失敗事例

事例名称 新幸州大橋架設工事中の崩落事故
代表図
事例発生日付 1992年07月31日
事例発生地 韓国ソウル
事例発生場所 新幸州大橋
事例概要 大韓民国の首都ソウル市江西区と京畿道高陽市をつなぐ漢江に架かる新幸州大橋が、建設工事中に竣工を目前にして、橋脚10基と道路となる橋桁部分1020mが崩落した。幸いにも、死傷者は零であった。
事象 1992年7月31日午後6時55分頃、新幸州大橋が、突如崩落した。この崩落事故は、建設現場の作業員が退場した後に起こったので、人命の被害は無かった。施工中の橋梁は、崩落事故の直前まで特別な異常はなかったという。出来上がっていた橋桁上に仮置きしていた数十億ウオン分の各種の資機材が使用不能となる損失と、1987年に、約170億ウオンの工事費で着工し、1992年12月の竣工を目前としていたが、この崩落事故で、2年3ヵ月の工期遅延を余儀なくされた。
崩落状況の特徴として、800mの全区間がプレストレストコンクリ-ト連続箱桁構造で一体の連結状態になっていたの、全区間が一挙に崩落してしまったこと、および、橋桁の様々な箇所で全断面が破断するという破壊形態が起こったことが挙げられる。
経過 崩落事故の当日までに、ケ-ソン基礎、バレット杭基礎、橋台、橋脚、斜長橋の2基の主塔、プレストレストコンクリ-ト連続箱桁部分は、軍事目的の設備を除いて、すべて完成していた。斜長ケ-ブルは、片側の主塔に架設が完了し、もう片側の斜長ケ-ブルは、橋桁の床版の表面に仮置きされていた。斜長ケ-ブルに、所定の緊張力(プレストレス)は導入されておらず、橋桁との定着部分のコンクリ-ト打設作業が行われていた。1992年7月31日に崩落事故が発生し、北側の橋台側から南に向かって押し出した800mのプレストレストコンクリ-ト連続箱桁部分は全て崩壊し、片側の主塔は折れて破損した。仮支柱(仮橋脚)および10基の橋脚が著しく破壊あるいは崩壊した。
原因 大韓土木学会の事故報告書によると、斜張橋の不適切な径間割、斜張ケ-ブル工法の不適切な選定、隣接の連続桁区間との無理な連結施工、橋脚基礎工法の不適切な選定、仮支柱(仮橋脚)の位置と構造の不適切な決定、2主塔間の径間にある仮支柱(仮橋脚)の安全度の不足、橋梁の設計において、上部工および下部工の設計機関と斜張橋の設計機関が異なることによる連携不足、そして、本工事に参画した施工者、設計者、監理者の能力が全般的に不足していたことに加えて、頻繁に人事異動して担当者の煩雑な交替があったこと等が事故原因として挙げられている。
対処 橋梁の崩壊した部分は解体・撤去して新しい橋梁を架設することとした。復旧工事は、下部構造をドイツDS社および上部構造を米国DRC社の共同企業体が契約を締結し、徹底した設計照査と施工管理を実施して、1995年5月19日に新幸州大橋は開通した。
対策 ・復旧工事に伴う技術的検討の結果、数多くの設計変更が実施された。
・韓国政府建設局は、全国の公共工事と公共施設に対する安全診断、および。国道の橋梁に対する特別点検を実施した。
・設計施工監理会社の責任と権限を強化し、建設監理体制を向上させるために、建設管理技術に関する法律や条例、技術基準等を制定する必要性が共有された。
・建設業者の施工能力を判断するための事前資格審査制度(P.Q.)が導入された。
・公共工事の入札・契約に伴う不正を防止するために、予定価格・基礎調査金額の事前公開、複数の予定価格制度、入札・契約監視委員会の設置拡大、等の改善策が導入されると共に、入札情報の事前漏洩に関する罰則が強化された。
知識化 ・新しい技術好きの生兵法は大怪我のもと。
・外国製輸入技術の未消化適用は致命的な事故を招く。
・建設生産・監理システムにおける、材料の選定、設計、施工の一連の過程を統合して理解しつつ監理できる統括責任技術者が必要である。しかし、その育成には困難が伴う。
・建設作業伴って、構造物本体あるいは架設作業機器を移動させる場合は、架設作業中の各段階の荷重条件および構造系の変化を考慮した施工時の設計が重要である。
・準備不足(技術蓄積)と平和ボケ(危機管理の放念)で欲をだすと大事故のもと
背景 韓国の1970年代の急速な経済成長の勢いと余裕から、首都ソウル市に建設された橋梁に美的感覚がないという指摘が1980年代に高まっていた。この指摘に、あまりにも敏感に反応した政府当局者が、外見が優美で軽快といわれていたプレストレストコンクリ-ト斜張橋に、安全性や構造特性を十分に把握しないままに最新の工法だと飛びついた経緯がある。この架設工法は、韓国内で始めて実施されるものであり、設計施工に関する技術的検討および安全性の評価等はすべて外国人技術者に依存し、韓国側の技術者全員が明らかに問題であることを見過ごしてしまったことが致命傷となった。また施工者の碧山建設(株)は、所要の設計技術および架設計画技術を下請業者へ丸投げしていた。設計施工監理者の建設振興公団および優待技術団の技術者は、プレストレストコンクリ-ト斜張橋の設計施工監理を所管できる技術水準に達していなかった。さらに、当時の韓国の建設業界は、建設資材の調達難と労働者不足に見舞われており、さらに政府の予算不足の影響で新幸州大橋は、大幅に工期が遅延してたので拙速に工事を進めようとする慌ただしい雰囲気があったことや、設計段階体系的な計画をしなかったことによる、施工開始後の煩雑な設計変更と施工方法変更の実施も事故の原因として指摘されている。それらに加え、測量調査等の事前調査や公共発注者の工事監督との検査が、外観を眺める程度の粗雑粗略のものであったという。
後日談 1988年のソウル・オリンピックの大成功を契機に経済発展途上にあった韓国において、1990年初頭までに連鎖的に起こった新幸州大橋を始めとする崩壊事故は、政権交代時期における社会全般政府機構等の規律弛緩と関連している深刻な問題と思われた。その後の対処・対策によっては、今後の大惨事につながる可能性があるので、政府当局の後続的な不正や、各種の建設工事の手抜きや不正を改善するための大手術が必要として指摘された。しかし、約2年後の聖水大橋の崩壊落下事故あるいは営業中のデパ-トの床崩壊落下事故等、この指摘は不幸にも的中することとなる。
よもやま話 新幸州大橋の崩壊事故から約2年後、供用中に崩落し多数の死傷者をだした同じソウル市の漢江をわたる聖水大橋の事故に関しては、我が国の新聞や雑誌等に数多くの記事が掲載された。新幸州大橋の事故の場合は、人命への影響が皆無であったせいか我が国における報道は殆どなかった。本稿の記述内容は、すべて韓国語の資料からの翻訳したものである。
シナリオ
主シナリオ 組織運営不良、管理不良、監理不良、調査・検討の不足、事前検討不足、企画不良、戦略・企画不良、組織運営不良、構成員不良、誤判断、狭い視野、非定常行為、変更、手順変更、計画・設計、計画不良、機能不全、ハード不良、無理な施工、破損、大規模破損、工事中の橋崩落
情報源 韓国・PC斜張橋施工中崩落事故報告書(1992年12月)
死者数 0
負傷者数 0
物的被害 新幸州大橋の橋桁10基と道路となる橋桁部分1020mが崩落した。
社会への影響 信用の失墜。
分野 建設
データ作成者 國島 正彦 (東京大学)
三浦 倫秀 (東京大学)