事例名称 |
原子力発電所蒸気発生器の伝熱細管破断 |
代表図 |
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事例発生日付 |
1991年02月09日 |
事例発生地 |
福井県美浜町 |
事例発生場所 |
美浜発電所2号機 |
機器 |
原子力発電所蒸気発生器 図2に加圧水型原子炉の概略図を、図3に蒸気発生器と伝熱細管の破断箇所を示す。 蒸気発生器は外径約4m、全高約20mの円筒容器)で、この中に外径22.2mm、厚さ1.27mmのインコネル660製の逆U字型の伝熱細管が3260本設けられ、伝熱細管の直管部は6箇所の管支持板により、また上部の逆U字の曲管部は振止め金具により支持されていた。蒸気発生器は、原子炉の炉心で約320℃に加熱された高温高圧水を伝熱細管の壁を通して外部から供給された約220℃の冷却水と熱交換して、蒸気を発生させる役割を果たしていた。 |
事例概要 |
1991年2月9日、福井県の関西電力美浜発電所2号機で、運転中の加圧水型原子炉の蒸気発生器の伝熱細管が破断して一次冷却水約55トンが二次側に漏洩し、非常用炉心冷却装置(ECCS)が作動して原子炉が緊急停止した。事故の直接の原因は、熱交換器の伝熱細管の振動を抑制する振れ止め金具が設計で指示された位置に挿入されておらず、伝熱細管に異常な振動が発生して伝熱細管がフレッティング疲労破壊を起こしたためである。この事故は我が国で初めてECCSが作動した事故であり、国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル3にランクされた。 |
事象 |
1991年2月9日13時50分頃、福井県美浜町の関西電力美浜発電所の加圧水型軽水炉の2号機において、定格出力の50万kWで運転中、蒸気発生器の伝熱細管が破断して一次冷却水約55トンが細管の外側を流れる二次側に漏洩し、原子炉が緊急停止した。約7秒後に、冷却水を原子炉に注入して燃料を冷却する機能を有する非常用炉心冷却装置(ECCS)が自動的に作動し、注水が開始された。事故後、小型テレビカメラや検査装置を熱交換器内に搬入して調査した結果、伝熱細管の1本が第6支持板付近で破断していることが判明した1)2)3)。 この事故により環境への放射能放出量は、放射性希ガス約2.3x10^10ベクレル(約0.6キュリー)、 放射性ヨウ素約3.4x10^8ベクレル(約0.01キュリー)であった1)。 |
経過 |
(1)12時40分頃、蒸気発生器伝熱細管の漏洩監視用モニターにおいて指示値が通常より若干上昇している状態が見られたため、蒸気発生器の二次冷却水の放射能濃度の分析を開始した。 (2)13時40分頃注意警報が発信され、13時45分頃加圧器の圧力と水位が急速に低下し始めたので、発電機の出力降下を開始した。 (3)13時50分に加圧器の圧力と水位が設定レベルまで低下し、原子炉が緊急自動停止をした。これは、蒸気発生器の伝熱細管が破断して放射能を含んだ冷却水約55トンが伝熱細管の外側を流れる二次側に漏洩したためである。 加圧器圧力低下と加圧器水位低下が一致した信号により、原子炉の停止後直ちに非常用炉心冷却装置(ECCS)が自動的に作動し、原子炉等冷却系への冷却水の注入が開始された。 (4)14時2分頃、蒸気発生器で作られた蒸気をタービンに送らないように遮断するための主蒸気隔離弁を遠隔操作により閉止しようとしたが、完全閉止を確認できなかったため、運手員が現場で増し締めを行った。 (5)14時10分頃、系の圧力(約157気圧)を制御する加圧器において、圧力上昇を防止する加圧器逃がし弁を開放しようとしたが作動せず、加圧器補助スプレで系の圧力を下げる。 (6)14時48分、冷却系の圧力と損傷側蒸気発生器の二次側圧力がほぼ一致し、冷却水の二次側への流出が停止した。 |
原因 |
(1)損傷状況および破面の特徴 破断した伝熱細管を抜き取り、破面を電子顕微鏡で調べた結果、疲労の特徴であるストライエーション(図4参照)が多くの箇所で観察され、一部は延性破壊の特徴であるディンプルと混在する箇所が存在していた(図5参照)。しかし、応力腐食割れや腐食の痕跡は認められなかった。このため、伝熱細管が繰返し応力を受けて疲労破壊したことが確認されました。また、破断した管の周辺の伝熱細管を調べたところ、第6支持板と擦れあったことにより形成された摩耗痕が認められた。なお、ストライエーション間隔から推定した伝熱細管の応力振幅は51N/mm2~60 N/mm2であった。 (2)疲労破壊の要因 伝熱細管に繰返し応力が作用した要因について検討した結果、細管頂上付近の逆U字状の曲管部の外側を流れる二次冷却水(蒸気と水の混合流)により伝熱細管が振動するのを防止するために必要なV字型をした上部振れ止め金具及び下部振れ止め金具2本が、所定の位置まで挿入されていなかったことが判明した。すなわち、設計では図6の点線で示す位置に挿入するよう支持されていたが、実際には実線で示すような位置までしか入っておらず、伝熱細管が振動を抑制することが出来なかった。その結果、振れ止め金具で支持されていない細管では流力弾性振動が発生し、細管が振動して細管と第6支持板とが繰返し接触して細管にフレッティング(注2)疲労き裂が発生・進展し、破断に至った(図7参照)。破断した管の周辺にある振れ止め金具で支持されていない伝熱細管では、外表面に摩耗痕が残されていたが、この痕跡はフレッティングによって作られたことを示している。なお、振れ止め金具が設計通りに挿入されている箇所の伝熱細管には、破断や摩耗は生じていなかった。 以上の結果を要約すると、第6支持板より上部の伝熱細管のU字部には、流動弾性振動による伝熱細管の振動を防止するための振止め金具が所定の位置に取付けられるように指示されていたが、破断した伝熱細管U字部には、振止め金具が設計どおりの深さに挿入されていなかった。このため、伝熱細管のU字部で流動弾性振動が発生して伝熱細管が繰返し曲げられると同時に、支持板と擦れあって当たり箇所が傷つき、そこからフレッティング疲労き裂が発生・進展し、破断に至った。 事故の背景として、振止め金具の役割を十分理解していなかったこと、保守点検時に点検の対象になっていなかったことがあげられる。 |
対処 |
事故を起こした美浜発電所2号機の熱交換器は原因究明のために多数の細管が切り出されたため、新しい蒸気発生器と交換された。また、事故後関西電力ではすべての原子力発電所の蒸気発生器の振れ止め金具の取り付け状態について点検し、一部の熱交換器では設計通りに位置まで振れ止め金具が挿入されていないものが発見された。これらはすべて新品の振れ止め金具と交換され、所定の位置に挿入された。また、異常時の監視強化、各機器の維持・管理の在り方、異常時の通報連絡体制等の見直しが図られた。 |
対策 |
(1) 振止め金具の取り付け状態の検査及び使用前検査の実施。 (2) 定期検査時における振れ止め金具の挿入・据え付け状況の確認。 (3) 伝熱細管の支持板の変形・損傷状態の検査。 (4) 蒸気発生器の伝熱細管の異常徴候をより正確かつ早期に検知できる検査技術の開発。 (5) 挿入が容易で確実に機能を発揮することのできる改良型振止め金具の開発と取り付け。 |
知識化 |
製作者、工事関係者及び保守管理者に各部分や部品の機能を十分認識させておくと共に、 厳格な検査体制の確立が必要である。流体による流力振動が発生する場所には防振バー(AVB)を挿入して振動を防止すること、当該部の設計には日本機械学会「蒸気発生器伝熱管U字管流力弾性振動防止指針(JSME S016-2002)を利用すること、製造に当たっては製作及び施工管理を行い図面の指示のとおりの位置までAVBが挿入されていることをECT等の非破壊検査により確認することが必要である。なお、JSME S016-2002では二相流状態における伝熱細管の流動弾性振動発生の判別基準として、以下の式を提案している。 SD = 1.4 x (Ue / Uc) < 1 ここで、SDは設計安定比、Ueは有効流速、Ucは限界流速である。 原子力発電所関連機器では、本事例のような蒸気発生器の伝熱細管の破断や、高速増殖型原子炉「もんじゅ」の二次ナトリュウム漏洩事故の直接の原因となった温度計さや管の振動による破断に見られるように、配管内の円柱状構造物の流力振動により思わぬ災害を招いている。流力弾性振動は二相流と構造振動とが係わった複雑な現象であって、伝熱細管の本数や支持条件及び二相流の流速分布などの影響を取り入れた流力弾性振動評価法の確立が望まれる。 |
よもやま話 |
〇ストライエーション(Striation) 疲労き裂が進展する際に、1回の応力繰返しごとに破面に形成される縞模様のことで、縞の間隔は疲労き裂が進展する速度と一致する。通常は電子顕微鏡等の高倍率装置を用いないと観察できない。事故調査では、縞の間隔や個数から繰返し応力の大きさや回数の推定に使用されている。 〇ディンプル(Dimple) 金属材料が延性破断したときに破面に見られる多数の小さなくぼみ。 〇ECCS(Emergency Core Cooling System) 非常用炉心冷却装置といい、原子炉で原子炉冷却系の配管が破断して高温・高圧水が噴出するような事態に陥った場合に、冷却材を炉心に注入して炉心を冷却するシステムである。 〇インコネル660 0.05C-16Cr-8Feを成分とするNi合金であって、耐熱性に優れている。軽水炉の各種配管、シュラウドなどに用いられてきたが、応力腐食割れが問題となり、最近ではインコネル690に変更されつつある。 〇流力弾性振動 物体が水や空気などの流れによって振動しているときに、流速がある限度を超えると急に振動が大きくなる現象。 本熱交換器を例にとると、二次冷却水の流速がある速度以上になると発生する振動で、振動が発生する流速は伝熱細管が支持されていない長さが長いほど小さな流速で発生する。振れ止め金具が取り付けられていない場合、細管の支持長さが長くなり小さな流速で振動が発生する。 〇フレッティング疲労 金属同士が接触した状態で微動が繰り返されると、接触部分に微小なすべりが生じ損傷する現象。圧入軸やワイヤロープ等でこの種の損傷が見られる。 |
シナリオ |
主シナリオ
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無知、知識不足、経験不足、製作、ハード製作、機械・機器の製造、熱交換器、伝熱細管、支持板、振れ止め金具、定常操作、手順不遵守、手順を無視、操作手順無視、振れ止め金具挿入不足、破損、破壊・損傷、疲労、フレッティング疲労、伝熱細管破断、使用、保守・修理、点検、点検不足、破損、大規模破損、冷却水漏洩
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情報源 |
(1) 通商産業省 原子力白書 平成4年度版 (2)(財)原子力工学試験センター 原子力発電安全情報研究センター、関西電力(株)美浜発電所2号機蒸気発生器伝熱細管損傷事例について、平成4年3月 (3) http://www.atom.meti.go.jp/atom-db/jp/index.html
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社会への影響 |
この事故は、我が国において最初にECCSが作動した事故であって、IAEAが定めた国際原子力事象評価尺度(INES)においてレベル3にランクされ社会の注目を集めた。なお、INESでは事故規模を1から7レベルまでの7段階に分けており、1979年に発生したスリーマイル島原子力発電所の炉心溶解事故はレベル5に、1986年のチェリノブイリ原子力発電所の爆発事故はレベル7に評価されている。 |
マルチメディアファイル |
図2.加圧水型原子炉
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図3.熱交換器と伝熱細管破断箇所
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図4.ストライエーション
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図5.伝熱細管の破断面の状態
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図6.振れ止め金具の挿入位置
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図7.流力弾性振動による伝熱細管の破断
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分野 |
材料
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データ作成者 |
橘内 良雄 ((社)日本クレーン協会)
小林 英男 (東京工業大学)
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