trans. Of ASME, pp.1547-1565(1956).
マルチメディアファイル 図2.Ridgeland4号ユニット
図3.Ridgeland4号低圧タービン断面図
図4.Ridgeland4号低圧タービンロータの破損パターン
図5.Ridgeland4号低圧タービンロータの破壊プロセス
図6.事故後の発電所内の様子(手前が事故を起こした4号ユニット)
図7.事故後の4号低圧タービン
図8.事故後に回収された低圧タービンの破片および部品
図9.事故後の破片の磁粉探傷試験による指示欠陥
図10.事故後の破片のサルファープリント
図11.破壊形態、破壊のメカニズムとプロセスに着目したフォールトツリー図
図12.機器の設計と製作における不適切・不良に着目したフォールトツリー図
図13.脆性的な材質ならびに超音波探傷結果の誤判断による有害欠陥の見落しによる蒸気タービンロータのバースト事故のイベントツリー図
分野 材料
データ作成者 新田 明人 ((財)電力中央研究所)
小林 英男 (東京工業大学)