失敗事例

事例名称 石油樹脂製造における重合反応開始時の重合槽からの原料油の漏洩
代表図
事例発生日付 1989年07月06日
事例発生地 神奈川県 川崎市
事例発生場所 化学工場
事例概要 川崎のある事業所の従業員からの匿名通報により、消防署員が立ち入り検査をした。その結果、通報の数日前に重合槽からの漏洩事故があったことが判明した。重合槽は外部循環冷却器を有する攪拌機付の縦型の槽で、反応はバッチで行われる。原料油を仕込み、初期設定温度に昇温し、触媒を投入した。十分な反応開始の兆候<温度上昇>が得られなかったので、さらに触媒量を増やした。触媒増量の結果を見ずに、係員は他の作業をするため、監視を離れた。2分後元の監視に戻った時には、反応器温度が100℃を超えていた。急いで外部冷却器の使用を開始した。その後反応は無事完了し、次の交替番に引き継いだ。その日の定時点検中に原料油が反応器保温材より、浸み出ているのを発見し、急遽次のバッチの反応を中止し、装置を停止し点検した。
1.原因はSUS304のライニングの溶接線に腐食があり、それを応急補修で使い続けたこと、重合槽母材が外面腐食により、減肉して貫通穴があったこと、さらに当該の事故が起こったバッチ反応の立ち上げ時に不適切な運転方法があったことによる。
2.当該の事業所は問題の重合槽をSUS304ムク材のものに交換した。
事象 発災装置はエチレン装置から副生するC9芳香族油からBF3ーフェノールを触媒として重合反応させ、C9系の石油樹脂を製造する装置である。2系列ある装置の内A系列の重合槽本体の溶接線ピンホールから重合油が滲み出て、保温材から外部へと漏洩した。図2参照
プロセス 製造
単位工程 反応
単位工程フロー 図3.単位工程フロー
反応 重合・縮合
物質 分解ガソリンボトム残渣油(プリフラボトム油、第2石油類)
事故の種類 漏洩
経過 1989年7月6日03:30頃 A系列の第1重合槽へ原料油10klを張り込んだ。
04:10 加熱用の外部熱交換器と重合槽の循環を開始し、熱交換器へのスチームの供給も開始して、第1重合槽内液の加熱を開始した。
05:00 第1重合槽温度が45℃に到達したため、加熱用の循環を中止した。
 次いで重合触媒を20L投入した。
 温度上昇が小さいため、さらに5Lづつ6回計30Lを投入した。
05:10 触媒添加後、担当者はB系列の濾過工程の作業を行うため、その場をはなれた。
05:12 計器室に戻った担当者は、槽内温度が100℃以上に昇温しているのに気付き、ブライン使用の冷却用熱交換器と第1重合槽の循環を開始し、冷却を始めた。
05:30 槽内温度が通常の反応温度60℃近くに下がったので、槽内温度を保持し、重合を継続した。
08:00 申し送りを実施した後、運転員の交代が行われた。
09:00 重合が終了したので、中和槽へ移送処理した。
12:00 第1重合槽への次のバッチの張り込みを開始した。
12:40 第1重合槽の中間部の保温材から原料油が滲み出しているのを担当者が発見した。
原因 この第1重合槽の構造はSUS304ライニングで、本体は炭素鋼であり、炭素鋼部分は外部からの腐食で減肉し、溶接線は既にピンホールがあった。そのピンホールはエポキシ樹脂により応急補修されていた。本体とライニング間は原料油などが進入していた。当日、石油樹脂の重合の開始に短時間で、大量の触媒を注入したため、急激に温度が上昇し100℃以上の高温になった。そのためライニング溶接部にあるピンホールから、本体とライニングの間に侵入していた原料油が気化し、その圧力でライニング材を内部に押し広げた。このため、減肉していた本体の溶接部が引きちぎられて本体に貫通部を生じたと思われる。
対処 1.装置の運転を停止し、原料油を次工程の中和槽に移送した。
2.漏洩油の回収を行った。
3.漏れ箇所を水張りテストで確認し、エポキシ樹脂で応急補修を行った。
対策 1.第1反応槽をライニングではなく、本体材質をSUS304に変更し、更新した。類似の第2反応槽も本体材質をSUS304に更新した。
2.運転マニュアルの改訂と運転員の再教育を行った。
知識化 1.欠陥を持ったまま使い続けると、何処かで破綻を生ずることがある。
2.バッチの重合反応では、モノマー濃度が最大である反応開始直後が最も反応量が多く、反応器内部の状況変化が大きい。言い換えると”transition”の状況にある。一般論だが、transition時が最も注意を要する時である。その時に判断を早まって触媒を増量している。Transition stateでの判断、行動など慎重に対処する必要がある。
 Transition: 装置の状況が大きく変わる状態をいう。例えば、銘柄の切り替え、原料の変更、バッチ反応の立ち上げなどである。
3.一般的に人間は、同時に2つ以上の作業を行うとミスをする確率が大きくなる。反応初期の監視と全く別の現場作業を行ったこの場合は監視に穴があき、本来取るべき作業が遅れた。
背景 1.この事故は1989年7月に起こった事故であるが、当該の重合槽は既に1983年に本体に全面的に外部腐食が認められ、元肉厚6mmに対し最小肉厚3.6mmであった。さらに1986年には溶接線にライニングを貫通したピンホール(代表径0.5~3mm)が約20個発見されていた。ピンホールは本体とライニングの間に既に原料油が侵入していたため溶接補修は行えず、エポキシ樹脂の充填という応急処置を行っていただけであった。したがって、設備的に不完全な状態<ライニング材のピンホールと構造材の減肉>を放置していたことが最大の原因である。
2.バッチ反応の立ち上げという、最も反応で注意しなければならない時に、触媒添加量を最初の予定量の2.5倍に増していったことである。この反応は発熱反応でフィード液の大部分が重合可能成分が占めている。反応の制御は触媒量と反応温度である。当然反応初期は反応量、反応率とも大きい。このようなタイミングに触媒を増量していけば、何らかの異常が発生することは予測可能であろう。運転マニュアルの無視あるいは教育不十分が2番目の要因であろう。
3.触媒を増加して、その結果を見届けずに別の作業を行うために監視業務を離れたことである。反応初期の非常に微妙なときに、反応器温度が上昇すれば、直ぐに循環冷却を開始する強い必然性がある時に本来の業務を離れた。もし、この監視作業からの離脱が運転員個人の判断ならば業務の逸脱であり、運転マニュアルでその作業が規定されているならばマニュアル製作責任者(管理職)の作業認識の不十分が第3の基本要因である。
後日談 当該のA系列は現在は改造され、B系列と同様の連続反応装置になった。本来の目的はさておき、非定常な作業が減っているのは安全面でも良い結果を残すだろう。
データベース登録の
動機
応急措置で放置して被害を拡大した例
シナリオ
主シナリオ 価値観不良、安全意識不良、リスク認識不良、組織運営不良、管理不良、管理の緩み、不注意、理解不足、リスク認識不足、重合反応、不良行為、規則違反、安全規則違反、不良現象、化学現象、異常反応、二次災害、損壊、漏洩
情報源 川崎市消防局予防部保安課、川崎市コンビナート安全対策委員会資料(1989)
被害金額 約24万円(川崎市コンビナート安全対策委員会資料)
マルチメディアファイル 図2.重合槽構造図
分野 化学物質・プラント
データ作成者 小林 光夫 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻、オフィスK)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)