失敗事例

事例名称 トラッククレーン旋回サークル部ボルトの疲労破壊による上部旋回体の落下
代表図
事例発生日付 1983年10月
事例発生地 佐賀県
事例発生場所 河川工事現場
機器 トラッククレーン
事例概要 河川工事現場で土留めに使用した鋼矢板を撤去するため、トラッククレーンを用いて地中から鋼矢板を引き抜き作業中、上部旋回体と下部走行体を接合している旋回サークル部ボルトが破断してクレーンが転倒したものである。
事象 土留めに使用した鋼矢板を撤去するため、鋼矢板にワイヤロープを掛けてトラッククレーンを用いて地中から抜取り作業(素抜き)中、ボールレースと上部旋回体を締結していたボルト32本が全数折損し、上部旋回体が落下すると共に下部走行体も横転した。このボルトは両端ねじ部(M20x1.5およびM20x2.5、ねじ部40mm)を有する全長175mmの埋め込みボルトであって、折損位置の多くはM20x2.5のねじがボールレースと噛み合う最初のねじ底であった。旋回サークル部ボルトの取付状態とボルトの破損位置を図1に示す。また、旋回サークル上のボルトの配置を図2に示す。ここで、Frontはトラックの運転席側、Rearはその逆の車体後部である。
経過 このクレーンは製造されてから約10年経過していたが、ボルトは5年前に全数新品と交換され,さらに疲労強度を向上させるためにボルトにカラーが取付けられた。ボルト交換後のクレーンの稼働日数は約800日で、稼働時間はおおよそ5600時間である。
原因 フォールトツリー解析を図3に、イベントツリー解析を図4に示す。
破損したボルトの化学成分は0.45%C, 0.17%Si, 0.68%Mn, 0.011%S, 1.05%Cr, 0.18%Moである。ボルト軸断面のビッカース硬さは359~381Hvであって、硬さから推定した材料の引張り強さは119~127kgf/mm2である。化学分析結果並びに硬さから判断すると、ボルトの材質はSCM435相当材と思われる。
破損品と同種のボルトを用いて応力比を0.05とした片振引張疲労試験を行った結果、疲労限度は4.8kgf/mm2であった。ボルトの破面は、疲労の特徴であるビーチマークが破面全体を占めているボルト(図5)と、せん断破壊したボルトに大別された。しかし、極く短い疲労き裂が侵入した痕跡は何れのボルトにおいても認められた。各ボルトの疲労破面率を調べた結果、疲労破壊が支配的なボルトは6~7本に限られており、しかもこれらはトラックの運転席側(Front側)に集中していた(図6)。これらのボルトには緩み止めが付けられていたが、ナットが緩んだ形跡は認められなかった。疲労破壊が支配的なボルトを電顕観察した結果、小さな間隔が連続したストライエーションが形成されている領域と、デインプルを伴う大きなストライエーションが少数個存在する領域とが交互に観察され、ボルトには大きな変動荷重が作用していたと推察された。小さな連続したストライエーションの間隔を対象にして、ボルトに作用した引張り応力範囲△σmの推定を試みた結果、約30kgf/mm2の引張り応力範囲が作用していたことが分かった。この結果から、ボルトの応力振幅は約15kgf/mm2と推定されるが、この値はボルトの疲労限度を超えている。
ボルトに作用した応力を実測するために、損傷を受けたものと同種のトラッククレーンの旋回サークル部に応力測定用ボルトを装着し、クレーンの稼働状態を再現してボルトに加わる応力を計測した(1)。計測に際してボルトの初期締め付け力は、48.4±2kgf/mm2となるように調整した。その結果、図7に示すように、No.29のボルトには初期締め付け力の他に 22kgf/mm2程度の引張り応力と、約12kgf/mm2圧縮応力が作用していた。このように一箇所に大きな荷重が作用するという結果は、破損したボルトの疲労破面率とも符合している。この実測結果からボルトに負荷された応力振幅σaと平均応力σmを求めると、σa=16.8kgf/mm2およびσm=53.3kgf/mm2が得られる。このσaの値は折損したボルトの破面のストライエーション間隔から推定した応力振幅と大略一致している。以上の結果から、定格荷重を吊った場合でも旋回サークル上のボルトの配列のピッチが異なる部分には、疲労限度を越えるような大きな荷重がボルトに作用するために、ボルトが疲労破壊したと推察される。
知識化 このようなボルト接合部の疲労破壊は以前からかなり多い。ボルト・ナット結合体の疲労強度向上対策として、ボルトの引張バネ定数Ktを被締付物の圧縮バネ定数Kcよりも小さくすれば、外力によってボルトに誘起される内力を軽減できる。軸部が細い伸びボルトの疲労強度が向上するのも、上記の理由による。また,適正な締め付け力を与えること、並びに付加的な曲げ荷重の回避は疲労強度の低下の防止に有効である。
よもやま話 走行車体にジブを取り付けた移動式クレーンの多くは、ジブを延ばすとモーメントが増加して転倒する危険性があるため、移動式クレーンではモーメントが転倒限界に近づくと警報を発したり、作業が自動的に停止する過負荷防止装置が取り付けられている。しかし、運転者は過負荷防止装置のスイッチを切って、経験にたよって運転している場合がある。本災害の場合、地中に打ち込んだ杭を直接クレーンでつり上げていたことから、過負荷防止装置を無効にしていたと推察され、クレーンには定格荷重(つり上げることのできる最大荷重)以上の荷重がかかっていたと考えられる。このような過荷重がボルトの締め付け力を低下させ、疲労破壊を誘起した要因になっている。
シナリオ
主シナリオ 無知、知識不足、思い込み、製作、ハード製作、機械・機器の製造、トラッククレーン、下部走行体、ボルト穴の配置、締結ボルト、応力集中、使用、運転・使用、定常操作、誤操作、安全装置不使用、ボルトゆるみ、破損、破壊・損傷、疲労、ボルト破断、破損、大規模破損、クレーン倒壊
情報源 前田 豊、産業安全研究所報告、RIIS-RR-85, (1985), 57
マルチメディアファイル 図1.ボルトの取り付け状態と破損位置
図2.旋回サークル上のボルトの配置
図3.移動式クレーン倒壊のフォールトツリー
図4.移動式クレーン旋回サークルボルト破断のイベントツリー解析
図5.疲労破壊が支配的なボルトの破面
図6.ボルトの疲労破面率
図7.ボルトの応力測定結果
分野 材料
データ作成者 橘内 良雄 ((社)日本クレーン協会)
小林 英男 (東京工業大学)