失敗事例

事例名称 有機窒素化合物焼鈍炉における炭素鋼の硝酸塩応力腐食割れ
代表図
事例発生日付 1995年
事例発生地 日本
事例発生場所 化学工場
機器 炭素鋼製大型焼鈍炉
事例概要 1年間余使用した有機窒素化合物を取り扱う炭素鋼製大型焼鈍炉において炉体の炭素鋼板に硝酸塩応力腐食割れが発生した。割れは炉壁および炉支柱構造体に対し無数に発生し、炉壁の膨れ、歪み、炉内ガスの部分的漏洩および炉支柱構造体の変形や座屈などに発展し、最終的に操業困難になった。
事象 本焼鈍炉体サイズは数m幅×数m奥行き×十数m高さである。炉体材料は板厚1mmの炭素鋼板(SS41相当)である。本焼鈍炉はポリイミド樹脂を溶剤NMP(n-metyl-2-pyrrolidone)に溶解し部品へ塗布・乾燥する電気炉である。割れ形態は図2に示す如く典型的な粒界割れである。使用雰囲気温度は100~300℃、炉壁温度:50~150℃である。炉内壁に付着しているダストを分析すると硝酸イオンが数百ppm検出される。これは、使用薬剤のポリイミド樹脂あるいはNMPが熱分解・酸化されることで生成したものと推測される。炭素鋼板を詳細に分析すると、化学組成はSS41相当のC=0.06%、材料硬さはHv=100であることから700℃焼鈍材相当と推定される。この条件は従来から知られている炭素鋼の硝酸塩応力腐食割れ感受性を有す材料条件と一致している。ちなみに、C>0.2%、300~600℃中間熱処理材であれば、耐硝酸塩応力腐食割れ感受性が十分小さいことが知られている〔参考文献:小若正倫:金属の腐食損傷と防食技術、アグネ承風社、p.147(2000)〕。
経過 おそらく、焼鈍炉の発注者、製作者共に取扱雰囲気に関する正確な認識が不足しており、本使用環境において有機窒素化合物の分解・酸化により硝酸塩が生成するとの認識がないまま炉を設計したものと思われる。それは、材料とその熱処理条件に対し、応力腐食割れ回避の材料条件を選択していないことからも推測される。また、硝酸塩が生成すると予想したとしても、炭素鋼に応力腐食割れが発生するとの認識が欠けていたものと思われる。
原因 本損傷は以下の要因により、炭素鋼の硝酸塩応力腐食割れと推定される。
a)材料条件:応力腐食割れ感受性を有す炭素鋼(C=0.06%、Hv=100の700℃焼鈍材相当)であった。
b)環境条件:有機窒素化合物のポリイミド樹脂および溶剤NMPを雰囲気温度は100~300℃、炉壁温度:50~150℃で使用することで硝酸イオンが数百ppm生成された。
c)応力:詳細なデータはないが、炉の構造と操業条件から割れ発生に必要な応力が付与されたものと推定される。
ただし、上記有機窒素化合物から硝酸塩が生成する正確な環境条件やその反応機構は未検討である。
対処 当面の対処は炉壁材料の全面的変更が必要である。
対策 炉壁材料として、C>0.2%の炭素鋼を300~600℃中間熱処理して使用することが重要である。本材料であれば、耐硝酸塩応力腐食割れ感受性が十分大きい。
知識化 ポリイミド樹脂あるいは溶剤NMPを使用する焼鈍炉は、使用雰囲気条件によっては硝酸塩が生成する可能性があること、および、その結果、炭素鋼に対し応力腐食割れの発生することもあるとの認識が必要である。
背景 硝酸塩環境中において炭素鋼に応力腐食割れが発生することは、広く知られている。しかし、それらの環境としては、硝酸製造装置、肥料工場、油井、放射性廃棄物、熱風炉(雰囲気:1300℃以上)、などが知られていた。しかし、上述の有機化合物が分解・酸化されることで、硝酸イオンが形成されるとの情報・認識はほとんど知られていない。この点が本損傷の発生原因と見ることもできる。
後日談 本損傷は割れの発生後、数ヶ月間原因がわからず、別の要因をあれこれ検討していた。当事者にすれば、長年使用し経験豊富な焼鈍炉において、使用雰囲気が異なるのみで割れが発生したことにひどく驚いたようである。関連の教科書を見ても、類似事例は記述されておらず、相当悩んだものと思われる。
よもやま話 一般に焼鈍炉など機械装置の設計製作は、従来の経験の延長線上で進めることが多く、未経験な仕様が加わっていても、それを重大な変更と認識することが少ないように思われる。多くの損傷・事故がそうであるように、今回の損傷も、深く検討することなく、「大丈夫だろ?」と設計を進めた点に重大な問題があったと推測される。
データベース登録の
動機
本損傷は一般に知られていない特異な環境で発生しており、新規に認識することが有益と思われる。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、経験不足、調査・検討の不足、事前検討不足、既製プロジェクト流用、高分子材料の熱処理、計画・設計、計画不良、計画・設計、流用設計、既存システム流用、使用、運転・使用、機械の運転・操縦、炉の運転、高分子材料の熱処理、不良現象、化学現象、高分子材料の分解、硝酸塩発生、応力腐食割れ、熱処理炉の損傷
情報源 A社未公開資料(1995)
死者数 0
負傷者数 0
物的被害 焼鈍炉の再製作
被害金額 数千万円
マルチメディアファイル 図2.炭素鋼製焼鈍炉体に発生した割れ形態
分野 材料
データ作成者 尾崎 敏範 (元(株)日立製作所)
小林 英男 (東京工業大学)