失敗事例

事例名称 エチリデンノルボルネン装置の停止作業中に液封型反応槽の攪拌を止めて火災
代表図
事例発生日付 1973年10月18日
事例発生地 神奈川県 川崎市
事例発生場所 化学工場
事例概要 ブタジエンとシクロペンタジエンを原料としてビニルノルボルネンを合成する装置で、攪拌機と冷却コイルを有する液相液封形反応槽を臨時停止させた。このとき平常運転の反応槽内組成のまま、すぐに攪拌機を止めた。反応は続行されたが、冷却ができずに暴走反応に移行した。高温状態のためテフロンパッキンの一部が溶融し、そこから噴き出た内容液、ガスが高温のため発火した。
事象 ブタジエンとジシクロペンタジエンを原料としてエチレンプロピレンジエンモノマー(EPDM)ゴムの第3成分のエチリデンノルボルネンを製造する装置で、ブタジエンとシクロペンタジエンをディールス・アルダー反応(DA反応)させる反応槽を臨時に停止させる時に、反応槽の攪拌機を早く停止させたため暴走反応になり、反応槽フランジ部から内容液が噴出し発火した。作業員2人死亡、2人が重傷を負った。
 EPDMゴム: エチレンとプロピレンを主原料とし、第3成分にジエン類を加えて合成する特殊ゴムの1種
プロセス 製造
単位工程 反応
単位工程フロー 図3.単位工程フロー
図4.単位工程フロー
反応 付加(Diels-Alder reaction)
化学反応式 図5.化学反応式
物質 ビニリデンノルボルネン(vinylidenenorbornene)、図6
シクロペンタジエン(cyclopentadiene)、図7
1,3-ブタジエン(butadiene)、図8
事故の種類 漏洩、火災
経過 1973年10月18日11:30 装置を臨時停止する事を決定した。
13:05頃 DA反応槽を含む部門の停止作業が開始され、13:30頃終了した。
 DA反応槽への原料の供給を停止してまもなく、攪拌機の停止と反応槽出口の圧力調節弁のブロック弁を閉にした。反応槽圧力は徐々に上昇を示した。平常運転圧力は2.1MPaGであった。
14:10頃、14:15 2回にわたり、圧力調節弁のブロック弁を開けて圧抜きを行った。
 圧力が下がったので再度ブロック弁を閉めた。
14:50頃 圧力はふたたび徐々に上昇を開始。
14:55頃 2.1MPaGを超えた。
15:10頃 2.2MPaGを越えた。
 圧力は急上昇を始め、10分間で3.5MPaG以上となり、チャートは振り切れた。2.6MPaGから3.5MPaGまで圧力が上昇する時間は約1分であった。このとき槽内温度は150℃以上でチャートは振り切れていた。
 この頃、反応槽から15m離れた地上と計器室で異常音を検知し、運転員3人が駆けつけた。
15:19頃 異常音が検知されてから間もなく、反応槽上部で火災が発生した。
 最初安全弁のフランジから突然炎が吹き出し、この直後さらに反応槽上部で少し大きな炎が上がり、その数秒後に反応槽全体が包まれるような炎となった。
原因 発熱反応が持続可能な組成と温度のままで、DA反応槽の攪拌機を停止した。そのときに反応槽出入り口に設置された弁を閉止した。そのため、冷却が不可能になり、温度上昇から暴走反応に移行し、さらに温度、圧力が急激に上昇した。各部フランジのテフロン製ガスケットが溶融し、そこから高温の内容物が噴出し、発火し、火災を起こした。
対処 1.公設消防隊、海上保安部、警察、自衛消防隊など計26台(艇)が出動し、消火に当たった。
2.漏洩ガスの消火はせずに延焼防止の冷却散水を行った。
対策 当該装置は復活せず、廃棄となった。後年立地を変え、茨城県で建設されたがその時には設備、運転マニュアルを見直し次のような改善がなされていた。
1.運転マニュアルでは攪拌機を止める場合は、反応槽内組成が反応のポテンシャルが小さくなっていること、温度が50℃以下になっていることを明確にした。攪拌が止まった場合は内容液を緊急抜き出しを行うことにした。
2.設備面では安全上の重要機器の電源の二重化、反応槽内温度計点数の増加、反応器冷却面積の増加、安全弁の二重化を行った。さらに、危険を察知した場合に反応槽の内容液を緊急放出する遠隔操作弁を反応槽上部と下部の二ヶ所に設けた。
知識化 1.この装置は自社開発の技術の1号機であり、国内初、世界でも3基目程度の装置であった。ある段階までは攪拌機の停止条件が明確になっていた。しかし、運転の末端には徹底していなかった。研究所での研究開発段階、プロセス設計、機械設計、建設、試運転および本運転段階の各段階毎に、プロセスの安全性の確保に十分な配慮が払われるとともに、一つの段階から次の段階に移行する際の引渡しのルールおよび引渡後のフォローアップ体制が確立することの重要性を示している。
2.たった一つの基本的な操作ミス判断ミスで営々と築き上げてきた全てがご破算になることがある。この場合は撹拌機を停止した判断がそれである。装置を預かる管理者、スタッフは装置の特性のみならず、運転の基本操作を十分に理解し、作業員を教育しなければならない。
背景 1.停止方法そのものが間違っていたと思われる。なかでも、攪拌停止をしたことが問題である。なぜ、そのような停止方法を取ったかが基本要因であろう。
2.DA反応は比較的大きな発熱反応であり、発熱反応の危険性およびその対策に関しての運転員の教育が不十分であった。DA反応は無触媒の発熱反応であり、組成と温度だけで反応速度が決定される。また、攪拌を止めれば反応槽内の流れが止まり、冷却は自然対流伝熱だけになり冷却量は極端に低下する。それと同時に、仮にホットスポットができても混合して冷却することができなくなる。当然反応槽内の温度上昇が起こり、ホットスポットも起こりやすい。攪拌を止めれば暴走反応になるのは、当然の帰結である。
3.運転マニュアルが不備であった。工事のための停止作業の指示が明確でなかった。単に平常シャットダウン法に準ずるとだけあり、必ずしも具体的ではない。またマニュアルの基礎とした基本設計資料には攪拌機の停止時期について反応器内温度40℃以下とする旨記されているが、マニュアルには明確に基準化されていなかった。
4.研究開発側からプロセス設計さらに運転側への危険情報の伝達が正しく行われていない可能性がある。少なくとも組成維持、温度維持のまま撹拌停止することの危険性は研究側では分かっていたと思われるが、運転現場まできちんと伝達されていない可能性がある。
後日談 後日建設された装置は順調に運転され、USAに4号機の建設が進んでいる。今や世界中でトップシェアを誇っている。
よもやま話 ☆ 反応器内存在したホットスポットから突沸のような現象が起き、そのため安全弁の容量が不足して圧力の異常上昇が起こったとされている。
☆ 一説によると運転員は撹拌停止により反応熱の除去ができなくなることは知っていたが、反応熱より撹拌による発熱の方が大きいと思いこんでいたとの説もあるが確かめられていない。
データベース登録の
動機
単純な誤操作が大きな事故を起こした例
シナリオ
主シナリオ 組織運営不良、運営の硬直化、情報連絡不足、組織運営不良、構成員不良、構成員経験不足、無知、知識不足、勉学不足、ディールス・アルダー反応、非定常行為、無為、条件変更をしない、非定常操作、操作変更、攪拌機停止、機能不全、ハード不良、冷却不良、不良現象、化学現象、暴走反応、槽内圧力異常上昇、破損、大規模破損、漏洩、二次災害、損壊、火災、身体的被害、死亡、火傷死2名、身体的被害、負傷、重傷
情報源 北川徹三、爆発災害の解析、日刊工業新聞社(1980)、p.251-253
神奈川労働基準局、エチリデンノルボルネン製造装置火災事故調査報告書(1974)
死者数 2
負傷者数 2
物的被害 反応槽,塔槽類,熱交換器,分解炉,計器類,配管類,モーター焼損.シクロペンタジエン及びブタジエンを主体とする混合液約7.5キロリットル焼失.反応工程部門418平方mのうち99平方m焼損.
マルチメディアファイル 図2.反応器の被害写真
図6.化学式
図7.化学式
図8.化学式
備考 WLP関連教材
・化学反応の安全/付加反応
・プラント機器と安全-運転管理/運転管理と安全概論
分野 化学物質・プラント
データ作成者 小林 光夫 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻、オフィスK)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)