事例名称 |
AS樹脂製造工場において停電に伴う小爆発後、放置されていた原料の暴走反応による大爆発 |
代表図 |
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事例発生日付 |
1982年08月20日 |
事例発生地 |
大阪府 堺市 |
事例発生場所 |
化学工場 |
事例概要 |
1.AS樹脂製造工場で停電により、AS重合缶の撹拌機と冷却水が止まり、冷却不足への対応が十分に取れなかった。反応速度が増大し、缶内の温度が上昇し、発生ガス量が大幅に増加した。発生ガスを燃焼脱臭する焼却炉は平常の風量ベースの設計のため、負荷過大になり、自動的にバイパスされ、廃棄煙突に直結された。発生ガスが爆発範囲にあり、高温のため煙突下部で爆発が起こった。通電されてからは、装置停止命令もあり、保安上の作業を行っていた。 2.停電の直前に、別のAS重合缶の原料供給用のモノマー混合槽に重合1回分の原料と触媒が張り込まれたが、事故の影響で放置された。それが徐々に発熱反応を始め、42時間後に大爆発を起こし、近隣を含め甚大な被害をもたらした。モノマー混合槽の混合物は比較的低温のため、発熱反応は進まないと思われていたが、事故後の実験で、徐々に反応が進み蓄熱の結果、暴走反応に至ることが判明した。 |
事象 |
バッチ反応のAS樹脂製造工場において、6基ある重合缶の内4基に電圧降下が起こった。電気室のモーター用電磁開閉器の不具合による停電であった。重合缶の撹拌機と冷却水ポンプが停止し、重合缶の温度が上がりはじめた。温度上昇の激しい重合缶2基について、手動で重合缶の冷却に努めた。反応が停止しないで昇温し、大量のガスが排気ガス処理装置に流れ、ダクト内で爆発が起こった。工場の装置の運転を順次に停止し、保安上必要な作業のみを行っていたところ、必要作業に見落としがあり、翌日、別系統のモノマー混合槽から蒸気が漏洩し、その蒸気が工場内にたちこめた後、大爆発が起こった。被害者の全ては2次災害で発生した。最初の爆発が起こった排気ガス処理装置周辺を図2に示し、反応器周辺の概要を図3に示した。 |
プロセス |
製造 |
単位工程 |
反応 |
単位工程フロー |
図2.単位工程フロー
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図3.単位工程フロー
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反応 |
重合・縮合 |
物質 |
アクリロニトリル(acrylonitrile)、図4 |
スチレン(styrene)、図5 |
事故の種類 |
漏洩、爆発・火災 |
経過 |
1982年8月19日23:10~00:10 D重合槽系のモノマー混合槽に原料2種類と重合開始剤を投入した。 23:25頃 重合缶系の電圧が降下したので調査を開始した。 23:50 受電所の電磁開閉器が焼損したので工場内が停電となった。AS製造装置の重合缶は温度上昇を始めた。水を投入するなどで重合缶の冷却に努めたが昇温は止まらなかった。 20日00:15 重合缶からの廃ガスを燃焼処理する脱臭炉アラームが鳴り、排ガスは脱臭炉をバイパスし、直接煙突に排出された。 00:25頃 脱臭炉のダクト内のガス濃度が爆発下限界の80%に達した時、煙突下部で爆発が起こった。 00:28 住民が119番通報した。 00:31 鎮火の確認をした。 01:00過ぎ 仮設電源が回復した。最初の爆発ののち、設備の使用停止命令を受けたため、保安上必要な処置を行っていた。21日も継続していた。 21日17:12頃 D系のモノマー混合槽から蒸気が噴出し始め、蒸気が立ち込めた。 17:25頃 関係者が集まり、放水と放水準備作業中、電気設備の火花により着火し大爆発となった。 |
原因 |
1.一次爆発は、停電時に十分な運転対応ができない設備だったことによる。例えば、緊急用の冷却水と撹拌ができないため、温度上昇をしている時に、反応器のマンホールを開けて、冷却水を投入する作業を取らざるを得なかった。反応槽からの発生ガスを燃焼処理する脱臭炉も平常運転の発生量しか処理できない設計であり、緊急時には自動的にバイパスされた。そのガスが廃棄用の煙突に直接導かれ爆発した。これも緊急時対応ができていない。 2.影響の大きな二次爆発は、一次爆発の後始末に気を奪われて、本来行わねばならない作業が行われなかった。すなわち、D重合缶へ移送予定であったD系のモノマー混合槽の内容物がそのまま放置され、反応により蓄熱し、42時間後に反応が暴走した。 3.排ガス処理装置が複雑であり、緊急時の対応が遅れたことも一次爆発の原因の一つである。 |
対処 |
消火作業。消防への通報。 |
対策 |
1.反応の特性に基づく作業標準の改善。 2.プロセスの危険性の事前評価。 3.緊急時を含めた管理体制の見直し。 4.工場と住宅の分離。 |
知識化 |
1.情報が十分でないまま多人数が駆け付け被害が大きくなった。緊急時には消火をせずに全員避難の選択肢もある。緊急時に全員が同じ行動を取るのは危険だ。 2.事故時はどうしてもパニック状態になり、他の危険要素に考えが及ばなくなる。全員で目先の対策を考えるのではなく、一歩引いて全体を注意する体制を作る必要性を示している。 |
背景 |
1.停電時の処置法が、設備面でも操作面でも十分でなかった。すなわち、バッチ反応の全ての進行状態での緊急時対策が取られていなかった。その原因はプロセス検討が十分とは言えず、そのため設備上の不備があった。 2.二次爆発は、モノマー混合物を放置した際の、モノマー混合槽における反応の進行についての情報を持っていなかったことによる。一次爆発の後始末を保安上の必要なことだけに限定したため、モノマー混合槽において危険な状態になりつつあることに気が付かなかったことが要因だろう。現場保全のため手が付けられなかったことも考えられるが、事故後の実験で判明した暴走の可能性を事故以前に知っていれば、対応が違ったであろう。 |
よもやま話 |
☆ 関連する工場幹部全員が、2次爆発で被害を受けている。対策会議の終わり頃にガス漏れの連絡があり、全員揃って洩れの現場に駆けつけた結果である。緊急時には役割分担を通常時以上にしっかり行う必要があることを示している。 |
データベース登録の 動機 |
最初の発災時の対応ミスにより二次災害をもたらした事故例 |
シナリオ |
主シナリオ
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価値観不良、安全意識不良、リスク認識不良、調査・検討の不足、事前検討不足、反応危険への検討不足、誤判断、状況に対する誤判断、全体を見た判断が出来ない、計画・設計、計画不良、設計不良、非定常行為、非常時行為、パニック、不良現象、化学現象、異常反応、二次災害、損壊、漏洩・爆発、組織の損失、経済的損失、直接被害10億円、社会の被害 社会機能不全、約9,000人、1,800棟被災
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情報源 |
上原陽一(安全工学協会編)、火災爆発事故事例集(2002)、p.97-111
堺市高石市消防組合、D化学工業(株)S工場樹脂製造工場爆発火災事故調査報告書(1983)
福山郁夫、SEシリーズ 事故に学ぶ(1987)、p.20-23
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死者数 |
6 |
負傷者数 |
204 |
物的被害 |
排ガスダクトは全長の50%にあたる10数箇所で破裂.ブロワー,クーリングタワー,回収タワー及び他の配管の一部破損.倉庫等10棟のスレート屋根,側壁及び窓ガラス等一部破損.モノマーガス流出量約24.8kg/min. |
被害金額 |
約10億円工場内のみで(D化学工業(株)S工場樹脂製造工場爆発火災事故調査報告書) |
社会への影響 |
羅災棟数1788棟、羅災人員8876人の大被害を付近住民に及ぼした。 |
マルチメディアファイル |
図4.化学式
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図5.化学式
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備考 |
WLP関連教材 ・化学プラントユニットプロセスの安全/反応 ・化学反応の安全/重合縮合反応 ・プラント機器と安全-概論/プラント機器と安全概論 |
分野 |
化学物質・プラント
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データ作成者 |
板垣 晴彦 (独立行政法人産業安全研究所 化学安全研究グループ)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)
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