事例名称 |
フリックスボローの化学プラント爆発 |
代表図 |
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事例発生日付 |
1974年06月01日 |
事例発生地 |
英国 フリックスボロー |
事例発生場所 |
シクロヘキサン酸化プラント |
機器 |
反応器バイパス配管およびセパレーター配管 |
事例概要 |
1974年6月1日(土)16時53分に、英国フリックスボローのナイプロ社(Nypro社: Dutch State Mines(55%)とUK National Coal Board(45%)の合弁企業)フリックスボロー工場でTNT爆薬15トンに相当する大規模な爆発事故が発生し、工場内で死者28人と負傷者89人を出した。工場外では負傷者および損傷が広範囲にわたって生じた。1821軒の家屋、また、167の作業場および工場が大なり小なりの損傷を蒙り、負傷者53人を出した。爆発を起こしたプラントではナイロン製造の化合物の1つを作っていた。 |
事象 |
シクロヘキサン(C6H12 )を触媒存在下155℃、125lb/in2(8.80kgf/cm2 、0.86MPa)で空気酸化により、通常KA(ケトンアルコール)として知られるシクロヘキサノン(C6H12O)とシクロヘキサノール(C6H11OH)の混合物を生成させる。反応は容量20トンの6連の反応器で行われていた。そのうちの1基No.5反応器にき裂が生じたので、修理のために撤去されたが、製造継続のためNo.4とNo.6の反応器が仮配管で繋がれた。夫々の反応器側には28inφ(711mmφ)のType 304Lステンレス鋼短管が繋がれ、その間を28inφ(711mmφ)のベローズを介して20inφ(508mmφ)の配管が取付けられた。反応器間には段差があったので、配管はS字型に屈曲していた。 この状態で2ヶ月間は満足に稼働していたが、3ヶ月目にさしかかった事故当日に125lb/in2(8.80kgf/cm2、0.86MPa)の圧力は129lb/in2(9.03kgf/cm2、0.89MPa)と僅かに上昇した。この僅かな圧力上昇によって、ベローズを引裂くのに十分な曲げモーメントが作用し、配管はV字状に屈曲変形するとともに、ベローズをせん断破壊させた(図2参照)。その結果、破断した28inφ(711mmφ)ベローズの口から大量のシクロヘキサンが流出して蒸気雲を形成し、発火・大爆発を起こした(図3参照)。これによって生じた大火災で、工場内に死者28人と負傷者53人を出し、酸化ユニットおよび近傍ユニットを破壊した。被害はその他のプラントまで広範に広がり、100m離れた事務所も破壊した。 シクロヘキサン酸化工場のNo.4反応器とNo.6反応器を繋ぐS字型の20inφ(508mmφ)継手配管は両側のベローズから破断して、真下のコンクリート土台の上に落下していた。20inφ(508mmφ)継手配管はS字型下部で完全にV字状に折れ曲り、大きく下方に突き出た後、激しく土台に衝突している。両側のベローズは、バイパス配管から引裂かれ、それぞれ数個の破片に分離して管の近傍に散乱していた。 |
経過 |
シクロヘキサン酸化プロセスは、直径12ft(3658mm)、高さ16ft(4877mm)、厚さ1/8in(3mm)のType 316L(SUS 316L)ステンレス鋼を内面クラッドした1/2in(13mm)の炭素鋼製の反応器6連から成っている。反応は、洗浄器を経て熱交換器で加熱されたシクロヘキサンと回収シクロヘキサンがNo.1反応器に供給され、各反応器の頂部から供給される空気によって155℃、125lb/in2(8.75kgf/cm2、0.85MPa)の条件で行われて、シクロヘキサノンとシクロヘキサノールすなわちKA(ケトンアルコール)が生成される。 1974年3月末、No.5反応器に漏れが発見され、検査によって6ft(1830mm)長さの割れが検出された。Dutch State Mines (DSM)社のその後の調査で、損傷原因は炭素鋼クラッドの硝酸塩応力腐食割れと判定された。これは少量の漏れを希釈して分散させる方法として、硝酸塩で処理された冷却水をスプレーしていたためといわれる。No.5反応器は取り外して修理することが決定され、バイパス管が設置されて再スタートした。20inφ(508mmφ)Type 304L(SUS 304L)ステンレス鋼のドッグレッグ管で構成されるバイパス管は、反応器が取除かれた後、28inφ(711mmφ)ノズルに取付けられた2つのエクスパンションベローズの間に組立てられた。操業温度および操業圧力にあっても精密検査は実施されず、設備が取付けられている間に支柱が持ち上げられるのが観察された。 バイパス配管が取付けられ、プラントが4月1日に再スタートした後、暫くは満足に稼働していた。しかし、5月29日にサイトグラスに漏れが発見され、プラントは修理のためにシャットダウンされた。6月1日の4時に再スタートが試みられたが、さらに漏れが発見された。これらを改修した後、再スタートした。圧力は最初の反応器が操業温度に達する前に、早々に通常の125lb/in2(8.80kgf/cm2、0.86MPa)以上に上昇した。しかし、放出が始まる前に他の漏れが発生し、加熱が止まり、圧力は64lb/in2(4.5kgf/cm2、0.44MPa)まで下った。7時に漏れは改修され、9時30分に準備運転が開始された。ただし、1回だけ11時30分に通常125lb/in2(8.80kgf/cm2、0.86MPa)の圧力が129lb/in2(9.08kgf/cm2、0.89MPa)まで若干上昇したとき、放出が必要であったが実施されなかった。その理由は、窒素のストックが不十分であることがわかったためである。真夜中まで新しい供給は期待できなかったので、系はドライサイクリングすなわち反応のための空気を供給することなく、圧力下で加熱されたシクロヘキサンの循環を継続した。7時の終りから15時までの転換では、温度は反応系の水準からは逸脱しなかった。 この僅かな圧力上昇によってバイパス管に曲げ応力が作用し、V字状に屈曲変形するとともに、弱点であるベローズをせん断破壊させた。これによって生じた28inφ(711mmφ)ノズルの口から流出した大量のシクロヘキサンが蒸気雲を形成して、発火・大爆発を起こした。流出から発火までに経過した50秒間に流出したシクロヘキサンは約30~50トンとされている。16時53分に起こった爆発はTNT爆薬15トンに匹敵する。制御室の計器が全て駄目になり、全ての計器と記録が破壊したため、最終転換で何が起ったか知る由もなかった。この結果、酸化ユニットとその近傍ユニットを破壊し、その他にプラント広範にわたり大きな被害をもたらした。 なお、別に2基のセパレーターの間の8inφ(203mmφ)管で、逆止弁から漏出したシクロヘキサンが発火し、火炎が曲管部に当って小爆発を起こして50in(1270mm)長さの裂け口を生じている。事故後の金属組織検査によって、亜鉛脆化とクリープキャビテーションが確認されている。当初はこの8inφ(203mmφ)配管の破壊に続く小爆発が前段階で起こり、これが引金となってバイパス管の破壊が起こったと推察されていた。 |
原因 |
No.5反応器が取り外された後、No.4反応器とNo.6反応器との間を繋ぐ配管は、反応器間に段差があったため、S字型に取付ける必要があった。ここで、管内の圧力上昇によって、配管に曲げモーメントが作用し、特に弱点となるベローズにどのような影響を及ぼすかということの検討が殆どなされないで施工したところに、ベローズがせん断破壊した原因がある。 バイパス配管取付けの設計は専門外の技術者によって行われ、実施された唯一の計算は、必要な流体を流す組立て管の容量であった。ベローズまたは管が、これらの応力に耐えるか否かを確かめるための計算は実施されていなかった。関連するBritish Standardまたは他の容認されているStandardも参照されていなかった。管の製図は工場の床にチョークでスケッチを描く以外にはなされていなかった。また、ベローズの製造業者が発行している設計者ガイドも参照していなかった。管もアッセンブリも取付けられるまで圧力試験は実施されていなかった。圧力下にあるアッセンブリが、設計で配慮されていないベローズに対して、せん断応力が働く曲げモーメントを受けることを誰も評価していなかった。 また、バイパス配管を支える支柱も休止配管の足場を利用したもので、配管の曲げ変形を支えるのに十分な強度を持っていなかった。 流出したシクロヘキサンの発火源は、若干離れたところにあった加熱炉(天然ガス加熱炉)と推察され、流出量はガスの流出から発火までに要したとされる50秒間に、30~50トンと算定されている。 一方、これとは別に、反応器近くの2基のセパレーターを繋いでいる8inφ(203mmφ)ステンレス鋼曲管彎曲内側に50in(1270mm)長さの割れが生じていた。その原因は、次のように推察されている。すなわち、裂け目近くにあった逆止弁のフランジの2つのボルトの緩みのために保温材中に酸化性の残渣が蓄積し、自然発火または誘導静電気荷電によって漏出スプレーが発火した。その結果で生じたフレームが8inφ(203mmφ)管の曲管内側に向けて吹きつけた。これによって管は、高温クリープキャビテーションおよび亜鉛脆化を起こして50in(1270mm)長さの裂け目を生じたと判断されている。 この現象は損傷部の金属学的調査によって確認されている。なお、オーステナイト系ステンレス鋼の亜鉛脆化は、800~900℃の温度、3.21ton/in2(4.98kgf/mm2、48.8N/mm2)の応力では数秒で管を破壊できる。また、ステンレス鋼のクリープキャビテーションは、950℃またはそれ以上の温度と4.7ton/in2(7.29kgf/mm2、71.4N/mm2)前後の応力では数分で起こるとされている。 これらバイパス配管の破壊と8inφ(203mmφ)管の破壊については、8inφ(203mmφ)管の破壊に続く小爆発が前段階で起こり、その結果としてバイパス管の破壊が起ったと推察されていた。ところが調査委員会は、詳細な検討の結果、起こりそうにもない2つの事象が偶然ほぼ同時に発生したと結論している。 |
対処 |
英国政府は事故発生後、直ちに有識者からなる諮問委員会を結成して、基本的な調査を実施した。フリックスボローで実施した大規模なシミュレーションテストにより、ベローズは操業圧力より僅かに高い圧力でS字型に曲げられることを確認した。 28inφ(711mmφ)ノズルからのシクロヘキサン流出量を計算し、急速なバイパス配管の破壊に続く、十分な蒸気雲を放出する見解を確認している。 フリックスボロー規模の漏れに対して発火の危険性を防ぐことは殆ど不可能であるとして、機器の配置の基準を設けることで対応した。すなわち、爆発性物質の蒸気雲を炭化水素等価量で表わした数字を横軸にとり、発火地点からの距離を縦軸にとって、制限事項をA~Fの6段階領域に分けて示す基準図を作成している。例えば、発火地点から20m以内をA域とし、建物があってはならない。B域は危険物を扱うプラントと工場道路があってはならない。C域は低圧貯槽があってはならない。D域は建屋の屋根を独立させて支持し、窓の防護策を講ずることと、一般道路があってはならない。E域は家屋があってはならない。F域は制限なし、としている。 |
対策 |
プラントは全体に壊滅的な損害を蒙っているので、得られた教訓を基に再建することになる。この場合、生産プロセスおよび反応プロセスの改善も検討する必要がある。従来の生産プロセスは高保有量を前提としていたため、一旦漏れが発生すると大きな事故になる。保有量を低くして、漏れが生じても被害を最小限に抑える生産プロセスと、低保有量を前提とする反応プロセスの検討が望まれる。実際の再建では高保有量前提のシクロヘキサン酸化プロセスに変えて、フェノール水素化による方法が採用されてプラントは再建された。 |
知識化 |
硝酸塩により炭素鋼が応力腐食割れを起こすことは、金属専門家にはよく知られている現象である。その知識のない技術者の判断で、硝酸塩を含む冷却水スプレーを炭素鋼反応器に注入して、割れの発生を招いた。認可された範囲外での運転条件の変更は、責任者が許可するまで認めないようにすべきである。 反応器を取り外した後、反応器を繋ぐバイパス配管の設計・施工は生産再開を急ぐあまり、専門外の技術者が設計・施工した。管内の圧力変動によって配管に作用する曲げ応力に対する検討がなされなくて、配管の曲げ変形に対する支柱の強度も不足していた。このため、管内の圧力の僅かの上昇が、ベローズのせん断破壊を招いた。 特に、危険物を取扱うプラント設備においては、設備の簡単な補修または改造でも、基準を十分参照し、専門知識を持った技術者に委ねる必要がある。 また、2基のセパレーター間の8inφ(203 mmφ)ステンレス鋼配管のガス漏れに見られるように、噴出した高温ガスが他の機器をアタックすることで、大事故を招くことがある。このため、漏れ検知技術と発火防止対策は、十分検討しておく必要がある。 爆発性の物質を扱うプラントでは、プラントと建物との位置関係を十分安全な範囲に取るようにする必要がある。例えば、建物はプラントから20m以内には建ててはならないとか、必要な場合には構造強化策を講ずるとかが挙げられる。 このプラントは保有量の高いプロセスであったために、大量のシクロヘキサンが流出して大爆発を起こした。保有量が低いと漏れ量も少なく、大爆発の危険性は少ない。保有量の低いプロセスを考えるべきである。 高保有量プロセスの採用理由は不明であるが、生産量50,000ton/y、KA(ケトンアルコール)の線速度0.5m/secとすると、1.6inφ(41mmφ)の管で通すことができる。実際の管径は28inφ(711mmφ)で、管の断面での流速は理論最小値よりも300倍も大きい。 |
よもやま話 |
英国政府は、大規模な危険に関する諮問委員会を発足させた。結果として、CIMAH ( Control of Industrial Major Accident Hazard )を設けた。その後、法規はCOMAH ( Control of Major Accident Hazard )に置き換わった。 フェノールの水素化プラントに変えてプラントは再建されたが、数年後に営業上の理由で閉鎖された。 |
シナリオ |
主シナリオ
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無知、知識不足、経験不足、非定常行為、変更、設計変更、計画・設計、計画不良、専門性不適合、使用、運転・使用、圧力上昇、破損、変形、バイパス管座屈、ベローズせん断破壊、破損、大規模破損、漏洩、二次災害、損壊、蒸気雲形成、爆発、身体的被害、死亡、事故死、組織の損失、経済的損失、プラント崩壊
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情報源 |
(1)Sir Fredrick Warner : Chamical Engineering Progress, Vol.71, No.9 ( 1975 ) (2)S. J. Gould : Learning from Accident -3 rd Edition Chapter 8 Gulf Professional Publishing
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死者数 |
28 |
負傷者数 |
89 |
マルチメディアファイル |
図2.バイパス配管の破壊状況
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図3.大規模爆発の概要
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備考 |
WLP関連教材 ・化学プロセスの安全/製造時での事故と安全 |
分野 |
材料
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データ作成者 |
武川 哲也 (元住友化学(株))
小林 英男 (東京工業大学)
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