失敗事例

事例名称 高濃度のヒドロキシルアミンの再蒸留中の爆発・火災
代表図
事例発生日付 2000年06月10日
事例発生地 群馬県 尾島町
事例発生場所 化学工場
事例概要 1.ヒドロキシルアミン50%水溶液の再蒸留塔(減圧蒸留,操業温度50℃)が爆発、火災となった。再蒸留塔は跡形もなく吹き飛び、周囲半径1.5kmの住宅等に爆風の被害があった。工場内はほぼ壊滅に近い被害を受けた。工場外の被害も甚大なものであった。周辺の国道が火災から生じた煙や有害性ガスのために一時ストップした。
2.再蒸留塔塔底部から80~85%濃度に濃縮されたヒドロキシルアミンが循環されている。その循環配管からの緊急抜き出し配管に蓄積した鉄イオンにより、高濃度ヒドロキシルアミンが反応し分解したと推定された。
事象 ヒドロキシルアミン製造工場の再蒸留設備において、高濃度ヒドロキシルアミン水溶液(80%以上の濃度であった)の爆ごう(デトネーション)が起こった。生じた爆風により工場及び周辺建物、住民を巻き込む大事故となって、死傷者が多数出た。
 再蒸留設備: 最初に生産される50%濃度のヒドロキシルアミン水溶液は、鉄分を主体とした不純物を数十ppb含んでいる。この不純物の鉄、ナトリウムなどをそれぞれ1ppb以下にした高純度のヒドロキシルアミン50%水溶液を得る。その操作を行う設備一式をいう。部分蒸発を行う再蒸留塔が主体である。
プロセス 製造
単位工程 蒸留・蒸発
単位工程フロー 図2.事故プラント概要図
物質 ヒドロキシルアミン(hydroxylamine)、図3
事故の種類 爆発・火災
経過 ヒドロキシルアミン製造装置の再蒸留塔が、運転中突然爆ごうを起こした。火災になり、大量のガス、煙を生じた。これによって周囲施設、周辺民家に大きな被害が出た。
原因 1.高濃度ヒドロキシルアミン水溶液は、それ自身、あるいは鉄イオンと反応して分解爆発を起こす。
2.再蒸留塔塔底部はヒドロキシルアミンが80~85%に濃縮されて循環され、その循環液中に粗ヒドロキシルアミンの50%溶液を供給し、精製ヒドロキシアミンの50%蒸気を塔頂に、80%濃度の液を塔底に落す。供給原料中に約50PPB入っている鉄イオンを製品中に1PPB以下にするため、塔底から循環液の一部を抜出している。
3.緊急時に塔内液を抜出しするため、塔底液循環配管下側に緊急用抜出し配管が設けられており、少し離れた場所に仕切り弁が設けられていた。塔底循環配管から仕切り弁までが動きのない部分(行き止まり配管)になっていた。塔底部で循環している液からわずかずつ鉄イオンが行き止まり配管部に蓄積し、それが原因でヒドロキシルアミンの分解反応が起こり、蒸留塔下部から順次爆ごうが伝播していったとの説が有力である。
対策 工場は閉鎖された。もし再建あるいは新設するならば、知識化欄に示すような高濃度のヒドロキシルアミンの危険性に十分留意した設備や取扱い方にしなければならない。
知識化 1.高濃度のヒドロキシルアミンは極めて危険なので、薄めて使用(運搬)する。15%以下の濃度にすれば消防法上の危険物としての危険性は無くなる。
2.製造においても危険な施設は作らない。作る場合は、火薬なみの規制(防護壁、保安距離、空地等)を行い、安全な場所で行うべきである。
背景 ヒドロキシルアミンが危険なことは分かっており、事業所でも緊急用の全量抜き出しができる地下水槽、配管を付け対策はとっていた。しかし、このような危険な物質を安易に扱っていた(法律上の規制が十分でなかったため、事業所もあまり配慮しなかった可能性もある)。具体的には、
1)事故例を参考にしていない。20年間に11件の事故報告があった。
2)行き止まり配管の怖さについて十分認識されていなかった。
3)爆発危険性、爆発威力について十分な検討がなされていない。
以上のことから、ヒドロキシルアミンの危険性を軽く見た経営判断のミスであろう。
よもやま話 ☆ 米国でもヒドロキシルアミンの爆発事故があり(1999年2月)、死者5人を出したが、その情報が生かされたかどうかは疑問である。他岸の火事としないで徹底的な装置の点検をしていれば防げたかもしれない。ただし、外国の情報は、なかなか入手しにくいのは事実である。
☆ ヒドロキシルアミンは、ナイロンの原料として使われているが、鉄イオンの少ない本品は、半導体産業で使われており、IT産業の発展、フロン代替で、急激に需要が増加した。その結果、週末も運転が行われていた。これも事故を起こす遠因となった可能性がある。
当事者ヒアリング
データベース登録の
動機
米国でも類似の事故あり、また、これを契機に消防法が改正され、当該物質が危険物として規制された事故例
シナリオ
主シナリオ 組織運営不良、管理不良、管理の緩み、価値観不良、安全意識不良、リスク認識不良、計画・設計、計画不良、プロセス設計不良、不良現象、化学現象、塔内で爆ごう、二次災害、損壊、火災、二次災害、環境破壊、近隣被害大、身体的被害、死亡、4名事故死、身体的被害、負傷、58名負傷、組織の損失、社会的損失、工場閉鎖
情報源 危険物保安技術協会、群馬県の化学工場において発生したヒドロキシルアミン爆発火災事故調査報告書(2001)
田村昌三、危険物事故事例セミナー(2001)、p.1-17
加島 栄、危険物事故事例セミナー(2001)、p.19-39
小川輝繁、三宅淳巳、細谷文夫、波多野日出男、瀧下幸雄、災害の研究、32(2001)、p.233-242
死者数 4
負傷者数 58
物的被害 工場内全焼4,全壊9,半壊2.工場外全壊2,半壊5,一部損壊286など.車両・工作物損壊は全55件.高圧線断線,電話回線ケーブル損傷.
社会への影響 半径1.5kmに爆風被害.尾島町役場で窓ガラス,建具等に被害.
マルチメディアファイル 図3.化学式
備考 本火災は、消防法別表の改正に繋がり、ヒドロキシルアミンは危険物に指定された。また、国連危険物油槽勧告書では、腐食性物質(クラス8)とされているが、今後、可燃性固体(クラス4.1)へ改正する必要がある。
WLP関連教材
・化学プラントユニットプロセスの安全/蒸留における安全
・化学プロセスの安全/研究開発での事故と安全
分野 化学物質・プラント
データ作成者 古積 博 (独立行政法人消防研究所)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)